第29話 王太子と側近
「クラーラめ、全くもって許しがたい。あのような手段で王太子である自分を騙すとはな。そこまでして王太子妃になりたかったのか。」
グラスを傾けメイドに赤いワインを注がせる。
さりげなく、その身体に触れようとするが、さっと避けられた。ちっ。
「殿下の配偶者ですからな、その地位には誰もが目も眩むというもの。しかし殿下の英断に感謝いたします。あの女は確かに美しく化ける術には長けておりましたが、殿下に味方する我らの不和を煽っておりました。そこが不安要素でしたが、何よりこれで我らも一つにまとまれます。より一層殿下を盛り立ててまいりますことをお誓いいたします。」
私の第一の側近マールテンもにやりと笑みを浮かべながらワイングラスを傾けた。
ふむ。ならばよかったか。雨降って地固まるというやつだな。
これでクラーラは王太子である私を偽った罪で、ライデン辺境伯家への贈り物となる。着いた途端に怒ったライデン辺境伯に斬られるかもしれんな。ま、せいぜい最後くらいはこの王太子の役に立つがいい。
「父王との交渉はどうなっておる。あの女をライデン辺境伯家に提供する方向で上手くまとまりそうか?」
「陛下や大臣たちは、殿下の謝罪があってこそと今のところ譲らない構えを見せておりますが、そこは殿下の英断をいただいた私らの腕の見せ所というもの。お役に立って見せますので、安心してお待ちください。」
数日後、父王との交渉で、王や大臣たちはあくまでも私の謝罪を要求してきていたが、まずはクラーラをライデン辺境伯側に差し出すことを了承したようだ。私がそうそうに折れるつもりがないと父王が判断し、とりあえずはまずは謝罪というか譲歩の姿勢を先方に見せることが大事だと思ったようだ。
しかし、これでライデン辺境伯家が怒りの矛先を収めてくれるといいのだがな。そういえば、ソフィエは美しい娘だったな。ふむ、なんならソフィエをもう一度王太子妃候補にしてやってもいいかもしれないな。今なら反省しているかもしれん。
そしたら泣いて私に感謝して、ライデン辺境伯家がリーレ防衛のためにフランティエと真っ先に戦ってくれるかもしれないな。
いや、そうに違いない。それも悪くないな。
うん?その前に謝罪しなくていいのかと?
何を言っているんだ?王太子である私が再度婚約してやるのだから、結果的に婚約破棄はなかったことになる。そうしたらもう謝罪の必要はない。おお、そう考えると悪くない案なのではないか?
「マールテン、ここにも新しい花が必要ではないか?」
「はっ?」
察しが悪いやつめ、王太子がいるところには王太子に相応しい美女が必要だろうが。
「女だよ、女。ここには王太子に尽くすべき王太子妃がおらんだろうが。」
「た、確かにそうですな。」
(このバカ王太子め、この国難の時に何考えているんだ。まぁ女を与えておけば大人しくなるなら、それでもいいか)
「そこでソフィエを召し上げたらどうかと思うんだが、どうだ?あの女もなかなかイイ女だっただろう?今ならば反省して、少しはしおらしくなってるかもしれん。それに再度王太子妃にしてやったら、泣いて感謝するかもしれんな。それに我が謝罪する必要もなくなるだろう?どうだ、万事が上手くいくと思わないか?」
「は、はぁ。」
(何考えてるんだ。そんなこと言ったら今度こそライデン辺境伯は戦争だ。オラニエ王国から即座に離脱するぞ)
「どうだ?」
「そうですね、ソフィエ嬢と復縁するにしても、それにはまず先方にとってもクラーラの処遇が絶対条件でしょう。まずそこから始めて、折を見て先方に打診してみましょう」
(とりあえず自分のところで揉み消すしかないな)
「ああ、そうだな。ライデン辺境伯にとってみても、クラーラがこちらの手元にいたらおちおち復縁もできんか。はっはっは。」
そんなことをマールテンと話しながらワイングラスを傾けていると、別の側近が息を切らせて駆けこんできた。
「殿下!大変です!」
「なんだ、騒々しい。そんな大変なことなどそうはないぞ。」
「いえ、ですが……ではまず報告を。単刀直入に申し上げますと逃げられました。」
「あん?何がだ?フランティエがリーレから逃げ出したか?」
「違います。囚人クラーラをライデン辺境伯家へ護送中、王都を出た直後あたりでその一行が浮浪者の群れに襲われて、結果的に囚人クラーラに逃げられたとのことです。」
「なんだと!?」
マールテンも私も思わず席を立ち上がる。
まずい、まずいまずいまずい。クラーラに逃げられたら、ライデン辺境伯を謝罪せずに懐柔するにしろ、ソフィエと復縁するにしろ全ての計画が狂うぞ。
「探せっ!草の根を分けてもあの女を探し出せっ!」




