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第13話 偽物さんの境遇

 偽物さんを荷台に乗せた後は、街道を行く竜車の旅は順調に進んでいた。


 山岳都市ルミオラから街道沿いの村ナアフに辿り着くまでの間も、平穏な旅路ではあったけれど……元々、街道というのは定期的に人の行き来がある為、魔獣もあまり寄り付かないらしい。

 なので、実は護衛というのは保険的な意味──運が悪いと遭遇するかもしれない魔獣や野盗への対策として、雇っているのだろうと思われる。


 そんな平和な旅を続けながら、しかし車上の空気は、あまり宜しいものではなかった。

 ……と言うのも、荷台の上が『偽物さんを詰問する場』のようになってしまっていた為である。

 責任の一端というか、原因というか……は、私にある訳なので、文句を言う筋合いではないのは分かってる。

 なので私は偽物さんと相対して座るアレクさんの隣にちょこんと座って、大人しくしていることにした。


 如何にも機嫌が悪そうなアレクさんの最初の質問は、


「それで、お前の本当の名前は?」


 という、偽物さんの名前を問うものだった。

 ……まぁ、いつまでも『偽物さん』なんて呼んでられないから、この質問に関しては正当だと思う。

 一応、偽物さんが息を整えるまで待ったのは、アレクさんなりの優しさではあったのだろうし。


「へい、あっしはダガン・ズール・サンドロスってぇ名前です!」


 そうして偽物さんが名乗ると、アレクさんは探るような視線を向けながら、口を開いた。


「サンドロス?聞かない地名だが。」


「帝国にある貧相な村なんで……知らねぇのも無理はねぇです!」


 偽物さん──ダガンさんが言う“帝国”とは、聖王国と同じく『人間の国』である隣国のことだ。

 大して語れるような知識は持ち合わせてはいないのだけど、そのくらいは私でも知っている。


「帝国……“だから”か。」


 何か思い当たる節があったらしく、アレクさんは納得したように呟く。

 一人で納得してないで教えてくれれば良いのにな、と思いながらアレクさんの方をチラ見してはみたものの……教えてはくれないみたいで、アレクさんは続けて質問をした。


「しかし、帝国の人間が何故、こんな所に居る?」


「その……あっしは元々、帝国で“運び屋”をやってたんですが、貴族に騙されて、殺されそうになったんでさぁ……。」


 ダガンさんは力なく答えてから、自らの身の上話を始めた。

 その話の内容は、咄嗟に考えたという風でもなさそうだったので、一先ず信じても良いんじゃないかな、という気がした。


 先ず“運び屋”というのは、単純に手紙や荷物を運んでお金を得る職業らしい。

 冒険者ギルドでも、他の街や村に物を運ぶ依頼を見かけたことがあるけど、そういう届け物を専門にした職業のようだ。


 そんな“運び屋”をやっていたと言うダガンさんは、数か月前に帝国の貴族から依頼を受けて物品を運んだ先で、口封じに殺されそうになったという話だ。

 何を運ばされたのかと(アレクさんが)問えば、ダガンさんは「知らねぇです!」と答えたけれど……嘘を吐いてるかどうかは、ちょっと分からなかった。

 アレクさんも突っ込んで訊いたりはしなかったので、それに関しては『嘘を吐いていない』と判断したのか、あるいは『嘘を吐いていても構わない』と思ったのか。

 ……まぁ何にせよ、無事に逃げおおせたらしいのだけれど……といっても、貴族に目を付けられていては、追っ手を差し向けられる可能性もあり、安穏な生活などは望めない。よって、帝国内から逃げ出して聖王国にまでやって来た、ということらしかった。


 そうして国外へ逃亡しても、平穏に暮らすことは出来なかったらしい。

 冒険者ギルドに手配書が出回ってないとは言い切れないので、大きな街へは近付けず、小さな村を転々とする生活を送っていたようだ。


 安住の地を求めて、人間の目が行き届かない魔族領に行く予定だった、とのことだけど……路銀が尽きて、お金に困った挙句、帝国から連れて来た相棒の馬を売り払ってしまった、とのことだ。


 大きな街へ入れなければ、路銀を稼ぐアテもない。

 そうして村を転々としてる間に、どこぞの村で飲んだくれていた時に、訊かれたらしい。


「アンタひょっとして、『英雄』アレックス・ロラ・ローヴァントじゃないのか?……ってな具合で。」


 帝国にも『英雄』の名は轟いていたようだ。そしての『英雄』は、冒険者を辞めた後の消息は不明だった。


「本来なら否定しなきゃいけねぇのは分かってたんでさぁ。……でも、金もなくなってきてて、稼ぐアテもなかったんで、名前を騙っちまったんです。」


『英雄』の名を騙れば、村人は気前良く酒や料理を奢ってくれた為……ダガンさんは行く先々の村で、『英雄』を騙るようになったのだ、と。


 真実かどうかは分からないけど……“赤髪で天を衝くような大男”というのが、アレックス・ロラ・ローヴァントの風貌であるらしい。

 このダガンさんというのは、そんなアレックス・ロラ・ローヴァントに間違えられただけあって、身長はアレクさんよりも大きく、二メートル近くはありそうだ。

 体格はある程度、外套で誤魔化すことも出来たのだろうし、この十年で肉体的に衰えたと言われれば、戦闘を生業にしていない者から見れば、疑問を持たれる余地も、あまりなかったのかもしれない。


