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第18話 昼食後の旅路

 トライホーンの肉を使用したガリューステーキは、自分で言うのもなんだけど、とても美味しかった。

 口の中に入れた瞬間、香ばしい風味が口に広がり……噛めば、肉は確かな旨味を舌に伝えてくる。

 少し赤味を残した肉は、筋切りをした甲斐もあってか非常に柔らかく、まるで口の中で肉の繊維が溶けていくように錯覚する程だった。

 味付けは塩コショウに黒コショウというシンプルな仕上がりだけど、シンプルだからこそ、肉の旨味が存分に楽しめたと言える。

 また、肉と一緒に口の中に交じるガリューが強い風味を主張することで、肉の臭みなどは一切感じずに、シンプルではありつつも、飽きずに最後まで美味しく食べ切ることが出来た。ガリューは肉と相性が良いのだ。

 アレクさん、ラバコスさん、ダガンさんの三人も、口々に「美味しい」と声に出していたので、ガリューステーキに満足してくれたのだろうと思う。


 ただ、私はどちらかと言うと、噛み応えのある肉の方が好きなのかもしれないなぁと思った。

 その理由は単純で……確かにガリューステーキは凄く美味しかったんだけど、スパイスの効いた屋台の兎肉串焼きの方が、口に合うように感じた為だ。

 まぁ思い出補正みたいなのは、大いに有るかもしれないし、確かなことは言えない。

 あるいは、もしガリュー以外の野菜が使われていたなら、トライホーン肉のステーキに軍配を上げただろうか。

 しかし料理というのは、結局は好みの問題だ。どちらが上、とハッキリと言い切れるものでもないのだから、順番を付けるという行為自体が、おこがましい事なのかもしれない。


 そんな風なことを、考えるでもなしに考えながら、私は食事の後片付けに励んでいた。

 ……と言っても、《洗浄》をするだけなので、大した手間じゃない。


 手始めに、借りていた片手鍋や木皿、それと各々が使っていたカトラリー(フォークやナイフ)を、纏めて《洗浄》で綺麗にしてから、それぞれ持ち主に返却した。

 概ね予想通りの反応ではあったけど……ラバコスさんとダガンさんは驚いた顔をしていて、アレクさんは苦笑していた。


 食器を返却する時に、ラバコスさんに改めて木皿を貸してくれたお礼を言っておいた。

 その去り際、ラバコスさんは眉を下げながら、


「実は食材の提供が出来なかったことを、申し訳なく思っていたのです。ナアフ村の農作物は、店に持ち帰らなければいけませんし、売り先も決まっているので、私の判断で自由に扱うことは出来ないのです。」


 と語っていた訳だけど……。


──……そっか。……商売の代金を、農作物で受け取った……って、言ってたっけ。


 無いと思ってた野菜は、実は荷台の木箱に入ってた……要するに『蛍火草の足元暗し』という話だった。

 まぁでも、使うことが出来ない野菜なら、料理する前に気付いていたとしても、状況は変わらなかった訳である。

 なので私は「……気にしないで下さい。」とだけ返しておいた。、


 全員に食器類の返却が終われば、地面に敷いていたシートの上に置かれた調味料類をベルトポーチにしまって、シート自体は《洗浄》して折り畳んだ後、更にぐるぐるに丸めて細長い形状にしてから、ベルトポーチに入れる。


