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半魔の少女は英雄譚を望まない  作者: 水無月七海
第一章 始まりの出会い
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第6話 A:少女

──……さて、どうしたものかなぁ……。


 冒険者が“アレ”に襲われるのを見て、咄嗟に助けには入ったが……。


 “アレ”は俺の放った一太刀に怯み、しかしそのまま煙のように消えてしまった。

 残されたのは、“アレ”に襲われ、気を失ったままの少女だ。


 年の頃は十二歳前後だろうか。

 自分に娘がいたら、このくらいの年齢であってもおかしくはない。……まぁ、もう少し年齢が上でもおかしくはないか。

 もっとも、少女の髪は銀色で俺の髪は暗めの赤色なので、自分の娘のようには思えないが。

 だからと言って、放っておけるものでもない。


 そもそも“アレ”は一時的に撤退しただけで、俺がいなくなれば、再びこの少女を襲うだろう。

 他の魔獣に見付かっても同様、気絶しているなら自力で対処出来るはずもないのだから、放置しては見殺しにするも同然だ。


──……冒険者ギルドに任せる手もあるが、しかしこれは……。


 少女の着ていた灰のローブ、そのフード部分が、恐らく“アレ”の攻撃によって、弾け飛んでしまっていた。

 何らかの魔法で防御はしていたのだろう、頭にはこれといった外傷はないようだが、それ以上に見逃せない点があった。


 その少女の頭からは、人間にはあり得ない、獣のような耳が生えていた。


──『半魔』、か……。


 人間と魔族が交わって産み落とされた子供。

 親である魔族の特徴を身体の一部に受け継ぐ、忌み児。


 彼女が自分の出自を公にして冒険者活動をしているのであれば、冒険者ギルドに連れて行けば良いのだが、わざわざ『半魔』だと公言するとは思えない。

 この年頃の少女であれば尚更、『半魔』だとは知られないように生活していたことだろう。


──……ちょっと面倒な事にはなるかもしれないが……。


 ……まぁ、捨て置くという選択肢は最初からないのだ。

 起きるまで待って、一緒に山を下りれば、それで良いか。……などと、俺は安直に考えていた。


 それから、寝苦しくないように、少女を仰向けの体勢にさせて。

 周囲に落ちている木の枝を集め、ついでに転がってる石も集めて、簡易的な焚火を作る。

 火が燃え広がらないように石で囲って、地面に生えている草も、引っこ抜いて燃料に加えておいた。


 念の為に周囲の生物の気配を探してみるが、“アレ”が去ってすぐには、他の魔獣や動物達も姿を見せることもないだろう。


 俺は周囲の安全を確かめた後、空間バッグから、適当な肉を引っ張り出す。

 いつ仕留めたかは記憶にないが、下処理を終え済みの、兎系の魔獣肉だ。

 空間バッグは中に入れている物の時間が経過しないので、記憶にない肉であっても特に問題はないだろう。


 鉄串を空間バッグから取り出して、半身の魔兎肉に、平行に二本ずつ突き刺していく。

 同じくバッグから塩、胡椒を取り出し、肉の両面全体に大雑把に振りかけていく。

 焚火の周囲の土に、鉄串の持ち手部分を刺して埋め込んで、後は待っていれば、そのうち完成する。

 まぁ、野外で簡単に作れる食事だ。


 手近な場所にあった倒木をお借りして、肉が焼けるのを待つ間の椅子替わりに使わせて貰う。

 ついでに、丸太の向こう側は少女の位置からは死角になるので、俺の剣はそこに置いておこう。

 目が覚めた時、知らないおっさんが武器を持っていたら、警戒させてしまうだろうからな。


 俺が食事の準備をしてる間も、少女は目を覚まさなかった。


 火に炙られている魔兎肉の表面が色付いてきた辺りで、一旦鉄串を地面から抜いて、180度回転させてから、再び鉄串を地面に刺し直す。

 肉から滴る脂と流れ落ちた塩が燃えて、パチパチと小気味の良い音を立てる。周囲には、実に食欲をそそる香りが漂っていた。

 だが、まだ我慢だ。準備は簡単だし、直火に放置しておくだけの、料理とも言えないような料理だが……やはり肉が焼けるのには、相応の時間がかかる。


 もう片面が焼けるのを待っていると、ふと、少女の頭の耳が、ピクっと動くのが見えた。


──肉が焼けても起きないようだったら起こそうと思ってたが……自力で起きれるなら、その方が良いだろう。


 知らないおっさんに起こされては、トラウマを植え付けてしまう可能性だってある。

 仮にも少女は冒険者なのだから、そこまで繊細な気性はしてないかもしれないが……まぁ、そうでなくてもセクハラだ何だと言われるかもしれないので、なるべくなら触れない方がお互いの為であろう。


