第20話 変な人
冒険者ギルドを出た後、人目を憚って手近な路地に入ると、アレクさんは口を開いた。
「ダガンらしき人物は、手配書の中には見当たらなかった。もっと帝国に近い街では分からないが、この辺の地域では、手配書など出回ってはいない、ということだろう。」
言い方的に、ここまで情報が届いてないだけかもしれない、とはアレクさんも思っているのだろう。
それなら一先ずは、ダガンさんを街に入れても問題ないということになる。
手配書が出回っている犯罪者を、犯罪者と知ってて隠すのは、人間の国では罰則がある……と、聞いたことはある。
なので、私達が冒険者ギルドで手配書を調べたのは、自らの保身の意味もあった。
……まぁ最悪、しらばっくれれば良いのだから、保身は二割ぐらいで、残りの八割ぐらいはダガンさんの為だったのだろうとは思う。
「そういうことだから、ダガンを連れて来る。フィリアは冒険者ギルドで待っていてくれ。」
アレクさんはそう言うと、路地から早足で歩き去った。
私は言われた通りに冒険者ギルドに戻って……暇なので依頼ボードに並ぶ依頼を眺めたりしながら、時間を潰した。
依頼は討伐・採取・護衛、等々……ランク毎に色々な依頼が貼られているけど、中には珍しい依頼もあった。
ランク不問で『農業の手伝い』という依頼。あとは8級以上からの『農園の警備』という依頼。これらの依頼は、広大な農園を有する農協都市ロアヌならではの依頼である、と言える。
ちなみに注意書きとして、『昇級に必要な依頼数には加算されません』と書かれていた。そういう特殊な依頼もあるんだなぁ、という感想を持った。
もしかすると、私が知らなかっただけで、街毎に特別な依頼が存在していて、山岳都市ルミオラにも特有の依頼があったのかもしれない。
けど、考えてみれば、それは当たり前の事かもしれない。
討伐依頼にしても基本的に、その街の近くに出没する魔獣が対象なのだから、街毎に対象となる魔獣は違ってくるのだし。採取依頼にしても同様である。
……と、そう考えれば、街特有の依頼が存在するのは、不思議でも何でもなく、むしろ自然な事と言えた。
私がそんなことを考えながら依頼ボードを眺めていると、何やら背後から、女の人の声が聞こえてきた。
「ねぇ。貴方、冒険者よね?一人?」
どうやら、パーティーの勧誘か何かで、誰かに声を掛けているらしい。
結構近い距離みたいだから、もし不用意に振り向いたりしたら、私も目を付けられてしまうかもしれない。
なので、背後の気配は気にしつつ、巻き込まれないと良いなぁと思いつつ、目の前の依頼ボードを見続けることにした。
同時に耳を澄ましてみるけど、声を掛けられた側の人の反応は拾えない。
「おーい。……無視しないでー。」
……という、先程と同じ女の人らしき声は聞こえてきたけど。
──……うーん。……巻き込まれない内に、移動するべきかな……?
そんな風に考えた直後……背後に居た人の気配が急に動いて、私の横を通り過ぎると、“女の人”が私の前に立った。
依頼ボードを見上げていた私は、その女の人と、正面から目が合ってしまう。
「ねぇ。さっきから声を掛けてたけど、気付かなかった?」
女の人が、私を見下ろしながら、少し困ったような声を発した。
その声は言うまでもなく、背後から聞こえてきた声と同一のもので……。
──……声を掛けられてたの、私だった……?
……多分、そういうことなのだろう。……じゃなかったら、わざわざ私の目の前にやって来て、声を上げたりはしないだろう。
それに気付いて、慌てて目を逸らしても、もう手遅れだった。……完全に標的にされてしまっていた。
「……か、勧誘とかなら、お断りします……。」
強い態度(……自分としては)で、私は臨む。
けれど、女の人は私の態度を大して気に留めた様子も無く、
「勧誘?……違う違う!」
と、手を左右に振りながら笑っていた。
それじゃあ何が目的なんだろう……と訝しんでいると、女の人は続けて口を開いた。
「ええと……そう、見ない顔だったから、声を掛けたんだけど。」
その、何だか最近どこかで聞いたようなセリフに……ハッとなった。
私の脳内には、ある人物の姿が、その声と共に思い浮かんだのだ。
『あン?見ねえ顔だナ。』
言うまでもなく、山岳都市ルミオラに居た魔族の冒険者パーティーに所属していた、蜥蜴魔族の人だ。
目の前に立つ女の人は、蜥蜴の人みたいにガラが悪いという感じじゃなかったけれど──
──……もしかして、絡まれてる……!?
