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第9話 心情

 五分足らずで食堂に戻って来たアレクさんは、何だか難しい顔をしているようだった。

 偽物さんと何かあったのかな……と思ったりはしたけど、深刻そうな表情のように見えたので、きっとそれ以外に別の何かがあったんだろうな、と思い直した。


「ああ、フィリア。待たせてしまったな。」


 扉の近くに待機していた私にも、すぐには気付かなかったようだし、今まで見てきたアレクさんとは少し雰囲気も違っていたように思う。


──……偽物さんが実は本物だった、とか…………いや、流石にないか……。


 でもあれが本物のアレックス・ロラ・ローヴァントだったと言われたら、そんな顔にもなるかもしれないなぁ……などと思ってしまったのだ。

 けど、少なくとも、この場で問い質すのは無理がある訳で……。

 外から戻って来たアレクさんに注目が集まってしまっている食堂内では、落ち着いて話も出来ない。それに、食欲もあまり無いから、この場に居残る理由もない。


「……宿に、戻りましょう。」


 だから私はアレクさんの手を引っ張って、一緒に食堂から出て行くことにした。

 そうして宿の部屋に戻ってから、私は一つの事実に気付いてしまった。


──……あ。……ラバコスさん置いてきちゃったけど……大丈夫かな……?


 一応私は「宿に戻る」と言いはしたけど……アレクさんまで一緒に引っ張って来てしまった。

 そこに申し訳なさを感じない訳ではない。ただ、宿に戻って来てしまったのに、これからまたアレクさんだけ食堂に戻って貰うとかは、おかしいと思うので……ラバコスさんのことは忘れていたていにしておこう、と思うのだった。


 ……まぁそんな訳で、私はアレクさんを引っ張って、アレクさんのベッドの付近まで連れて来ると、掴んでいた手を解放した。


「はは。どこまで引っ張られるのかと思ったよ。」


 アレクさんは笑ったが、どこか力ない様子が気に掛かった。


「……座って下さい。」


 目を離したら、どこかへ行ってしまいそうな気がして……私はアレクさんを見上げて、座ることを促す。


「えーと……床に?」


「……ベッドに、です。」


 何で床に座るって発想になったかは分からないけど……私が言うとアレクさんは素直に従って、ベッドに腰を下ろしてくれた。

 それを見届けてから、私もアレクさんの横に座る。下を向いていても、ちゃんとアレクさんの足が視界に入る距離に。


 そうして私は話を切り出そうとしたけど……何を話せば良いか、分からなくなってしまった。

 アレクさんを食堂から連れ出したのは、どこか深刻そうな表情をしてるように見えた為だ。

 連れ出した時点で、私が成すべき事は終わっているとも言える。


 偽物さんと何かあったのか、気にならない訳じゃない。

 でも、だからといって、「偽物さんと何かあったんですか?」などと、直球で質問するのも憚られた。

 こういう場合、いきなりではなく、自然に話しが出来る流れにするのがベストなのだろうと思う。……まぁ私にそんな会話スキルはないんだけど。

 しかし、いつまでも無言でいる訳にはいかない。私がこうして考えてる間にも、刻一刻と時間は過ぎていっているのだから。

 なので私は、咄嗟に思い付いたことを口にする。


「……私の話。」


「うん。」


「……後で話を、聞いてくれる、って。」


「言ったな。」


 アレクさんも相槌を打ってくれる。けどやっぱり、その返事も、どこか上の空であるように感じる。

 内容を何となく察していて、思うところがあるのかもしれないけど……。

 それでも、ここまで言ってしまった以上は、「やっぱりやめた」とは、いかないものである。

 私は考え考え、少しずつ語り始めることにした。


「……私の、お父さんは……魔族です。……私は、お父さんの顔も……覚えてない、けど。……人間との戦争で、殺された……って、聞きました……。」


 こんな話しをしても、きっとアレクさんからは共感など出来ない。それは分かってる。

 意識が魔族寄りである私と、純粋な人間であるアレクさんとでは、視点が真逆なはずだから。


 けれど、それでも私は、言わずにはいられなかった。

 せめてアレクさんにだけは。気持ちを理解して欲しいとは言わないけど、知っていて欲しかったから。


「……アレックス・ロラ・ローヴァントは…………お父さんを殺したかもしれない人間、です。」


「そうか……。」


 私の魔力が暴走しそうになった時のことを思えば、アレクさんも想像はしていたのだろう。

 意外そうな反応でもなく、むしろ「やっぱりそうなのか」とでも言いたげなニュアンスを感じた。


「……だから。……あの人が偽物で、良かったです。」


 言い終わってから、私は自分自身の言葉に少し驚いた。

 何が『良かった』なのか。私は何を思って、そんなことを口にしたのか。自問することになった。


──……偽物を殺さずに済んで、良かった?…………それとも、本物に殺されずに済んで、良かった?


