第14話 道中の語らいと街道の魔獣
ダガンさんの身の上話を聞いた後も、竜車は順調に街道を南下していた。
現在は、街道沿いの村ナアフを経ってから、三時間が経過した頃だ。
その間に一度、十五分の休憩を挟み、ダガンさんが改めてラバコスさんに挨拶をして……それから、ナアフ村の村長さんの奥さんが用意してくれていたらしい朝食のパンを、皆で頂いた。
当然だけど用意してくれていたのは三人分だったから、ダガンさんが増えた分、一人当たりの量は控えめになってしまったけど、味の方は申し分なかった。
薄切りのハムとエドゥア豆を生地に混ぜ込んで焼かれた、こぶし大ぐらいの平ぺったい円形のパンで、具材を包む生地は、もっちりとした食感だった。美味しかったので、ペロリと平らげてしまった。
私は食べるのに集中していたから、あまり聞いていなかったのだけど、どうやら休憩の後からは、ダガンさんが御者台で手綱を握ることになったらしい。
なので現在は、ダガンさんが御者台に乗り、ラバコスさんが荷台に腰を落ち着けていた。
「初めはどうなるかことかとヒヤヒヤしていましたが、何事もなくてホッとしております……。」
「ああいや、相談もなしに、申し訳なかった……。」
ラバコスさんとアレクさんが少し声を落として話し合うのは、ダガンさんについてだ。
荷台から御者台までには多少の距離もあるし、カラカラと鳴る車輪の音も手伝って、声を潜めれば御者台に乗るダガンさんに聞かれることはない、ということなのだろう。
「大体の話は、私の耳にも届いておりました。……ですが、アレク殿の目から見て、実際どうなのでしょうか?」
「他人の名を騙ってはいたが、悪人という訳でもないだろう。」
アレクさんが答えれば、ラバコスさんは「ふむぅ……。」と一つ頷いてから、
「それでは、フィリア殿は如何でしょう?」
と、二人の会話を静かに聞いていた私に、突然話を振ってきた。
「……え、あ……わ、私は、そういうのは……えと…………。」
いきなりのことで、私は答えあぐねてしまう。
……というか、そんなこと訊かれても、今まで他人と極力関わってこなかった私に、他人の善悪を判断するなんて、無理がある。
結局、私は口を噤むことになり……見かねたらしいアレクさんが、私に声を掛けることになった。
「フィリア、思ったままを言えば良い。」
そう言ってくれたので、私は少し考えてから、ダガンさんに関して思ったことを、言葉にする努力をしてみる。
「……その…………可哀想だな、って……。」
騙されて、殺されそうになって、居場所を奪われて、故郷にも帰れなくなって。
そうして見知らぬ土地で一人になってしまったら、自暴自棄になっても不思議じゃない。
不幸の度合いを比べたい訳じゃないけど……私は帰ろうと思えば、いつでも故郷の森に帰れるのだから、まだマシだ。
それらの思いを全部ひっくるめて、出てきたのは、「可哀想」という言葉だった。
「そうですか……。」
ラバコスさんは相槌を打った後、何かを考えるように顎の辺りに手をやってから、どこか真剣みを帯びた眼差しを私に向けて、再び口を開く。
「話が全て真実であるならば、可哀想だと思う気持ちは私にもあります。……フィリア殿は、先の話が全て真実であると思っておられるのですか?」
難しいことを訊かれてしまった。答えずに済ます訳には、いかないのだろう。
上手く言葉に出来る自信なんかは無いけれど、私は自分の感じた事を、考え考え口にしていく。
「……嘘を言ってるかは、分からないです。……でも、だからって……最初から疑ってかかるのは、違うと思います……。」
自分の話を頭から疑われたくないから……という気持ちが、根底に在るのだと思う。
だから他人の話だって、明らかに嘘を吐いていると思ったりしない限りは、先ずは信じてみようと思うのだ。
