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第10話 聖魔戦争と英雄

 ラバコスさんが立ち去った後。扉の方を向いていたアレクさんが、こちらを振り向くと、その両手に大きなお皿を抱えているのが目に入った。

 私の視線に気付くとアレクさんは、「ラバコスさんが持ってきてくれたんだ。」と説明をしてくれた。


 その大皿の上には、料理が載せられていた。……「載せられていた」と言うより、「積まれていた」と言う方が正しい表現かもしれない。

 皿全体を半透明のスライムシートが覆っていた為、ちゃんと見ないと判別が出来なかったけれど……『ハッシュポッタ』『蒸し鳥のサラダ』『ブルスケッタ』、他にもサイコロステーキのような物や、白パンで具材を挟んだサンドイッチのような物もあった。

 そんな一部に覚えのある品目を見れば、夕食時に注文した料理を大皿に纏めて運んでくれたらしいことが読み取れる。

 『エドゥアの塩茹で』が見当たらなかったのは、食べ切ってしまったのか、あるいは、食べた後の皮を捨てる場所がないから、という配慮であるかもしれない。

 兎も角、折角ラバコスさんが運んできてくれたのだから、感謝しつつ、それらの料理を頂くことにした。


 宿の部屋にはテーブルは流石に置いてなかったので、いつぞやのように、ベッドをテーブル代わりに使うことになった。

 皿の端にフォークが準備されてたので、それを使わせて貰って……料理は少し冷めてしまっていたけど、それでも美味しく頂くことが出来た。

 食堂では、お腹が満たされる前に席を立ってしまったから、まだまだお腹は空いていたのだ。

 ……というより、あの時は食欲も失くなってたけど、アレクさんに話を聞いて貰ってスッキリしたら、食欲も戻ってきた……という感じだろうか。


 『蒸し鳥のサラダ』は酸味と辛みの効いたドレッシングでさっぱりと食べられたし。『ブルスケッタ』はトメットとチーズの他にガリューの風味も感じられて食べ応えがあった。『サイコロステーキ』はガリューとバターによって焼かれた豚肉が、まさに肉を食べている満足感を与えてくれて。『サンドイッチ』は甘辛い鳥肉と葉野菜サニレのシャキシャキ感、それを包み込む柔らかい白パンを一度に口の中に迎えられるのだから、美味しいに決まっている。『ハッシュポッタ』は言わずもがなだ。

 蒸し鳥のサラダもブルスケッタも、食堂で食べた時には、あまり味も感じられないような精神状態だったことが悔やまれる。


──……やっぱり、食事は美味しく食べれるのが一番だ。


 そうして美味しい料理を堪能すれば、すぐにお腹は満ち足りた。


「……美味しかった。」


 まだ皿の上には多少、料理が残っていたけど、アレクさんが食べてくれることだろう。

 食欲が戻って、味も感じられるくらい精神的にも落ち着いたとはいえ、まだまだ本調子という訳にはいかなかったのかもしれない。

 ……まぁアレクさんが私のニ倍以上は食べるから、単純に皿に載せられていた量が多かったのも、あるとは思う。


 食事を終えた私は、一旦フォークを皿の端っこに戻して、ベルトポーチから水筒を取り出して水を飲んだ後、アレクさんが料理の残りを平らげるのを待った。

 アレクさんは食べる量も多いけど、食べる速度も速いので、待っている時間はあまり長くなかった。


 数分足らずでアレクさんが残りを食べ終えた後、大皿と二人分のフォークは、私が《洗浄》の魔法で綺麗にしておいた。


「食堂に返すのは明日の朝で良いと言われたんだが……置き場に困るな。今から返してくるとするか。」


 ベッドの傍に燭台を置く台があるくらいでテーブルはないし、床に置いておいて踏んで割ったりしたら大変だ。

 隣に食堂があるのだから、部屋に食事を持ち込む想定をしていないのだろうから、その辺りは仕方がないと思う。

 それに、広さとしては山岳都市ルミオラの安宿よりも、ずっと広いのだ。テーブルが無いぐらいは不満とは言えない。……いや、あっちは一人部屋で、こっちは二人部屋なので、比べるようなものではなかったかもしれない。


 そうしてアレクさんは、お皿とフォークを返却する為に、部屋を出て行った。

 すぐに返却するなら《洗浄》しなくても良かったかもしれないけど……まぁ、それはそれである。


 一人、部屋の中に残された私は、アレクさんが戻って来るまでの間に、少し今後について考えることにした。

 聖魔戦争の話と、英雄アレックス・ロラ・ローヴァントの話。それらの話題を耳にした時に、どうやったら平常心でいられるだろうか……と、真剣に考えることにしたのだ。


──……思えば、そういう知識って、全部“あの人”に教わったんだよなぁ……。


 “あの人”は魔族だから、どうしても魔族視点での見解になる。

 だから、人間の国では、別の伝わり方をしている可能性だってある。


──……アレクさんは、訊いたら教えてくれるかな……?


