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01.「会ってほしい人がいるの」

俺は今、酒を買うべく電車に乗っている。

時刻は19時過ぎ。

車内は比較的空いており、まばらに人が座っている。

俺も座っているが向かいには誰も居らず、車窓から見える夕焼けの色をぼんやりと眺めている。

赤と青の美しいグラデーションがやけに目に沁みる気がする。


しかし俺の心は、これから紫に混じり合う夕焼けよりも一足先に真っ暗闇に包まれている。

理由は簡単。

先程娘の(はるか)

「絶対明日会ってほしい人がいるの」

なんて言われてしまったからだ。


遥は26歳。

大学を卒業して社会の歯車となるべく会社員として働いている。

それは良い。

遥には高校生の時から付き合っている男がいる。

それはあまり良くない。

そして先程。

その男に明日会ってほしいと言う。

それはつまり・・・・。

とうとう恐れていた事が現実になってしまうのか・・・・!

あれだ。

「遥さんを僕にください」とか言われるやつだ。

冗談じゃない!!!

いきなり愛娘を「ください」と言われて「はいそうですか」なんて言う奴がこの世にいる訳が無い。

大体どの面下げて言ってくるんだ?

しかし現実には「断る」と言った所で解決するはずも無い事は先人達から学んでいる。

妻のあやめから聞く限りだと、遥とそいつはもう10年付き合っている。

あやめは「(ひかり)ちゃんは良い子よ〜。こないだも遥を迎えに来てくれた時に私が好きなお店のケーキを持って来てくれたのよ〜。」とニコニコしながら言っていたが。

俺は今まで一度も会った事は無いが、あやめはうちに何度も遥を送り迎えするそいつに会っているそうだ。

遥と出かけるのであれば送り迎えは当然の事だが、あやめの好きな店のケーキを持参して来るとは。

おそらく一度や二度では無いのだろう。

俺が甘い物を食わないので、何を選んだら良いか分からないという事もあって、誕生日か結婚記念日位しか甘いものを買って帰った記憶しか無いので、奴には何らかのポイント稼ぎをしていそうな小狡い男という印象しかない。


以前から遥に「7月の日曜日はお父さん予定あけといて!」と事あるごとに言われてはいたが。

まさか男が挨拶に来るからなんて思ってもみなかった・・・・。

いや。

考えないようにしていたという方が正しいのかもしれない。

先程のリビングでの遥とのやり取りを思い返すと、

まあ俺も大人気無かったかもしれない。


俺が大五郎(だいごろう)(愛犬)と散歩前にボールで遊んでいた時に遥が声をかけてきたのがきっかけだった。

「お父さん」

「ん〜?あっ!大ちゃんボールそっちじゃないよ〜。こっちだよ〜」

「お父さん!」

「よーし大ちゃんえらいぞー。おやつ食べようねー。あ、遥なに?」

「絶対明日会ってほしい人がいるの」

「・・・・・・・・・・嫌だ」

「え?」

「お前あれだろ?男連れて来るんだろ?会いたくない」

「お父さん何言ってるの?今月は日曜日あけといてってお願いしてたじゃない」

「男連れて来て挨拶させようとしてるなんてひとつも言わなかったじゃないか」

「当たり前でしょ?もし言ったらお父さん絶対7月の日曜日全部朝から出かけちゃうでしょ?」

「当たり前だ。大体なんだ?結婚なんてまだ早い」

「は?お父さん23で結婚したくせに」

「・・・・時代が違う。多分。」

「時代?お父さんの頃だって、23なんて早過ぎるでしょ?私今26なの。光さんが来年から仕事の都合で海外に行く事になるから、その前にもういっそのこと色々」

「はああああー?そいつが海外に行くからお前が仕事辞めて結婚して付いて行きますってか?馬鹿を言うな。お前のキャリアはどうなる?結婚なんかしなくたって今はオンライン通話で会えるしだな」

「そういう事じゃないでしょ!私の仕事は今リモートでやれるか会社と相談中だし」

「何でもう結婚前提なんだ!大体今から式場決めても今年中には間に合わ」

「もう決めてあるから!あとはお父さんだけなの!」

「な、なな、何を?何だと?!俺だけだと!」


頭に血がのぼっているのが自分でも分かる位顔が熱い。

遥も眉間に皺を寄せている。

口もへの字になっている。

大五郎が心配そうに俺達を交互に見ている。


「もう2人とも声が大きいわよ。」


台所にいたあやめが困った顔をしながら俺達にアイスコーヒーを渡した。


「2人とも飲みながら聞いて。お父さんは今からならまだ間に合うから十四番(じゅうよんばん)駅の酒屋さんで水都(みずみやこ)って日本酒を買って来てね。遥は光ちゃんが明日何時に確実に来られるか確認して、そしたらお寿司屋さんに電話して時間を伝えて。注文はもうしてあるから。」

「おい待て酒ならそこのスーパーで良いんじゃ」

「お父さん」


あやめの表情は笑顔だが、この笑顔は有無を言わさないという圧しか無い笑顔だ。


「光ちゃんが日本酒が好きでね。こないだちょっと話した時に聞いた水都ってお酒はこの辺だと十四番駅から歩いて5分位のあの酒屋さんでしか取扱いが無いの。さっき電話で聞いたらあるって仰っててね、今から行きますってお伝えしたから。あと今日は大ちゃんのお散歩は私が行くから。」


そうして俺は電車に乗り、十四番駅まで酒を買いに行っている訳だ。

遥がすぐに寿司屋に電話をしだして、あやめが大五郎を伴って笑顔のまま俺を玄関まで連れて行ったので、結局遥とはあのままだ。

俺だけが知らなかったのか。

遥のこれからを。

愛娘の未来を。

俺は深い溜息をついて、そっと目を瞑り、最近の遥の言動を思い返そうと・・・・。


気がつくと俺は終点まで来てしまっていた。

うたた寝というレベルでは無い。

慌てて戻ろうとしたが、駅員さんから終電と言われてしまった。

俺の勘違いで無ければ終点まで行ってしまっても、まだ終電にはならないはずなんだが・・・・。

尿意をもよおしたのでひとまずトイレへ。

用を足して手を洗おうと洗面台に行った俺が見たのは、鏡に映る少年の姿だった。

良く叫ばなかったと思うが、鏡に映っていたのは確かに高校生の時の俺に間違い無かった。




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