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半魔の少女は英雄譚を望まない  作者: 水無月七海
第一章 始まりの出会い
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第5話 目覚めの後で

 パチパチ、と小さく何かが弾ける音が聞こえてきて、私は重い瞼をゆっくりと持ち上げる。

 宿屋の見慣れた天井ではなくて、木々の合間から、木洩れ日が降り注ぐ光景が目に入ってくる。


──……夢……?


 私は自分が、何故こんな風に木々に囲まれて寝ていたのか、分からなかった。


──……一体、何がどうなって…………。


 考えようとするけれど、頭がフワフワとして、現実感がない。


──……寝る前は、何してたんだっけ。……やっぱり……──


 やっぱり夢だ……と、そう思おうとした時、黒い魔獣の姿が、突然脳裏にフラッシュバックした。

 突如として眼前に迫った絶対的な死への恐怖すらも同時に蘇ってきて、身体の震えが止まらなくなった。


──……私、死んだ……のかな……。


 自力で、あの暴力的なまでの死に抗えたはずがない。

 きっと頭からガブリといかれて、幸運にも痛みを感じる暇さえもなく、……死んだのだろう。


 フッと、身体から力が抜けた。

 震えは……いつの間にか、止まっていた。


 死への恐怖を乗り越えた……なんてことはなく、私は“自分の死に、安堵してしまった”。

 もう誰の目も気にする必要はないんだと、心の底から安心してしまった。

 “死”は私にとって、救いだったのかもしれない。


 私は、木々が埋め尽くす空を見上げたまま、気付けば泣いていた。

 視界がぼやけて、涙で木漏れ日がキラキラ輝いているように見えて。

 嬉しいのか、悲しいのかさえ、分からない。感情がぐちゃぐちゃになって、涙がどんどん溢れてきた。


 そこで、パチパチ、と……聞き覚えのある音が、また聞こえた。

 いや、ずっと鳴ってたけど、私の耳に届いてなかっただけだ。


 そして次に、塩と動物の肉が焼ける匂いを感じ取って……ぐぅ、とお腹が鳴った。

 死後の世界でもお腹は空くみたいだ……なんて、呑気なことを考えながら、私は地面に寝転がったまま、音と匂いのする方へ頭を向ける。


 小石で囲われて簡易に作られた焚火の周囲には、骨が付いたままの半身の兎肉が三つほど、鉄串に刺さって焼かれていた。


 その焚火の向こうには、丸太に座った“誰か”の姿が見えた。

 “誰か”は、私が目を覚ましたことに気付いたようで、


「もう起きても平気なのかい?」


 優しい声色で、私に声をかけてくれた。


 黒い魔獣に殺される最後の瞬間、誰かが私を助けてくれた気がする。

 あれは私が生み出した、都合の良い幻想だったのだろうけど……。

 でも、もしかしたら、本当に迎えに来てくれていたのかもしれない。


 私はまだ小さかったから、ハッキリとは覚えていない。

 記憶にある限り、最後に見た“誰か”の、逞しい背中は、きっと……、


「……お父、さん……?」


「………………。」


 暫し、沈黙が訪れた。

 “誰か”は、何かを言いかけて口を閉じ、また何かを言いかけて……と、何度か繰り返していたけれど、最後には意を決したように、私の問いかけに答えた。


「…………いやぁ……残念だけど、おじさんは君のお父さんではないなぁ……。」


 …………。


 ………………。


 ……………………。


「…………………………ぅえ?」


 私は形容し難い変な声を発した。






 ……気まずい空気が流れていた。

 何と言うか、「君のお父さんではない」と告げられて、一気に現実に引き戻された……という感じだろうか。

 それからすぐに、恥ずかしくなって、人違いだったと謝罪したけど……。

 だったらこれはどういう状況なんだろう、と考え込んでしまう。


 そもそも、私って死んでるのかな?……っていうところから、疑わしくなってきた。


