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第17話 A:ダガン・ズール・サンドロス

 昨夜、街道沿いの村ナアフにてアレックス・ロラ・ローヴァントを騙っていた男は、ダガン・ズール・サンドロスと名乗った。

 そのダガン・ズールという男を見付けた経緯は、俺が草むらの中に人の気配を感じて、気になったから竜車を停めて貰って見に行くと……そこに身を伏せて隠れていたのが、偽アレックスことダガン・ズールだった、という話だ。

 最初は“待ち伏せ”されたのかとも疑ったが……──


「お前はこんな所で何をやっている?」


「ひっ……か、勘弁してくれ!……も、もう名前を騙ったりしねぇよ!……だから見逃してくれぇ!」


 俺が声を掛けると、ダガンは俺を見て明らかに怯えていたので、早々に“待ち伏せ”の線は捨てた。


 この男は昨夜、“俺が捨てた名前アレックス・ロラ・ローヴァント”を騙っていた訳だが、別に直接的な被害を受けた訳でもない。俺達に害意が無いのなら、見逃しても構わなかった。

 とはいえ、隠れていた理由を聞き出さなければ、害意の有無など判断出来ようはずもない。


「何をやっているのかと訊いたんだが?」


「あ、いや、そ、そのぉ……竜車が見えたから……か、隠れて、やり過ごそうと思っただけなんだ……!」


 俺が先の質問を繰り返すと、ダガンは今度こそ答えを返した。

 少なくとも、俺に対して復讐しようとか、挑みかかって来ようという気は更々ないようだ。

 それだけ確認出来れば、もう用はない。


「見逃してやる。」


 短く言い捨ててから、俺は竜車に引き返した。

 竜車の荷台に戻った後は、待機していたフィリアとラバコスさんには、待たせてしまったことを詫びた。

 それからラバコスさんに出発を促し、停まっていた竜車は動き始めたのだが……。


「ま、待ってくれ!」


 草の陰から立ち上がったダガンが、俺達に声を掛け、更には同行したい旨を訴えながら、走って竜車を追いかけて来たのだ。

 奴が希望した通り「見逃してやる」と言ったのに、何故そんな考えに至ったのか……。

 何か善からぬ企みを内に秘めている可能性を考慮すれば、放置して進む判断をするのは当然だった。

 だが、フィリアは……それこそ何を思ったのか理解に苦しむが、


「……連れていってあげて下さい。」


 と、俺の外套の裾を引っ張りながら願い出た。


「本気で言ってるのか?」


 問えば、フィリアは頷く。


「あれは『良い人間』ではないぞ?」


「……それでも、です。」


 フィリアは譲らなかった。

 もしかすると、昨夜の食堂での一件──暴走した魔力をぶつけそうになった事を後ろめたく感じて、救いの手を差し伸べよう、というつもりだろうか。r……あれは奴がアレックス・ロラを騙った故の自業自得だと思うのだが。

 否、そうでなくても、必死に追い縋って来る者を見捨てるのでは、罪悪感に苛まれるのかもしれない。


 何にせよ、フィリアは意外なところで頑固な一面を見せて……結局は、俺の方が折れることになった。

 もしダガンが何か悪だくみをしていようが、簡単に制圧出来るのだから、脅威にもならない……という判断も当然ある。


 それにしても、フィリアには、もう少し危機感を持って欲しいと思う。……と同時に、俺がしっかりダガンの人柄を見極めないといけないな、という使命感が湧いた。

 まぁ、もし悪辣だと判断することになれば、竜車から蹴落とすのも、やむなしではある。あるいは、ロープで縛って、街で衛兵に引き渡すでも構わない。

 一時的に同行を許しても、力づくで解決してしまえるのだから、同行を許すのは大した問題じゃない。


 そうと決まれば、ラバコスさんに声を掛けて、少し竜車の速度を緩めて貰って、竜車に追い付いたダガンの手を掴んで荷台の上に引っ張り上げた。

 これが、暫しの間ダガン・ズール・サンドロスと行動を共にすることになった顛末であった。






 竜車の荷台に引っ張り上げたダガンが息を整えるのを待ってから、一先ず話を聞く為に質問をした。

 奴の本名──ダガン・ズール・サンドロスと名乗った──を聞いたのも、この時が初めてだ。

 “サンドロス”とは聞き覚えのない出生地だったが、隣国である帝国の村出身とのことで、俺の疑問は納得へと変わった。


 帝国とは正式名称を『アムルジア帝国』と言うのだが……俺の出生地である“ローヴァント”も、アムルジア帝国に在る街の名前なのだ、と両親から聞かされたことがあった。

 もっとも、ローヴァントは出生地というだけで、そんな街で過ごした記憶など、俺には存在していない。

 俺の一番古い記憶は、ここ聖王国リグランティオの、名も知らぬ村で暮らしていた記憶だ。

 故に、ダガンが帝国出身と言われたところで、同郷という感覚すら湧いてこないのだが……まぁそんなことは、どうでもいい。俺が納得したのは、ダガンの容姿に関する部分だった。