私の返答にラバコスさんは、暫し目を伏せて考え込んでいたみたいだったけど……やがて軽いため息を吐くと、眉を下げて笑った。
「仰る通りですね。……いやはや、商人などやっていると、年々疑り深くなってしまって、困りますな。」
そう言ってから、ラバコスさんは改まった口調で続ける。
「お二人がそう言われるなら、私も信じてみることに致します。」
きっと本心では、ダガンさんの話を信じたいと思っていて、信じる為の理由を探していただけなのだろう。ラバコスさんは、どこか晴れやかな表情をしているように見えた。
そして、その後からは、特に声を潜めることもなく、会話をすることになった。
内容自体も他愛のない雑談へと移行し、御者台に座るダガンさんも、ちょくちょく会話に加わり始めた。
雑談の内容は、例えばエドゥア豆の話があった。
ラバコスさん曰く、
「ナアフ村へ行くと、私は毎回エドゥアを食べています。エドゥアは足が早く、輸送にも向かない野菜なので、出先での楽しみの一つですよ。」
とのことだった。
それに疑問を呈したのは、ダガンさんだった。
「足が早くても、空間バッグに入れれば問題ないんじゃねぇですかい?」
……実は私も同じことを思っていたので、質問してくれたのは、ありがたかった。
「確かに空間バッグに入れれば運ぶこと自体は出来ます。しかし商売となると、また別なのですよ。取引に使える量を定期的に用意するのは難しい……というのが第一ですね。」
更には、保管方法に関しても、空間バッグ及び冷凍の魔導具ぐらいでしか、まともに日持ちせず、大衆向けの飲食店には卸せない、といった事情もあるらしい。
空間拡張を付与されたバッグやポーチ等は、基本的に魔力を登録した本人でなければ取り出せないので、飲食店で使うには不都合があるのだろう。
冷凍の魔導具に関しては、小型の物なら兎も角、大型の物は数が出回っていない為、普通の店舗で使用するには高価に過ぎるのだ。
それ以外にも理由はあるのかもしれないけど、何にせよエドゥアは、他の街や村での取引には向かない野菜である、とのことらしい。
エドゥアの話に区切りが付くと、聖王国と帝国の関係性についての話題も出た。
聖王国と帝国は仲が悪い……的な話だ。
その話題を振ったのは、アレクさんだった。
「これは純粋な疑問なんだが……帝国人というのは皆、聖王国の人間に対しては、敵国という意識を持ってるんじゃないのか?」
という、ダガンさんへの質問という形だったけど、その質問内容だけで、両国の関係性は見て取れた。
「あっし等みたいな平民は、そんな意識は持ってねぇんですぜ。未だに聖王国に敵意を向けてんのは、主に貴族連中だけでさぁ。……まぁ国境近くで暮らしてる奴等に関しちゃ、分からねぇもんですが。」
「一部の商人仲間は、実際に帝国とも取引をしておりますが……表立って危害を加えられるようなことはない、と聞き及んでいます。」
ダガンさんの返答には、ラバコスさんが補足というか裏付けを行なっていた。
魔族領は聖王国としか隣接していないから、魔族領の外は『人間の国』で一括りだったし……人間の国同士で対立しているなんて、私は想像もしていなかった。
そんな雑談をしながら、一時間近くが経過して……そろそろ二度目の休憩といった頃。アレクさんが何かを察知したように顔を上げて、同時に声を上げた。
「ダガン、速度を緩めてくれ。」
「へ、へい!」
アレクさんの指示を受けて、即座にダガンさんが走竜の手綱を引き、竜車は徐々に速度を落としていく。
竜車の勢いが完全に減じるより前に、私にも視認することが出来たので、荷台の上で立ち上がった。
「ど、どうされましたか……?」
剣呑な雰囲気を感じ取ったのか、ラバコスさんが緊張しながら問い掛けた。
