第23話 ケルミス砦の戦い・後
その後もたびたび陣頭に立って戦うライデンの青い死神の前に、士気の下がったエーヘン伯の攻撃部隊はケルミス砦を打ち破ることはできなかった。
一方でソフィエお嬢様は、クラース守備隊長の横に立ち彼の目線に立って、守備の心得を学んでいく。
そして一週間が経過し、ライデン辺境伯自身が率いる援軍二千がケルミス砦に到着した。両者とも多少は数を減らしているが、これで兵数はおよそ三千と四千になり、兵数の優劣の差は埋められた。
数の上ではエーヘン伯側が上回っているものの、一週間以上もの戦いによる疲れを考慮すれば、ほとんど差はないと言って良いかもしれない。
そしてエーヘン伯も勢いにのってここまで戦ってきたが、千対四千であったから、砦を落とすチャンスがあったものの、三千対四千になってしまえば守る側が有利なのは歴然で、もう勝ち目なしと今回は諦めて撤退することにした。
本来であれば、このままエーヘン伯が撤退すればライデン辺境伯軍の勝利となり、それだけで援軍を出した意味があり、ライデン辺境伯軍が追撃する必要性はあまりなかった。エーヘン伯に砦を攻撃しての勝ち目はなかったが、それでもまだエーヘン伯の方が兵数は多く、ライデン辺境伯軍が野戦を挑んでくるとも思えなかったので、そのためエーヘン伯はのんびりと撤退の準備を始めた。
しかし、ライデン辺境伯としては、今回はこれで終わらせるつもりはなかった。この先の激動を考えれば、ここでエーヘン伯を完膚なきまで叩きのめしておくことは、戦略上とても価値があったからだ。
ゆっくりと撤退していくエーヘン伯四千の軍に後背から襲い掛かるライデン辺境伯軍三千。
その先頭を駆けるのはもちろん青い鎧を身に纏った……
「ハァッ!」
ディルクは槍を一閃させて最後尾のエーヘン伯の兵士を突き刺すと、そのまま敵の戦列に雪崩れ込む。青い死神の襲撃に逃げ惑う敵兵たち。そこを真紅の鎧に黄金の兜を身にまとうソフィエが部下の騎兵を引き連れて、ディルクがつくった敵部隊のほころびを広げるべく、突撃する。
「ソフィエお嬢様、無理はなさらないでくださいよ。」
「あら、そんなに子供扱いするものではないわ。私もディルクの横で戦いたいのよ。」
ディルクが青い死神の名に恥じぬ活躍をして、敵兵が怯んだところをソフィエが部下の騎兵を手足のように操り、その傷口を広げていく。
「マシュー隊、ディルクの後に続いて攻撃するのよ!アレイレ隊は右側の敵を叩きなさい!スコット隊はディルクとマシュー隊が孤立しないようにバランスをとって!ピエール隊は左から大回りに回って側面から攻撃!」
撤退しようとしていたエーヘン伯軍は、その後ろ向きな姿勢が仇となって、ライデン辺境伯軍の攻撃を支えることができなかった。その勢いに恐怖したエーヘン伯は、馬に乗って側近とともに真っ先に逃げ帰った。それを見た敵の傭兵隊は、契約は終了したとばかりに離脱していった。こうなると敵軍はもう軍団としての抵抗ができず、次々と討ち取られていった。
それを見たライデン辺境伯は味方を煽っていく。
「見ろ、敵は総崩れだぞ。一兵も生かして返すな!あれらを討ち取って、我らが土地を安寧の地とするのだ!」
「おおおおおおっ!」
兵の士気は高く勢いに乗ったライデン辺境伯軍は追撃を重ねて、結果、エーヘン伯軍は半数近くが討ち取られるか、捕虜になった。
こうして戦いはライデン辺境伯軍の大勝利に終わった。
しかし長くエーヘン伯領に留まると侵略行為とみなされ、皇帝が出てくる恐れがあるため、追撃もほどほどで引き上げた。
馬上でのその帰路、ソフィエお嬢様は私や他4人の士官と話していた。
「ディルクはすごかったわね。今までも戦っている姿は見てきたけど、戦場のディルクはまた格別だったわ!」
私はちらっとお嬢様の方を見て、黙って一礼をした。
「そりゃそうですよ。お嬢様、こいつ…おっと今はディルク様でしたね。13の時からすごい槍働きでしたからね。」
「アレイレ隊長も見事だったわ。よくディルクをサポートしてくれていたもの。」
「ははは、目の前に鬼神の如きお人がおられますからな。あれを見ながら戦えるのは、兵の士気を気にしなくていいので楽なのですよ。」
「アレイレ隊長は学園前のディルクを知っているの?」
「ええ、私ら4人はいずれも当時ディルク様とともに戦っていたのですよ。だからそのあたりの気心が知れている部分も含めてまとめてソフィエ様の元に配属になったと思います。」
「ええ、そうだったのね。ディルクのその当時の様子って聞かせてもらえる?」
おい、やめろ。私は咳ばらいをして視線でアレイレ隊長に訴えた。一瞬視線があったアレイレ隊長は私からすっと視線を逸らした。その様子に気付いたソフィエお嬢様は
「ディルク?どうして?いいでしょう?私が聞きたいの。」
「お嬢様、勘弁してください。」
「いいじゃない。若かりし頃の過ちなど誰にでもあるでしょう?」
「そうですとも。命令を無視して勝手に一人で突撃して、帰ってきたらティボー将軍に、みのむしみたいにぐるぐるに縛られて一晩中木に吊るされたなんて話は、誰にだってありますとも。」
「スコット!」
「おっと、口が滑ってしまいました。」
「ええ、何それ!?もっと聞きたいわ!」
ソフィエお嬢様が目を輝かせている。正直、勘弁してほしいところだ。




