閑話 吸血鬼事件
皆様は、かつて『吸血鬼』と呼ばれた存在を、ご存知だろうか?
凄惨な『吸血鬼事件』を引き起こした“人間”であり、名を“ヘンドリック・エヴァンス・アルザハ”と言った。
ヘンドリック・エヴァンスは、貴族エヴァンス子爵家の庶子であった人物と記録されている。
彼の実母は子爵家に仕えていた平民の侍女で、彼が幼い頃に亡くなっている。
それが直接の動機かは不明だが、母親の死後、ヘンドリック・エヴァンスは自ら進んで薬学を学ぶようになったという。
彼は幼少期から聖ルルクス学園に通って、卒業後は聖都アルザハの研究機関に所属し、数々の成果を残したと言われている。
中でも黒蛇病に対する薬の開発が、彼の功績としては最もよく挙げられるだろうか。
だが、彼は道を誤った。
『吸血鬼事件』の被害者は、記録上で最も古いものは、当時エヴァンス子爵家の元当主、“レイドリック・エヴァンス・アルザハ”。
つまり、『吸血鬼』ヘンドリック・エヴァンスは、実の父親を手に掛けていたのだ。
庶子であるヘンドリックは、エヴァンス子爵家の当主には成れず、彼の弟が当主を継いでいた。
故に、父親殺しは逆恨みだったのではないか?
そんな安易な想像をする者も、少なくはないだろう。
確かに、恨みを持っていた可能性は否定も出来ない。
ただし世間を騒がせた『吸血鬼事件』とは当然、レイドリック・エヴァンス氏が死去しただけで終わりではなかったのだ。
『吸血鬼事件』が世に露見したのは、レイドリック・エヴァンス氏の“死”から数か月後の話である。
数日置きに、聖都アルザハの路上で、人間の死体が発見されるようになった。
発見された死体は、全身の血を抜かれて、干乾びていた。
そんな異様な死体が発見された故に、この事件は『吸血鬼』の仕業だという噂が広がり、『吸血鬼事件』と呼ばれるようになったのだ。
後に、犯人はヘンドリック・エヴァンス・アルザハであると発覚する。
彼は夜な夜な人を襲い、自ら改造した採血用の魔導具によって、血を持ち去っていた。
何故そのような真似をしたのか。
血液というのは多くの魔力を含む。故に、魔法の触媒として、利用する為だったのだろう、との推測が立てられている。
実際にエヴァンス子爵家の屋敷からは、血を使って描かれたであろう魔法陣の一部が発見されている。
この事件が公に知られたことで、血を媒体にして魔法を使う行為は、今まで以上に忌避されるようになった。
事件の結末としては、『吸血鬼事件』の足取りを追っていた聖王国騎士団が、現場に残された痕跡からヘンドリック・エヴァンスを追い詰めた。
エヴァンス子爵家の離れに逃げ込んだヘンドリック・エヴァンスは、建物を倒壊させて自死を図り、多くの騎士を道連れにしたという。
時に、ヘンドリック・エヴァンスは、水と闇の加護を持っていたとの記録が残されている。
それが関係しているかは定かではないが……『吸血鬼』ヘンドリック・エヴァンスの死体は、未だに見付かっていない。
~『巷の怪事件 吸血鬼』より抜粋~




