第5話 王都郊外での襲撃
私は剣を帯びたのみの軽装とはいえ、見くびらないでほしいものだな。浮浪者ごとき何十人いようと、ライデン兵の敵ではないのに。視界の端には木立ちの間から鮮やかに赤くなった夕陽が見え、浮浪者たちと街道を赤く染めあげている。ふふっ。
「日もだいぶ傾いてきたな。真っ暗になると面倒だ。それまでに片付けるとしようか。」
それを聞いた浮浪者たちは「ふざけるな」「なめやがって」と叫ぶが、お前たちなどそんなものだ。御者を含む兵士6人には馬車を確実に守るように指示し、私は青い鞘に納められた腰の剣を引き抜くと敵の頭目に向かって斬り込んでいく。
「ハッ!」
まず瞬時に踏み込んで、剣速の差で右に左にあっという間に二人を斬り捨てた。次に右から斬りかかってきた男をワンステップ左に躱したところで、袈裟懸けに斬りつける。そして返す刀で左の男を真一文字に斬り裂くと、柔らかな黒髪が風に舞う。ここまで数秒。バタッ、バタッと斬られた男たちが次々に倒れる音が響く。
そこで正面の敵をじっと見つめると明らかに敵が及び腰になったので、すかさず大きく一歩を踏み込んで喉を貫いた。そして素早く引き抜くと、男はゆっくりと後ろに倒れていく。私はピッと剣を振って刃の血を払った。
ここで一旦馬車の方を確認する。さすがライデン辺境伯の正規兵だけあり、浮浪者ごとき全く寄せ付けることなく、着実に相手の数を減らしている。問題ないな。
ふと馬車の中から心配そうに外をじっと見守るお嬢様と目が合う。心配ないとばかりにサムズアップして応えると、窓の向こうのお嬢様は合わせた両手を胸に当てながら小さく頷いた。
振り返ると敵の頭目の前には6人。
私が一歩前に出ると相手は一歩後ろに下がった。ふふ、相手も力量差を理解したようだな。しかしそうなってしまっては、もう腰の入った剣は振れないだろう。後は目の前の敵を確実に殲滅し、取り逃がすことのないようにするだけだな。
私はそのまま無造作に敵に接近すると、そのまま怯える1人を斬った。そこをなかばやけっぱちに敵が斬り込んでくるところを冷静に躱し、無防備な胴を斬り払う。続けざまに右に左にと剣を振り、呆然と立ち尽くす2人を斬り捨てた。その次は2人一斉に斬りかかってきたが、敢えて踏み込んで、すれ違いざまにさらに2人を斬り伏せる。
残るは目の前の頭目だけだな、と思い頭目を見た。
すると私と視線が合った頭目は、あまりの恐怖に怯えたのか、尻餅をつき後ずさり始めた。
「ひいいっ、強過ぎる!なんだ、お前はなんなんだ。なんで一人相手にこんなに…あっ!黒い髪に青い鞘!お前、まさかライデンの青い死神!あがっ!」
ごちゃごちゃうるさい頭目の太ももに地面ごと剣を突き立てて、それ以上逃げれないようにする。
「言え、依頼人は誰だ。素直に言えば命だけは見逃してやる。」
「し、知らねえんだ。ほ、本当にしらねえんだ。全身を隠すようなローブをまとっていたが、端々から見える服装からそこそこ身なりの良さそうな男二人組だ。それ以外はわかんねえ。」
それでは大した情報にならないな。私の表情を見たのか頭目は「ほ、ほら、これもやるから見逃してくれ」と懐から銀貨のつまった革袋を差し出してきた。
「ふぅ。そう簡単に尻尾は掴ませんか。」
「た、助けてもらえるので?」
「いや、必要なことが喋れぬならば、もとよりその首より上に価値は無い。ライデン辺境伯家を、そしてお嬢様を襲ったことは万死に値する。言い訳は閻魔様にでも言うんだな。」
私は剣を真横に一閃させた。
「あ、あれ?はは、旦那。見逃してくれるんですか?お優しい…」
と言いかけたところで頭目の頭は滑り落ちていった。