 聖王国では金髪の人間が多く、帝国では赤髪の人間が多いと言われているらしい。

 俺の髪と同様に赤い髪をしたダガンが帝国人というのは、腑に落ちるというものだった。

 ダガンが帝国出身と聞いて「帝国……“だから”か。」と呟いたのは、そういう理由である。……まぁ髪色が同じだからといって、特に親近感が湧いたりもしないが。


 その後は、俺が「帝国の人間が何故、こんな所に居る?」と問い、ダガンが身の上話を語り始める。


 帝国貴族に騙されて殺されそうになったというのは、同情の余地もあるが。街道沿いの村ナアフ以外でも、何ヶ所かの村でアレックス・ロラ・ローヴァントを名乗ったと言ったのには、多少思うところもあった。

 しかしまぁ、とっくに捨てた名を騙られただけだ。悪意を持って英雄の名を貶めようとして名乗ったのなら話は別だが、そうでないのなら別に構わない。

 そして、そんなことで、いちいち目くじらを立てる理由もなければ、狭量でもないつもりだ。


「衛兵に突き出すのは勘弁してやる。」


 多少の不満は呑み込んでやろう、というものである。

 だが、それでも許容出来る事と出来ない事は、当然ある訳で……。


「恩に着ますぜ、兄貴……!」


 などと言ったダガンには、


「兄貴はやめろ。」


 と、苦情を入れずには、いられなかった。

 年齢ば俺より下ではあるんだろうが、髭面の男に『兄貴』などと呼ばれるのは嫌悪感しかなかった。

 それと“様”付けで呼ぶのは、誰が相手でも止めさせている。ダガンからの呼ばれ方は、『アレクの旦那』で妥協した。

 また、フィリアとラバコスさんのことも紹介すれば、


「よろしくお願いしやす!フィリアお嬢!ラバコスの旦那!」


 ダガンは土下座に近いぐらい頭を下げながら、大きな声で挨拶をした。

 フィリアは小さく頷きを返して(……しかし頭を下げたダガンからは見えていなかったと思う)、ラバコスさんは「は、はい……。」と弱々しく返事をしていた。


 勝手に竜車の荷台にダガンを乗せてしまった事は、ラバコスさんに謝罪しようと思っていたのだが……竜車を運転中に声を掛けるのも迷惑かと考えて、機会を窺っている内に、切り出すタイミングを逃してしまい、言えたのは一度目の休憩の後だった。

 まぁダガンが走って追いかけて来た時も、竜車の速度を上げて振り切ろうとはしなかった(置き去りにするのは良心の呵責があったのだろう)ので、断固反対という姿勢ではなかったのだから、後回しにしてしまったというのもある。

