第11話 A:覚悟と決意
気絶した偽アレックスを宿に置いて食堂へ戻ってみれば、フィリアが食堂の出入口の前で、俺を待っていた。
フィリアは「……宿に、戻りましょう。」と言って、俺の右手を引いて歩き出した為、一緒に宿の部屋へと戻ることになった。
しかし部屋の中に入ってもフィリアは手を離してくれず、部屋の出入口から近い方のベッドまで歩を進めた頃、ようやく右手を解放してくれた。
「はは。どこまで引っ張られるのかと思ったよ。」
などと軽口を叩いてはみたものの、俺はフィリアに対する接し方を、判じかねていた。
──……果たして、アレックス・ロラを恨んでいるフィリアに、俺が普通に接していいものか……。
だがまぁ、そんな事情は伝えてはいないのだから、フィリアからすれば、俺の態度は普段とは違って余所余所しく見えたのかもしれない。
「……座って下さい。」
珍しく正面から俺を見上げて、座ることを促したフィリアは、何故だか少し眉を吊り上げて、怒っているかのようだった。
だから俺は、この場に正座させられて、説教でも受けるような気分になってしまって、
「えーと……床に?」
と、確認の意味で口にした。
しかしフィリアにはそんな気は毛頭なかったのだろう。
「……ベッドに、です。」
少し困惑気味に、訂正を加えていた。
そんな遣り取りはありつつも、ベッドに横並び……というか、ほとんど密着するぐらいの隣り合わせで(フィリアにしては珍しい距離感だが)座って、話を聞くことになった。
フィリアは最初、切り出し方に悩んでいるようだったが、やがてぽつぽつと話し始めて……自分の父親は魔族で、その父親はアレックス・ロラ・ローヴァントに殺された“かもしれない”と告げた。
確かにそんな想像はしていたのだ。故に、改めて聞かされても驚きはしなかったし、「やはりそうなのか」と思うだけだった。
それから、食堂でフィリアの魔力が暴走しかけたのを止めた事を感謝されたりもしたが。その後で、
「……もし、本物のアレックス・ロラ・ローヴァントに、会ったら…………私、また同じように、なっちゃうかも、しれません……。」
辛そうな表情でフィリアは言った。
その可能性はあるだろう、とは俺も思った。
「……そんな私が……このまま人間の国に居続けても……良いんでしょうか……?」
続けられた問いには、俺が安易に答えていいモノではない。
そう判じたからこそ俺は、
「フィリアは……どうしたいんだ?」
と問い返した。
これは、フィリアにとって、今後の生き方を左右するものだから。
それが分かっているからこそだろう、フィリアも暫くの間、悩んでいたが……やがて決意を固めたらしく、俯いていた顔を少し上げた。
「……私は、アレクさんと、一緒に居たい……。」
「……そうか。」
フィリアがそう決めたのなら、俺も覚悟を決めることにした。
「……迷惑、かけると思います。」
「迷惑ぐらい、かけてくれて良いさ。……フィリアが辛くなければ、それで構わない。」
「……私がまた、今日みたいに……魔力が暴走しそうになったら…………その時はまた、私を……止めて、くれますか……?」
「……ああ。フィリアが俺の目の届く範囲に居てくれれば、責任を持って止めるよ。」
おどおどとして自信なさげなフィリアだが……『半魔』という出自故か、あるいは、育った環境か。他の人間や魔族にはない、彼女なりの強さを、少なからず宿しているようにも思う。
──だからこそ……守ってやりたくなる、ということなのかもしれないな。
もっとも、これは只の庇護欲かもしれないが……。
だが別にフィリアは守られるだけの存在ではない。彼女は“強さ”を欲して、俺の旅に同行を決めたのだ。
「……じゃあ、アレクさんは……ずっと私の傍に、居て下さい。」
フィリアが願った言葉を聞けば、守られる側のセリフそのものだが……そうでないと分かっているからこそ、
「なるべく目を離さないように気を付けるよ。」
俺は穏やかな気持ちで返事を返すことが出来た。
そうして、俺が自分の気持ちに一区切り付けたタイミングで、部屋の扉が控えめにノックされた。
「あー……ラバコスさんだな。ちょっと行ってくる。」
来訪者は分かっていた。話しの途中で、宿の階段を上って来る足音が聞こえていたから。
俺はベッドから立ち上がり、すぐさま部屋の扉前まで歩みを進めると、扉をゆっくりと引き開けた。
扉の向こうには、案の定ラバコスさんが、しかし意外なことに、料理が載せられた大皿を両手で持って立っていた。
