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半魔の少女は英雄譚を望まない  作者: 水無月七海
第一章 始まりの出会い
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第8話 アレクさん

 下山して街へ戻る為に、私は人間の人と一緒に、山道を歩いていた。

 今まで一人で歩くことしかなかった道を、誰かと一緒に歩くというのは、パーティーを組んでいるかのようで、ちょっとだけ胸が弾む。


 “ちょっとだけ”なのは、この人が実際はパーティーを組んでる相手ではなく、生殺与奪を握られているに等しい相手だからだ。

 命を預ける間柄という意味では同じかもしれな…………いや、やっぱり無理がある……。


 ……などと、益体のないことを考えていると、歩調を合わせて横並びで歩いてくれていた人間の人が、私に話しかけた。


「そういえば、今更なんだけど……自己紹介をしていなかったね。」


 言われて、確かにそうだった、と思った。

 極力他人と関わって来なかった弊害だろう。命の恩人に対して、今まで名前を聞こうとすらしなかった。


 いや、命の恩人ではあるのだけれど、秘密を知られた相手でもあるので、無意識に名前を聞くのを避けていた……ということも、あるのかもしれない。

 それに、名前を訊ねたら、私も名乗らない訳にいかない。

 自分の名前を教えるのにも、少し抵抗があった。

 そんな私の内心を察した……のかは、定かではないけど、人間は自ら名乗りを上げた。


「おじさんの名前は、アレクだ。」


「…………。」


 私は続きを待った。


「…………。」


「…………。」


 ……何故だろう、沈黙が訪れた。


「あー……はは……君も名前を教えてくれると、おじさん嬉しいんだけど……。」


 何だか困ったように、人間の人──アレクさんは笑った。


──……私が『半魔』だから、言わなかったのかな……?


 人間の国では、名前を名乗る時は、三節に分けて名乗るという慣習がある……ということは、一応私も知っている。

 自分の名前・家の名前・出生地、を続けて名乗るのだ。

 だから例えば、山岳都市ルミオラの生まれで家名がサンだったら、「アレク・サン・ルミオラ」……みたいな言い方になるんだけど……。

 でも、この人は「アレク」とだけ名乗った。


 初対面で家名や出生地を言わないのは、後ろ暗いことがある人間だけだ。というのが、人間の国では常識とされている。

 素性を隠したいのか、家名や出生地を持たないから名乗れないのか……そんなふうに、疑いの目を向けられてしまう。なので家名と出生地を続けて名乗るのが一般的だ。

 事実、魔族は家名も出生地も持たないと聞くし、『半魔』の場合は、家名は親のものを名乗ることも出来るかもしれないけど、出生地というのは持たない。


 アレクさんが私に素性を隠す意味はないだろうし、家名や出生地を持たないような、訳アリな人間とも思えない。

 だから、私が名乗りづらくならないように、自分も名前だけを告げたのだろう……と思う。


 ……すごく気遣われてしまっている。

 何だろう、もしかしたら、物凄く子供扱いされてるのかもしれない。

 アレクさんとは、そこまで歳が離れ過ぎてるって訳でもなさそうなのに。


 と、その辺りで、隣から、わざとらしい咳払いが聞こえてきた。


──……あ。……考え込んじゃってた。


 どう考えても待たせ過ぎてしまった。

 名前を言うだけなんだから、言ってから考えればよかった……と、ちょっぴり反省する。


「……ご、ごめんなさい、ちょっと考え事を……。」


 そんな言い訳というか前置きをしてから、私は自分の名前を告げる。


「……名前、フィリア、です。」


 名前を教えたら、アレクさんは明らかにホッとした様子を見せた。……ほんとごめんなさい。


「フィリア、か……良い名前だね。」


 社交辞令かもしれないけど、そう言われるのは嬉しかった。


 今まで、ギルドの依頼とか買い物をする時以外で、人間とこんなに会話することがなかった。

 そのせいか、いつの間にか、随分と気を許してしまっていたらしい。

 アレクさんが悪い人間には思えないから……というのも、あるだろうけど。


──……歩いてる間、周囲への警戒もしてなかったし……ほんとダメだな、私……。


 やっぱり私は、冒険者としては、危機感が足りてないんだと思う。

 まぁ危機感だけじゃなくて、勇気も覚悟も実力も足りないんだけど。……足りないものだらけだ。


──……冒険者を続けてれば……足りないもの、少しずつ足りてくるのかな……?


 ……そうであると思いたい。


──……気分が落ち込まない内に、歩くことに集中しよう……。


 軽く息を吐いて、気持ちを切り替える。


 それからは、ちゃんと周囲を警戒しながら、歩くこと数分。

 山麓に近い場所まで戻って来たらしく、地面の傾斜をほとんど感じなくなった。


 この付近まで来れば、危険な魔獣に遭遇する可能性は、ほとんどなくなる。

 何せ麓までは、一般人も採取や動物を狩る為に立ち入りを許可されているのだから、ほぼ危険はないと見なされている。


 しかし、裏を返せば、人間との遭遇率は上がる、ということだ。

 フードで耳を隠せない今の私は、人間にも見付かる訳にはいかない。

 より周囲への警戒を強めなければいけないだろう。


 ……と、そこまで考えて。


──…………あ。……耳を隠さないと、街に入れない……。


 そのことに、ようやく気付いた。

 そのせいで、足が止まる。


「ん?……フィリア?」


 急に歩くのを止めた私を訝しむ様子で、アレクさんの声が、斜め前から聞こえた。


「……その……耳、このままじゃ……街には、戻れません……。」


 私は俯きながら答える。


「……ああ。それもそうか。」


 予備のローブなんて、準備していなかった。ベルトポーチに収納出来るサイズじゃないから、用意しても荷物になるだけ……としか思えなかったから。

 こんなことになるなら、ベルトポーチのような小物入れサイズじゃなくて、もっと大きいサイズの空間バッグを買っておくべきだっただろう。

 でもサイズが大きくなると、物凄い値段になるので、今の私では到底、手の届かない買い物なのである……。


 ……けど、今はそんなことよりも!