 丸太に座ったまま少女を観察していると、少女は目を開けたが、まだ夢現の状態のようだった。

 身体を起こす気力も残っていないのか、寝たままの状態で、時々小刻みに震えたり、涙を流したりしている様子が見て取れた。


──“アレ”に襲われて死にかけたのだから、当然か……。


 ふと、少女の顔が、こちらを向く。

 俺に気付いたのではなく、焚火の弾ける音が気になっただろう。

 しかし、時間を置かずに、俺の姿も認識したようだった。

 お互いに姿を認めたのだから、ここは年長者の俺から声を掛けるべきだろう。


「もう起きても平気なのかい?」


 なるべく優しい口調で、俺は少女を気遣う言葉をかけた。


 少女の瞳はまだ夢を見ている様子で、その口から出てきたのも……、


「……お父、さん……?」


 ……という、まぁその……完全に予想外の言葉だった訳だが。


──……こういう時、何て返せば良いんだろうな……。


 なるべく少女を傷付けずに済むように、と…………考えてはみたんだが、気の利いたセリフなどは、俺には思い付かなかった。


「…………いやぁ……残念だけど、おじさんは君のお父さんではないなぁ……。」


 直後、長い沈黙があった。

 そうして少女は、ポカンとした表情をして、


「…………………………ぅえ?」


 と、間の抜けた声を返した。


──…………うん。……やってしまったな、俺……。


 そこからは少々、いや、中々に気まずい空気になってしまった。


 少女は慌てた様子で「……ご、ごめんなさい、人違いでした……!」と謝ってくれたが、俺の方が居た堪れない。


 ただまぁ、現実を突き付けたことによって、少女の瞳には理性の色が戻ったので、そこだけは良しとしておこうか……。


 しかしこの空気は耐え難いものがある。

 肉が焼けていれば、食事を勧めることで場繋ぎが出来るんだが、そんなにタイミング良く焼け終わる訳がないじゃないか。

 少女と魔兎肉に、何度か交互に視線を彷徨わせるが、やはり肉が食べ頃になるまでには、もう少しかかりそうだ。


 俺がそんなことをやっている間に、少女はどこからかマジックポーションを取り出していた。

 冒険者なら、空間バッグの類は持っているだろうから、それ自体に疑問はない。

 だが、マジックポーションを取り出したは良いが、何故だか飲むのを躊躇っているように見えた。ただ、その理由には、すぐに思い当たる。


──……ああ。そうか。マジックポーションって不味いんだったな。


 俺はまともな魔法を使えないので今まで縁がなかったが、マジックポーションを飲んで顔を歪めている魔導士を何度か見かけたことがある。

 その不味い液体を一気に口の中に流し込んだ少女も、涙目になりながら飲み下していた。

 相手が女児だからか、何となく微笑ましい気持ちになる。……ああいや、俺に『少女を愛でる趣味』などないことは、予め明言しておこうと思う。


 それはそうと、気まずい空気にしてしまった以上、俺の方から声をかけないとダメだよなぁ……などと考えていた矢先、


「……あの。」


 と、少女の方から声を掛けられて、ちょっとばかり驚いてしまう。


「うん、何かな?」


 俺はすぐに返事をして、続きを促す。

 大人としてはダメな思考なんだろうが、この状況で自分から話題を振らずに済むなら、むしろありがたいというものだ。


「……貴方が、助けてくれた……んですか……?」


 問われて、一瞬、言葉に詰まる。


──何から助けたのかと問うべきか……いや、この子は分かっているか。


 少女の不安そうな瞳を見れば、自分の置かれている状況を理解したのだろう、と。短い思考を経て判断を下すと、俺は場を和ませようと、冗談めかしく答えることにした。


「本当なら、街に連れ帰って、ギルドにでも預けようかと思ったんだけどね。……あー、その……ギルドに預けても、大丈夫なものか……と、ね。」


