第3話 お嬢様との鍛錬
卒業式があったその翌日、さすがにお嬢様は少し塞ぎ込んでいた。
前日は少し気持ちを持ち直したようにも見えたが、逆にその場の勢い的なものもあったのだろうか。一日経って落ち着いて考え、かえって落ち込んだのだろう。
辺境伯はそんなお嬢様を見かねたのか、一瞬ためらった後「何でも買って良い」と王都アントオラニエが誇る世界各地からの商品が集まるグランドマーケットに送り出した。私もお嬢様の第一騎士として随行した。
グランドマーケットは、見たこともない野菜や果物、エキゾチックな香辛料の香りが漂う通りで、少しでも高く売りたい商人と少しでも値切りたい客とで大いに賑わっていた。
しかしお嬢様は、布商の店で舶来の絢爛な高級織物を見ても、金細工店やアクセサリー店でキラキラと輝くアクセサリーや、私の月給を全額注ぎ込んでも到底買えなそうな大粒の宝石にも今一つ気乗りがしなかったようで、結局何も買われずに帰ってきた。
無理もないかもしれない。
時折、「アノ人、王太子に婚約破棄された女性じゃない?」というヒソヒソ話が私にも幾度となく聞こえたのだから。私がキッと睨むと黙ったが、お嬢様にはもっと耳に入っていたに違いない。
「ディルク、ちょっと身体を動かしたいわ。剣の稽古に付き合いなさい」
翌日、お嬢様が身体を動かしたいと、私と剣術の練習を所望された。
うむ、身体を動かすのは良いことだ。特に悩みごとがあるとき、一心不乱に剣を振るうのは悪くない。
私は濃紺のチュニックに茶色のズボンといった動きやすい軽装に着替え、革のベルトを締めると中庭に出た。出てすぐのところに石畳の広場があり、その向こうにはライデン家の紋章が刻まれた噴水が静かに水音を立てていた。石畳の周りこそ普段から鍛錬に使われていて殺風景だが、噴水の向こう側は庭師が手入れをしているのだろう、行き届いた色とりどりの花壇がいくつも広がっていた。
訓練用の刃引きの剣を確認しながらお嬢様を待っていると、
「ディルク、どうかしら?」
玄関から侍女を連れてお嬢様が出てきた。
白を基調とした金で縁取られた軽鎧をまとうお嬢様は、いにしえの天使の戦士もかくやというほど美しかった。そんなお嬢様が胸を張って私を見ている。日の光に眩しく輝くサファイアブルーのストレートヘアは、今日はポニーテールに結わいている。昨日はどこか色褪せたように見えたサファイアブルーも今日は鮮やかに輝いている。日差しで白い鎧がまぶしいほどで、お嬢様の気高さがとてもよく出ていてとてもカッコイイと思った。
「素晴らしいですね。いにしえのワルキューレもかくやとばかりに、とても勇ましくカッコイイです!」
「……勇ましい?」
お嬢様はどこか不満げな様子だ。あれ?何か言葉の選択を誤っただろうか?
その不満をぶつけてくるかのように、開始の合図もなしにお嬢様はいきなり私に全力で打ち掛かってきた。
「せいっ、やぁっ!」
――キン!カキン!
私はそれを難なく左右に払いながら忠告する。
「お嬢様、少しは準備運動をして、身体をほぐしてからが良いですよ。」
「うるさいっ、これでいいのよ!」
――キン!キン!
何かをぶつけるように私に打ち込んでくるお嬢様。
ふむ。いつもよりも気合いが入ったよい剣だな。
お嬢様は真剣で、私は刃引きした剣で打ち合っている。
お嬢様は学園の授業の一環として、当然剣術は嗜まれてきたし成績優秀でもあったが、そこまで本格的にはやってこなかった。
だがライデン辺境伯領は小競り合いが絶えない地である。今までは王妃としての教育が中心であったが、今後はライデン辺境伯の一員として生きていくうえで、剣の必要性を感じたのかもしれない。
ならば私も少し真剣に相手をした方がいいのかもしれないな。
私はお嬢様の剣を捌きながら、足の運びや身体の使い方や腕の振り方などを始めとして、お嬢様の全体をつぶさに観察する。
お嬢様は額に汗して、熱心に訓練に取り組んでおられる。
ほっそりとした小顔で一番目を引く紫の瞳は、いつもの優し気な雰囲気とは異なり、真剣そのものだ。
剣を握る両腕は少し華奢に見えるが、思ったより剣を振るうのに不自由はないらしい。
「せいっ、はっ!」
――キン!カキン!
