一纏めにお手伝いを
お読み頂き有難う御座います。
残酷パートになります。お気をつけを。
ケンマ・バレトンネは縛られて、がたがた揺れる馬車に放り込まれ藻掻いていたいた。
夢のような旅行になる筈だった素晴らしい計画は生意気な婚約者の領民に台無しにされ、おまけに可愛らしい少女チャンミーとも引き離されたのか、はぐれてしまった。
高位貴族レレンレーノの落胤であるチャンミーは、堅苦しくて真面目な婚約者と違ってとても使い勝手が良かった。
多少田舎臭いしマナーも皆無だが、無邪気で面倒なことを言わない。ケンマの自己顕示欲を高めてくれるし、体の相性も良かった。
ちょっと羽目を外すことにも付き合ってくれたし、理想の愛人だった。
婚約者は単なる契約相手で仕事の相棒、そして領地付きの便利な道具として利用したい。
後ろ盾のある愛人には癒して貰って、高位貴族の遺産も有るようならそちらからの融資も受け取りたい。
冴えない年寄り伯爵家の三男として生まれた割に、何と恵まれた待遇なのだろう。
陰険な長男より、チャラチャラした次男より、真面目に過ごしてきたから、このような幸福が訪れたのだ、とケンマは信じていた。
母親からも、何て運のいい愛する子、と褒められていた。
だが今は。
金銭が無かったから、少しばかりツケにしようとしただけなのに。殴られ蹴られ、積み荷のようにぞんざいに運ばれ、地下牢で尋問を受け……挙句の果てに、ボロ屋に投げ出されて暫く経つ。
どれだけ藻掻いても縄は切れそうにない。ケンマは辺りを見回した。
足の折れたテーブルに、割れた花瓶。座面が抜けた椅子など調度品はボロボロだった。
元々は美しかったであろう壁紙は、隅にほんの少ししか残っていない。
床板は剥がれ……いや、最近無理矢理剥がされたような後がある。何故か土が剥き出しで盛り上がっていた。しかも、古い油の匂いがする。
「……?」
夜になったらしく夏でも凍えるような隙間風に身を震わせていたら、近くから声が聞こえる。ふたりは両方女の声で、若い女と中年女の声のようだ。
「婚約は白紙撤回となりました」
「ヤメテヤメテヤメテ!! ケンマちゃんをイジメないでーーー!」
ケンマは驚愕した。
母親の声だったからだ。何故此処に母親が居るのだろう。
「どうして貴女の頼みを叶えなければならないのですか?」
「可愛いケンマちゃんは、伯爵になって誰よりも幸せにならないといけないの! お前はその手伝いをするの!」
「お手伝いなんて嫌ですわ」
「なんて生意気なのーーー! そんな子だから、愛されないのよ!」
まさか、ケンマの婚約者のマガレッタだろうか。
何故こんな所で母親を虐めているのだ! と怒鳴り込みたかったが、喉からは掠れた空気しか出なかった。
どうやら運ばれる際に何かの毒物を飲まされたらしい。
どうして婚約者に恨まれるのだろう、とケンマは憤った。
筋を通そうと愛人を紹介して気を遣ったりしたのに。伯爵として幸せになる為に、色々譲歩したのに。
何故、真面目な自分を評価しないのだろう。
「全て貴女がいけないんですよ」
「え?」
「だって夫人。婚約者がいらした未成年の内に、教師と不埒で不適切な関係を結ばれたでは有りませんか」
勝手な思い込みに浸っていると、耳を疑うような会話が聞こえてきた。
「……両想いで純愛よ! センセーの悪口言わないで!」
「別に言ってませんわ。そんなに教師と両想いでしたら、何故教師は責任を取られなかったのかしら」
「そ、それは……身分差で。オコチャマには分からないのっ!」
「同年代のご婦人方にお聞きしたら、当時は『見目がお好みでない』と振られていらしたと評判でしたよ」
「ちが……違うの! センセー、照れてるだけなの!」
この幼稚な喋り方は何なのだろうか。
幼女のような言い草で、倫理観の欠片も無い発言は。
違う。
ケンマの母親は、優しくて……。年の離れた不品行な父親の不倫に悲しむ倫理的な賢夫人の筈だ。
「レレンレーノ侯爵家のご長男に縁遠くなると、遠いご親族を探し当てて、ケンマ様を授かったのに、ですか」
「アレは……だって、センセー、子供はまだ早いって……」
そして、追加でケンマの頭を殴るような言葉が響いてきた。
遠いご親族……?