対して、アレクさんの方は緊張感の欠片も無く、まるで雑談の続きでもしているかのような気軽さで答えを返した。
「ああいや、心配はいらない。前方に魔獣が居たから、そのまま進んでは危ないと思って、速度を落としただけだ。」
速度を落とした竜車の前方には、豆粒ぐらいの大きさで、“何か”が居るのが辛うじて分かる程度だ。
それが魔獣だとは、言われなければ分からないと思う。
実際ラバコスさんは、「信じられない」とでも言いたげな表情で絶句していた。
正直、この距離だと私も気配らしい気配は感じないし、見ても魔獣とは判別が付かない。
ただ単に、アレクさんが意味もなく速度を落とす指示なんてしないだろう、と思って、動けるように準備しただけだった。
「フィリア、任せても問題ないか?」
アレクさんは立ち上がる気すら無いみたいで、座ったままの姿勢で私に訊いた。
もう少し近付いてみないと、どんな魔獣かは不明だけど……アレクさんが私に丸投げしたということは、私でも問題なく倒せる魔獣なのだろう。
そんな信頼から、私は迷わずアレクさんに頷きを返した後、積まれた木箱の隙間を縫って、御者台の方へと移動した。
「……ちょっと、ごめんなさい。」
御者台は一人が座れるだけの広さしかなかったので、一言断ってから、ダガンさんの右隣に左足だけで立つ。
ふくよかな体型のラバコスさんが座っていたら、足を置くスペースもなかったかもしれないので、座ってたのがダガンさんだったのは幸いだった。……いや、その場合は流石に、竜車を止めて貰う判断をしただろうか。
「あ、危ねぇですぜ、フィリアお嬢……!」
ダガンさんからは苦情か抗議に近い声が上がったけど……一先ずは無視だ。
緩めた速度──走竜の常歩が維持されていたので、魔獣の姿を肉眼で捉えられる距離まで迫りつつあったのだ。
目を凝らせば、魔獣の姿を確認出来た。
残念ながら私が知っている魔獣ではなかったけれど、頭部から太くて白い角が三本生えた四足の獣──恐らく牛系の魔獣である。
……まぁ種別が分かったところで、未知の魔獣なことには変わりないし、全力で殺しにいかなければいけない。
しかし《水刃》や《水弾》のように、自分の位置から相手に飛ばすタイプの魔法は、万が一にも走竜に命中してしまうと大変なので、使えない。
であれば、地面指定タイプの魔法が最善であり──
──……牛系なら、体重は重いはず……!
瞬時に判断を下すと、手を前方に向けて、魔力を集めながら、魔法を唱える。
「……《間欠泉》……!」
魔獣の居る地点を大雑把に指定した《間欠泉》は、地面から大量の水を打ち上げる。
そうして魔獣を巻き込んでからの──
「……《凍結》……!」
いつぞやのマッスルベアの時と同様、三本角の魔獣が氷漬けにされたオブジェが、新たに街道付近に出現することになった。
これであとは、余裕を持って一分ほど待つだけで、氷漬けの魔獣は死に絶えるはずである。
……けれど、誤算があったのは、このすぐ後だった。
《間欠泉》の勢いに驚いたのだろう走竜が、突然ブレーキを掛けたことで、片足立ちでバランスを取っていた私の身体は、慣性に従って宙に放り出されてしまった。
私は魔獣を《凍結》させた時点で気を抜いてしまっていたのもあって、いきなり足場を失い、空中に投げ出されたという状況には、全く対応することが出来なかったのだ。
「……ふぎゃっ……!?」
結果、私は変な声を上げて、地面と衝突することになってしまった。
怪我の痛みは大したこともなく、その後ヒールポーションを飲んだら問題なく治る程度だったし、帽子が脱げずに済んだのも幸いだったのだけど……。
──……これからは、もう少し……後先を考えてから、魔法を使うようにしよう……。
……と、心に誓うことになるのだった。




