第34話 封印された記憶
先程、お嬢様から想いを告白された。
お嬢様が私にそのような感情を抱いていたことは全く気が付いていなかった。素敵な女性ではあると思うが、自分の仕えるご主君でありそんな目では見られないので、恐れ多くもお断りさせていただこうと思ったのだが、よくわからないうちに「自分の発言に責任をとれ」とお嬢様を含む女性3人に言いくるめられて、ソフィエお嬢様とお付き合いを始めることになった。
今はナムールに向かう馬車の中だ。馬車の窓から見える風景は行軍する兵士たちを除けばとてものどかで平和だが、馬車の中は女性3人がとてもかしましい。
目の前に座るお嬢様は、見るからにとても嬉しそうで、それ自体は私としてもとても喜ばしい。一方で、隣に座る侍女たち二人はニヤニヤとこちらを見ている。そっちはとても止めてほしい。
というかその前に…
「しかし、あまりこういう男女間のことに疎いもので、お付き合いすると言ってもどうしたら良いのでしょうか。」
「「「はぁ?」」」
女性陣3人にハモられた。
「こんな素敵なお嬢様とお付き合いするのに、デートがしたいとかはないんですか?まぁこれから向かうのは都市とはいえ、名目上は戦地に向かうのでデートという気分ではいけないかもしれませんが。」
「すみません。あまり女性とそういうことを考えたことがなかったのもので。」
「まぁそれなら最初はお嬢様がリードしても良いかもしれませんね。お嬢様が付き合いたいと思っていた以上、どこへ一緒に行きたいとか想像したことがあったでしょうし、お嬢様の甲斐性の見せ所ですね。」
「ないことはないけど、ディルクを他の女性に奪われたくなかったという気持ちがまず大きくて……。」
隣の侍女からつつかれて冷やかされているお嬢様。
リネケさんからはお嬢様がリードすればいいと提案してくれた。しかし、こういうのは男性がリードする方が良いのだとはなんとなく想像がつく。しかもご主君であるし。
正直に言えば、女性と付き合うことについて、今までも今もあまり関心がなかった。
「とりあえず男女なんだから、ヤることヤればいいんじゃないですかね。お子様なお嬢様で満足できなかったら、お嬢様から大人の女性である私にチェンジでもいいですよ?味見も受付中です。」
「アレッタ!もう許さないわよ!」
「それほど気軽にお嬢様と付き合えばいいって意味ですよ~。」
「嘘よ!もうディルクは私の物なの。そういうのも私としかしないの!」
「「そういうのって?」」
と侍女二人に返されて、途端に真っ赤になって黙ってしまうソフィエお嬢様。そこを侍女二人に「お嬢様は意外とムッツリなのですね」などと揶揄われている。たまにちらちらとこちらを見ているが、反応してしまえば矛先がこちらを向いて、侍女たちに遊ばれる対象が私になるのが分かっているので反応はしない。
まぁ私も男ではあるので性欲といったものはあるが、それとこれとは別だし、辺境伯の娘を軽々しく抱くわけにもいかないだろう。
私は両親の騎士の地位を継いだので、辺境伯家のために次代を残す必要があるとなれば、義父であるティボー将軍か辺境伯に、誰か適当な女性を紹介してもらい、子を為して家を継がせればいいかくらいに思っていた。
そんな私がお嬢様とお付き合いか。
問題があるとすれば、現状の上司であることと、更にその上の辺境伯の目が厳しいことだが、辺境伯の目は気にしなくてもいいか。あの方は誰がお嬢様の相手でもそうなるだろうから。
ソフィエお嬢様が現状の上司であることは、両立できないことはないだろう。むしろソフィエお嬢様が配偶者を迎えた時に、その配偶者も私の護衛対象になるだろうから、そちらへの労力を省略できると思えばむしろプラスか。もしくは配偶者がヤバい奴の場合、そいつからもお嬢様を守らねばならない可能性を切り捨てられる。お嬢様のせいではないとはいえ、既に一度王太子というヤバいやつを引いているので、不敬かもしれないがそういう可能性がないとも言えない。
