09.手がかり得られず
バス停は坂道を降りて少し歩いた所にあった。
『白木医院前』という名前のバス停だったので、医院を利用する人はバスを使うらしい。
遥もバスを利用したのだろう。
俺達がバス停に着いて程なくしてバスが来て、20分位で警察署前に着いた。
警察署では光が事情を説明してくれて、近辺の高校にも問い合わせをしてくれる事になったが、絶対に俺が在籍している訳が無いので、余計な仕事を増やしてすまんと心の中で警察の人達に謝っていた。
勿論捜索願いも出ている訳が無いので、このままだと家にも帰れず、名前も名乗れないしで、姿が戻った所でどうしようも無い状況に落ち込むしか無かった。
どうなるんだろうな、俺。
10年前か・・・・。
会社が非常事態になったのがその頃だったか。
本社のセキュリティシステムにトラブルが続いて、1週間位社員総出で交代で泊まり込みながら復旧作業してたんだっけ。
あの時の上司が糞野郎で、部署内を散々引っ掻き回した挙句トンズラして、そのまま行方不明になったんだったか。
今会ったら首を絞める位は許して欲しい。
大五郎が我が家に来たのも丁度10年前だったか。
会社が正常化するまでの間、随分癒された記憶がある。
犬は良い。
犬は癒しだ。
警察署を出て、近くのコンビニに寄る。
飲み物を探していたら、酒のコーナーに見た事のある缶チューハイが『新発売』のPOP付きで並んでいた。
アルコール度数が低めで、ちょっと甘めの柑橘系の味をあやめが気に入っていたのだが、数年前に終売したはずだ。
懐かしさに手を伸ばしたら、光に「駄目だよそれはアルコールだよ。」と止められてしまった。
仕方無くお茶にするかとラベルを見たが、やはり今とは違うデザインだ。
光は既に何本か飲み物をカゴに入れている。
俺が選んだお茶を光に渡した時に、そんなに1人で飲むのかと聞いたら「駅員さん達に差し入れする分だよ。」と笑って言われた。
会計をしてもらったので、せめて袋は俺が持つと言ったら「病み上がりみたいなダイゴには無理させられないよ。」と断られた。
端終駅へは普通の駅から電車に乗って行けるとの事で、駅に向かって歩いている。
白木家が異世界の人達用に作った駅だそうで、駅員さんも異世界の人だそうだが、こちらの世界の駅員さんでもあるそうだ。
それは矛盾が生じるのでは無いか?と聞いたら、「ある程度の矛盾はあるかもしれないけど、こちらの世界に不都合が起きるような事は絶対に無いよ。」と光は苦笑いしながら答えてくれた。
駅に着いたので、切符を買ってもらってホームで待つ。
この駅は俺も知っている駅だ。
でも昨日俺が乗っていた路線にある駅では無い。
乗り入れもしていないはずだ。
同じ県内だが、俺が乗った路線は県中央部を走っていて、今いるのは隣県に近い路線を走る駅だ。
いつの間にか違う路線に乗っているなんてありえない。
これも今朝白木父が言っていた「異変」のせいなのだろうか?
そうなると端終駅に行っても、何の手がかりも掴めないのだろう。
元の姿に戻る方法も、元いたはずの世界に戻る方法も。
電車が来たので乗り込む。
車内はそれ程混んではいなかったが、座れる程空いている訳でも無く、二人で端に立って流れる車窓を眺めていた。
すっきりと晴れた空と緑鮮やかな山が見える。
そういえば周りも登山とまでは行かないが、ハイキングでもしそうな格好の人が多い。
本来この路線は登山口が終点のはずなのだそうだが、ここからどうやって端終駅に行くのだろうか?
