表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/64

第19話 農協都市ロアヌ

 農協都市ロアヌ。別名『聖王国の食糧庫』とも呼ばれる、国内最大の農園を有する街。

 『聖王国の食糧庫』という名が示す通り、聖王国内の食料事情の約三分の一を、この農協都市ロアヌが賄っているらしい。

 その前身は小~中規模の村で、街道が整備されて人の行き来が多くなった為に、都市にまで発展した……というようなことを、アレクさんが確か車上で話していた。


 けれど、そんな情報は、目の前の光景を見てしまっては、すぐに頭から追い出されることになった。

 走行中の竜車から見えたのは、高さ三メートルはあろうかという木製の柵だ。

 柵には隙間が空いていて、完全な目隠しにはなっていない為、その隙間からは農園で働く者々の姿が自然と目に入ってきた。


 『人間』の姿は勿論あった。でも、人間達より多くの『魔族』が、その場で働かされていた。

 人狼魔族ワーウルフの姿があった。蜥蜴魔族リザードマンの姿もあった。牛頭魔族ミノタウロスの姿もあって、他にも幾人もの魔族が、その場には居るようだった。


──……この魔族達は、“奴隷”だ……。


 直感的に分かった。

 彼等の首には『黒い首輪』。両腕には『黒い腕輪』を嵌められている。

 人間達は、奴隷の魔族達に『魔力を攪乱する為の魔道具』を身に着けさせて、従えていると聞いていた。きっと首輪や腕輪が、そういった効果を持つ魔導具なのだろう。


 そうして強制的に働かされている魔族達を見てしまうと……野の獣や魔獣に畑を荒らされない為に建てられたはずの木柵は、まるで奴隷達の脱走を防ぐ檻のようにも見えてしまった。


 山岳都市ルミオラでも街道沿いの村ナアフでも、奴隷の魔族を見たことがなかった。だから、実感が湧かないままだったんだろうと思う。

 人間達は最早、奴隷の魔族が居るのを“当たり前の光景”と認識している。


──……魔族が戦争に負けたから、この人達は、奪われたんだ……。


 きっと、家族を、居場所を、奪われたのだ。


──…………私と、同じだ……。


 奴隷の契約がされている以上、この魔族達を勝手に助け出す、なんてことは出来ない。

 詳しい契約内容は知らされていないけど『助けようなどとは考えるな』と教えられてきた。

 それに、もし助けるだけで済むのであれば、もっと早く他の魔族達が助けていたに違いない。

 私は無力だ。奴隷達のことを、見て見ぬ振りをするしか出来ないのだから……。


 木柵の向こう側で労働を強いられる奴隷の魔族達を視界に収めながら、そんなことを考えている内に、竜車は街の出入口まで辿り着いたようだった。


──……私は、この街で……どんな顔して、過ごせばいいんだろう……。


 後に聞いた話によると、農協都市ロアヌは、“聖王国内で最も多く魔族を奴隷として使う街”である……とのことだった。






 街の検問は、どうやら竜車に乗っていると、一纏めで行われるようだ。ちょっとした新発見だった。

 検問自体は冒険者証や商人の許可証を見せて、ラバコスさんが何か質問に答えたら終わったので、大して時間も掛からなかった。

 ちなみに荷台の上には私とアレクさんだけが乗っていて、ダガンさんは居ない。ダガンさんは自分が指名手配されてる可能性があると言っていたから、一旦、街の外に残ったらしい。

 そういう話し合いは私の記憶にないので……多分、私が寝てしまっていた間に済ませていたのだろうと思われる。


 さて、問題なく検問が終われば、ラバコスさんが先頭で走竜を誘導しながら左右に畑が広がる道を五分ほど歩き、防壁のように分厚い木造の門を潜る。

 目に飛び込んできた光景は、確かに“街”だった。

 かつで村だった頃の名残なのか、古めかしい一軒家なども散見される。

 けれども、疎らに民家が見えていたナアフ村とは明らかに違って、建築物が整然と並べられた、完全な街であった。


 空高くから街を俯瞰して見れば恐らく、木造の防壁に囲われた街部分の外に広大な農園が広がっていて、その農園を背の高い木柵が取り囲んでいる……という図が見えることだろう。

 街部分の大きさは、山岳都市ルミオラと比べると、小さいかもしれないけど……農園地帯を含めれば、土地面積は何倍にも及んでいるはずだ。


──……これだけ広いと、人もたくさん、要るんだろうな……。


 広大な農地を維持する為の働き手として、多くの奴隷を使っているのだろう。

 人手が必要だとしても、奴隷が使役されている光景は、あまり気分の良いものではない。

 幸いにも(……と言ってしまうのは、自分でもどうかと思うけど)、街の門の内側には奴隷らしき魔族の姿は見えなかった。そういう意味では、奴隷の存在に気を取られずに済んだのだけど……──


