第44話 オラニエ王の決断
王都アントオラニエ フレデリクス宮殿 オラニエ六世
ここはオラニエ王家の象徴ともいえる見事な黄金の天秤がひときわ目を惹く、大理石造りのオラニエ王の執務室だ。身にまとうオラニエ王家の色である鮮やかなオレンジ色の服とは対照的に、白髪交じりのオラニエ六世が疲れた表情で書状を開く。
その内容はフランティエより娘のソフィエに対して婚姻の申し出があった件について、淡々と記載されていた。その文字からはライデン辺境伯の実直さがうかがえると同時に、動きの鈍い王に対しての怒りと苛立ちが見えるようだった。
「なるほど、承知した。わざわざの報告ありがたいと辺境伯には伝えてくれ。本件はこちらでも対応を検討する。それと王国と間の例の懸案事項だが、近いうちに必ずなんとかするので、ライデン辺境伯には早まった判断をしないようくれぐれもよろしく伝えてもらいたい。」
「はっ。」
いかにもライデン辺境伯の部下といった勇壮な騎士が、短く拝礼して下がっていく。
リーレ近郊での会戦にあの勇猛なライデン辺境伯の軍がいたら、さぞ頼もしかっただろうにな。勝ててはおらずとも、まだリーレも落ちていなかったかもしれん。
まぁ今更言っても詮無きことか。
「宰相。聞いていたと思うが、フランティエが第5王子を婚姻相手として、あのバカ息子の婚約相手だったライデン辺境伯の娘ソフィエに婚姻を申し込んだようだ。もうさすがにこれ以上、時間の猶予はないな。」
漆黒のスーツを身にまとい、いかにも几帳面そうにメモをとる宰相は、一つうなずくと王に同意した。
「そうですな。王太子の婚約破棄の件がある以上、我が王国は一枚岩にはなれません。ライデン辺境伯はもちろんのこと、グローニンゲン家も兵を出しません。大国フランティエ相手にこれでは、勝てる戦などありはしません。
そして、さらに現在のオラニエ王国の脛の傷とも言える、この婚約破棄問題にフランティエが直接手当してきたとなると、いつライデン辺境伯もフランティエを優先してもおかしくないでしょう。
オラニエ王家が一方的な婚約破棄をして謝罪すらしてこなかったソフィエ嬢に対して、一方でフランティエ王家は直系の王子の嫁として迎え入れると申し出た。ライデン辺境伯がフランティエに離反しても非難されない十分な理由になります。むしろ靡かない方がおかしく、オラニエ王家の方が非難されるでしょうな。」
「王太子の様子は?」
「変わりありませぬ。謝罪を頑なに拒み続けているばかりか、反省の色さえ見せず酒色に耽る毎日のようです。」
ふーっ、と王は大きくため息をつくと
「そうだな。もはやここまでか。」
「致し方ないかと。そして人の口に戸は立てられぬもの。王都の民にも『フランティエとの戦いが終わらないのは王太子のせいである』という話が急速に広まっております。フランティエの侵攻とリーレの陥落はもはや全国民が知るところ。この状態なら廃嫡しても文句の声は上がりますまい。リーレを失ったデルフト家ももはや王太子を擁護しておりません。むしろこのまま放置し続ける方が王にとってもダメージになりえます。」
色とりどりの豪奢な服に身を包む各大臣たちも大きくうなずいている。
「そうか。わしは息子の教育を誤ったのだろうな。」
それには宰相以下大臣たちは黙して何も答えなかったが、それは否定ではなく肯定も同然だった。
「わかった。明日、王太子を王宮に呼ぶのだ。『明朝の大会議に出席せよ、欠席は許さぬ』とな。」
「ははっ、かしこまりました。第二王子も出席するよう依頼しておきます。」
第二王子か。
我が息子たちの中では現王太子ヘンドリックの次に年長で継承権第二位だ。特に優秀だという話が教師たちからは聞こえてはこないが、優秀だと言われたヘンドリックがああだったからな。ヘンドリックと違い正妃の子でない点が、今後問題の種になりかねないが、今は無能でなければいいだろう。少なくとも現時点で臣下たちからの評判が特段悪いということはないようだ。
「うむ、それで頼む。」
宰相は近くの者に王太子と第二王子を会議に召集させるように指示を出す。
それを見た大臣たちは「明朝の大会議は荒れるぞ」と内心に思いながら、会議の準備と対応を練るべく王の執務室を退室して、各々の執務室に戻っていった。




