第26話 親娘の会話
私は父であるライデン辺境伯にアポをとったところ、「今日ならいつ来てくれても構わない」と言われたので、午後さっそくパパの執務室を訪ねたわ。
「ソフィー、今日はどうしたんだい?」
父は執務中だったと思うのだけど、重厚なマホガニーの机の上に書類の山が積まれた席を立つと大きく手を広げて私を歓迎してくれたわ。茶色い軍服を身にまとい、グレーの短髪でにこやかに笑うパパは、敵には厳しく、家族には駄々甘い。貴族らしい豪奢な服装じゃなくて軍服なあたりがパパらしいわね。
私はそんなパパの胸に飛び込んでハグをすると「パパ、話があるの」と伝えた。パパは鷹揚にうなずいて、応接スペースを指し示したから、私は革張りのソファに腰を下ろしたわ。パパがキリの良いところまで片付けると言って机に戻るとメイドさんが応接テーブルにお茶の用意をしてくれた。彼女が下がりパパと二人きりになるのを待って、私は単刀直入に話しかけた。
「ねぇ、パパ。私の婚姻関係の話ってその後、どうなってるの?」
そう切り出すとパパは、とても苦い表情になったあと、気持ちを落ち着けるように話しだした。
「ソフィ―も嫌なことがあったばかりだろう。だからすぐにどうこうというのは考えていないよ。しばらく家でゆっくりしてもいいんじゃないかと思っている。少なくとも無理強いしたり、ソフィーに話もせずに進めたりするつもりはないよ。」
「そうなの?」
「アメリアはまた別の考えがありそうだが、少なくともパパはそう思っているよ。」
「じゃあ、もう望まない結婚をさせられることはない?」
望まない結婚と私が言ったあたりでパパは非常に苦しそうな顔をしていたわ。王太子との婚約はパパだって不本意だったと聞いているし、そんなつもりはなかったけど少しいじわるだったかしら。
「ああ、ソフィーさえよければいつまでも家にいるといい。」
柔和な表情を浮かべて私にそう言ってくれた。だから私はそれに笑顔で応えたわ。
とはいえ、貴族の娘が嫁に行かずにずっと家に留まるなんて醜聞もいいところ。すでに王太子に婚約破棄されてそうなっているけどね。
でもこのまま結婚しなかったら、「王太子が婚約破棄したのはやっぱり私に問題があったから」なんて言われる可能性だってある。だから私が未婚のまま過ごすなんて、普通に考えればそうもいかないだろうに、パパって本当に親バカだなぁって思ったわ。私にとっては都合がいいけどね。
「じゃあ、もし私が結婚してもいいって心境になった時に、そういう相手が出てきたら、パパにお願いしてもいいのかな?」
「ああ、結婚はソフィーがそういう心境になるまで回復してからでいいさ。ただ…」
「ただ?」
パパは突然鋭い眼光をその両目にたたえると、怖い笑顔を浮かべて
「あんなクソ王子みたいなのに二度と引っ掛からないように、パパがちゃんと相手の男を見極めてあげるからな。」
あはははは。パパのお眼鏡にかなうにはなかなか大変そうね。
でも、ディルクなら大丈夫なはず。
「ねぇ、パパ。それで……」
――ざわざわ
「うん?何事かあったか?何やら騒がしいが。」
――バン!
すると辺境伯の執務室の扉が勢いよく開けられ、埃まみれの軍服を着た男性が入ってきた。私に気付くと慌ててこう言った。
「し、失礼しました。
ですが大変です!昨日、フランティエ王国が我が国に宣戦布告!3万の大軍をもってリーレを包囲、攻撃を開始したとのことです!」
「なんだとっ!」
パパはそう言って立ち上がると、その男性から詳細を聞いている。続々と高官がこの部屋に入ってきて、途端にこの執務室は騒々しくなった。
王太子の婚約破棄に始まった一連の騒動は、大国フランティエのオラニエ王国の侵攻という事態を引き起こした。
私が悪かったわけではないと思っている。でも私が至らなかったせいで多くの人が死ぬ。
そう思うととても胸が苦しくなった。