「そのまま乗っていれば良いから。座ろうか。」
降りて行く人達を見ながら光が言うので、俺も光の隣に座った。
「この車両は車庫に入ります」とアナウンスが流れてドアが閉まった。
俺達以外に車内に人は居ない。
「まだ午前中だからね。学生は夏休みだし。」
「一旦車庫に入るのか?」
「うーん、そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるかな。空間に細工がしてあるから、そこは疑問に思わなくて良いと思うよ。」
電車が動き出して、すぐにトンネルに入ってしまったので、空間の細工とやらは分からないまま数分後、トンネルを抜けて端終駅に着いた。
昨日は真っ暗で景色なんて分からなかったが、今見ても木々に囲まれていて緑以外の色が分からない状態だった。
周りを見回していたら、光がすでに改札口に向かって歩いていたので慌てて追いかける。
「田中さんおはようございます。昨日の夜の件ですが、どうですか?」
「佐藤さんから聞いてるよ。調べてもらったけど、残念ながら彼、他の何処の駅にも映って無かったよ。」
「そうですか・・・・。」
「でも車内映像だとそこのトンネルを走行中に彼が急に現れるんだ。見るよね?」
「「お願いします!!」」
思わず俺も声を出してしまったので、光とハモってしまった。
駅長室に入れてもらう。
光が田中さんにコンビニで買った飲み物を渡していた。
田中さんは早速ペットボトルのコーヒーを開けていた。
「この辺りから見て貰えば良いかな。再生するよ。」
モニターに車内の映像が映し出される。
誰も居ない。
しかし。
数秒後、座席に俺が座っていた。
上向きで口を開けて寝ている。
そして約1分後に端終駅に到着していた。
「これは・・・・。急に現れたとしか思えないね。」
「佐藤さんがこれ見て交通省に報告に行ったよ。今中央で大会議してるんだろ?うちだと彼だけだったみたいだけど、他でも色々起きてるらしいじゃない。カミさんが昨日あちこちで聞いたみたいでさ。街中にスライムが大量発生しちゃったらしくて保健省のやつらが駆除道具持って走り回ってたってさ。」
「そうなんですか。」
田中さんは既にコーヒーを飲み終えていた。
空のペットボトルをゴミ箱に捨てて、光に「ごちそうさま」と言った後、「急に困っちゃうよね」と他のペットボトルを冷蔵庫にしまいながら「こっちは白木家が守ってくれてるから大丈夫だけどさ、なんでも黒木家の方の、霧野だっけ?あっちは相当ヤバいらしいよ」と言うと、何故か光が無表情になっていた。
そんな光を見た田中さんが「あっ、ごめんごめん。庶民の話だから気にしないで」と慌てて言うと、光は「大丈夫です。お気になさらず。」と返していた。
二人が話している間、俺は何回か映像を再生してみたが、本当に突然俺が車内に現れただけの映像でしかなかった。
「ダイゴ、そろそろ戻ろう。田中さんありがとうございました。佐藤さんや皆さんにもよろしくお伝え下さい。」
「へー、彼ダイゴっていうの?うちの息子もダイゴだよ。やっぱりダイゴ様にあやかったの?」
「そんな所です。では失礼します。」
光が田中さんにお辞儀をしたので、俺もペコリと頭を下げて駅長室を出た。
昨晩は分からなかったが、自動改札機が設置されているので、切符を通す。
料金体系どうなってるんだろう?
昨日はすぐ外に出たが、今日は階段を降りて煉瓦造りの壁に囲まれた通路を歩いている。
出口が複数あるのだろうか?
「さて、どうやって帰ろうか。ダイゴは馬車って乗った事ある?」
はい?
「え?馬車?バスじゃなくて?」
「うん、馬車。昨日は父に色々助けてもらったから。普段は馬車。揺れが苦手なら時間はかかるけどまた電車とバスに乗って帰るしかないね。」
「・・・・・・多分乗った事が無いから分からない。馬車の方が早いのか?」
「そうだね。電車とバスは待ち時間もあるから、今は馬車の方が早いね。」
「じゃあ乗ってみるよ。」
「すまないね。今は異変のせいで転移装置が使えないんだ。いつもはそれである程度の場所まで移動できるんだけど。」
転移装置・・・・ねえ。
馬車も転移装置も異世界って感じだな。
まあ馬車は牧歌的な雰囲気だが。
通路の先に階段が見えた。
なんだか地下鉄の駅から地上に出るみたいな雰囲気だ。
階段を上るとそこは石畳の道が整備されていて、道の向こうには小さな家や商店と思われる建物が建ち並んでいた。
馬車も人も行き交っている。
服装は、俺が思い描いている異世界の庶民という感じの服装の人もいれば、こちらの世界の俺のような服装の人もいる。
若い女の子が数人で何処か目当ての場所に行くのか、はしゃぎながら歩いている。
ある店の前には開店前だというのに行列ができていた。
男ばかり並んでいる。
「あれはラーメン屋だと思うけど、やっぱりラーメンはどこでも人気なんだね。あ、もうすぐ広場に出るよ。」
光がそう言うと、確かに進む先に開けた場所が見えた。
「今日は人が少ないね。いつもはそこの転移装置が稼働しているから待ち合わせしている人とかがいるんだけど。」
そういうもんなのか。
「勿論馬車も使うよ。だからそこに馬車屋がある。」
確かに転移装置の近くには大きな建物があり、その建物の前には何台か馬車が並んでいた。
馬はとても美しい毛並み・・・・ん?
脚・・・・おかしいな?
俺の目の錯覚か?
馬の脚って4本だよな?
さっきみた馬車も、今並んでいる馬車も、確かに4本脚だが、一台だけ8本脚だ。
「良かった!スレイプニルならかなり速いよ!」
光がそう言うと、嬉しそうに受付に向かって行ったが、スレイプニルって神話の世界のやつじゃないのか?!
昔やったゲームで出てきたやつ!
ドット絵でしか見た事無いやつ!
主人公の騎士が終盤で乗ってるやつ!
何?
この世界は馬車馬にスレイプニル使ってんの?!
俺が呆然としていると、光が駆け寄って来た。
「何してるの?手続き終わったから乗るよ。」
視線の先には銀色の毛並みが輝く8本脚の馬と、正装をした御者の人がニコニコしながら扉を開けてくれていた。