第30話 王家の提案
ライデン辺境伯が王都を引き払った後も、王家はライデン辺境伯を懐柔しようと、両者間での使者の往来は絶えなかった。ライデン辺境伯としても、オラニエ王国に所属したままの方が良いと考えているので、その使者を拒絶する事も無かったが、辺境伯が最低ラインと考えている王太子の謝罪は相変わらずなかった。
しかしここにきて、王家より新たな申し出があった。
「何?クラーラ男爵令嬢の拘束とこちらへの引き渡しだと?」
「はい」
目の前で恭しく礼をとる王の使いは、自信ありげに大きくうなずいている。
これには辺境伯も少し考えてしまった。婚約破棄におけるクラーラ男爵令嬢の役割は非常に大きい。むしろ、彼女が最初から存在しなければ婚約破棄自体がなかったかもしれない。そしてあの女狐が娘のソフィーを陥れようとしたのは事実で、ライデン辺境伯家のクラーラに対する恨みはかなり深い。あの女を罰することができるなら、大いに溜飲を下げることだろう。
だが、しかしソフィエ個人及び辺境伯家の名誉を回復するためには王太子の謝罪でなければならない。一番悪いのはあの女でその恨みも骨髄にまで及ぶが、名誉を回復するためにはやはり王太子の謝罪でなければならないのだ。
「だめだ、だめだ。王太子の謝罪、これが無ければ到底受け入れられない。」
だから辺境伯はその申し出を突っぱねた。
しかし、ソフィエひいては辺境伯家に敵対したクラーラ男爵令嬢を罰することができるのは非常に魅力的な条件ではあるため、王太子の謝罪があった上であれば、それは十分に評価すると伝えた。
何度目かになる王の使者は、肩を落として王都に帰って行った。
その日、夕食後に私は父である辺境伯に呼ばれた。
父の執務室に入ると、日が落ちて窓の外はすっかり暗くなっている。父は何事か考えていたようだったが、私が来たことに気付くとソファーを勧められたのでそこに座った。これからするのは真面目な話なのだろう。
「どうされました?お父様。」
「今日、王の使者が来たのだが、クラーラ男爵令嬢を拘束したそうだ。そしてその身柄を当家に引き渡す用意があるそうだ。どう思う?」
「……複雑ですね。あの方が暗躍したからこそ、あの婚約破棄があった。それで煮え湯を飲まされたのは確かよ。あの時は悔しくて夜も眠れなかった。でも今は、あんな王太子とそのまま結婚せずに済んだのは、むしろ幸運だったのではないかと思う気持ちもあります。
だから私としては正直個人的にはどちらでもいいかなって思ってるわ。
なので、お父様に全てお任せします。」
「そうか。私としてはあの女が憎くて憎くて仕方がないが、ソフィーがそう思っているということは覚えておこう。ソフィーの名誉回復と当家が軽んじられないためには、王太子の謝罪がどうしても必要だ。どんなに彼女が悪くても、対象がクラーラ男爵令嬢ではただのストレス解消でしかない。だが、それでもあの女への憎しみで、一瞬うなずきそうになってしまったよ。だがソフィーがそう思っているなら、今後はためらう必要もないな。わかった。下がってよい。」
「お父様、いや、パパ待って。今度は私から話があるの。先日はフランティエの侵攻があって話が途中で流れてしまったけど……。」
「ああ、婚姻の話か。こんな話が蒸し返されると考えてしまうよな。良いんだよ。落ち着いた時で。」
「そうではないのです。実は、私には好きな人が……いるのです。」
「なんだと!?誰だそいつは。ええい、クラーラ男爵令嬢なんてどうでもいい。まずそいつを今すぐ殺そう!」
「ちょっとパパ、殺さないでよ。先日は、私が結婚したいと思ったら好きにしていいと言ってくれたじゃない。」
「それはそうだが、こんなすぐとは思わなかったから…で、それはどこのどいつなんだ!?」
言外に誰を殺せばいいんだ?としか聞こえない。
「もう、そんなんじゃ言えないじゃない。だってパパはその人を亡き者にしようとするんでしょ?」
「ぐぬぬ……わかった。約束しよう、命まではとらない。ちょっと物の道理を説くだけだ。あくまでも物の道理をじっくりとな。」
「道理ってパパ、それは別れるように分からせるってことでしょ!?それじゃあ言えないわ…あっ。」
「あっ?」
「パパ。別れさせるも何も、私まだその人とお付き合いどころか、私の気持ちすら相手に伝わってなかったわ」
てへぺろっとばかりに舌を出すと、途端にパパの顔がデレデレになる。
「しかし、そうなるとまだその男に罪は薄い。一体どうすればいいのだ?煮ればいいのか?焼けばいいのか?まぁ最前線送りにすればいいか。で、誰なんだ?」
「パパの態度がそんなんじゃ、言えないんだけど。でもまぁ、えっと、あの、その相手は……ディルクなの。」
「なんだと!ディルクだと!?あいつめ、私が第一騎士に任命してやったのをいいことに!許さん!」
「違うの、パパ。まだ私の一方的な片想いなの。むしろ私がどれだけ想いを寄せてアプローチしても、全然気付いてもらえてないの。」
「なんだと?けしからん!私のかわいいソフィーの純粋な想いを踏みにじるとは!」
「別に踏みにじられてはないけど、っていうかパパはどっちでも怒るんじゃない。」
私はパパとそのまましばらく言い合いをした。
「はぁはぁ。でね、パパにお願いしたいのは、ディルクってパパが親代わりみたいなところあるじゃない?だからディルクに勝手に嫁を紹介したりとかしないでねってお願いしたかったの。」
「……なるほど、その手があったか。ディルクは若くて有望だから、いい嫁を選んでやらないといけないな。」
「ちょっとやめてよね、本当に。パパにそんなことされたら、私勢いで自死を選ぶかもしれないからね?」
「くっ。しかしディルクかぁ。あいつだと一つ困ったことがあるな。」
「え、ディルクには何かあるの?」
しかし、パパはそれには答えてくれず、腕組みをしながら目をつぶって何かをじっと考えていた。え、何なの?
「ディルクには、出生の秘密があったり……まさか、パパの隠し子とか!?」
「おおい、怖いことを言うな。そんなことあるわけないだろう。冗談でもアメリアの前でそんなこと言うなよ!?」
「じゃあ、何よ!」
「……ディルクだと、たとえ最前線送りにしても、戦死とかしないで普通に手柄を立てて帰ってくるだけだろうなって。」
「今の間ってそれ!?すごいドキドキしちゃったじゃない。私が無駄にドキドキしたのを返してよ。というか私の第一騎士を勝手に最前線に送りにしないでよ。」
とりあえず、気付いたらディルクに嫁があてがわれていたという事態は阻止できたと思う。こうやってちょっとずつ外堀を埋めていけば、いつかはディルクだって……