 でも「知りたい」と思うよりも……正直「知るのが怖い」気持ちの方が強い。

 教えられた常識を覆されるかもしれないから。『人間』に都合の良いように、事実を捻じ曲げられている可能性が否定出来ないから。

 けれど、後からそれを知るよりは、今の時点で知った方が、動揺も少ないのだろうな、という気もする。だからこそ……──


──……帰って来たら、訊いてみよう……。


 と、そんな決意をした直後。ガチャと扉が開く音がして……もうアレクさんが戻って来てしまったのだ!

 ……隣の建物だからか、思った以上に帰りが早かった……。


「ん、どうかしたか?」


 私の方に歩いて来たアレクさんは、私の顔を見て、不思議そうに問い掛ける。


「……あ、え……その……な──」


 私は「何でもない」と言いたい気持ちをグッと堪えて……この際、勢いに任せて訊くことにした。


「……あ、あの……せ、聖魔戦争のこととか、教えてくれませんかっ……!?」


 と、立ち上がった勢いのまま言い切った。

 アレクさんは、私の勢いに驚いたのか、それとも、言葉の内容に驚いたのか……何度か目を瞬かせた後、真面目な表情を作ってから口を開いた。


「いいのか?」


 話しを聞けば、また取り乱して、魔力の暴走を引き起こしてしまうかもしれない、けど……なるべく迷惑をかけたくないと思うからこそ、今聞いておかなければ、後で後悔するような気がした。

 だから私は内心の不安を押さえ込んででも、大きく頷いてみせる。


「…………分かったよ。」


 私の覚悟が伝わったのだろう、アレクさんは渋々といった風だったけど、了承の返事をくれた。

 ただ、その後すぐに、


「だがフィリアも、全く知らない訳ではないんだろう?」


 と続けた。

 その質問にも、私は頷いて応えた。


「何を知りたい?」


 アレクさんはベッドに腰を下ろしながら、再度質問をした。

 私は少し考えてから答えを返す。


「……えぇと。……人間の国で、聖魔戦争が、どんな風に語られてるか、です……。」


 答えた後、私も座り直して、アレクさんの語る話を静かに聞くこととなった。


「聖魔戦争は、十ニ年程前に起きた、聖王国と旧魔王国との二年に及ぶ戦争だ。最終的には、人間の冒険者が魔王を討つことにより終結したが、開戦初期には──」


 開戦初期には、聖王国側は騎士や兵士のみを戦場に送り込んでいた。

 多くは聖王国騎士団、及び各貴族が所有する私兵を寄せ集めた混成軍だった。

 数の上では圧倒的に有利だったはずの聖王国──人間側は、しかし“個”としては魔族に劣る故に、次第に劣勢を強いられるようになる。


 そして戦争中期、聖王国側は、足りなくなった兵の数を補填する為に、各地で徴兵を行なった。

 けれど、そうして新たに徴兵された者達は、短期間の戦闘訓練しか受けられず……つまり兵としての練度は当然足りておらず、急場の数合わせにしかならなかった。

 そのような間に合わせの兵をいくら用意したところで、状況が好転する訳もなく、むしろ被害だけが増加した。

 戦争初期には多少、魔王国の領土に食い込んでいた戦線は、中期には聖王国との国境付近にまで、押し戻された。

 苦肉の策として、各貴族達は戦況の好転を求めて、多くの冒険者達を傭兵として雇う。これが、戦争末期のことである。


 その戦争末期に傭兵として雇われた冒険者の内の一人──アレックス・ロラ・ローヴァントが魔王を殺すことにより、聖魔戦争は終わりを迎えた。

 王を倒された魔族達は敗北を認め、魔王国は聖王国の属領とされて、『魔族領』と名を改められる。

 敗北した魔族達のその後は、徴兵によって失われた労働力を補填する為に奴隷として扱われるようになり、その扱いを受け入れられない者達は国に縛られない冒険者になったり、人間達の管理の行き届かない魔族領の奥地でひっそりと暮らすようになった。


 ……と、アレクさんの口から語られた説明は、知っている事もあれば、知らない事もあったけど、取り乱すような内容ではない。

 だけど最後に告げられた言葉は、少なからず私を動揺させた。


「この戦争は、魔王が聖王国に侵略行為を働いたことによって開戦に踏み切られた……と、聖王国内では言われている。」


 それは、私が教えられていた知識との明確な齟齬だった。

 『人間』の都合で事実を捻じ曲げられているのか、それとも、教えられた知識の方が間違っているのかは分からない。

 私が“あの人”から教えられた知識では、『人間の国が一方的に宣戦布告をしてきた』と語られていたはずだった。

 だから反論しようとして……けれど、それを口にする直前に、アレクさんの言い回しに、少しの引っ掛かりを覚えた。


──……“聖王国内では言われている”って…………もしかして、アレクさん自身は、そうは思ってない……?