 力を振り絞って地面から上半身を起こすと、視界がぐわんぐわんと揺れる。

 この視界の揺れ方には、覚えがある。魔力が欠乏した際の症状だ。

 魔獣に抵抗しようと、全部の魔力を放出したのだから、魔力が尽きているのは当然なんだけど……。


 流石にこのままではマズいので、腰に引っ付けてあるベルトポーチから、マジックポーションを取り出して……少しだけ躊躇した後、中身を一気に呷る。


 口の中に強烈な苦味が広がって、吐き出しそうになる。

 何とか耐えて、涙目になりながら全部飲み下すと、視界の揺れは少し和らいだ。

 そして、魔力が多少なりとも回復したお陰なのか、あるいはポーションの酷い味で眠気がすっかり吹っ飛んだからなのか、私の頭は正常に働き始める。

 もし死んでたら、魔力欠乏になったり、お腹が空いたり、不味いポーションを飲んで吐きそうになったり、とは多分ならない……ということに気付いた。


 それに、焚火を挟んで向こう側──申し訳なさそうにしながら、こちらをチラチラと窺うのは、知らない『人間』の男性だった。

 最初から、私のお父さんでは、あり得なかった。


 言い訳のようだけど、さっきまでの私は、視界が涙と魔力欠乏で揺れていて、そこに焚火の炎の揺らめきも合わさって、その人間の姿がハッキリとは認識出来ていなかった。正直、輪郭すら曖昧だった。

 だからこそ、願望も手伝って、普通ならあり得ない勘違いをしてしまった訳だけど……。


「……あの。」


 私は、少しの逡巡の後、意を決して、口を開く。


「うん、何かな?」


 いきなり話しかけられるとは思ってなかったのだろう、若干上擦った声で、人間の男の人は反応してくれた。


「……貴方が、助けてくれた……んですか……?」


 気を失う寸前に見た背中は、この人間のものだったんだろうか。

 そうであれば、私を助けたのは、この人だということになる。


「……本当なら、街に連れ帰って、ギルドにでも預けようかと思ったんだけどね。」


 苦笑しながら、人間の男性は答えた。


 もしかしたら、この人は私に姿を見せる気はなかったのかもしれない。

 何故そうしなかったのか、と問おうとして……、しかしそこで、私は気付いてしまった。


 私は慌てて、両手で耳を押さえる。

 頭から生えている“獣の耳”を、だ。


「ギルドに預けても、大丈夫なものか……と、ね。」


 妙に視界が明るかったのは、フードで遮られていなかったから、だった。


 私は頭を抱えた姿勢のまま地面を向き、身体が震えそうになるのを必死で抑え込みながら、自分の危機感のなさを呪った。

 今日一日で、これが二度目だ。

 黒い魔獣に狙われていることに気付けなかった。

 気を失っていたとはいえ、頭からフードが失われていたことに気付けなかった。


 よくよく見れば、着込んでいた灰色のローブのフード部分は、力任せに引き千切った跡のように消失していた。


「…………助けて、くれて……ギルドに、連れて行かないで、くれて…………ありがとう、ございます……。」


 私は震える声で、絞り出すように、お礼を告げた。けど、心は籠もっていなかった、と思う。


 『半魔』だってことを冒険者ギルドに知られることはなかった。

 ……あるいは、これから冒険者ギルドに知らされてしまうのかもしれない。

 そうじゃなかったとしても、『人間』に知られてしまった。

 私はこの先、この人に逆らえない。

 何をされても、何を言われても、『半魔』であることをバラされたくないから、従わないといけないんだ……。


 そう考えると、目の前が暗くなっていく。

 身体から、力が抜けていく。

 頭を覆っていた両の手すらも、ストンと落ちてしまう。

 涙と一緒に、世界から、色が抜け落ちていく……。


 そんな私を見て、人間の人は何かを言っているようだった。

 けれど私の耳には、もう音は届かなかった。

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