 ううん、多分どっちも違う。……あるいは、どっちも正解ではあるのかもしれない。

 でもあの時──魔力が暴走しかけた時、何に対して最も安堵したかと言えば……無関係な村人にんげんを巻き添えにしなかったことだった。


──……偽物さんを見ても、もう取り乱すことがないと分かったから、『良かった』……なのかな。……うん。


 きっと、そうなのだろう。

 そして私が魔力を暴走させずに済んだのは、アレクさんが寸前で私を止めてくれたお陰だった。

 ……と、そんな風に自分の行動を思い返してみると、そういえば謝罪はしたけど、お礼は言っていなかったことを思い出す。


「……あの、アレクさん。」


「うん。」


「……食堂で、私を止めてくれて……ありがとうございました。」


「ん?……ああ、どういたしまして。」


 話しの脈絡がなかったせいだろう、ちょっと戸惑ったような声が聞こえたけど、何とか伝わったみたいだった。

 そのことに安堵しながら、私は言葉を続ける。


「……もし、本物のアレックス・ロラ・ローヴァントに、会ったら…………私、また同じように、なっちゃうかも、しれません……。」


 それを伝えたのは、楽になりたかったから、かもしれない。


「……そんな私が……このまま人間の国に居続けても……良いんでしょうか……?」


 自分で答えを出すことが出来ないから、アレクさんに選択を委ねてしまいたかった……のかもしれない。


 アレクさんが「良い」と言ってくれれば、このまま旅を続けたい気持ちはある。

 でもアレクさんが「ダメだ」と言ったなら、長年暮らしていた森へ帰ろうと思う。


 そんな私の内心は、見透かされていたのかもしれない。アレクさんは、安易に答えをくれたりはしなかった。


「フィリアは……どうしたいんだ?」


 逆に問われて、私は自分の気持ちと向き合わないといけなくなる。

 これは自分にしか出せない答えなのだから。


「……私は──」


 決めたはずだった。『大切な人との生活』を得るのだ、と。

 その生活を手に入れた時に、もう誰にも大切なモノを奪われない為に、恐ろしい『災厄の魔獣』すら倒せる力を求めた。

 どちらも、望めば叶うとは限らない。でも望まなければ、決して叶わないから。

 だからアレクさんに同行して、私は私自身の望みを手にしたいと思った。


 きっと、ここでアレクさんと離れたら、望みが叶うことはない。

 なら……答えは最初から、分かり切っていた。


「……私は、アレクさんと、一緒に居たい……。」


 たとえ人間に、そしてアレクさんにも、迷惑をかける結果になったとしても。諦めたくなかった。

 そうして私が自らの意思を告げてみせると、


「……そうか。」


 と、アレクさんは神妙な声で、頷いたようだった。

 でもこれは、あくまで私の希望だ。強要するなんて出来ない。

 果たしてアレクさんが、それを受け入れてくれるかどうか。私には確証が持てなくて……言葉を重ねる。


「……迷惑、かけると思います。」


 『半魔』という出自が。『人間の英雄』に憎しみを抱いてしまうという本質が。きっと迷惑をかけてしまうことになる。

 にも関わらず、アレクさんは迷う素振りも見せず、受け止めてくれた。


「迷惑ぐらい、かけてくれて良いさ。……フィリアが辛くなければ、それで構わない。」


 ……と、私が欲しいと思った言葉を、的確に選んでくれたかのように。


 このまま、アレクさんの優しさに、甘えてしまいたい。……そんな風に思うのは、いけない事だっただろうか。

 でも私は弱いから……その誘惑に抗えなかった。


「……私がまた、今日みたいに……魔力が暴走しそうになったら…………その時はまた、私を……止めて、くれますか……?」


 こんなの、軽々しく約束なんて出来ないのは分かってる。

 それでも聞き入れて欲しかった。アレクさんなら、止めてくれると思ったから……。


 アレクさんは即答はせず、暫しの間を置いた後、応えてくれた。