蜥蜴の人も、その後アレクさんに絡んできたので、間違いないだろう……。
むしろ蜥蜴の人の場合は、一応それ以前にも何度か姿を見かけたこともあったけど……目の前の女の人は、完全に初対面で、知らない人だ。
──……に、逃げるべきかな……?
私は少し緊張しながら、チラと女の人の動向を窺う。
その際に、今更だけど女の人の姿を観察することになった。
先ず、当たり前だけど、私より背が高い。……今まで見てきた冒険者の大半は私より背が高い、という意味だ。
服装は軽戦士のような装いをしている。半袖の上衣に、コルセットみたいなベルト、ショートパンツ、膝下まであるロングブーツ……といった、動きやすさを重視した服装だ。
露出が多くて、身体の線がハッキリ見て取れるのが、スレンダーな体型をより印象付けている。
髪は金色で、あまり手入れされていないのか、若干くすんで、少し茶色っぽくも見える。
けど、何より特徴的なのは、その『耳』だった。
私のように頭から生えた『獣の耳』という訳ではなく、人間と同じで顔の側面にある耳だ。
でも人間の耳とは明らかに違う。その女の人の耳の先は、“尖っていた”のだから。
──……『半魔』?……じゃない。…………『耳長』だ。
実物を見るのは初めてだったけど、知識としては知っている。
『耳長』──第二の人類種と言われる種族で、人間と比べると圧倒的に数が少なく、繁殖力に乏しい反面、寿命は短くても300年以上(……真偽は不明)とされる長命種。外見的特徴は、言うまでもなく『尖った長い耳』である。
基本的に耳長は、彼等が暮らすとされる『エルダの里』に引き籠っているので、それ以外の場所で遭遇するのは、耳長の中でも一部の“変わり者”だと言われている。……要するに──
──…………“変な人”だ。
関わり合いになりたくない。
……というか、絡まれているのだから、関わり合いになりたくないのは当然だったのだけど、その気持ちが余計に強くなったというか……。
アレクさんはまだ戻って来てくれないだろうし、逃げる準備をして…………いやでも、『冒険者ギルドで待っていてくれ』って言われてるから、そうもいかないのかな……なんて考えると、どうやって切り抜けたものかと思い悩んでしまった。
私は自分の考えを言葉にするのが苦手なので、不用意に応対すると、丸め込まれてしまうかもしれない。
──……やっぱりここは、相手にしない方が良いのかな……?
諦めて帰ってくれないかなぁと思いながら、私が出来るのは視線を合わせないように気を付ける事だけだ。
「あのー……そんなに警戒しないで欲しいんだけど。」
私は視線を逸らして無視し続ける。
「えぇー……あたし、何か悪いことしたぁ……?」
女の人は情けない声を上げた。
──…………なんか、悪い事してるみたいな気になってきた……。
相手してあげた方が……いやいや、そうやって反応したら、本格的に絡まれて、逃げれなくなってしまうに違いない。
ギルド職員さんは近くに居るけど、こういう冒険者同士の些細な諍いには関与しない。
こちらから助けを求めても、きっとダメだろう。
そういえば……と、最初に声を掛けられた時のセリフが頭を過った。
──……確か、一人かどうか聞いてたから……。
無視し続けるのも可哀想になってきたし、私が一人じゃないって分かれば、退いてくれるのかな?……なんて、考えてしまった。
「……人を待ってるんです。」
パーティーを組んでるって言うと嘘を吐くことになってしまうから、私はそんな風に言った。
ソロの冒険者をターゲットにしてたみたいだから、こう言えば、この女の人は、私には用が無くなるはずだ。
…………はず、だったんだけどなぁ……。
「そっかそっか!……じゃあ、あたしも待たせて貰うね?」
「……え?」
予想の斜め上のことを言われた。
やっぱり変な人だ、というのは確信に変わった。……どうしよう……。
……と、深刻に考えていたのだけど、そこで私は一つの可能性に思い当たる。
──……あ。……もしかして、この人……アレクさんの知り合い……?
