第41話 ナムールの警備
お披露目パーティーから数日が過ぎた。
あの日の夕食は少しお酒が入っていたせいか、ちょっとやり過ぎた感があった。
それ以降、基本的に朝食と夕食はソフィエ様と一緒にとっているが、あれほど甘い空気にはしてないと記憶している。たまに侍女たちが砂糖でも吐きそうな仕草をしているが、そんなこともないはずだ。
さてライデン辺境伯を取り巻く情勢だが、北部ではフランティエとオラニエとの戦いはリーレ陥落後も小康状態が続いているようだ。平地が多い北部では、数でも質でも勝るフランティエが有利で、オラニエ王国としてはリーレを奪還したいが、それどころか守るのに手一杯だ。
フランティエとしては大都市であるリーレを陥落させたので、ここで満足して戦争を終わらせても十分な戦果だったし、それ以上進軍するのには、リーレが足枷でもあった。ライデン辺境伯の帰趨の話がなければ、そこで矛を収めたに違いない。
また、これ以上進めば確実にブランデリック帝国がオラニエの援軍として出てくるだろうという予想もあり二の足を踏ませているのかもしれない。
その他では、クラーラ男爵令嬢が王太子と喧嘩別れしたようだ。喧嘩別れというか、辺境伯の怒りを鎮めようと王太子がクラーラを生贄の羊として差し出そうとしたが、逃げられたらしい。ふっ、どこまでもあの王太子らしいというか。
前後して王国からはクラーラの引き渡しという条件での懐柔交渉もあり、辺境伯は突っぱねたようだが、結果的にまとまらなかったとはいえ、その相手に逃げられていたとあっては、王国はまたもや王太子に面目を潰された形になっただろう。
一応注意するようにと辺境伯からの書状でこの一連の事件を知った。
クラーラ男爵令嬢か。夕食時にソフィエ様とこの話をする機会があったが、ソフィエ様はもうあまり当人に対しては恨みがないみたいだったな。とはいえ、私はそんなことはない。ソフィエ様の努力を無にし、あのような悲しみに追いやったあの女狐を許す事は到底できそうにない。その結果が今の状況になったとしてもだ。
そんな中、領主代理となったソフィエは、ディルクや守備隊長とともにナムールの防衛を強化しながら、代官らとナムールの人心の掌握につとめた。
北部はここからまだ遠く、ナムールを始めとした辺境伯領の混乱は少なかったが、北部との人と物の往来は以前よりも激しくなっていた。
現在は北部の戦況は小康状態であるものの、次の戦火が上がる前にオラニエ北部から逃げ出そうとする者、逆にオラニエ北部で一儲けしようと考える商人や傭兵たち。それらの人々でライデン辺境伯領の玄関口であるナムールはごった返していた。
その日、ディルクは城門を出入りする人々や商人をチェックする業務をサポートしていた。普段より人や物の数が多いため、型通りにしていては、行列を捌くどころか行列が長くなるばかりだ。テキパキと省くところは省いて許可を与えていく。でも問題の種を見逃してはならない。
難しいバランスだが、今のところ問題ないようだ。
そんな業務を城門の詰所から見守っていると、城門警備の隊長が話しかけてくる。
「ディルク様がいてくれると皆の気が引き締まりますし、何か問題が起こっても大丈夫という安心感があって助かりますな。」
「普段より仕事が多く大変だろうが頑張ってくれ。今後、北部の戦況を含めて何が起こるか分からない。領内の治安はできるだけよくしておきたいからな。」
「はっ」
先日戦ったアーヘン伯の領都アーヘンは、焼き討ちされた村の住人が押し寄せたために突如大きなスラム街ができて、治安維持が大変らしいからな。まぁ私たちのせいなのだが。
うん?あちらの統一性のない集団はなんだ?
その先頭にいる一人だけいささか派手すぎる服装をした集団の長らしき者と、門番が話をしているようだ。私は聞き耳を立てた。
「そなたたちは何の集団でここには何をしに来たのだ。」
「へぇ。王都アントオラニエやブリューゼルでの人足の派遣業務をしておりますピータ商会の商会長のピータと申します。北部がきな臭くなっておりますので、業務の一部を南部に移そうかと思い、ライデン辺境伯様の土地でもお仕事ができないかとやってまいりました。ここナムールや領都リュージュでも支店を構えたいと思っております。」
「ふむ、確かにナムールでもこれだけ人の往来が多いと街道の維持に人足が必要だし、そちらに人手がとられて城壁の改修や新たな住民の為の家屋に人手が足りていないと聞いている。人足の集団は歓迎されるであろう。」
「ありがとうございます。先日より領主代理様が赴任されていると聞いております。お土産の品を持参いたしましたので、お目通りを願うことは叶いませんでしょうか。」
応対した兵が一瞬こちらをちらりと伺う雰囲気があったが思い直したように
「それはこちらの管轄ではないな。中央役場にいって申請するといい。この都市で人足の仕事をするのならば、そこで商業組合も紹介してもらうといい。くれぐれもこの都市で騒ぎを起こすようなことがないようにな。お前の顔は覚えたからな。」
「はい、それはもう。ありがとうございます。」
その後、所定の手続きを終えたその集団は、がやがやと騒がしさを漂わせたまま、目の前を通り過ぎてナムールの中に消えていった。
ふうん、人足の派遣会社か。こういうご時勢になると、傭兵ではなく、そんなものもあるのか。なるほど、そういうのも北部から流れてくるのだな。
しかし見事にバラバラな集団だったな。老若男女……まぁ老人はいなかったが、かなりの壮年といった世代から半ば子供に近い者まで男女問わず様々な年齢層で構成されていたな。
ああいうのは……そうか、スラム街の住人と構成が近いかもしれないな。スラム街の住人を少し身なりを小ぎれいにして働かせる。そうすれば単純労働くらいであればいけるか。なるほど、面白いことを考えるやつもいるものだ。スラム街の住人をああやって従わせるのは骨だろうに。
とはいえ、元がスラム街の住人であれば、何がきっかけで暴れ出すかわからんな。
「隊長、さっきの集団のいるところは定期的な巡回先に加えるようにしてくれ。」
「は?何か気になることでもありましたか?」
「いや、特にとりたてて何かということはないのだが、あれだけの雑多な集団だ。地元住民と衝突したり、そうでなくてもあの人数でこの都市に不満をもったりすると、面倒があるかもしれない。そういう芽は事前に摘んでおきたいのだ。」
「確かにそうですな。彼らの定宿先が決まり次第、巡回ルートに加えるように指示しておきます。」
「よろしく頼む。」
しかし……あのピータという若い商会長、あの目つきをどこかで見たことがあるような気がしたが、気のせいか?学園時代に王都のどこかで見たのかもしれないな。




