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「わん娘が予防接種の待合室でおびえる話」

作者: 結晶蜘蛛


あたし、小林沙愛こばやしあさは狂爪病の予防接種のために病院に来ていた。

 狂爪病は獣人が体を変化させたときにできる鋭い爪や牙から感染する可能性のある病気なの。

 狂犬病とかと同じで人と動物の間で感染するから予防接種しないといけないんだって。


「オレは怖くないし……! 早く、オレの番が来い!」


 あたし以外にも予防接種に来てる親子が3組ほどがいる。

 さっきから1人が大声で母親にそう言ってる

 あたしは獣人種で焦げ茶色の犬に似た耳と尻尾がついてるしね。

 ダンジョンが日本に現れるようになって早くも100年、あたしみたいな獣人も珍しくはない。

 実際、同じ世に予防接種を受けに来た子たちが4人ほど来ている。


「何のアイスをおごってもらおうかな?」


 予防接種はワクチンを注射して行う。

 そして、注射は怖い。

 その注射が怖いことを母親に必死に伝えたら、終わった後にアイスをおごってもらえることになった。

 何のアイスをおごってもらおうかな。

 染み入る甘さのストロベリー。

 涼やかな感触のミント。

 やわらかな感触のチョコレート。

 うーん、トリプル頼むのもいいかも。

 考えてたら、よだれが出てきた。


「お、お母さん……」

「うん?」


 見てると、涙目で裾を引っ張ってる子がいた。

 栗色の髪にくりっとした目が特徴的な子だった。

 外国人の血が入ってるのかな、鼻が高いね。

 注射が怖いんだろうね。

 わかる。あたしも怖いもん。

 

「ねぇ、君。あたしは沙愛。あなたの名前は?」

澄湖すみか、……何の用?」

「あたしも注射まってて怖いと思って、お話したいなーって」

「わかる。怖いよね……」

「でも、これをあげるから一緒にがんばろ!」

「うん!」


 あたしはポケットに入ってた飴を上げる。

 彼女は飴を口に入れてにっこりと笑った。

 私もほっこりと笑う。

 近くを通っていた看護師さんが「あら~」といって通り過ぎていった。


「猛華さま、先生が呼んでおります」

「よっしゃ! オレの番だ!」


 さっきから母親に話しかけてる少女がガッツポーズをして処置室へと歩いていく。

 吊り目で短髪の気の強そうな印象の子だ。

 彼女は私たちを見まわした後、勝ち誇ったように笑って部屋へと歩いて行った。

 その後、すぐのことだった。


「ひぇぇぇぇんん……! 痛いよぉっ……!」


 泣き声が聞こえてきた。

 先ほどの子が大泣きし、母親に片手をひかれながら出てきた。

 私と澄湖は顔を見合わせた。


「次の方ー」

「次は私か……私はあんな無様をさらしたりはしないぞ!」


 次は人形のような子が処置室に進んでいく。

 白磁のような肌がすべすべしてそうなきれいな子だった。

 ふんすと、鼻息荒く処置室に入っていったのだけど、


「うわぁぁぁぁぁぁん! こんなことになるなんて私聞いてないもん!」


 と盛大な泣き声が聞こえてきた。

 泣き声から恐怖が伝わってくる。

 私の背中がきゅっと引き締まり、思わず生唾を飲み込んでしまう

 澄湖ちゃんを見ると、彼女も顔を引きつらせていた。

 思わず私を見て、手を握ってくる。

 ぶるぶると震えるのが伝わってきた。


「し、沙愛ちゃん……! いったい何が起きてるの……?」

「前の二人が大げさなだけだと思うから……!」


 あたしたちは互いに両手を合わせて震えた。

 時間がたつのがひどく長く感じた。

 このまま自分の番が来なければいいのにと思っていると、さっきの人形みたいな子が出てきて、澄湖ちゃんが呼ばれた。


「沙愛ちゃん……!」

「大丈夫、大丈夫だから……!」


 沙愛ちゃんが席を立って処置室へと向かう。

 彼女の恐怖に歪んだ瞳があたしを見る。

 あたしに力になれることはなくて、涙ながらに見送ることしかできなかった。

 大丈夫、大丈夫だから、と自分の中で何度もつぶやく。

 犬耳がへんにゃりとしぼみ、尻尾が丸まってるのを感じた。


「ひぃぃぃぃっ!」


 澄湖ちゃんの悲鳴が響きわたった。

 私は思わず耳を抑えて、目を閉じてしまう。

 もう目を開けたくない、身を丸めて時間が過ぎるのを耐えたの。

 そうしていると、何かが横切る雰囲気を感じ、目を開けると澄湖ちゃんが通り過ぎていった。

 あたしは声をかけようとしたが、彼女の憔悴しきった顔を見ると声をかけるのがためらわれ、声をかけられなかった。


「次のかたー」

「は、はい!」


 そうして、次はあたしの番だった。

 あたしは処置室へと足を運ぶ。

 見たことはないけど、絞首台に上るときの気持ちってこういう感じなのかな……?

 そう思って処置室に入ると、白衣を着た年配の男性が座っていた。

 優しそうな先生であたしはほっとする。


「それなら予防接種しますね」


 先生が注射を取った。

 注射器の先から薬液を少し放つ。


「それじゃ行きますね」


 医者があたしの腕を取り、伸ばす。

 ゆっくりと注射器が近づいてくる。

 注射器の先端は鋭く、きらりと光り、あたしは身を縮めるのだった。

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