──……あとは──


 視線を巡らせれば、嫌でも視界に入って来るのは、魔法で作った氷台。肉を焼き終わったら、片付けなんかは後回しにしてしまったので、今まで魔法を解除するのを忘れていた。

 しかし、放置していたことで、氷台に関する新しい発見もあった。


──……あれ。……《凍結》させる時、魔力を込め過ぎたかな?……氷、全然溶けてないや。


 これなら、今後も《変幻する水》を《凍結》させれば、野外で料理を作る時に、調理台代わりに使えるかもしれない。

 それに、色んな形で凍らせれば、溶けない氷細工や、氷で作った街のミニチュアのような物だって作り出せるかもしれない。想像すると、ちょっと楽しそうだった。

 ……でも、魔法を維持するのにも当然、魔力は必要になる訳で。そんな物を作ってたら、魔力がいくらあっても足りなそうだなぁとも思った。


 何にせよ、今回作った氷台については、もう用済みだ。魔法を解除して、只の水に戻しておく。

 そして氷台の解除を終えれば、後片付けも終了となった。


 本当なら、ゆっくり食休みをしたいところだけど……旅程が狂う恐れがあるので、そうも言っていられない。

 見ればラバコスさんは、単木の近くに停めた竜車を動かす準備をしてるみたいだし、すぐにこの場を出発するつもりなのだろう。

 竜車の荷台に座ってしまえば、いくらでもゆっくり出来るのだから、文句を言うのは筋違いというものだ。


 やがて、荷車を引いた走竜を誘導しつつ、こちらへ戻って来たラバコスさんからの声掛けで、街道の旅を再開することになった。






 昼食を摂る為の長い休憩を終えてからも、街道の旅は順調だった。

 現在、御者台にはラバコスさんが座っていて、次の休憩後には、またダガンさんと交代する……という話に、いつの間にか、なっていたらしい。


 ダガンさんは、最初は遠慮してたみたいだけど、その遠慮は時間と共に失われつつある。

 トライホーンを倒した後に謝られた事だったのか、もしくはガリューステーキを作った事だったのか……切っ掛けは分からないのだけど、私にも話を振ってくるようになった。


「お嬢が作った料理は本当に美味かったですぜ!あんな美味い肉、初めて食べやした!それに魔法も!あっしなんかにゃ到底、理解も及びやせんが、高度な魔法を使ってたってぇことだけは分かりやすぜ!」


 他人事として聞いている分には、「よく喋るなぁ」と思っていただけだったけど……いざ矛先が自分に向かうと、辟易してしまう。

 助けを求める意味でアレクさんの方を見ると、苦笑を返されてしまった。……助けてくれる気は、ないのかもしれない。

 仕方なく私は、


「……そんなことは、ないです……。」


 とだけ答えた。

 確かにトライホーンのガリューステーキは美味しかったけれど、それは“肉自体が美味しかった”というだけで、私自身は大したことはしていない。

 魔法に関しても、普通の事しかしていないのは同様だ。私の魔法は、その“普通”を組み合わせて使っているから、魔法の知識が無い人から見れば、何か凄い事をしているように見えるだけ。


 “人”は必ず、一つ以上の属性の加護を持って生まれるのだから──


──……魔法には、才能は関係なく……努力すれば、誰でも使えるものなのに。


 当然、自分が持つ加護属性以外の魔法は使えない。けれど、加護を持つ属性に限っては、才能を与えられている、と言えるに等しい。

 であれば、私だけに特別な才がある訳じゃない。私が色々と魔法を使えるのは、ただ努力の結果だ。

 その努力を積み重ねた十年という歳月が、私が魔導士を名乗っても恥ずかしくない程度には、魔法を扱えるようにしてくれたに過ぎない。……まぁ一人前の魔導士には程遠いけど。


 私には魔法の知識も、まだまだ足りていない。

 自分の加護である水の魔法はまだしも、他属性の魔法知識は、それ程ないのだから。


 魔獣の中には魔法を使うモノも居る。『災厄の魔獣』だって《影渡り》という魔法を使っていた、とグランジーさんが話していた。

 人にも魔族にも、魔獣よりも多彩に魔法を使う者は大勢いる。そういう相手に相対した時、知識は何よりも心強い武器となる。そして知識は、努力や経験でしか補えないものなのだ。


 そもそも“才能”と言うなら、アレクさんのように剣一本で戦う方が、よっぽど才能が必要だと思う訳だけど……。


「謙遜することねぇですぜ、お嬢!アレクの旦那も、そうは思わねぇですかい?」


 ……とか言ってるダガンさんには、きっと伝わらないんだろうな、と思う。

 話を振られたアレクさんも、魔法の知識には疎いので、


「まぁそうだな。フィリアはもう少し自信を持てば良いと俺も常々思っている。」


 と言っていたし……否定してくれる魔導士ひとは、この場には居なかった。

 でも結局、二人を説得する労力を考えれば、無理に否定しないで良いや、という結論に至った。


 その後もダガンさんが話題を振って、アレクさんと時々私が短く答えるぐらいで、騒がしくも平穏に時間は過ぎていった。

 次の休憩時間を終えて、ラバコスさんが荷台に座っている時の方が落ち着けたのは、言うまでもない。


 けれど、落ち着いたのは良いんだけど……あまりに落ち着き過ぎてしまったせいか、あるいは、お尻の下に敷いていた毛布が竜車の揺れを心地好いものにしていたせいか……私はいつの間にか寝入ってしまったらしい。

 いつ寝落ちてしまったかなんて記憶にない。そして起きた時には、次の街──農協都市ロアヌの風景が、視界に入ってきた。


 農協都市ロアヌは、背の高い木柵で囲まれていて、草原とは違う広大な田園地帯が、街道ギリギリまで迫っている。

 ナアフ村を囲んでいた木柵は、頑張ればジャンプして跳び越えれそうな高さだったのに対して、農協都市ロアヌを囲う木柵は、私の背丈の倍以上は高さがあるように感じる。

 村と街では規模が違うのも当然なのだけど、それにしても、初めて人間の街──山岳都市ルミオラにやって来た時と同様、人間の街の規模には圧倒されたし驚かされた。


 そして木柵の隙間からは、田畑で働く大勢の人の姿が見えた。…………見えてしまった・・・・・・・


「…………っ!」


 私は言葉を失った。その光景からは、目を離すことが出来なかった。


 農協都市ロアヌの田畑を耕す“人”の、割合の多くは…………人間ではなく『魔族・・』だったのだから。

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