 そんな疑問が顔に出ていたのかもしれない。アレクさんは諭すように、けれど確信を持って言い切った。


「人間にとっては、そういう認識だ。……ただ、真実もそうであるとは限らない。」


「……アレクさん、は…………真実を、知ってるんですか……?」


 思わず口を衝いて出た私の質問に、アレクさんはどこか遠くを見るような眼差しで答えを返した。


「魔王は、とある魔獣を討伐する為に、聖王国内に魔族を送り込む許可を求めた。聖王国側はそれを侵略行為だと断じて……結果、戦争を引き起こした。」


 それが真実……なのだろうか?

 魔族側にしてみれば、それなら確かに『人間の国が一方的に宣戦布告をしてきた』と判断しても、不思議ではない。


──……でも。……もし、真実だったとしても──


「……何でアレクさんが、そんなこと、知ってるんですか……?」


 戦争に深く関わっていない人間なら、恐らく知らないはずだ。『人間』に都合の悪い真実なら、隠蔽されている方が自然なのだろうから。

 そんな風に思ったからこそ、私は疑問を投げ掛けた。


 するとアレクさんは、静謐な表情を讃えて、その名を口に出す。


「俺が、アレックス・ロラ──」


 瞬間、心臓を掴まれたような感覚が襲ってきて……けれど、


「──……の、知り合いだから。」


 と、アレクさんが続けたことで、私は魔力を暴走させることなく、息をすることが出来た。


──……アレクさんが、アレックス・ロラ・ローヴァントだなんて……そんなの、ある訳がないよね……。


 ……ただ、共通点はあるのだ。『アレク』と『アレックス』で似た名前だし、『元冒険者』であるのも同じだった。

 それに、偽物さんもアレクさんと同様に『赤い髪』をしていたから、きっと本物も髪は赤かったのだろう。


 でも、『アレク』というのが偽名なのだとしたら、流石に分かり易すぎて不自然だ。

 正体を知られたくなくて偽名にしたなら、もっと別の名前を選ぶはずだろう。


 それに、聖魔戦争当時、アレックス・ロラ・ローヴァントは齢三十を越えていたと言われてる。

 聖魔戦争が終わって十年経っているのだから……三十代にしか見えないアレクさんが、アレックス・ロラ・ローヴァントとは考え難い。


 とはいえ、全く関係ない訳じゃない。だって、アレクさん自身、「知り合いだ」と口にしたのだから。


──……あるとしたら…………アレックス・ロラ・ローヴァントの息子……とか?


 そう考えると、名前が似ているのにも納得がいく。更には、初対面の時に『アレク』としか名乗らなかったのにも、納得がいってしまった。

 家名に当たる『ロラ』を名乗ると、『英雄』の血縁であることが周囲にバレてしまう訳で。それを避けるなら、家名を名乗らなければ良い……と考えたはずだ。


 つまり私の中では、“アレクさんがアレックス・ロラ・ローヴァントの息子”説が、思った以上に、しっくり来てしまったのだ。

 全ては推測に過ぎないけれど、きっとそれが正解なのだと思った。


 チラ、とアレクさんの様子を窺えば……座った姿勢で背筋を伸ばして、腕を組んだまま目を閉じていて、眉間には軽く皺を寄せていた。

 難しい表情というか、何だか苦々しげにも見える表情だった。そしてそれは、アレックス・ロラ・ローヴァントの名前を出した故の表情変化なのだろう。


 もしかすると、アレックス・ロラ・ローヴァントはアレクさんにとって、良い父親ではなかったのかもしれない。

 『良い冒険者』が『良い父親』になれるなんてことは多分ない。

 むしろ冒険者をやってる人間というのは、結婚もしないまま子供だけ作ることもあるらしい……と、耳にしたことがあるし。もしかすると、父親から認知されていなかった息子、という線もあり得るのかもしれない。


 ……まぁ、それは考え過ぎだとしても、冒険者の子供というのは、ほとんど片親との生活だったはずだ。

 何となくその想像は、私に重なるものがあって……。


──……そうだ。……きっと、そういうことなんだ。


 と、私は私の中で納得のいく結論に至った。

 そして私には、アレックス・ロラ・ローヴァント本人なら兎も角、その血縁者にまで敵意を向ける理由がない。


──……でもそうなると、私は……アレクさんの親を恨んでる、っていうことになるのかぁ……。


 想像が正しければ……たとえ良い親ではなかったとしても、肉親なことに変わりはない。

 私だって、お父さんの顔もまともに覚えてないくらいだけど、それでも……殺されたって聞いたら、殺した相手に負の感情を持つことになった訳だし。


──……アレックス・ロラ・ローヴァントを殺したら……私もアレクさんから、恨まれるんだろうな……。


 恨まれるで済むのは穏便だ。最悪は殺されるかもしれない。

 そして、そんな未来は、訪れて欲しくない。

 ……まぁ本物の『英雄』なら、私が魔力を暴走させたくらいでは、死んだりしないだろうけど……。


──……本物と出遭うなんてこと、ないと良いな……。


 私は心の底から、切に願うのだった。

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