第42話 フランティエからの使者
フランティエからの侵攻に備えて城塞都市ナムールを強化しながら、ナムールの治安を守る。そんな日々を過ごしているとある日フランティエからの使者が来た。
フランティエとオラニエは交戦中であり、オラニエ王の許可を得ずに敵国であるフランティエ王の書状を受けとる――単独で外交するのは問題があるといえばあるのだが、王太子のせいで辺境伯は半ば独立状態でもあり、厳しく禁じることによってかえって他国に走られるようなことがあっても困るので、オラニエ王も特に問題視はしないようにしているようだ。
そんな情勢下なので、フランティエの使者自体はそこまで珍しくもないのだが、今回は少しいつもと雰囲気が異なった。
いつものように応接室にて、ソフィエ様はそのフランティエの使者を接見していた。いかにも高級な真っ白な生地にフランティエの象徴であるワンポイントの青と金の百合の刺繍が入った衣装に身を包む使者は、フランティエ王の名代でもあるため、堂々とした態度で特にへりくだったりはしない。
今回もいつものように辺境伯への使いであり、いつもと変わらぬ挨拶を受けて、ナムール領主代理として、いつも通りの辺境伯領内の通行の許可と道中の安全を保障するだけ、形式だけの挨拶で終わりと思いきや、使者がいうには今回はソフィエ様にも用があるという。
「フランティエ王より、もちろん主たる相手先は辺境伯宛てではあるのですが、辺境伯令嬢でありナムール領主代理であるソフィエ様にも書状を預かっております。どうぞ。」
「フランティエ王が私に?」
私が進み出て、使者からフランティエ王の書状を受け取りソフィエ様に渡す。書状を開いて読み始めると、途端にソフィエ様の顔色が変わる。
「使者殿はこの書状の中身をご存じで?」
「ええ、姿書きも持参しておりますので。」
そういって、使者は侍従を呼ぶと侍従は絹布に包まれた長方形の板状のものを使者に手渡し、使者はそれをそのままこちらへ差し出した。私はソフィエ様の代わりにその包みを受け取ってソフィエ様に手渡した。ソフィエ様は絹布に包まれた状態のままのそれを手にして、しばらくじっと眺めていたが、中を確認せずにそのまま私に戻し、使者に尋ねた。
「本件は辺境伯は?」
「いえ、いまだご存知ありません。今回の使者としての主な用向きはこの件になりますので、この後の訪問時にお話しさせていただく予定でおります。しかし、こうして辺境伯に拝謁する前にこの地でソフィエ様にお目通りができるのならば、関係者であるソフィエ様に何も話もせずに辺境伯のところに向かうのも無粋かと思い、こうしてフランティエ王よりお話をさせていただいた次第であります。」
ソフィエ様の顔色が少し悪い気がするのは気のせいだろうか。
「なるほどな。だが、私がどうこうするという話でもないゆえに、この場での私の回答は控えさせてもらおう。あくまでもこの話は辺境伯に持っていくといい。では、以上でお話は終わりでよろしいか。領内通行の許可は出しておくゆえに、領都までお気を付けて行きなされ。下がってよろしい。」
と何か少し不自然にソフィエ様はフランティエ王の使者との会談を打ち切った。書状の中身は何だったのだろうか。
使者一行が部屋から出ていくと、首を振りながら途端に大きなため息をつくソフィエ様。
「ソフィエ様は、フランティエ王はなんと?」
ソフィエ様にそう聞くと、フランティエ王からの手紙を渡してきた。読んで良いということだろう。さっそく中身を読んでいく。
「私との婚姻の申し出よ。相手はフランティエ王の第5王子で、王位継承権は返上しているらしいけど、フランティエの現王太子と同腹の王子で、既に文官として実力を発揮し高い地位にいるらしいわね。王族でもあることから、もし嫁いだら生活には全く困らないでしょうね。本人はもちろん結婚していたけど、正妻とは子がないまま早くに死別していて、側室もいないらしいわ。
何より大国フランティエの直系の王子なのだし、バツイチとはいえまだ若くて独身で有能なことが証明されている。ライデン辺境伯の傷物の娘である私には過ぎたる物件でしょうね。無下に断れば、わざわざ申し出たフランティエ王の面子をつぶすことになり、その恨みを買うのは明白よ。」
ソフィエ様は拳を強く握ると、ひじ掛けに押し付けた
「それの意味するところは、デルフト公爵家とオラニエ王国の両軍を併せても、リーレ陥落を防げなかったフランティエの精鋭が、今度は私たちライデン辺境伯領に牙を剝くことになるのよ。デルフト家の半分以下の兵しかいない私たちが勝負になる相手ではないわ。」
ソフィエ様は椅子に座ったまま、額に手をやり悲嘆に暮れている。
「私にはディルクがいる。他の男と結婚などしたくない。パパも私の自由にしていいと言っている。でもまた私のせいで戦争になって、今度はこの辺境伯領の民たちがたくさん死ぬかもしれない。いや、確実に大勢死んでしまう。
どうしたらいいの、私は。ディルク以外の男と結婚するなら死んだ方がマシよ。でも駆け落ちしたってフランティエ王は結果的に断ったライデン辺境伯を許さないわ。恐らくそれは自死を選んでも同じこと。」
俯きながらそう言うと、ソフィエ様は私を見て涙をぽろぽろと零した。今日のお召し物のダークブルーのドレスに涙の染みがぽたぽたとついていく。
この場合、私と付き合っているから結婚できないとか、私と既に結婚していることにすればよいとはならない。フランティエからすれば、「一介の騎士が相手?そんなの離婚させればいい」という話に恐らくなるだろう。大国とはそういうものだ。そしてそこまでソフィエ様も分かっているからこそ、この悲嘆なのだ。
このままではフランティエの横暴にソフィエ様との仲が引き裂かれてしまう。
いや、そんなことには絶対にさせない。




