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第16話 トライホーンのガリューステーキ

 牛系の魔獣肉──トライホーン肉を調理するにあたって、先ず、やらなきゃいけないのは、肉を切り分ける作業だった。

 草の地面に広げたシートの上に置かれていたブロック肉を、魔法を駆使して作った氷の台上に乗せて、大雑把に1.5センチ幅ぐらいに揃えて、ナイフで切っていく。

 肉は白い脂身が一辺に偏っているものの、全体にも細かくサシが入っている為、上質な肉だというのがパッと見でも分かる。


 切り出した肉は一人一枚の見当……あぁでも、アレクさんは二枚は食べるかな。ラバコスさんとダガンさんは、どのくらい食べるか不明だ。取り敢えず余裕を持って、六枚分を切っておくことにした。どちらにせよ大きさ的に、片手鍋では一度に二枚ずつしか焼けないだろうし。

 あとは、必要があるかは分からないけど、焼いた時に反り返るのを防ぐ意味で、筋切りもしておく。


 そして筋切りを終えた順に、氷の台上からシート上へと肉を戻す。それと、未だ半分くらい残っているブロック肉も、シートへ移動させた。


──……んー。……これ、先にアレクさんに、返しに行こうかな……。


 空間バッグに入れておけば劣化は防げるのだから、外に出したままより良いだろう。

 そう思って、少し離れた位置で焚火の用意をしていたアレクさんの所に、ブロック肉の残りを持って行って、引き取って貰うことにした。


「……アレクさん。……お肉、余りました。」


「そうか。では、しまっておこう。」


 私が言うと、アレクさんは片手を出して肉を受け取る姿勢を見せた。

 焚火の燃料集めや、土を掘り返したりもしていたせいか、アレクさんの手には土汚れが付いていたので、一言断ってから《洗浄》した後に、ブロック肉を受け渡した。


 それから元の位置まで戻って、急ぎ次の作業を始める。

 今度はガリューの処理をするのだ。


 肉二枚に対してガリューを一房使う計算として、六枚あるから三房分を使用することにした。

 特別な処理をする必要はないので、一房分だと半月のような形をしたガリューは、氷台の上で薄くスライスしていく。

 手早くガリューをやっつければ、あとは焼くだけとなった。


 という訳で、スライスしたガリューは……──


──……あれ?……ど、どうやって持って行こう……?


 何せ私の持ち物は、ベルトポーチに入るサイズが基準となるので、小物か細長い物ばかりなのだ。

 その中で入れ物と言えば、調味料を入れた陶器の小瓶ぐらいのものだけど……中身が入っているので、何かを持ち運ぶ為には使えない。

 じゃあ他に何かないだろうか……と、考え始めた途端、面倒になってしまった。


──……良いや。……もう、そのまま持って行こう(・・・・・・・・・・)


 あの氷台は、《変幻する水》で形作った水を《凍結》させたモノなのだから……魔力で動かせない(・・・・・・・・)道理はない(・・・・・)

 そうと決まれば、肉を並べていたシートを折り畳んで、肉が落ちないように気を付けつつ両手で持った後……氷台を動かす為に、魔力を乗せた言葉を放つ。


「……我が意に従え、《変幻する水》。」


 《凍結》している為か、魔力の入りが悪いように感じたけれど、それでも然して問題なく宙に浮くと、氷台はノロノロと移動を始めた。

 一応、視界に入れていないと、何かあった時に対処が出来ないので、氷台の動く速度に合わせて歩いて、アレクさんの所へ向かった。

 そんなに距離は離れていないから、すぐに辿り着いたのだけど……。


「フィリアは本当に、魔法を良い様に使っているな……。」


 と、アレクさんには呆れ半分に言われてしまった。

 その場には、先程までは離れた位置に居たはずのラバコスさんとダガンさんも居揃っていて……二人は私の魔法に驚いたように、ポカンと口を開けていた。


──……別におかしなことは、してないんだけどなぁ……。


 私としては、三人の反応は、何だか納得がいかなかった。


 しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 休憩時間は限られているのだから、すぐに肉を焼き始めなければいけないのだ。

