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第7話 アレックス・ロラ・ローヴァント

「宿の受付で聞いたのですが……あの旅の方は、“アレックス・ロラ・ローヴァント”と名乗ったそうです。」


 その名を聞いた瞬間、頭の中が急速に冷えていくのを感じた。


──……アレックス・ロラ・ローヴァント……。


 『人間』なら誰しもが知っている、救国の英雄。


──……あの人間が……。


 見ればアレックス・ロラ・ローヴァントは、私達とは離れた席に座ったようだった。

 顔などはよく見てなかったし、座った後ろ姿からでは外套に隠れて体格なども分からない。でも、その赤い髪だけは、よく目立つ。

 私は、その後ろ姿から目が離せなくなった。……けれど──


「フィリア。……気になるかもしれないが、先に食事を終わらせよう。」


 隣に座るアレクさんから言われて、今が食事の最中だったことを思い出して……私は視線を無理矢理引き剥がして、テーブル上へと戻す。

 そうして食事の手を進めていたのだけど……何だかあまり味が分からなくなってしまった。

 頭の中ではどうしても、アレックス・ロラ・ローヴァントのことを考えてしまうから。


──……人間にとっては、正しく『英雄』なんだろうけど……。


 魔族にとっては、彼らの王を殺した凶賊であり、仇敵だ。

 そして、私が持つ感情は、ハッキリと魔族寄りなのだろうと思う。


 別にアレックス・ロラ・ローヴァントが何もかも全部悪い訳じゃない。それは分かっている。

 元を正せば、戦争を吹っ掛けてきた人間の国の王が悪い、ということになるんだし……。

 でも戦争の状況を一転させたのは、間違いなくアレックス・ロラ・ローヴァントなのだ。……と、私は聞かされていた。


 ……そう、“あの人”が言っていた。


『アレックス・ロラ・ローヴァントがいなければ、魔族の王が討たれることはなかった。そして──』


──……そして。…………私のお父さんが・・・・・・・死ぬこともなかった・・・・・・・・・、か……。


 それを信じるなら、私にとって、アレックス・ロラ・ローヴァントはお父さんの仇だ。

 けど、私なんかでは、『魔王殺し』の英雄を殺せるはずもなく……差し違えることすら不可能だと思う。

 それに、私がアレックス・ロラ・ローヴァントを殺すなんて事は、誰も望んでいないだろう。


 もしかしたら、アレクさんと出会う前にアレックス・ロラ・ローヴァントを目の前にしたなら、殺そうと考えたかもしれない。

 ……いや、もしそう思ったとしても、実際に行動に移す勇気は出なかったんだろうけど……。

 でも、私一人なら。私が死んで悲しむ人も、もう居ないのだから、と……無謀だとしても実行した可能性は、ゼロとは言い切れない。


──……私は、弱いから……。


 『災厄の魔獣』に襲われて、自分が“死んでしまった”と勘違いした時……“死”が救いだと思った。

 だから、たとえ無茶でも無謀でも、自らの命を顧みることも、しなかったかもしれない。


──……でも、そんなことを今更考えても、仕方ない……。


 今、少なくとも衝動に任せて無謀な行動に踏み切らずに済んでいるのは、多分アレクさんが傍にいてくれるお陰なんだろうな、と思う。

 私がそんなことをすれば、アレクさんに迷惑が掛かるから。そして、私が死んだらアレクさんは悲しむような気がするから。……と、これは流石に、都合の良い妄想かもしれない。