「それでは……契約上、護衛と同乗は、ここまでとなります。お二方、お疲れ様でした。」


 走竜の手綱を持って歩いていたラバコスさんが立ち止まり、こちらを振り返って声を上げたことで、私の思考は中断される。

 確かに、目的地に辿り着いたんだから、これでラバコスさんとはお別れのはずである。


「ああ。ここまで運んでくれて、感謝しているよ、ラバコスさん。」


 アレクさんは言いながら荷台から下りて、荷台に横たえていた黒い大剣を背負った。

 私もお尻の下に敷いていた毛布を回収して、手早く鞄に入れると、アレクさんに続いて地面に下りる。

 そうして私達が荷台から下りたのを確認した後で、ラバコスさんは、こちらに向かって尋ねた。


「お二人は、この後どうされますか?」


 その質問に答えたのは、当然というか、アレクさんである。


「一先ずは適当な宿を取ってから……まぁ冒険者ギルドに行くことになるか。その後の予定は、まだ決まっていないな。」


「そうですか。……その、私は明日から三日程は、レノアール商会の支店に顔を出しますので……何かあれば、お声掛け下さい。」


 アレクさんの答えを聞いたラバコスさんは、何だか歯切れが悪く、別れを惜しんでいるようにも見えた。

 けれど、アレクさんがしっかりとした頷きを返すと、ラバコスさんも何やら振り切った様子で、


「それでは、アレク殿、フィリア殿。ご縁がありましたら、またどこかで。」


 と、別れの挨拶を口にした。


「ラバコスさんもお元気で。」


「……お、お元気で。」


 何て言って返せば良いか分からなかった私は、アレクさんに続いて、同じ言葉を繰り返した。


 ラバコスさんは私達の反応を見るや、笑顔で一礼した。

 それから止まっていた歩みを再開させて……すぐ近くの『レノアール商会』と書かれた看板が掲げられた建物の裏手へと、竜車を引っ張って行った。


 その姿が完全に見えなくなってから、アレクさんは口を開いた。


「旅をしていれば、似たような別れなんて、よくある話さ。」


「……はい。」


 私はラバコスさんに対して、特別な思い入れがあった訳ではない。

 でも、この二日間、顔を突き合わせていたのだ。それとなく、寂しいと思う気持ちが湧いてきてしまうのは、正直、仕方のないことだと思う。


「それじゃあ、宿を探そうか。」


「…………はい。」


 切り替えたように言うアレクさんに、私は気持ちが定まらないまま、頷きを返した。






 良心的な価格設定をした宿の一室を、一先ずは一泊分の料金を支払って借りた後、私とアレクさんは、街の冒険者ギルドへと向かった。

 冒険者ギルドの場所はアレクさんが知っていたのだけど、この街でも大通りに面した場所に建てられていたので、冒険者ギルドはどこの街でも目立つ場所に建てられているものなのかもしれない。


 夕刻になって、お腹が空き始めていたにも関わらず冒険者ギルドに向かった理由は、ダガンさんの懸念──指名手配されていないかどうかを確認する為だ。

 冒険者ギルドや商業ギルドというのは、国家から独立した組織として成り立っている。だから、国同士の仲の悪さなんかとは関係なく、共有されるべき情報は回ってくるのだそうだ。

 たとえ冤罪なのだとしても、相手が悪辣な貴族だったら、指名手配されてしまってる可能性が無いとは言い切れない。

 だからこそ、ダガンさんは最初、魔族領を目指していたんだなぁ……と、遅まきながらに私は納得したものである。


 魔族領に住むのは、今でも魔族の割合が多い。そして魔族というのは、部族毎の集落は作っても、他部族や他種族との共生を考えない。つまり、自ら街や村を作ったりはしないのだ。

 唯一、魔族領に存在する冒険者ギルドは、旧魔王城のある魔都──人間が魔族を管理する為に作った城下町に建てられた物だけ。

 冒険者ギルドの目から逃れたいのなら、魔族領に行くという選択は、理に適っているのだった。


 ……まぁでも、アレクさんに付いて農協都市ロアヌまで来たからには、ダガンさんはもう魔族領へ行くのは諦めたのだろう。

 魔族領は山岳都市ルミオラよりも更に北の土地なので、もし魔族領に行く心積もりなら、ナアフ村を出た後の進行方向は真逆だったのである。


 ……と、それはさておき。

 私とアレクさんは現在、冒険者ギルド内に入り、手配書を眺めていた。

 手配書は、依頼ボードとは別のボードに貼り付けられている。私は自分には縁がないと思っていて、これまでは、じっくり見たことはなかった。


 貼り出されている手配書は、人相書きのあるモノ、ないモノ。名前が書かれているモノ、書かれていないモノ、様々だ。

 中には、その両方が書かれていなくて、どうやって本人と判別するんだろうか、と首を傾げる内容のモノもあった。

 そんな風に情報が十全ではない手配書を一つずつ見ていって、ダガンさんっぽい人が書かれていないかを、地道に確認していく作業になった。

 そうして順に手配書を見ていく中で、変なモノを発見した。


──……盗賊。……怪盗。……詐欺師。…………うん?……吸血鬼?