その点、自分がお嬢様のお相手となるならばこの2つの心配事はなくなるともいえる。
ふむ。そうなるとお嬢様を護衛する立場からは、むしろ悪くないかもしれない。
問題があるとすれば、私が面白みのない男であることだな。お嬢様にさっさと飽きられてしまうのではないかと。まぁそうなったとしても、それは私を望んだお嬢様が悪いのだから私に責任はないな。
しかしよく考えてみると、発言に責任をとる形でお試しで付き合うとか言われて了承してしまったが、それはどうなんだろうか。しかも辺境伯の娘である。自分から別れを切り出すとか、ありなんだろうか。それって婚約破棄以上のハードルではないだろうか
――王太子に婚約破棄された辺境伯の娘。自分の第一騎士と付き合ってたらしいけど、そいつにもフラれたらしいぞ。
とか、そんな噂が立ったら大事件ではないだろうか。
お試しとかありえなくないか?うん、ありえない。そんなの辺境伯に斬られる未来しかない。
ふぅ、お嬢様と付き合うことを客観的に判断するとこんなところか。
だけど、私自身はお嬢様とお付き合いすることはどうなんだろう。
そこで私はお嬢様をちらっと見た。
お嬢様は私と目が合うと手慰みにサファイヤブルーの髪を指でいじりながら、紫の瞳を伏せて赤面して俯いてしまった。横の侍女二人が「キャー」といってお嬢様を冷やかして遊んでいる。にぎやかだな。
お嬢様だけど、まずその容姿に文句があろうはずもなく、私にはもったいないくらいに整っている。性格も申し分ない。向上心の塊のようなお方で、とても好感がもてる。
好きか嫌いかでいえば、間違いなく好きだ。
ただ、それは人として上司としてであって、女性としてではない。だからそれ以上でもそれ以下でもない。
そうなんだ。
でもなんだ、この感情は。
それ以上でもそれ以下でもないはずだったのに、先程からお嬢様を女性として意識してしまう。
困った、今までこんなことはなかったのに。
……ああ、そうだ。
思い出した。
私はあの時、幼少期にある想いを封印したのだった。
12歳になった時、お嬢様は学園生活のために王都へ、私はティボー将軍の元で軍人として学び始めたが、それまでの主に6歳から12歳までは、辺境伯領で出自の確かな同世代の少年少女10名程度とともに、お嬢様のご学友としてともに学び、そしてともに遊び、過ごしたのだ。
そして6歳だったその一番最初の顔合わせの時、お嬢様を見てこんなにかわいらしい女の子がいるのかと驚いたのだ。そこで私は一目で恋に落ちた。そして同時に失恋したのだ。そのかわいらしい女性のことを義父であるティボー将軍に話したところ、お嬢様は主家筋のお方であることに加えて、さらにはもう王都にいる王の嫡男(当時はまだ王太子ではなく王太子候補)の婚約者であるため、そのような目でお嬢様を見てはいけないとこんこんと諭され、その場でその淡い想いを恋心という感情ごと心の奥底にしまい込み、蓋をしたのだ。
それを今思い出した。
そうか、私の初恋はお嬢様だったのか。そして封印したその当時の淡い想いと恋心という感情がお嬢様の告白により、呼び出されたということか。
そしてもう封印する必要がなくなってしまった。
なるほど。
自分はあまり女性に恋愛感情をもたないドライなタイプだと思っていたけど、そうではなくて、ただその感情ごと封印していただけだったか。
再度、気付かれないようにちらっとお嬢様を見る。侍女二人に冷やかされて、「なによう」と言いながらじゃれ合っている。
……まずい、非常にまずい。
お嬢様のこと、すごい好きかもしれない。封印された記憶は色褪せずに、自分の中でそのまま残っていたみたいだ。
今は自分の顔が赤くなるのを抑えるのに、ただただ必死だ。
この感情は悪いことではないと思うけど、まるで自分が自分ではないみたいに感情を持て余している。
今後、今までと変わらず行動できるだろうか。
戦場では冷静でいることが最も大事なのに。




