ふたりの訪問者
お読み頂き有難う御座います。
真面目詐欺な婚約者は結構直ぐに捕まったようです。
ケンマ・バレトンネは、2日後の日が沈む前に呆気なく捕まえられた。
村で盗みを働こうとしていたらしく、袋叩きに遭っている最中だったらしい。
ご自慢の頭も顔も殴られ放題だったらしく、情報と引き換えに、牢で形ばかりの治療を受けている。
なんと、レレンレーノで起こった火事に関わっているのかも……。
実は、態々チューケン邸に浮気を知らせに来た際、速攻で婚約破棄の手続きの早馬を走らせたので、それは良いのだが……。
しかし、何故かもうひとりが見つからない。元々庶民だから上手く逃げ果せたのだろうか。
寧ろ、マガレッタの本意は、嫌だがそっちも大事だったのだ……。
早く捕まえないといけない。
あの浮気相手の平民の娘がレレンレーノ侯爵家の縁者の可能性は……マガレッタの知ったことではない。知りたくもなかった。
マガレッタの下瞼には、隈が出来ている。昨日は一睡も出来なかったからだ。
「お嬢様」
「……何かしら。例の者は見つかった?
それとも、レレンレーノ侯爵家へ遣わせた使者は戻ったのかしら?」
マガレッタはレレンレーノ侯爵家から不手際を咎め立てられるのでは、と不安で仕方ない。
だが、気晴らしに読み耽ってしまった恋愛小説の切なさで胸がいっぱいになっている。
実はこんな所でヤキモキしていないで、自室に籠って感想を綴りたい……。お家の危機にそんなこと出来ないけれど、引き籠りたかった。
お忍びで、本屋さんへ向かいたい。推し作家の本を山のように買いたい。
それから、愛する領地の喫茶店で柑橘を混ぜたケーキを食べながら大好きな恋物語を読んで……と、現実逃避がしたかった。
「結婚式でお忙しいとは言え……。レレンレーノ侯爵家がご理解くださるといいけれど」
呑気にしていたいが、言っていられない。
ノロノロしていたら、チューケン伯爵家がバレトンネ伯爵家を庇い立てしている! なんてと誤解されることにならないだろうか。
無いと願いたい……。
が、相手は名家レレンレーノ侯爵家。機嫌を損ねたら、寄り子の伯爵家なんて直ぐに潰される。
色々考えて頭が痛くなってきたマガレッタの元に、父親の執事が同じく頭痛を堪えた顔でやってきた。
「お嬢様、彼の者が色々と白状しました……。大変なことですぞ」
「何をしたの、あの男……」
「ケンマ・バレトンネがレレンレーノ侯爵家の小火騒ぎに乗じて、葡萄酒やら古着を盗んでいたそうです」
何となく察してはいたが、本当だったとは。
真面目な男で、婚約者にぴったりです! と紹介された婚約当初は何だったのだ、とマガレッタは気が遠くなった。
貴族の殿方が平民の娘を見初める物語は、確かに素敵だ。けれど……ああいうのは、清らかな心根で美しい容貌の登場人物達の恋物語だからこそ、麗しくて美しい気持ちで応援出来るのだろう。
現実はなんだ。
心根の貧しい知り合いの事情なんて、かなり気持ち悪いし悍ましい。それよりもとばっちりで降りかかる火の粉がどれほどか恐ろしく、考えたくもなかった。
「お客様がいらっしゃっております」
「レレンレーノ侯爵家から!?」
「いえ、バレトンネ伯爵家からです」
「良かった……、いえ、でも何方が?」
取り敢えずレレンレーノ侯爵家に即座に兵を向けられないで良かったのだが、バレトンネ伯爵家の方が先だったとは。
かの年配の当主がやっと重い腰を上げたのかしら……と思いきや、違うらしい。それなら執事はきちんと『バレトンネ家当主』や『バレトンネ伯爵』と伝えてくれる筈だ。
誰かは知らないが、何故マガレッタに面会なのだろう。
もしや、時間稼ぎ? 何の為に……。レレンレーノ家の門戸に平伏した方が良いに決まっているのに。
「ケンマちゃんを返してー! この、乱暴者ーーー」
信じられない程のけたたましい声が、かなり奥まであるマガレッタの自室まで響く。どんな声量をしているのだろう。
「……まさか、平民の浮気相手が乗り込んで来たの?」
「いえ、バレトンネ伯爵夫人です」
すわ平民を家に通してしまったか、と警備兵を疑ったが、貴族相手では通さざるを得なかったようだ。
「何故……。早すぎない?」
なんと、ケンマ・バレトンネの母親が乗り込んで来たらしい。僅かしか経っていないし、王都にいる筈だ。その辺の隣の家の距離ではないのだ。
何故だろう。
「何故ウチが、あの男を捕まえたと知っているのかしら……」
「それが……どうやら、バレトンネ伯爵令息と浮気相手の旅に同行していたようなのです」
「婚約者を蔑ろにする息子と浮気相手の浮気旅行に、母親が!?
あの方……どういう思考回路を為さっているの?」
とんでもない家と縁を繋いだのでは無いか、とマガレッタは頭が痛くなった。
「ですが……もうおひとり見えでして」
「え、もうひとり? 何方?」
執事の後ろに立っていた侍女が、大きな花束を抱えている。
淡く優しいピンクと甘い蜂蜜色で纏められた、柔らかく香る薔薇の花束だった。
「バレトンネ伯爵令息ファブリス様より、お嬢様への贈り物で御座います」
「綺麗ね……。って、……知らないわ。一体誰なの?」
物語に出てくるような素敵な薔薇だが、マガレッタには贈られたことも無く、縁がない。
しかも、ファブリスという名前に全く覚えがない。
それに、何故バレトンネ家の人間が別々にマガレッタを訪ねてくるのだろう。
常識のない女性が姑になる未来から、マガレッタは逃げられるでしょうか。