 俺の言葉を聞きながら、少女の顔色が青くなっていった。

 次に頭を両手で押さえて、さっきまで気にすらしていなかった獣の耳を、必死で隠そうとする。


 その姿を見て、俺は──


──……判断を間違えた……。


 後悔する。

 俺が相対していたのは、危機管理能力の高い冒険者ではなく、冒険者に成り立ての、ただの子供だった。

 言葉遣いから、年齢以上にしっかりしてそうな印象を受けたから。俺が彼女の耳を見て、敢えて何も言わないのを理解してるんだと思ってしまった。


──……いや、言い訳だな……。


 それに、酷なようだが……彼女にとっても、俺と別れてから気付くよりは、今の時点で気付けた方が良かっただろう。

 今ならフォローも間に合うだろうし、な。

 だが、俺が言葉を探し終わるより、少女が口を開く方が早かった。


「…………助けて、くれて……ギルドに、連れて行かないで、くれて…………ありがとう、ございます……。」


 少女は震える声で、感情の乗らない声で、お礼を言った。

 見ていて、痛ましかった。


 少女の瞳から、輝きが失われていく。

 少女の身体から、力が抜ける。

 少女は獣の耳を隠すことさえ、やめてしまう。

 少女は、止まらない涙を流し続ける。


 一連の動作から、少女の心の中が、手に取るように分かってしまった。


「心配しなくても良い。君が『半魔』だってことは、誰にも言わない。だから……──」


 ……目の前の少女に、もう俺の言葉は聞こえていないようだった。


──……いや。言葉が聞こえていても、この言い方ではダメだな……。


 見ず知らずの人間が、「誰にも言わない」などと言ったとて、安心など出来るはずもない。

 見知った者ですら、信用ならない人間などは大勢いるのだ。

 俺がすべきは、信用ならない言葉を吐き続けることではない。先ず必要なのは、この少女に信用されることだ。


──……言うのは簡単だが、どうやって信用を得れば良い?


 人は、一緒に過ごした時間に比例して、徐々に信頼関係を築いていくものだ。

 この場で、即座に彼女の信用を得られる方法など、存在する訳がない。

 だから今は、それを考えるのは後回しにする。


 今、何を優先すべきかは、決まっている。

 少女の心を、一早く正常に戻してやることだ。

 その為には、僅かでも興味を引く物があれば良い。

 負の感情を一瞬でも断ち切れるような、何かが……。


 ………………だが。


──……ううむ、分からん…………。


 こんなことをやっている内に、魔兎肉が良い色合いになってきてしまったぞ……。


──…………あ、肉か。


 案外良いアイデアかもしれないな、と思った。……別に考えるのが面倒になった訳ではない。


 俺は丸太から立ち上がって、焚火の炎ですっかり焼き色が付いた半身の兎肉を一つ、手に取って、項垂れたままの少女の前に立つ。

 地面に片膝を付いて、鉄串の持ち手の部分を少女の右手に握らせて、その上から自分の左手を添える。

 少女が鉄串を手放さないように、また、力を入れ過ぎて少女の拳を握り潰さないように気を付けながら、慎重に握って手を支えた。


 右手は、少女の顎に添えてから、少女の手を持ち上げる形で、口の前に肉を持っていく。


──子供に……というより、何だか介護でもしてる気分になってくるなぁ、これは……。


 ……などと、思考が逸れたりしながらも、ゆっくりと少女の口を開けさせて、肉を口の中に入れる。


 少女はその瞬間、ビクンと身体を跳ねさせた。


「……あふっ!?」


 …………思ってたのと違ったが、少女は肉の味がどうとかより以前に、肉が熱くて正気を取り戻した……らしい。

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