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贅沢令嬢の父親は静かに復讐をはじめる

作者: 月葉


「レアンドラ・トーリッシュ!派手に着飾るばかりの君のような人を王妃にすることはできない!」


 いきり立った王太子殿下は舞台上で声高らかに宣言した。社交シーズンの幕開けを祝う王宮大舞踏会の直前、貴族のひしめく大広間は水を打ったように静まり返った。遂にやったか……娘の婚約者でありこの国の王太子でもある️ジェラール殿下は、この一年弱男爵令嬢へ入れ込みレアンドラを蔑ろにしてきた。華やかなレアンドラに気後れし、耳心地の良い言葉を与える垢抜けぬ小娘へ依存していった。婚約者であるレアンドラをエスコートするはずのジェラール殿下のそばには男爵令嬢がしなだれかかっている。レアンドラは静かに前へと進み出て、丁寧にカーテシーをする。


「お前はやれ晩餐会だやれ舞踏会だとドレスや宝石を新調し、浪費を繰り返すばかりだ。散財して王家の財産を食い尽くすような女にとても王太子妃は務まるまい。真に王太子妃にふさわしいのは倹約家で誠実なこのミリーだ!」

「申し上げますが、私がドレスや宝飾品を身につけるのは領地産業の振興という目的があってのことでございます。そのため王家からの支度金には一切手を付けておらず、国庫へ返金されています。」

「なんだかんだと理由をつけるが、結局は自分が贅沢をしたいがためであろう!着飾らなければ男爵令嬢であるミリーに劣るからと必死になっているが、その心根が醜いのだ!婚約は破棄させてもらう。」


 冷静に返答をしたようだが、殿下には聞き入れられず婚約破棄は確定のようだ。王宮派に適齢の令嬢がいないからと王命で結ばれた婚約を結んだにもかかわらず、我が家の忠誠をどのように考えているのだろうか?


「民のことを思えば舞踏会なんて贅沢極まりない」と殿下と男爵令嬢ミリアーヌが退場したため舞踏会は始まることも無く解散となった。本当に王国民のことを想っての行いとは思えないが、きっと社交は遊んでいるだけだと考えているのだろう。


 屋敷に戻ると娘と今後について話し合った。


「急な婚約破棄で動揺もしているだろうが、我が家の立ち回りについて考えておきたい。ただし、辛ければすぐに言ってくれ。」

「いいえお父様、わたくし悲しむよりも怒っておりますの。誇り高きトーリッシュ家の娘として見くびられたままではいられません。」

「王命によって仕方なく結んだ婚約が、このように侮辱的に破棄をされるなど許されん。我々は名こそ王宮派と呼んでいるが、忠誠を誓っているのは王家では無く国家なのだ。どう後始末をつけていただこうか。」


 私は娘の気持ちも確認し、我が家を軽く見た王家や男爵令嬢への報復を開始することにした。ただし、直接害しては領地の民へ悪影響があるので、ゆっくり進めることにする。

 まず手始めに派手だと罵られたドレスと宝飾品から。清流と鉱山を有する我がトーリッシュ侯爵家は古くから服飾の街として栄えて来た。今まで侯爵家お抱えの商会には王都で流行を発信させてきたが、今後は領都のブティックから新作を広めることにしよう。流通を止めるなんてことはしない。ただ、領都と離れた王都では流行遅れのドレスしか手に入らなくなったというだけの話。王都の仕立屋は型落ちの在庫を抱え、店には次第に閑古鳥が鳴くようになった。少なくとも遅れを取りたくない貴族女性たちの目は王都からトーリッシュ領へ向かうだろう。


 王宮内部に入れている者たちも動かそう。とは言っても暗殺のためなんかではない。王太子妃付きの侍女たちへ私が出した指示はひとつ。

「例の男爵令嬢に贅沢を覚えさせなさい」

 早々に王太子と婚約したミリアーヌは侍女たちに勧められ、豪奢なドレスに身を包み観劇に夜会にと忙しくしている。元々ミリアーヌの良く言えば素朴な、悪く言えば垢抜けない容姿を気に入っていた王太子はここ数ヶ月の急激な変化に驚き距離を置き始めているようだ。

 ミリアーヌの贅沢も目的があっての事なら良かったのだ。しかし彼女はただ見境なく浪費し財政を圧迫するだけ。流行りのネックレスを求めてトーリッシュの商会へ注文が来た際には耳を疑ってしまった。おそらく貴族の特権と義務について何も理解していないのだろう。

 貴族が民の血税によって恵まれた生活をしているのは紛れもない事実である。しかし、貴族として生まれ贅沢を享受したからには義務も持ち合わせている。領地を守り豊かにすること、非常の時には命を投げうってでも民を守る覚悟があって初めて貴族と言える。それは王家といえども同じこと。けれども国王陛下は亡き王妃との間の一人息子である王太子に厳しい教育を施すことはせず自由に育てた。その上で、王太子妃候補である娘に王太子の補助と王妃の公務の代役を押し付けた。その結果がこれである。