「……ああ。フィリアが俺の目の届く範囲に居てくれれば、責任を持って止めるよ。」


 その声は優しげで、けれど、何かを決意するようにも聞こえた。

 そんなアレクさんの言葉は、私に安心感を与えてくれた。


──……アレクさんが、止めてくれるなら。……アレクさんの傍でなら、私は人間の国に、居ても良いんだ。


 こんなのは、自分に都合の良い解釈だった。

 それでも、許された気がしたから。アレクさんと離れずに済んだから……。


「……じゃあ、アレクさんは……ずっと私の傍に、居て下さい。」


 お父さんもお母さんも、“あの人”だって……私の傍から、離れていってしまったから。

 だからもう、大切な人が私の傍から、いなくなって欲しくはなかった。


──……あ、あれ?…………私、いつの間にか……『人間』のアレクさんを、『大切な人』だって、思ってた……?


 確かにアレクさんは命の恩人で。私が『半魔』っていうのも気にしないでくれて。一緒に魔獣討伐もした仲ではある、けど……。

 気付かない内に、アレクさんの存在が、私の中で大きくなっていたらしいことを自覚してしまった。


──……それに、さっきのセリフ……『ずっと私の傍に』って……何だかプロポーズみたいな──


 ……などと考えてしまって、羞恥を堪える羽目にもなった。

 幸いにもアレクさんは、プロポーズだなんて受け取り方はしなかったようで、


「なるべく目を離さないように気を付けるよ。」


 と、軽い調子で返してくるだけだったから……私がそれ以上の羞恥に駆られる羽目には、ならなかったけど。

 でもその反応は、全く相手にされてないみたいに感じて……ちょっぴり複雑な気分にもなろうというものだった。


 それでもやっぱり、アレクさんが否定しないでいてくれたこと自体は、ちゃんと嬉しいと感じていたのだ。

 だから、お礼を言おうとしたのだけど……丁度その時、部屋の扉が控えめにノックされた為に、お礼を言う機会を逃してしまった。


「あー……ラバコスさんだな。ちょっと行ってくる。」


 アレクさんはそう言うと、ベッドから腰を上げて、部屋の扉の方へと向かった。

 まぁラバコスさんの他に知ってる人もいないのだから、来訪者はラバコスさん以外に考えられない。


──……一人で食堂に残してきたの、やっぱりマズかったんだろうな……。


 もしかしたら、その件で抗議しに来たのかもしれない。……村の中では必要ない、とは言われてたけど、一応は旅の護衛ではある訳だし。


 ベッドに座ったままでも扉の様子は確認出来たので、そっちに視線を向けてみれば……アレクさんは部屋の扉を開けて、ラバコスさんと何か話しをしているようだった。

 けど、それからすぐにアレクさんが、こちら振り返って、


「フィリア、ちょっと来てくれるか?」


 と、私を呼んだ。


──……や、やっぱり怒られる……よね……。


 内心では、びくびくしながら……でも一方的に「宿に戻る」と告げて食事の席を立った私が悪いのだから、叱責は甘んじて受けよう、と思った。

 なので足取りは若干重く……けれども、出入口の扉までなんて、大した距離ではないので、すぐに到着してしまった。


 そうして私が俯きがちに近付いて、足を止めると、すかさずラバコスさんが口を開いた。


「フィリア殿……お気を悪くさせてしまったようで、申し訳ありませんでした!」


 怒られたり文句を言われたりすると思っていたから、謝罪されたことに驚いて顔を上げると、ラバコスさんが深く頭を下げている姿が視界に入った。

 そして、私が驚きと困惑で言葉を返せずにいると、ラバコスさんはそのままの姿勢で、謝罪の言葉を続けた。


「何か事情がお有りだったのでしょう……ああいえ、事情を詮索するつもりなどは全くありません!……ですが、知らなかったとはいえ、フィリア殿のお気を悪くさせてしまったのは事実です。……ですので、ご迷惑かとも思ったのですが、こうして直接、謝りたかったのです……。」


