第19話 村焼き
「しかし、敵とはいえ罪なき人々が住む農村を焼き払うのは気が引けるわね。」
ソフィエお嬢様はほっそりとしたあごに手を当てながら、憂いを表情に出してそう言った。
今はエーヘン伯領を襲撃する軍議中で、大テーブルの上にはエーヘン伯領の国境付近の大地図が置かれている。将校用とはいえ殺風景な天幕の中で、鎧を身に着けているにもかかわらず、お嬢様だけが場違いなくらい華やかだ。
「仕方ありません。村を焼き払うのは我らがとりうる作戦の中で最も効率が良いと言えます。敵の収入を減らし物資を焼き払う。そして結果的に難民となった彼らは領都エーヘンに押し寄せて彼らの経済を圧迫し、不平不満をあらわにして治安を悪化させます。それに我らの村もエーヘン伯にはだいぶ焼かれています。お互い様というものです。」
「そうなのかもしれないけどね。気が進まないのは確かだわ。」
ふぅ。とため息をつくお嬢様。まったく、ソフィエお嬢様は敵にすらもお優しいな。
「あまり気が進まないようでしたら私にお任せいただいて、お嬢様は砦で報告をお待ちになられても。」
「それはただ単に目の前の事実から目を背けているだけだわ。いいです。私も行きます。」
作戦は大体決まってるし、お嬢様には残っててもらってもいいんだけどな。むしろ残っててくれた方が安全で嬉しい。せめて本隊で待機してもらいたい。
村の中まで来るのは建物の影から狙撃みたいなパターンもあるからおススメしない。と思って説得したのだけど、ダメだった。逆に「だってディルクが私を守ってくれるのでしょう?」とにっこりと笑顔で言われてしまった。
ふぅ。そう言われてしまえば最善を尽くすしかないな。
翌日、ケルミス砦を出発した200騎余のライデン辺境伯軍だったが、そのうち20騎を率いたソフィエお嬢様一行(もちろん私もいる)は早速砦に一番近い村を襲撃するべく先行した。あわよくば20騎で小勢と侮らせ敵の部隊を誘引し、その10倍の本隊で撃破したいためだ。
そのため残りの180騎はいつでも先行部隊を援護できる位置をとりながら、部隊を伏せながら進んだ。
そして目的の村に到着すると、夜陰に乗じて家に火を放ち農地を焼き払う。夜空に燃え上がる炎に照らされたお嬢様の横顔は、美しくも辛そうだった。
「ディルク、殺す必要はないのよね?殺さずに領都に逃げた方が相手の負担になるのよね?」
「はい、お嬢様。」
「できるだけ殺さぬように指示を徹底なさい。」
「はっ、かしこまりました。」
部下たちにお嬢様の指示を伝えるが、なかなか死者ゼロとはいかないだろうと思った。こちらに殺す気はなくても、相手にそれが伝わっているわけではない。「どうせ逃げられないなら」や「難民になるくらいなら」と斬りかかってくる村人もそれなりにいる。そういう村人を殺さずに無力化するのは至難なので、そういう場合は殺してよいと伝えてある。村人の反撃で軽傷者が数名出たが、我が軍には死者はいなかった。
「せめて弔ってやりなさい。」
「はっ。」
結果的に数名の死者が村側に出た。
辺境の村に大したものはなく、せいぜいが備蓄されている食糧くらいだ。正直言えばその食糧くらいは回収したいところだが、持って行くと行軍速度が鈍るので仕方なく村の広場に集めて片っ端から焼いていく。
音を立てて燃え上がる炎を私はお嬢様と静かに見つめていた。
気付くとお嬢様の手綱を持つ手が震えていた。心配になり私はお嬢様の真横へ馬を寄せた。お嬢様は炎を見つめたままこう言った。
「……ディルク、手の震えが収まらないわ。少しの間でいいから、私の手を握りなさい。」
「はい。承知いたしました。」
そうだな。馬は敏感な生き物だ。手が震えたまま手綱を握っていたら危ないだろう。
私は差し出されたお嬢様の右手を言われたとおりにぎゅっと握った。
見るとお嬢様のお顔が少し赤い気もするが、これは目の前でこうこうと燃え上がる炎のせいだろう。
しばらくするとお嬢様の手の震えが収まったので、その手を放そうとしたがお嬢様は手を放してくださらなかった。
そのうちに全ての村の物資を中央広場の火の中に投げ入れたと報告があった。その報告をした兵はじっと私とお嬢様の繋がれた手を見て、終始何かを言いたげだった。
でもお嬢様の手が震えていたから握ってあげていたことは、お嬢様はほぼ初陣に近いのだし、お嬢様の名誉のためにも見逃してあげて欲しい。
「……お嬢様、そろそろ。」
「そうね、次の村に行かなければならないわね。」
お嬢様は名残惜しそうにそっと私の手を放された。
しかしお嬢様は結局私の方を一度たりとも向いてお話いただけなかった。
何か私に落ち度でもあっただろうか。