 今現在、予備のローブを持っていなくて、他に頭を隠せる物も持っていない、という状況が問題な訳で……。

 ちょっとどうして良いか分からなくて、現実逃避したくなった時、


「うーん……いや、でもあれは……。」


 というアレクさんの呟きが聞こえた。


 瞬間、私は弾かれたように顔を上げた。


「……何か、あるなら……み、見せて貰っても、良いですかっ……?」


 この際、頭を覆える物なら、ちょっとくらい怪しくても良い。贅沢は言わない。

 冒険者証が身分を証明してくれるのだから、街には入れてくれるだろう。……多分。……そうだと良いな。


「ああ。うん。」


 ちょっと驚いたような顔で頷くと、アレクさんは、肩からかけていた大きな袋の中に手を入れて、黒い色をした、つばの広い帽子を取り出した。


──……なんか、思ってたよりも、ずっと普通の物が出てきた。


 見た目は、魔導士の人がよく使ってる、先の折れたトンガリ帽子のように見える。


「これ、一応見た目はまともなんだけどね……お勧めはしないなぁ。」


「……何か、問題が、あるんですか……?」


 と訊いてみれば、アレクさんは苦笑しながら答えた。


「被ってる間、魔力を吸われ続けるだけの魔導具で、……まぁ、いわゆるハズレ装備だね。」


 なるほど、デメリットしかない装備、っていうことらしい。でも……──


──……多少魔力を吸われるだけなら。……メリットの方が、大きい……!


「……アレクさん、その帽子、借りたいです……!」


 普段より語気を強めて、すかさず言葉を放った。


 アレクさんは多少困惑した様子を見せたけど、


「う、うん……どうぞ。」


 私の勢いに押されるようにして、帽子を差し出してくれた。


「……ありがとうございます……!」


 お礼を言って、帽子を受け取る。

 ……私的には見た目がまともな帽子を借りられて満足な結果、なのだけど……、


──……アレクさん、少し引き気味な気がするけど、…………気のせい……だよね……?


 客観的に自分の言動を振り返ってみると……「デメリットしかない装備だから止めた方が良い」と言われたのに、全力で欲しがった……みたいな状況、な訳で……。


──……あ、あれ?……もしかしなくても、私……変な子だと、思われてる……!?


 そんな事実に気付いてしまうと、やらかしてしまった感が半端ない。


「……そ、その……耳を隠すのが、最優先、なので……。」


 と、今更かもしれないけど、慌てて弁明を加えておく……。


「それは……まぁ、そうだよね……。」


 アレクさんは曖昧な表情で肯定してくれたけど、うん……気を遣われてる。


──……デメリット装備が好きな変な子じゃないんです、決して……。


 ……でも、やってしまったものは、しょうがない。

 今は違和感なく頭を隠せる帽子を借りられたことを、素直に喜んでおこうと思う。


 たまたまアレクさんがこの帽子を持ってたのは、付与能力がマイナス効果だけだったから、売れなかったということだろうし、私にとってはこの帽子に付与されてたのがプラス効果じゃなかったのは、幸運だったと言える。


──…………あれ?……デメリット装備をありがたがってる時点で、やっぱり私、変な子かもしれない…………。


 そ、それはそれとして!

 アレクさんは「魔力を吸われる」と言っていたけど、どの程度の量を持ってかれるのかは、先に確認しておきたいな……という訳で、私は帽子を被ってみることにした。


 サイズが少し大きめではあるけど、ちゃんと耳は隠れるので問題ない。

 心の中で1、2、3~と秒数を数えながら、自分の体内の魔力の減り具合を意識してみる。


「魔力欠乏になりそうだったら、すぐに言うんだよ?抱えて運ぶくらいは出来るからね。」


「……はい。」


 心配そうなアレクさんに、取り敢えず頷いてはみるけど……。


「…………?」


 何だか全然魔力が減ってる気がしなくて、私は首を傾げる。


──……徐々に減ってく系じゃなくて、時間区切りで一気に減る……とか、なのかな……?


 けどそれだったら、すぐに減少量を確認する方法はない。

 取り敢えず、急に魔力欠乏で倒れる可能性もある訳だから、アレクさんには言っておかないと……と思って、私はアレクさんに伝えておくことにした。


「……今のところは、魔力は大丈夫そうです。……でも、急に倒れる可能性があるかもしれない、ので……その時は、よろしくお願いします……。」


「うん。了解だ。……無理はしないようにね?」


 そんな風に言うアレクさんからは、心配されてるのが伝わってきて……私は申し訳なく思いながら、感謝の言葉を口にする。


「……はい。……ありがとうございます。」


 それから私達は、街に向けて、止まっていた歩みを再開させた。

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