「…………と、取り敢えず……頭を上げて下さい……。」


 他に言うことは、いくらでもありそうなものだったけど……何にせよ頭を下げられたままでは落ち着かないので、一先ずそれだけは先に言うことにした。

 ラバコスさんが不安そうな面持ちで、ゆっくりと頭を上げたのを確認してから、私が言葉を探していると、


「あー……ラバコスさん。フィリアは話すのが得意じゃないので……少し時間をあげてやってくれ。」


 アレクさんがそんな言葉で、私の沈黙をフォローしてくれた。

 だからと言う訳じゃないけど……一旦落ち着いて、この状況を整理してみようと思った。


 ラバコスさんが謝罪している件は、聖魔戦争の話と、それにアレックス・ロラ・ローヴァントの名前を告げたこと……の二点だろう。

 その件で私が取り乱してしまったから、私が気を悪くしたんだと思って、こうして謝りに来てくれた……という状況のはずだ。


 ……だったらそれは、ラバコスさんが悪い訳じゃない。

 『人間』の一般的な反応としては、アレックス・ロラ・ローヴァントは『英雄』で、憧れの対象で……だからこそラバコスさんは、その名前を出すことで私が取り乱すだなんて、微塵も想像していなかったのだと思う。

 アレックス・ロラ・ローヴァントに対して負の感情を抱くのは、魔族側の心情であって、普通の人間には、あり得ないはずだ。


──……私が『人間』じゃなくて、『半魔』だったから……。


 やっぱり、迷惑をかけてしまったのは、私の方だ。

 そうして自分の中で気持ちの整理を終えれば、ラバコスさんに掛ける言葉は、自然と口から発せられた。


「……ラバコスさんは、悪くないです。……悪いのは私、です。……事情を言えなくて、ごめんなさい。……事情を訊かずにいてくれて、ありがとうございます。」


 私はそれだけ言って、ペコリと頭を下げた。


「い、いえ……。」


 と、ラバコスさんは身を縮めながら返したのだけど……やっぱり私は言葉足らずだったのだろうか、アレクさんから補足が入ってしまった。


「ラバコスさん、そんなに畏まる必要はない。フィリアはちゃんと許しているよ。」


 そんな風にアレクさんが告げると、ラバコスさんはホッと息を吐いた。

 許す許さない以前に、謝罪を受ける理由もないと思ってたんだけど……ハッキリ「許す」と言葉にした方が、確かに分かり易いのだろうな、と少しばかり反省する。


「フィリア殿は……素直な、良い方ですね。」


 ラバコスさんには、そんな風に言われてしまったけど、私にはよく分からなくて、首を傾げる結果になった。


「あぁいえ、商人などをやっておりますと、弱みに付け込まれることが多々ありまして……。」


 弱みに付け込まれる、と言われても、やっぱり私には分からなかった。

 けど、アレクさんが具体的な例を挙げてくれたお陰で、理解することが出来た。


「気分を害した、などと言って、商品を値切ろうとするような輩もまぁ……見かけたことはあるな。」


 そんなこと私は思い付きもしなかったけど、世の中にはそういう人間もいるんだなぁ、と納得した。

 そうして私が納得していると、ラバコスさんが少し眉を下げながら微笑を浮かべた。


「少し話が逸れてしまいましたが……何にせよ、フィリア殿に謝罪することが出来て、胸のつかえが取れました。」


 謝ってくれたのは本心から、なんだろうけど。同時に、気まずい空気を残したくなかった……というのも、あったのかもしれない。少なくとも次の街までは、行動を共にすることになるのだから。


「それでは……私はこれで失礼致します。明日の朝、出発前に声を掛けさせて頂きますので。」


 と、それだけを言い残して、ラバコスさんは部屋を出て行った。


──……ラバコスさんは、追及しないでいてくれた、けど……。


 人間の国を巡るなら、これからも聖魔戦争やアレックス・ロラ・ローヴァントの話題を耳にする機会も、あるかもしれない。

 それで一々取り乱していては身が保たないし、度々アレクさんや周りの人間に迷惑をかける訳にもいかない。

 私は私で、何とか平常心を保てるように、頑張ろうと思った。……いやまぁ、どうやって頑張れば良いかは……ちょっと分からないんだけど。

 兎に角、取り乱さないように気を付ける意識だけは、しておくべきだと思ったのだ。

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