 チラと確認すれば、焚火の準備は終わっていたみたいなので、早速使わせて貰うことにする。


 両手で持っていたシートと、移動させていた氷台を、焚火から近過ぎない地面に下ろしてから、私はアレクさんに声を掛けた。


「……アレクさん、片手鍋を、貸して下さい。」


「ああ、うん。」


 アレクさんは要望通りに、肩に掛けた袋から片手鍋を取り出して、渡してくれた。


「……あと、お皿って、何枚ありますか?……出来れば、人数分あると、嬉しいんですけど……。」


「ふむ……二枚はあったはずだが。ちょっと確認してみよう。」


 片手鍋を受け取りながら、更なる要望を伝えれば、アレクさんは再び袋に手を入れて、お皿を探してくれる。

 ただ、残念ながらアレクさんの手持ちは、木皿が二枚で打ち止めみたいだった。

 アレクさんは今まで一人旅をしていたのだろうから、お皿が二枚あっただけでも御の字だと思っておこう。

 食べるのに少し不自由はすると思うけど、無い物は仕方がない。

 そんな風に割り切ろうとしたところで……声を上げたのは、驚きから立ち直ったらしいラバコスさんだった。


「あの……フィリア殿。木皿でしたら、私が持っている物も、お使い下さい。」


「……は、はい。……ありがとうございます。」


 ありがたい申し出だったので、素直に感謝を告げておく。

 ラバコスさんは「すぐに持って来ます。」とだけ言ってから、近くの単木の側に停めてある竜車の方へと向かっていった。


 木皿を持って来て貰うまでの間、ジッと待ってるのは時間の無駄だと判じて、ベルトポーチから必要な物を先に取り出して準備しておくことにした。

 取り出したのは、火を点ける為の発火石を一組、陶器の小瓶を四つ(中身は、食用油・塩・コショウ・黒コショウ)、それと三又の銀のフォークを一本。

 発火石はすぐに使うので手で持って、それ以外の物は、一旦シートの端に置いておく。

 ちなみに陶器の小瓶は、前回の反省を活かして、ちゃんと蓋を開けておいた。


 そうこうしている内にラバコスさんが戻って来たので、木皿を受け取って……合計四枚になった木皿は、シートの端に並べて置いた。

 少々準備に手間取ってしまった感はあるけど、これでいよいよ焼き始めることが出来る。

 私は、焚火用に積まれた草や木枝に向かい合うと、両手の発火石を擦り合わせて、火を点けた。


 そこからは、時間との勝負である。

 先ず、右手で食用油の小瓶を手に取ってから、左手で片手鍋を火にかけて、少量の油を鍋の底面に落としたら、鍋を傾けて全体に油を回す。

 油の小瓶はシート上に戻して、次は氷台の上にある刻んだガリューを、三分の一ほどの量を摘まんで片手鍋に放り込む。

 するとガリューは、パチパチと小気味良い音を立てながら油に熱されて、すぐに茶色っぽく色付いてくる。同時に、熱されたガリューの匂いが周囲に漂って、すごくお腹が空いてしまう。……けど、我慢だ。


 ガリューが焦げ付かないように、片手鍋を少し火から遠ざけて、弱火の距離を維持しながら片手鍋を揺すっていけば……色が完全に茶色く変わったのを確認した後、片手鍋を火から下ろす。

 火から下ろしても、油断してると余熱で焦げてしまうので、揺するのを継続しつつ右手でフォークを手に取り、そのフォークを駆使してガリューを木皿に移動させた。一度に焼く肉は二枚ずつなので、ガリューも二つの皿に半分ずつだ。

 そうすると、鍋にはガリューの風味が移った油だけが残る。この油で、本命のトライホーンの肉を焼くのである。


 再び片手鍋を火にかけて、温まったであろうタイミングを見計らって、トライホーンの肉を片手鍋に二枚並べて投入する。

 途端に、熱された肉とガリューの匂いが入り混じって……非常に空腹感を刺激してくる香ばしい匂いに負けて、ぐぅぅ、とお腹が鳴ってしまった。


──……空腹時に、この匂いは、辛いものがある……。


 しかも私の場合は、六枚分の肉を焼いてからじゃないと、食事にありつけない訳で……。


──……焼き終わるまで、我慢が効くだろうか……。


 と、ちょっと心配になった。

 ……いや、そんなことを考えてる場合じゃなかった。……肉を美味しく焼かなきゃいけないのだ……!