ラバコスさんは俺の姿を確認すると、少し眉を下げながら、料理の載った大皿を差し出した。
「あ、アレク殿。……その、余計な気遣いかもしれませんが、食事の途中で席を立たれてしまったので、お持ちしました。食器は明日の朝、食堂にお返し頂ければ問題ありませんので……。」
「いや、お気遣いどうも。」
俺は皿を受け取ってから礼を言う。
それでラバコスさんの用事は終わりかと思ったが……彼は立ち去ろうとはせず、真面目な表情を作った後、続けて口を開いた。
「あの……フィリア殿に、直接謝りたいのですが、宜しいでしょうか?」
そんな訴えを受けて、俺はフィリアに呼び掛けて、ラバコスさんはフィリアへ謝罪することとなった。
本当なら俺が横で聞いているなど、野暮というものだ。しかし、フォローが必要になる場面もあるかと思い、この場に残ることにした。
その判断は正解で、俺が何度か口を挟むことになったものの、最終的には何ら禍根を残すことなく、話は無事に纏まった。
ラバコスさんが部屋を去った後、ラバコスさんが運んできてくれた料理を、フィリアと一緒にベッドに座って食べた。
料理を食べ終わると、フィリアは大皿とフォークを魔法で綺麗にしてくれたが……。
「食堂に返すのは明日の朝で良いと言われたんだが……置き場に困るな。今から返してくるとするか。」
そんなことを口にして、俺は一人、食堂に向かった。
食堂では少なからず注目を浴びたが、流石に話しかけてくる者はいなかった。
あまりフィリアを一人にしては、また思い詰めてしまうかもしれないので、なるべく早く宿に戻りたかった俺には都合が良かった。
なので、出入口から一番近くにいた食堂スタッフに食器を預けてから、すぐに宿へと引き返した。
そうして急ぎ足で部屋に戻ってみれば、何故だかフィリアは慌てた様子を見せた。
「ん、どうかしたか?」
ベッドに座ったままだったフィリアに近付いて問いかければ……フィリアは慌て気味に、意味を成さない言葉を発していたが、やがて──
「……あ、あの……せ、聖魔戦争のこととか、教えてくれませんかっ……!?」
と、ベッドから勢いよく立ち上がりながら言った。
フィリアの口からそんなセリフが出てくるとは思っていなかったので驚愕する。
──この短い間に、どういう心境の変化だ……?
聖魔戦争のことを語れば、思い出したくない過去を思い出してしまうだろうに。
──……いや、もし魔力が暴走しそうになっても、『俺がフィリアを止める』と信頼してくれているのか……。
であれば、信頼に応えない訳にもいかないだろうと思った。
一応、「いいのか?」と確認してみても、意志は固いらしく……フィリアは不安そうな表情を取り繕いながらも、大きく頷いた。
それから俺は、俺が知る聖魔戦争の概要を語った。
元々フィリアも、内容の凡そは弁えていたはずである。俺が語っている間、フィリアが心を乱す様子は見られなかった。
そして話の最後に俺は、
「この戦争は、魔王が聖王国に侵略行為を働いたことによって開戦に踏み切られた……と、聖王国内では言われている。」
……と、締め括った。
ここで初めてフィリアから、少し動揺した気配を感じた。しかし、その理由には見当が付く。
聖王国への侵略など、魔王は一切考えていなかった事実を、俺は知っている。
魔族達が戦争中、魔王国の領土を侵されない為だけに戦って、決して聖王国へは攻め入ろうとはしなかった実情を、俺は知っている。
この戦争は、魔族側に非はないのだ。
“侵略行為”などと宣ったのは、戦争の士気を保つ為。そして魔族を“悪”と定める為のプロパガンダに過ぎなかった。だから──
「人間にとっては、そういう認識だ。……ただ、真実もそうであるとは限らない。」
という余計な言葉を、付け加えてしまったのかもしれなかった。
あるいは、俺という人間が、そんなプロパガンダを未だに信じているなどとは思われたくなかっただけ、かもしれない。
「……アレクさん、は…………真実を、知ってるんですか……?」
「魔王は、とある魔獣を討伐する為に、聖王国内に魔族を送り込む許可を求めた。聖王国側はそれを侵略行為だと断じて……結果、戦争を引き起こした。」
フィリアの問い掛けに、俺は偽ることなく“真実”を返す。
何故、ここまで話してしまったのか……自分でも不思議な気分だった。
これまでは誰にも話さず、胸の内に秘めていたのだ。……それなのに何故、出会って数日の少女に対して、自身の胸の内を吐露してしまっているのだろうか。
──……“俺”は贖罪を求めていたのか……?