手配書を見てた時にも冒険者ギルド内に居て、私とアレクさんが一緒に居た場面を目撃していた……という可能性だ。
いや、知り合いという判断は、まだ出来ないか。
見かけたのだとして、私が一人になったから声を掛けただけで、やっぱり全然知らない人かもしれない。……変な人だし。
「……用件は、何ですか?」
私は覚悟を決めて尋ねる。
……もしかすると、これは一番最初に訊くべきだったかもしれない。その証拠に、「え、今それを聞くの?」みたいな顔をされてしまった。
けど、女の人はすぐに表情を戻して、気を取り直したように私の質問に答えた。
「あたし、こう見えて付与士をやってるの。……あ、付与士は分かる?魔導具を作る職人ね。……それで、貴方、あたしの作った魔導具を買わない?」
直感的に分かった。これは……押し売りだ!
商人の中には、強引に商品を売りつける、また、法外な値段で売りつける者も居るらしい。
そういった商人は口が上手いから、騙されないように気を付けないといけない……みたいなことを、育ての親で師匠でもある“あの人”から言われたのを、今思い出した。
女の人は『付与士』であって『商人』ではないかもしれないけど……同じことだ。私の返答は決まっている。
「……要りません。」
余計な事は言わず、断固拒否。流されない姿勢が大事なのだ。
「今なら多少お安くしておくけど……。」
「……要りません。」
「ひ、人助けと思って……。」
「……要りません。」
どうやら口が達者という訳でもなさそうだけど。でも、それも同情を誘う演技かもしれないのだ、油断はしない。
「じゃあ、見るだけ!見るだけだから……!」
「……見ません。」
女の人は、“買う”から“見る”にハードルを下げてきたけど、元々買う気がないというか、買えるだけの金銭的余裕はないのだから、丁重にお断りする。
しかし「お金がない」と正直に言うのは、弱みを見せるのと一緒なので、余計な事は言わない。
「見るのも嫌なの……?」
「…………。」
「魔導具、嫌い……?」
「…………。」
言いながら耳長の人は、目を合わせようと覗き込んできたので、その度に顔を背けた。
心の中では、早く諦めてくれないかなぁと思う。あるいは、アレクさんが戻って来てくれれば、私の方が立ち去る口実になるのに……と。
そんな思いが通じた訳ではないのだろうけど、耳長の人が再び口を開きかけた時、後ろから声が聞こえた。
「フィリア、待たせた。」
その声に、私は身体ごと振り向いた。
勿論、声の主はアレクさんだ。
──……これでやっと、この耳長の人から解放される……。
……と、安堵してから、私はアレクさんに返事を返す。
「……いえ。……行きましょう。」
そう言って、アレクさんに近付いて、そのまま横を通り過ぎようとした時、アレクさんから疑問の声が上がった。
「そっちの……耳長か?……その人は、どうしたんだ?」
……確かに、私と一緒に居た訳だから、今来たばかりのアレクさんには状況も分からないだろうし、無視も出来ないのかもしれない。
もし「絡まれてた」なんて言ってしまうと、もっと面倒な事になりそうな気がしたので……私は立ち止まってから、端的に事実だけを述べることにする。
「……知らない人です。」
するとアレクさんが、困惑したような声で言う。
「何だか、泣きそうになっているが?」
「……知りません。」
本当にさっき会ったばかりの知らない人なのだから。
無視したのは、ちょっと可哀想だとは思うけど……でも断固として拒否していなければ、どんな高額な魔導具を買わされていたか分かったものではない。
私は自分の身の方が大切なのだ。それなのに……──
「虐めるのは、そのくらいに──」
「……いじめてませんっ……!」
見当違いなことを言うアレクさんに、ちょっとだけ腹が立ったのは内緒だ。




