第49話 反ライデン陣営の日常
――ダンッ!
「くそっ、オラニエ王になるはずだったのに!」
長らく人が住んでいなかったと思われる寂れた薄暗い邸宅の一室で、前王太子ヘンドリックは埃をかぶった机に右拳を叩きつけた。そんなヘンドリックに側近の一人が恐る恐る話しかけた。
「ヘンドリック様、これからはどうなさるおつもりで?」
「そんなの俺が知りたいわ!聞く前にお前たちで献策の一つや二つ持ってこい!」
と少なくなった部下にそう怒鳴ると、その部下は「はっ、何か考えてまいります!」とだけ言って、一目散にその部屋から出て行った。
マールテンはそんな王子と他の側近のやり取りを横目で見ながら「貧乏くじを引いたかな」と思った。が、彼にもこうなった責任の一端はある。
ここは王都にある貴族区だが、大通りから大きく外れた下級貴族が主に住む一角で、中でも長らく誰も住んでいない邸宅だった。ヘンドリックが王太子になる以前から息子を仕えさせるなど、変わらず支持している貴族の一人が用意した家だ。
王都から出た方がいいとマールテンは何度もそう説得したが、ヘンドリックは最後までいかにも都落ちといった王都から逃げ出すことを拒否したからだ。
だがそれは正解だったのかもしれない。良くも悪くも王都にいる限りはチャンスがあると、一発逆転の宝くじを狙う貴族からの支援を継続できたのは不幸中の幸いだった。人の機微には疎いが、この王太子はこういう目をもっており、まだ挽回のチャンスはあるかもしれない、とマールテンは思った。
今回の場当たり的なクーデターでその場にいるだけの人間だけしか参加できなかったが、時間をかければ王太子派の貴族からもっと多くの兵を集めることができただろう。そこには正規兵も含むため、まだまだヘンドリックには隠然たる戦力があった。
マールテンはその戦力を少しでも繋ぎとめるため、支持貴族の間で奔走することとなった。
しかし現状が不満なヘンドリックは、マールテンが必死に繋ぎとめようとしている部下を怒鳴り散らすだけの日々を送ることになる。
一方でこれまた王都に潜伏するクラーラ一派だが、こちらは前王太子と違って順調に勢力を伸ばしていた。
「え?王太子が謀反?それで失敗して逃亡中?」
――バンバンバン!
「まじウケル」と机を叩いてクラーラは笑った。
「あー、おかしい。私が流させた噂にも意味があったみたいね。いい気味だわ。それなら王太子一派の逃亡潜伏先を探りなさい。必ず王太子には復讐してやるわ。虚仮にされたこと、私は絶対に忘れない!」
「はっ」と言って、頭を下げるピータ。クラーラはそれを満足そうに見つめていた。
ここ数年は王太子との日々の暮らしに集中して割と企業経営にはピータ任せで消極的だった。しかし、最近は積極的に人材派遣会社に介入して、転生者ならでは鋭い視点で改善改良を重ねて、戦乱で増える難民を上手く活用し、売上を伸ばしていた。
「それと先日から手を広げたライデン辺境伯領の様子はどうだった?ピータが自ら行って来たのよね?」
「はっ。見たところ民心の忠誠は厚そうで、住民をそそのかして反乱や一揆を起こさせるのはなかなか難しそうでした。それと兵士の質が高そうで、少なくとも王都の正規兵よりも強いのではないかと。とりあえずは支店を出しましたので、溶け込むところから始めるより仕方がないと思います。」
「ふうん、つまんないわね。田舎者ゆえに頭が固くて力が強いってことかしらね。まぁ仕方ないわ。それよりうちの荒くれ者どもはもう少しなんとかならないの?あいつら態度でかいくせにそこらの兵士たちにはてんで敵わないんでしょ?私たちはお金も人も増えたわ。こうなるともっと力が欲しいわ。」
古くからのスラム街の住人には、腕っぷしは強いが人の言うことは聞かない。とても仕事先には派遣できないような荒くれ者どもがいた。わがままですぐ暴力を振るう厄介者どもは、放っておくとスラム出身の社員にタカるので、とりあえず飯を食わせることで従えていたが、クラーラはどうにかしたいと思っていた。
「どこかの傭兵に参加させてもいいのですが、あいつらは口だけで根性が無いですからね、使ってもらえるかどうか。使ってもらえても体のいい弾避けにされて無駄に戦死者が増えそうです。」
「小さめの傭兵団と独占契約してもいいのだけれど、傭兵は最後は金で裏切りそうだから自前の兵士が欲しいのよね。仕方ないわ。あいつらに王都にいる剣や槍の師範を用意して、一通り訓練させなさい。素振りをさせるだけでも違うでしょ。タダ飯を食らわせるだけなんてもったいないわ。同数の兵士と戦えるくらいに鍛えさせなさい。多少の金を使ってもいいから、私への忠誠を植え付けなさい。」
「かしこまりました。では、とりあえずその辺りのできるところからやらせてみます。」
「あの王太子に直接復讐するには最後には兵がいるわ。ライデン辺境伯に嫌がらせをするのだって兵がいるわ。私が王都で潜伏するのにも兵がいるわ。だからよろしくお願いね。」
こうして少しずつクラーラは私兵を手に入れていくことになる。