「ふん。お嬢様に剣を向けておいて、許されるわけがあるまい。」
すると前方200mくらい先で物陰が動くのに気付いた。かなり遠目ではっきりとは分からなかったが、それなりに身なりが良さそうな二人組だった。こいつらの依頼人かもしれないな。きっと結果を見届けに来ていたのだろう。
残念だが、この距離では今から追っても間に合いそうもないし、お嬢様をおいて追いかけるわけにもいかないか。
私は剣をピッと振って血糊を払う。そして「シャキン」という音を立てて、私の剣は青い鞘に納まった。
む?ズボンの裾に少し返り血がついている。全部避けたつもりだったのだがな。これではお嬢様の馬車には乗れないな。私もまだまだということか。見ると兵たちも全ての賊を切り捨てたようだ。
私は馬車の扉を開けるとお嬢様に報告する。
「お嬢様、賊は全て退治いたしましたので、帰りましょう。」
「ディルク、見ていたわ。相変わらず惚れ惚れするような見事な腕前ね。」
「剣くらいしかお嬢様のお役に立てないことを、むしろ恥じ入るばかりです。」
「そんなことを言うものではないわ。いつも心強く思っているのよ。」
私は曖昧に微笑むと馬車のドアを閉めた。そして御者に発車を促した。
「ちょっと、待ちなさい。なぜディルクは乗らないの?」
すると馬車の中からお嬢様の声がした。仕方なく御者を止めて馬車の扉を開ける。
「はぁ、返り血を浴びてしまいましたので。お嬢様の乗る馬車に血の匂いは相応しくないかと。」
「ディルク、怒るわよ?貴方には一度も剣では勝てたことがないけど、私も剣を学んだ身なのよ。返り血くらいでキャーキャー騒ぐ子供じゃないわ。本当だったらさっきも一緒に戦いたかったくらいだわ。」
学園の成績には剣術も含まれ、もちろん実戦形式の訓練もこなしている。確かにお嬢様が本来の実力を出せたならば、あの程度の敵に遅れを取ることはないだろう。首席は伊達ではないのだ。だけどさすがにそれは護衛騎士の立場からすると勘弁して欲しい。そんな私の表情をみたお嬢様は
「もちろんそれが許されないのは分かってるわ。だから大人しく馬車の中にいたのでしょう?その代わりとして、ディルクは馬車に乗ること。そして今の戦闘の報告をしなさい。これはソフィエ・ファン・ライデンとしての命令よ。」
ビシッと指を差されて、お嬢様にそう言われては仕方ない。不本意ではあるが乗るとしよう。6人の兵士に警戒を密にするように指示してから、馬車に乗りお嬢様の対面の座席に座ると馬車がゴトゴトと動き始めた。
「では早速、先程の報告を……30名以上の暴徒は1人残らず討ち取りました。頭目らしき者を討ち取る際に、依頼人を吐かせようとしましたが、身分がありそうな者であること以外は知らないようでした。街道の遠くに監視役らしき者が見えましたが、少し遠かったのとお嬢様の護衛もあり諦めました。護衛の兵たちですが、全く危なげなく護衛の任を果たしました。あとで一言かけてやってください。
以上になります。」
そして私は報告を終えたので馬車を降りようとする。
「ちょ、ちょっと待ちなさい」
「なんでしょうか?」
「報告だけではあまりにそっけないわ。もっといろいろと話してちょうだい。」
「私は報告をするために馬車に乗ったのでは?」
「ああん、もう。そうだけど、そうじゃないのよ。」
二人のやりとりを聞いていたお嬢様の横に座っていたメイドが、堪えきれなくなったのかぷっと噴き出した。お嬢様がそれを見咎めるとメイドはそっぽを向いて口笛を吹いている。
…?
よくわからないが、お嬢様もだいぶ元気になり普段の姿に戻ってきたようだ。少なくともそれはよかったと心からそう思った。