 港湾では最近、大型の貿易船が新造されたようだ。貴族派の商会が開発していたもので設計はできたものの資金難に陥っていた所を私が服飾の収益を投資し完成させた。従来の船より積み込める貨物の量が桁違いに多く、荒天にも強いため近隣の国々との交易に使用していくそうだ。問題といえば王家の所有する貿易港は底が浅く、入港できないことだが水深の深い他の港を主に使っていくらしい。貿易の儲けが出ればそれこそ新しい港を開くことだって可能だろう。王家も慌てて港内を深くする浚渫工事を行おうとしたが、兼ねてよりの資金難でほとんど進んでいない。たとえ工事が済んでも新港に商館を移した商人たちが戻ってくることは無いだろう。


 王家は気が付かぬうちに緩やかに傾いていく。流行の発信地が王都からトーリッシュ領へ移った、ミリアーヌが贅沢をするようになった、貴族派が新型船を使い始めた。どれも国を揺るがす程の損失は出ていない。しかし確実に貴族たちや王都の民へ王家への不信感を植え付けていった。

 数年後、王が崩御しジェラール殿下が即位する時には王宮派の主だった貴族家はトーリッシュ家を中心とした新派閥へと籍を移していた。王宮派に残ったのはおべっか使いと一部の親族家だけだ。こんな状況では親政など出来ようもないだろう。


 危機感を覚えたジェラール新王は次々と政策を打ち出したが、どれも結果は芳しくなかった。

 まず実行されたのは、度を越した節制を国民に求める倹約令である。織物製品などの贅沢品を禁じ、子供の玩具まで取り上げようとした。一方で王宮での華やかな生活が耳に入ってくる。食い扶持を失い、不信感を抱いた者たちは、豊かさと自由を享受できるトーリッシュ領へと移り住み始めた。人の流れは静かであっても確実であり、王都に残った民衆もまた「王家の下にいても暮らしは楽にならない」と悟りつつあった。


 王家の人気を向上させようと王都で炊き出しを行ったがこれが良くなかった。王妃お得意の節約術で、配られた麦粥には木の実が混ぜ込まれていた。味が悪いのはもちろん、森の広葉樹の木の実は豚の餌として認識されていた。この事を知った民は激怒した。

「豚の餌を食えって言うのか!」

「我らは家畜と同じと見ているのか!」️

と猛烈な反抗を受けることになった。


 最近は自分は贅沢をし、他者に倹約を押し付けるようになったミリアーヌは長期的な国家運営への知識を持ってなどいない。元々なんとか貴族名簿に名前が載るような身分のミリアーヌには貴族の義務という認識はほとんど無かった。両親もせいぜい裕福な商家に嫁がせられれば良かったため、奔放に育てたようだ。そのため考えつく政策は良くて商家向けのレベル、大抵は家庭の節約術の程度にとどまっている 。目先の幾らかの金銭に囚われ、国益を損なっては務めを果たしたとは言えない。

 ジェラール王も節制を殊の外好んだが、平民にもプライドがあるとは考えなかった。腹が満ちて王家が潤うように生産をしていれば良いと考えていたが、それが露呈してしまった。

 民衆の怒りは治まらず、王は仕方なく軍を派遣したが却って民衆の結束を強めてしまうこととなった。ここまで舞台が整えばあとは王家の崩壊を見守るだけだ。



 王都の民と王家の対立が最高潮に達したある夜、貴族派の邸宅が襲撃された。



 前夜、私は手の者を使い民衆のリーダー達に囁いた。

「王宮は守りが堅い。貴族の邸宅なら我々でも突入出来るだろう」と。


 王への不満が飛び火し、自分たちの身が危険にさらされた貴族は王家への見切りをつけた。貴族たちは揃って王宮へ乗り込み王へ直接、責任を追求した。


「炊き出しは王妃ミリアーヌが行った事だ!わたしは知らなかった。」


 醜く責任を逃れようとする王は置き、ひとまず王妃を幽閉することになった。王都の混乱を収めるために貴族たちは共同で議会を立ち上げ、合議による国政を始めた。


 王は政務に関する実権を失い議会で決まった法案に印を押すことだけが仕事になった。王政を廃止せよとの声も一部あったものの、王都以外は比較的安定しており急激な変化は不安をうむとして今後は議会が中心として動いていくだろう。

 ミリアーヌは王妃の身分を失い南方の修道院へ移された。商家へ嫁いでいれば程々の幸せを得ていただろうが、不相応な玉座に座ったがために愚かさを晒すことになったのだ。人々は今でも彼女を「倹約王妃」と笑い草にしている。


 おそらく数世代を経て王という身分は形骸化する。その時、王家の子孫が没落しているか政治家として名を馳せているかは今後の動き方次第であろう。後の歴史家たちは王家が小さな失態を重ねて力を失ったと考えることだろう。その背景にトーリッシュ侯爵家が蠢いていた事も、きっかけは娘の婚約破棄だった事も知られることは無い。



 王家は緩やかに没落していったのだ。



王家の没落から数年後にレアンドラはトーリッシュ侯爵家を女爵として継ぎ、父の指導を受けながら領地経営にのりだした。

議会にも参加し老獪な貴族とも渡り歩くなど確かな手腕を見せはじめていた。

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― 新着の感想 ―
富める者の義務として消費をし、経済を回していた相手を貶めたのですから当然と言えば当然でしょうか。 甘やかされた王子殿下はある意味優しいネグレクトの末に愚行に及んだ訳ですね
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