そして、聖魔戦争で大切な者を失ったと言うフィリアに裁かれることを、本心では望んでいるのであろうか。
「……何でアレクさんが、そんなこと、知ってるんですか……?」
そんな風に質問するフィリアの表情は不安げだ。
否、その瞳の奥には“俺”に対する怒りの感情が混ざっている……と、この時は錯覚した。
──……この目を俺は知っている。
同胞を殺された魔族達が、かつて“俺”に向けた目に、そっくりだった。……その魔族達とフィリアが、無意識に重なって見えてしまったのだ。
俺は過去の光景を幻視しながら、問われた理由に答えを返そうとして……。
「俺が、アレックス・ロラ──」
言いかけて……しかし一瞬、言葉が止まった。
──……それを告げて何になる?……これでは、自分が楽になりたいだけじゃないか。
刹那の思考を経て、俺は取り繕う為の言葉を続けた。
「──……の、知り合いだから。」
と。
それから暫く、フィリアから言葉は返って来なかった。……まぁ、時折チラチラと、こちらを窺う様子は目に入ったが。
幸いにも、魔力が暴走するような気配は感じられなかったので……上手く誤魔化せたのであろうと確信する。
──……俺は冒険者を辞めた時に、“アレックス・ロラ・ローヴァントの名は捨てた”のだ。
そして今後も名乗るつもりはない。
フィリアが傍に居るから、余計に名乗れる訳にいかなくなったという面は、確かにあるが……元から『英雄』などという称号に未練はない。
それに、『魔力が暴走しそうになったら止める』と約束した俺が、暴走させる切っ掛けを起こしてしまう訳にはいかない。
傍に居ることを願われた俺が、『傍に居られなくなる理由』を作ってしまうのは、望むところではない。
そう考えると──
──……“知り合い”と言ったのは、マズかったか……?
咄嗟の事とはいえ……いやしかし、他に良さそうな言い訳が思い浮かばないのも事実だった。
問い質される覚悟くらいは、しておかなければいけないだろうな……と思った。
──……でもまぁ、一先ずは……俺とアレックス・ロラが同一人物だと思われなければ、それで良いか。
いずれ何かの拍子に俺の正体がバレてしまうことは、あるかもしれない。
だが……俺が自ら正体を明かすのは、どう考えても良い結果になるとは思えないのだ。
もし俺がアレックス・ロラ・ローヴァントだと知ってしまったら、フィリアの決意──旅への同行を決めた事も、人間の国を巡ることを続けようと決めた事も、恐らく無駄になってしまう。
フィリアの意思を尊重するなら、俺は自分がアレックス・ロラ・ローヴァントであることを、この先もずっと隠し続けることになる。
『正体を隠し続ける』という行為に罪悪感が生じない訳ではない。
その罪悪感を呑み込んででも、フィリアの願いを叶えてやりたいと思った。
……否、それだけではなかった。恐らくは俺自身が、フィリアの傍に居ることを望んでいたのだと思う。
フィリアは長いの沈黙の後、小さく口を開いた。
彼女の頭の中では、一体どういった結論に達したのか。想像すら不明であったが……少なくとも、俺に対して悪い感情を持たなかったのだけは確かだ。
「……私……なるべく取り乱さないように……努力します。」
呟きのように意志を示すと、フィリアは座っていたベッドから立ち上がり、部屋の中央付近に向かって数歩分、足を進めた。
それからこちらを振り返って──
「……えーと……魔法の練習、しても良いですか?」
と、俺に問い掛けてきた。
脈絡もなく言われたセリフは、俺の頭では理解し難い……というか、ハッキリ言って訳が分からなかったが。フィリアの態度は、少々おどおどしたものであり……それはここ数日で見慣れたフィリアの印象そのままの姿であった。
アレックス・ロラ・ローヴァントと「知り合いだ」と言ったことを問い詰められるかもしれないと思っていたのだから、そんな態度を見せられては拍子抜けである。
しかし同時に、フィリアの態度が変わらなかったことに、心底安堵している自分がいた。
だからだろうか、俺も身構えずに、自然と言葉を発することが出来た。
「魔導士っていうのは、室内で魔法の練習をするのが普通なのか?」
「……え?……あ、えと…………わ、分かりません……。」
縮こまりながら答えるフィリアが、何故だか可笑しくて、自然に笑みが零れた。
「まぁ、俺のことは気にせず、魔法の練習でも何でも、してくれれば良いさ。」
「……は、はい。……ありがとうございます。」
そんな遣り取りを交わした後、フィリアは魔法──《変幻する水》と言ってたモノだろう──を使って空中に水を生み出し、その水の形を次々に変化させていった。
初めは球体で、それが二つに分裂して楕円形を作り、糸のように細長く伸びていって……最後は一本の紐でも作るように、空中で水の糸が編まれていく。
そうして編まれた紐状の水が輪っかを形作ると、それを空中に浮かべたまま、フィリアは新しい球体を生み出した。
新しい球体は十数個に分かれてから、それぞれが星型へと変じる。
それから、水で作られた星達は、一斉に輪っか状の水の周囲を、ぐるぐると旋回し始めた。
フィリアは宙に浮かべた水を見上げて、操作に集中しているらしく、一言も発したりしない。
たとえ魔法に疎い俺であっても、ここまで精密な操作を実行する為には、少なくない努力が必要だったであろうことは、容易に想像が付いた。
『強くなりたい』という渇望がなければ、これ程の光景を無から生み出すことなど、出来はしないだろう。
窓から差し込む月明かりが、旋回する星々の一部分を照らし、光を反射して……どこか幻想的な儀式でも見せられている心地で、俺はその光景を見つめることとなった。