今度は小気味いいステップを刻み、打ち込んできた。動きに合わせてお嬢様のポニーテールも元気に飛び跳ねる。しかし飛ばし過ぎて疲れたのか、次第に少し鋭さというか力強さが欠けてきた。
なので打ち込んできた剣を弾き返すときに、それを咎めるように少しだけ強く押し返してやる。お嬢様は少しよろめいたが、すぐに態勢を立て直しまた打ち込んできた。
引き続きお嬢様を観察する。
胸は同年代の女性に比べると同じかやや控えめだろうか。先日胸の大きな同級生と見比べて怒られてしまった。剣を振るうのにはない方が邪魔にならなくていいと思うのだが。腰は柳のようにしなやかだ。しかし胸といい腰といい、剣を振るうには少し筋肉が足りないかもしれないな。
足もほっそりとして白く細い。そのせいで足運びが少しぎこちないな。もう少し筋力トレーニングを増やしてもらった方がいいだろうか。
「それっ!」
少し大振りになってきたので、すっと足払いをかけるとステンと転ぶお嬢様。手を差し伸べて起き上がるのを助ける。お嬢様は少し上気した顔で私の手につかまり、起き上がる。お嬢様はお尻の土埃を払うと、またすぐに私に打ち掛かってきた。
筋はいい。やる気もある。貴族としては全く問題ないし、貴族令嬢としてはこれ以上望むべくもないレベルだろう。身軽さを生かした剣術は、力強さが足りなくも剣士として十分に通用する。
被護衛者がこれほどできるのであれば、護衛としては頼もしい限りである。
しかし戦場で役に立つかといわれると、そうではない。
まぁたとえ戦場に立ったとしても、貴族…しかも大貴族が直接やり合うようなことはあってはならないが。当主であるライデン辺境伯ご本人もそれは例外ではないのだが、すぐに先頭に立って飛び出すようで周りの側近が非常に苦労していると聞く。それだけの腕が辺境伯にあるからでもあるが。
「やぁっ、やぁっ!」
――キン!カキン!
その後も休憩を挟みながら鍛錬は続く。
疲労からか、お嬢様の剣筋がだいぶ乱れてきたところで小休止とする。
お嬢様は噴水の向こう側にあるガゼボに移動すると、メイドからタオルを受け取り、荒い息を整えながら、拭いても拭いても流れ出る汗を拭いている。ガゼボは白い柱に蔦が絡まり、木陰が涼やかな休息の場を提供していた。
しかし、これだけ細い身体でこれほど長く打ち続けられるのは驚くべきことだ。すごい根性があるのか、もしくはとてもしなやかな筋肉が隠されているのかもしれないな。思わずお嬢様の腕をじっと見つめてしまった。
気になる。
とても気になる。
少し触って確認させてもらえないだろうか。
いや、怒られるか。もしかしたらお嬢様は怒らないかもしれないが、侍女たちがうるさそうだ。やめておこう。
私も侍女から一応タオルをもらうが、それほど汗はかいていない。その代わりコップ一杯の冷水をもらう。うむ、美味しい。
「ディルク、どうでした?途中でじっと私の身体を見ていたでしょう?」
お嬢様は既に着用していた軽鎧を脱ぎ、薄着になっている。そして私の方に胸を張って、その身体を誇示するように問いかけてきた。
「そうですね。全体的にちょっと線が細い気がします。実戦を目指すのであれば、もう少し全体的に筋肉をつけられた方が良いと思いますね。」
といったら、私はそれまでお嬢様が汗を拭いていたタオルを投げつけられた。
隣のメイドが私を残念なものでも見るような目で苦笑している。うん?なんか変なことを言ったか?
……ううむ。あれか、せっかくお嬢様がやる気を出しているわけだし、剣の扱い方が上手かったことや疲れても剣を振り続けられる根性があるとか、もっとお嬢様を褒める方向から入った方がよかったということだろうか。
教えるということは難しいな。