 『吸血鬼』なんて種族は、魔族には存在しない。

 気にはなったけど……人相書きも名前も書かれているからなのか、他の情報は特に書かれてないみたいだ。


──……もしかしたら……『半魔』だったり……するのかな……?


 ……なんて、思わず考え込んでしまったけど……うん、今はダガンさんの手配書を探す方が先決だ。

 探し終わった後で、覚えてたらアレクさんに訊いてみようとは思うけど、今は気にしないことにした。


 どっちかって言うと、その手前の『詐欺師』の方が、ダガンさんとしては近いかもしれない。“偽物さん”だった訳だし。

 まぁ、その『詐欺師』も内容を見てみると、ダガンさん(……ところでフルネーム、何だっけ?)ではなさそうだったので……次の手配書を確認することにした。


 そんな感じで手配書の内容を、私はボードの左から、アレクさんは右から順に、精査していって……結論、ダガンさんっぽい人は、見当たらなかった。


「貼り出されていないモノもあるかもしれない。訊いてみるか。」


 言うが早いかアレクさんは、依頼ボードの近くに立っていたギルド職員さんに近付いて、質問をした。


「すまない、他に手配書はないか?」


「少額のモノなら、幾つかあります。お持ちしましょうか?」


「ああ。頼む。」


 アレクさんが短く答えると、職員さんは軽く一礼してから、その場を離れていった。

 職員さんがファイルを持って戻って来て、アレクさんに手渡したのは、三分にも満たない短い時間の後だった。


 そのファイルに、手配書が綴じ込んであるらしい。

 私は背が足りないので、アレクさんの手元を覗き見たりも出来ず、少しの間、手持無沙汰になってしまった。

 それに、近くには職員さんがアレクさんに目を向けている。そんなアレクさんの後ろや横からファイルを覗き込むのは、如何にも不審な行動だろうと思う。

 なので私は、少し離れた位置を維持したまま、待機する他なかった。


 待っているだけというのは、実に暇なものである。アレクさんがファイルを見終わるまでの間に、私は暇潰しも兼ねて、改めて冒険者ギルド内に視線を巡らせてみた。

 とはいえ、農協都市ロアヌの冒険者ギルドの内部構造は、山岳都市ルミオラのそれと比較して、大した違いもない。

 出入口は常に開放されていて、出入口の正面には受付カウンターが有り、私達が今居る右手側には依頼ボードや手配書ボードが有って、反対側の左手側には食堂が有る……という、見覚えのある配置だ。

 それでも、全く同じな訳ではない。山岳都市ルミオラのギルドとの明確な違いは、受付カウンターに立つ受付嬢の人が二人居て、それぞれの前に列が出来ている、という辺りだろうか。

 冒険者の数が多いから、受付の人が一人だけだと、冒険者の列を捌き切れないのかもしれない。


 私には『人間の街』と言うだけで、とても大きくて、人も多いと感じていたのだけれど……山岳都市ルミオラは聖王国内では辺境という扱いなのだから、あれでも人間の数は少なかった方なのだろう。

 ……であるなら、ここ農協都市ロアヌの方が冒険者の数が多いのも必然であった。


──……人間の国の中心部は、もっと人間の数が、多くなるのかな……。


 そう考えると、ちょっと憂鬱になってしまう。

 私にとって、“人”の数が多いというのは、それだけ多くの人の目に晒される危険がある事を意味している。


 山岳都市ルミオラでさえ、話に聞いて想像していたよりも、実際は何倍も多くの人間が生活していたのだ。その中心部は、想像の何十倍かもしれない。……まぁ、そこまでいくと最早、想像すら困難だけど……。

 何にせよ、そんなに人間がいっぱい居る場所には行きたくないなぁと思う。……でもアレクさんに同行する以上は、その内に行くことになるんだろうなぁとも思う。

 その時の為に、今の内から覚悟を固めておくべきなのかもしれない……。


 そんな風に考えて軽くため息を漏らした時、アレクさんが私に声を掛けた。


「フィリア、待たせたな。一旦、ギルドを出よう。」


 考えに没頭していたせいか、アレクさんはいつの間にかファイルを職員さんに返却し終わっていたみたいで、手には何も持っていなかった。

 その職員さんも姿が見えなかったので、きっとファイルを戻しに行ったんだろう。


「……はい。」


 状況を理解すれば、私はアレクさんに頷きながら返事をして、一緒に冒険者ギルドを出ることになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