センセー、とやらの……レレンレーノ侯爵家の長男の遠い親族と浮気をした?
父親を裏切った? しかも、レレンレーノ家の本家の血筋ですらない男と?
ケンマの全身の血液が煮え滾って、ざっと冷めていく。
バレトンネ家の血筋ではない。レレンレーノ本家の血筋でもない。
あの幼女よりも幼稚に喚く母親の……低位貴族の血筋しか、無い。
それに気が付いたケンマは、ビッショリと冷や汗に塗れていた。
「バレトンネ伯爵家との契約は、バレトンネの血を継がないケンマ様では相応しく有りません」
「しょ……証拠がないわっ! ファブリスは産んだもの!」
「何故、生まれ年を偽って遠ざけた御子息のお話を? 誤魔化しの材料にはなりませんよ」
「なんで……」
ファブリス……次男である兄の生まれ年を偽った? ケンマは漏れ聞こえる理解出来ない情報に、混乱した。
「あの、少しは察して頂けませんか? か弱い私が貴女への説明役を仰せ使ったこと。
それって、レレンレーノ侯爵家のご指示だと……何故分かって頂けないのですか?」
困惑したマガレッタの声が聞こえる。
確かに、処罰だけなら連行されて問答無用で家を潰されるだろう。
マガレッタが来たのなら、助かるということ……!
説明もされていないのに、ケンマは希望を持った。母親も同じだったらしい。
「レレンレーノ……。助けてくれるの!? そうよね、あの小娘、センセーの子供だもの! 母親は大っキライだけど、娘はケンマちゃんのお手付きだから」
「ええ、各ご当主から一纏めに処分を仰せつかりました」
「……ぎゃ、え、あがっ……」
ドタバタ、バタバタ……。何かが壊され、鈍い音が響き暴れる音がする。
しかし、悲鳴すら聞こえない。
ケンマは息を呑んだ。
「離縁だって手間が掛かるのですわ。
用意や後片付けをされない方ほど、物事を台無しするのは何故かしら」
「やらない奴ほど文句を付けたりしてくるもんねー。アレ俺嫌ーい」
「同感ですわ」
もうひとり……いや、マガレッタと母親以外に、複数人居たのか。
親しげに、マガレッタと話す、その声は……聞き覚えがある。
「此処、レレンレーノのヒミツの保養地なんだってよー」
ギシリ、ギシリと床を踏む音がする。
ケンマは逃げようと動き、床の盛り上がりにぶつかった。
「っ!」
暗くて見えないが、手の甲に触ったのは古い糸の……レースの手触り、そして……土に塗れた誰かの手だった。
「あの丹精込めた葡萄酒小屋の、苦心して作った葡萄酒樽のようにしてあげて、とオジェーヌ様が仰っておられました」
「大事なものと一緒の末路かー。お優しいね」
「親子と、愛する者同士が一緒に……。お手伝いだなんて、何だか気が引けますわね」
「うんうん、共同作業だね、レティ」
ケンマは藻掻いた。だが、縄は切れない。
動けば動くほど、近くの土にぶつかり……乾いた革のような、干物のような物に足が触れた。
「沢山恨まれた貴方がたの番ですわ、ケンマ様」
「!!!!」
廊下の足音は去り……辺り一面は何時の間にか明るく照らされていた。
レレンレーノ侯爵家の端とチューケン伯爵家の端が細く繋がってる場所が、ヒミツの保養地だったようです。