 ダガンの挨拶に対して弱々しくも返事を返したのは、ラバコスさん自身、偽物のアレックス・ロラ・ローヴァントだというのは理解した上で、情けをかけたのだろう。


 今朝の、農作物を受け取りに行くラバコスさんに同行して、ナアフ村の村長の家で探りを入れた時の事もある。

 ついでに偽アレックスの処遇を軽く話し合った際、村長は言っていたのだ。


「村の者も、冒険者に旅の話をせがんで、酒や料理を奢ったり等しています。あの方が偽物だったからといって、皆も気にはせんでしょう。」


 また、料理や酒を奢ったのも、強要された訳ではなく、村人側が言い出したことらしく、恨みを向ける理由もない……と。

 つまり村人達が笑って許せる範囲の出来事だった故、恐らくラバコスさんも、非情に徹し切れなかったのだ。


 ダガンは挨拶を終えると次に、同乗者全員に、自分はアレックス・ロラ・ローヴァントの名前を騙っていた偽物だったと告白し謝罪した。

 とはいえ、全員が既知である情報だ。謝罪されても反応に困るが、奴なりのケジメだったのであろう。


「もう二度と、英雄の名を騙ったりなんてしやせん!」


 ダガンは、俺に言ったようなセリフも、改めて口に出して宣言した。

 反省していると態度で示したことで、ラバコスさんの緊張感が多少は和らいだようなので、意味はあったかもしれない。


 それからダガンは遠慮がちに、俺に質問を繰り返した。


「あの……それで、旦那達は、何処へ向かってるんですかい?」


 という質問もあれば、


「ところで、フィリアお嬢は、ずっと喋らねぇですが……あっしは何か失礼な事をしちまったんでしょうか……?」


 などと訊かれたりもした。

 前者の質問は兎も角、後者の質問は、何と答えるのが正しいかは不明だ。

 むしろ「そんな事は本人に訊け」と言いたくなったが……当のフィリアは、こちらの会話には関心も無いらしく、遠くを見つめながら、何か考え事をしていたようだった。


 ダガンを連れていってあげて欲しいと頼んだのはフィリアであるのに、それ以降は積極的に関わろうとはしていない。無責任なことである。

 ただ、フィリアが『半魔』である以上、意識的か無意識かは、さて置くとしても、他人と深く関わるのを避けている部分はあるだろう。なので文句は言い辛い。

 未だにラバコスさんとも打ち解けてはいないのだ。新参のダガンとは尚の事、距離を測りかねているはずである。

 ……しかしまぁ、それをそのまま口には出来ない訳で。


「フィリアは単なる人見知りだ。」


 とだけ答えておいた。これも間違いではないと思う。

 その後も、旅の目的だの何だのと尋ねられたが、特に教える必要もないので、突っぱねておいた。それでも、めげずに質問を続ける根性だけは、買っても良かったかもしれない。


 一度目の休憩の際には、ダガンはラバコスさんに改めて名前を名乗って挨拶をしていた。

 そんな風に平身低頭な態度だったのでラバコスさんも幾分、気を許したのだろう。ナアフ村の村長の妻が用意してくれた朝食のパンを、ラバコスさんがダガンにも勧めていた。


「本当に、あっしも頂いちまって良いんですかい?」


 用意してくれたのは無論、三人分の量だった。四人で分けると一人当たりの量は減る。ダガンがそういった懸念を抱いたのは、正常な反応と言える。

 だが別に量が足りなければ、空間バッグから追加の食料を出せば良いだけなので、困ることなど何一つない。


「腹が減ってないのなら、食べなければ良い。」


 俺がそう言うと、ダガンは慌てた様子で口を開く。


「は、腹は減ってるんですぜ旦那!ありがたく頂きやす!」


 それから全員で、遅めの朝食を摂った。

 食事の間にも、ダガンは少し遠慮しながらも、俺やラバコスさんに話題を振った。、

 フィリアに関しては、話しかけて良いものかと迷っている様子ではあったが……食事中のフィリアは基本的に、食べる事だけに集中している。話し掛けたとしても、無視されて終わっただろう。


 まぁそれは兎も角として、食事中の話題の中で気になったのは、ダガンが竜車を扱えるという話だった。


「あっしは運び屋をやってたもんで。普段は馬を使ってやしたが、竜車も何度か動かした経験があるんでさぁ。……それでラバコスの旦那、あっしに竜車の運転を任しちゃくれねぇですかい?」


 話題と言うより提案のようであったが、ラバコスさんがそれに許可を出して、休憩後から次の休憩まで、一旦ダガンに御者役を任せることとなったのだ。

 今回の旅は街道を南に突き進むだけなので、街道から道を外れた場合、すぐに気付ける。これでは悪さのし様もないので、任せても問題ない、という判断の下だった。


 自ら「動かした経験がある」と言うだけあって、ダガンは竜車を危なげなく走らせた。街道の道から外れたりすることもない。

 多少危ない場面があったとすれば、トライホーンと遭遇した時に、急ブレーキをかけた事ぐらいだろう。

 それに関しても、ダガンがフィリアの魔法に驚いただけで、故意に危険な行動を取った訳でもない。


 竜車の走行中には、荷台に座る俺達三人の会話に交ざってきたり、運転するのにも余裕があるらしかった。

 運び屋を自称するだけあって、手綱の扱いはラバコスさんよりも上等なのかもしれない。……まぁあくまで、ラバコスさんは運転中は会話に交ざらず、運転に集中しているようだったから、という事実を基にした判断である。単純にダガンに危機意識が足りないだけ、という可能性もある。


 ダガンは昼休憩の時も、焚火の材料集めも自ら申し出た。

 点数稼ぎという意味は勿論あるのだろうが。邪魔にならず、むしろ役に立つのであれば、もう少しダガンを丁重に扱ってやっても良いのかもしれないな、と思った。


 悪意は持っていないようだし、悪人ではない。しかし善人という訳でもない。

 お調子者で、何かあれば悪事に手を染めてしまいそうな危うさも、備えているように見える。

 故に、目の届く範囲に置いておく方が、余計な心労を抱え込まずに済むのであろう。

 それが、ダガン・ズール・サンドロスの現時点での評価だった。

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