 そんな風に気持ちを改めて、今は何も考えずに、肉を焼くことだけに集中した。


 最初に強火ぐらいの距離を維持して焼き、一分ほど経ったら、焼き目が付いているかを確認してから、フォークを使って肉をひっくり返す。

 焼き色が付いた表面全体に、塩コショウを振りかけて、また一分ほど焼いていく。

 フォークで軽く持ち上げてみて、裏面にも焼き色が付いたのが確認出来れば、弱火の距離まで離して、約三十秒ほど待つ。

 その三十秒を待つ間に、黒コショウの小瓶を手に取って、中身を表面にパラパラと振りかける。

 そうして焼き終わった肉を木皿に移せば、『トライホーンのガリューステーキ』の完成だ。

 見栄えを重視するなら、ガリューを肉の上に乗せたいところだけど……別に肉の下敷きになっていても味は変わらないのだから、構わないだろうと思う。


 料理の完成を伝える為に顔を上げると、ぽっこりとしたお腹を押さえているラバコスさんと目が合った。


「いやはや、空腹にガリューの匂いとは、中々に耐え難いものですね……。」


 少し恥ずかしそうに苦笑しながら、ラバコスさんは言った。……私も同意見である。思わず頷いてしまった。

 それはそうと……あまり待たせてしまっても申し訳ないので、調理を見守っていたらしい三人に向けて、口を開くことにした。


「……全部焼くまで待ってると、冷めてしまうので……先に食べていて下さい。……量は、アレクさんが二枚、ラバコスさんとダガンさんが一枚半……のつもりで、用意してます。」


 必要な事を伝えたまでだけど、私にしては長く喋った方だ。


「ああ。先に頂くとするよ。」


 答えてくれたのはアレクさんだった。

 あっさりした返事をしたのは、他の二人が気を遣わないように……という配慮なのかもしれない。

 まぁ、そっちはアレクさんにお任せすることにして、私は次のお肉の調理に取り掛かることにする。


 片手鍋の中には肉から出た油が残っているので、以降は食用油は使う必要はなさそうだ。

 なので今回は、鍋を火にかけてガリューを熱するところから始めて……その後の作業工程に関しては、一回目と同様に行なった。

 ガリューが茶色くなったら皿に移して、肉二枚を片面ずつ焼いて、途中で塩コショウを振って、火から遠ざけた後で黒コショウを振って、少し待ったら完成。……と、簡単に説明すれば、そんな感じになるだろうか。


 ちなみに、一度目に焼いた分のガリューステーキは、アレクさんが一枚分、ラバコスさんとダガンさんは半分に切って食べたらしい。第二弾として焼いたガリューを皿に移そうとした時に、シートの上には木皿が一枚しか残っていなかったので、状況を察した。……仕方ないから、ガリューは一旦、残っていた皿に全部入れておいた。


 そうして二度目に焼き終わった分のステーキを、ラバコスさんとダガンさんの木皿にあげて……肉の上からガリューを散らすという、図らずも本来の見栄えで提供することになったのだ。


 本来の見栄えでの提供を終えてから、三度目──最後の焼き作業に入ったけど……いい加減、私の空腹は限界を訴え始めていた。料理の内容的に、つまみ食いなども出来ないので、仕方なく我慢した。

 空腹を堪えつつ、肉を焼き終われば……やっとお肉を食べることが出来る!


 三度目に焼いたガリューステーキは、一枚は私の分で、もう一枚はアレクさんの分。

 そしてアレクさんの分は、やはり本来の見栄えで提供することになった。


 ところで、『空腹は最高の調味料である』と聞いたことがあるけれど、それはきっと正しいのだろうと思う。

 何故なら、空腹に耐えた後で口に運んだガリューステーキの味は、感動で泣きそうになるぐらい美味しかったのだから。

 勿論トライホーンの肉が上質だったというのも、あるのだろうけど……それでも今なら、空腹を我慢した甲斐はあったのだ……と、確信を持って言い切れる。

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