05.食堂
駅や商業施設のトイレだと、個室が1つしか無かったりして、緊急事態の際には人間の尊厳を失わずにいられるかがミッションになる事もあったりする。
するのだが。
ここには個室が3つある。
別に小便器も3つある。
洗面台も2つあるし、タオルも用意されている。
やはり白木の家ではなくて何処かの宿泊施設なのだろうか?
だとしてもメイドさんが居るなんて珍しい宿だよなあ。
まあいい。
用は無事足したし、鏡に映る姿はやはり若々しくて、元に戻っていない事も分かった。
しかし何故急に何も無かったはずの壁に扉が現れたのか?
あの年配のメイドさんは「後程」と言っていたから、説明はしてくれそうだが・・・・。
トイレから出ると、若いメイドさんが1人立っていた。
「お客様、主人が御一緒に朝食を、との事でございます。御案内致します。」
「朝食?えっと、今何時なんでしょうか?」
「7時過ぎでございます。」
朝なのか・・・・。
つまり今日は日曜日。
今頃あやめや遥は何の連絡もせずに帰って来ない俺をどう思っているんだろうなあ。
きっと携帯電話の着信履歴が恐ろしい事になっているんだろうけど。
メイドさんに着いて行きながら階段を降りていると、さっきまで俺が居た階が3階だった事が分かった。
やはり宿なのか?
でも主人と朝食って言われたしなあ。
主人って白木父の事なのか?
だとしたら大豪邸じゃね?
俺なんて一応庭付きの戸建だが、コンパクトだし、まだローンが残っているぞ。
白木父、何を生業にしているんだ?
この辺りの地主か何かなんだろうか?
食堂に案内されると、既に白木父と白木と、赤茶色の髪を後ろで縛っている女性と、同じく赤茶色の髪の青年の4人が食事をしていた。
「すまないが先に始めさせてもらっているよ。
体調は如何かな?」
白木父が俺に話しかけながらメイドさんに指示をしていて、俺は「もう大丈夫です。」と言いながら引いてもらった椅子に座った。
食欲をそそる良い香りが食堂中に漂いまくっている。
「食欲はあるかね?」
白木父ナイスタイミング!
「あります!いただきます!」
途端、目の前にスープ皿が用意され熱々のスープが注がれる。
コーンスープだ。
黄色い粒がたっぷりで、クリーミーな見た目の、飲む前から絶対美味いと分かるタイプのやつだ。
そして焼きたてのパンや、新鮮な野菜がたっぷりのサラダやスクランブルエッグにカリカリベーコンが乗った皿が当たり前のように用意されたぞ。
水やコーヒーまで用意してくれている。
いつもはあやめが入れてくれる熱い緑茶で朝食が始まるが、今日はコーンスープから行っちゃうぜ!
「食べながら聞いて欲しい。今から私が言う事は俄かには信じられないかもしれないが、時間が無いので手短に話す。」
俺がスプーンを持ったまま頷くと、白木父が話し始めた。
何このコーンスープ美味い!
コーンの甘味とクリーミーさが絶妙過ぎるぜ!
「昨夜君が車内で頭を打った後、我々は君に治療をさせてもらった。治療をしたのは妻だ。万が一まだどこか痛みがある場合は妻に言うと良い。それから君は記憶を失っていて、身元が分かるものも何も持っていないそうだね。今日は息子と駅と警察に行くと良い。もしかしたら何か分かるかもしれない。」
俺はパンを食べながら頷いた。
外側がちょっとサクッとしていて、中はふわっふわで柔らかくて何にでも合いそうな優しい味わいだ。
「さて、それでは本題に入ろう。昨夜君が車内で見たものは、こちらの世界には居ないはずのものだ。今この家はこちらの世界と我々が本来いる世界の狭間にあるのだよ。」
思わずサラダにフォークを突き刺してしまったぜ!
派手に音を立ててしまったが、テーブルマナー云々とか考えてる場合じゃなくねこれ?
「こちらの世界は我々からは『異世界』と呼ばれている。我々の世界はこちらの世界に対する認識を大多数が持っているが、おそらくこちらの世界の大多数は我々の世界を認識してはいない。」
白木父がコーヒーを飲んだ。
熱かったのか顔を顰めている。
「あちっ」とか言わないんだな。
白木父は何事も無かったかのように話し出す。
「我々は我々の世界がこちらの世界に何らかの悪影響を及さないように監視する役目を担っている。逆もまた然りだ。昨日、この付近の山に我々の世界にしかいないはずの害獣が出て、こちらの世界の人間に重傷を負わせてしまったのだ。おそらく君が車内で見たのも同類だ。それと君が居た駅だが、あの駅はこちらの世界の人間には我々が許可しない限り使えないはずなのだ。今ここにいる君の存在自体が、こちらの世界に異変が起きた証拠だと考えられるので、朝までは害獣等からの攻撃に備えて、窓や扉が分からないよう対策をしていたのだよ。」
最早食事どころでは無い話をされている為、俺の手は完全に止まっているが、他の3人は優雅に朝食を楽しんでいる。
「私は今から昨夜の件と君の事を上の者に至急報告せねばならない。状況によっては君自身から直接話をしてもらわねばならないかもしれない。なので君について何か判明して帰宅できるようであれば、我々といつでも連絡が取れるようにしておいていただきたい。もし状況が変わらないようであれば、しばらくは我が家に滞在していただきたい。構わないかね?」
うおーっ!
こちらに向けられている否と言わせない威圧感!
疑問形で聞いてるけど「はい」以外の選択肢無いだろ!と叫んじゃいそうな圧!
勿論俺は「はい」と言うしか無く、白木父は赤茶色の髪の青年に、俺には全く分からない言語で何かを言った後、俺に向かって、
「すまないが私はこれで失礼する。いつ戻れるか分からないので、家の事についてはこの輝を頼ってくれ。」と言って、ちょっと冷めたであろうコーヒーを一気に飲み干して颯爽と食堂を出て行った。
呆然としていると「やっとお話しできるわね。」と俺を見て微笑みながら赤茶色の髪の女性が言った。
「白木の妻のエミです。体の具合はどうかしら?」
「あっ、ありがとうございます。すっかり良くなりました。」
「念の為、ご飯を食べたら診療所まで来てね。大丈夫だったら外に出ても良いから。」
「分かりました。それであの、診療所って?」
「僕が一緒に行くよ。どちらにしろ彼と一緒に駅まで行かないとならないし」
白木がそう言うと、エミさんが白木を見て
「そうね。じゃあ彼の事よろしくね。」と言った後、再度俺を見て「ちゃんとご飯食べてね。」と言ってエミさんも食堂を出て行った。
やっと飯の続きを、と思ったのだが。