「それで、誰にも疑われなかったんで……あっしは次第に、自分が本当にアレックス・ロラ・ローヴァントなんじゃねぇか、って思い込んじまったんでさぁ……。」


 思い込みで他人に成り切れるものなのかは、ちょっと私には分からない。

 けど……多分まともな精神状態ではなかったんだろうな、という気はする。

 殺されそうになったという境遇には同情の余地があるし、『英雄の名を騙った』以外には、他に悪事を働いた訳でもないのだろう。

 昨夜、私達に絡んできたのは、お酒を飲んでたせいで気が大きくなってた、というだけなのだろうし。その証拠に、今のダガンさんは、とても弱々しく見えた。


 名前を騙ったことに関しては反省しているみたいだし。

 ……であれば、私にはダガンさんを責める理由は特に思い浮かばなかった。

 そして、それはアレクさんも同様だったみたいで、


「衛兵に突き出すのは勘弁してやる。」


 軽く息を吐きながら言った。


「恩に着ますぜ、兄貴……!」


 ダガンさんは感謝の言葉を告げながら、泣き笑いのような表情になっていた。

 しかし、それを聞くとアレクさんは、眉間に皺を寄せながら、


「兄貴はやめろ。」


 と、苦々しげに言い放った。

 外見はアレクさんよりもダガンさんの方が年上に見える(……あくまで私の印象だけど)から、気持ちは分かる。

 あとは、どちらも赤い髪色なので、本当の兄弟と間違われるのが嫌……というのも、あるのかもしれない。

 でも、素気ない態度にも、めげずに前のめりになるダガンさんだった。


「では、何とお呼びしやしょうか?」


 ……と、そこでアレクさんが何かに気付いたように、「あぁ……。」と声を漏らす。


「そういえば、俺の方は名乗ってなかったな。アレクだ。」


 確かに、ダガンさんの名前は聞いたけど、こちらから名乗ることはしていなかった。

 けどそれは、話の内容如何では名乗る必要がない、という判断の下だったのかもしれなかった。

 今アレクさんが名乗ったということは、少なくとも名前を教えても害はない、と結論を出したのだろう。

 実際のところは分からないけど……ダガンさんも何か感極まったように、アレクさんの名を復唱したので、きっとそういうことなのだろうと思う。


「アレク様!」


「“様”も無しだ。」


「アレクの旦那!」


「……まぁそれなら良い。」


 そんなところで、アレクさんの呼び方は決まったらしい。

 実はダガンさんって、コミニュケーション能力が高い人なのかな、などと思った。……まぁ、私のコミニュケーション能力が低いというのは大いにある。

 この会話中も、私は一言も言葉を発していないのだった。


「ついでに、こっちが冒険者のフィリア。それと、竜車を運転してくれてるのが商人のラバコスさんだ。」


 ……と、私が喋らなくても、アレクさんが話を進めてくれるからいけないんだ、きっと!……すごく責任転嫁である。

 でも私はダガンさんとは積極的に関わろうとは思わないから、喋らなくて済むなら、その方が良いかな、なんて思ってしまったり……。


「よろしくお願いしやす!フィリアお嬢!ラバコスの旦那!」


 声を張って、頭を深々と下げたダガンさんにも、私は軽く頭を下げて返すだけに留めた。

 ラバコスさんもぎこちないながらも返事を返して……それから、受け入れられて嬉しそうに身体を揺するダガンさんを、私は少し冷めた目で見ながら考える。


──……この人。……昨日、私に殺されそうになった事にも、気付いてないんだろうな。


 偽物だったとはいえ、一時でも殺そうとしてしまった相手に対して、何事もなかったように接せられる程、私の神経は図太くはないのだ。


──……だからこそ、手を差し伸べてしまったのかも、しれないけど……。


 私がアレクさんに「連れていってあげて下さい」と言い出さなければ、ダガンさんはきっと、見捨てられていた。

 恩を着せるつもりもないし、むしろ私にとっては、罪滅ぼしに近い感覚かもしれない。


──……いや、そうじゃない。……私が同じ状況になったら、助けて欲しいから…………だから助けたんだ。


 『悪行は自分に返り、善行もまた自分に返る』……そんな言葉を教えられてきたからこその行動だった。


──……『故に、“自分が正しいと思う事”を選択しろ』……か。


 森に居た頃には、言葉の意味を実感することもなかった。

 けど、人間の国に来て、少しずつだけど“他人”と関わるようになってからは、“あの人”が語った言葉を、時折思い返すようになった。


──……“あの人”も、人間の国に居たりしないのかな……。


 私を置いて行った理由は分からない。どこに居るかも分からない。

 それでも、もしかしたら……旅の途中で出会うなんていう奇跡だって、あるかもしれない。


──……善行もまた自分に返る、なら……私は“あの人”に会えるように、善行を積み重ねるべきなのかな。


 そう考えると、何だか旅の目標が明確になったような気がした。

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