 けど、そう思うことによって無謀な行動を取らないで済むのであれば、都合の良い妄想くらい、いくらでもしてみようと思える。

 妄想の結果、アレックス・ロラ・ローヴァントを害するのは、私の望むところではなくなった……という訳だった。


 とはいえ、気にならない訳ではないので……アレックス・ロラ・ローヴァントに対する周囲の反応には、耳をそばだててみる。


「あれ……英雄……憧れる……。」


「何で……村に……だろ……な?」


「声かけて……迷惑じゃ……。」


 ひそひそと漏れ聞こえてくる声は断片的だったけど……当然と言うべきか、やはり好意的なものばかりだった。

 ちなみにだけど、私の聴力が悪い訳じゃなくて、帽子で『耳』を隠しているせいで、遠くの声をハッキリと聞き取るのが難しいだけだ。


──……でも。……無意識に聞こえてしまうよりは、マシかな……。


 とはいえ、こうして人間の英雄に好意を向ける人達の中に交じって、食堂に居るという事自体が、自分が明確な『異物』であるように感じる。

 それを誤魔化すように私は、あまり味のしなくなってしまった料理を、口の中へと押し込む。


──……食事の時くらい、料理の味に集中して……嫌なことなんて、忘れたかったな……。


 今はもう、それどころではない。

 余計なことを考え過ぎて、料理の味なんて、さっぱり分からなくなってしまった。


──……ううん。……これじゃあ……料理に対する冒涜だ……。


 私は食事の手を止めた。

 それから程なく、アレクさんから声が掛かる。


「フィリア。」


「……ごめん、なさい。……もう。……お腹、いっぱい、なので……。」


 嘘だ。お腹は半分も満たされていない。

 だけど私はこれ以上、この空間に居続けたくなかったし、味も分からないまま料理を食べ続けたくなかった。


「……宿に、戻ってます……。」


 それだけ言うと私は立ち上がって、食堂の出入口へと向かう。

 途中、アレックス・ロラ・ローヴァントが村人達に周りを囲まれて、何かを自慢げに話している姿が目に入った。


 私はなるべくそちらを見ないように、床に視線を落としながら歩いた。

 けど、それでも声は聞こえてしまった・・・・・・・・


「じゃあそうだな……俺様が魔王を倒した時の話をしてやろう!」


 気分良さそうに、そんなことを口走る、アレックス・ロラ・ローヴァントらしき声が聞こえて……私は心臓を鷲摑みにされたような感覚に陥る。


──……あぁ、ダメだ、これ……。


 胸の奥が痛い。呼吸が浅くなって、視界が点滅する。そして、体内の魔力が暴れ出しそうになる。

 自分の力だけでは抑えられなくなりそうで、私は──


「……っ!」


 誰かに後ろから両肩に手を置かれて、私の身体は一瞬、硬直する。

 寸前で“邪魔されて”……体外に放出されていた魔力は、そのまま霧散した。


「“それ”はダメだ、フィリア。」


 聞き覚えのある声に振り向けば、後ろにはアレクさんが立っていて……目が合うと、微笑んでくれた。


「……あ──」


──……私、今……何をしようとした……?


 頭が真っ白になって、魔力が暴走しかけて…………それで?


──……アレックス・ロラ・ローヴァントに向けて、魔力を……魔法を放とうと、した……?


 大人しく席に座ってやり過ごしていれば、こんな凶行に及ぼうとは、しなかったはずだ。

 この位置から魔法を使ったら、アレックス・ロラ・ローヴァントだけでなく、周囲を囲む村人達だって巻き込んでしまっていただろう。

 今更ながらに、自分が何をしようとしたかを理解して、血の気が引いていくのを感じる。


「……ごめ……なさい……。」


 私が魔法を使おうとしたこと、アレクさん以外、誰も気付いていなかった。

 もしアレクさんが止めてくれなかったら……私は取り返しの付かないことを、してしまうところだった……。


 そして、それが無意識の行動であるからこそ、怖くなった。『人間』を殺すのを、躊躇わなかったということだから。


──……『半魔』の私は……やっぱり、『異物』なんだ……。


 この場に居てはいけない存在なんだ、と……ハッキリと認識させられたように感じて……。


「……アレクさ──」


 私は、アレクさんに、その考えを告げようとして……けれど、私がそれを告げるより先に、アレクさんは、衝撃的な言葉を放った。


「あれはアレックス・ロラの名前を騙ってるだけの“偽物”だ。」


「…………え?」


 何故このタイミングで言ったのか。何故アレクさんは、それを知っているのか。……後で考えてみれば、疑うべき点や、聞きたい事も、他にも色々と浮かんできた。

 でも今は、それより何より、アレクさんの言葉が衝撃的に過ぎて……──


「……に、偽物……!?」


 思わず、大きな声を上げてしまった。

 そんな私の声が、食堂内に反響してしまった為だろうか……一瞬の静寂が訪れてから、食堂内がざわついた。


 慌てて周囲を見回せば、テーブルに着いている村人達からの、アレックス・ロラ・ローヴァント(偽物?)を見る目は、どこか懐疑的なものに変じていた。

 私は自分が“やらかしてしまった”のだと悟る。


 そして次の瞬間、怒鳴るような声が食堂内に轟いた。


「おい、お前!俺様を偽物と言ったか!?」


 その声の勢いに、ビクッと身体が竦んでしまう。

 見ればアレックス・ロラ・ローヴァント(偽?)が、椅子から立ち上がって、私の方を睨み付けていた。


 ただ、何というか……声の大きさには確かに驚いてしまったのだけど、その威圧するような視線を正面から受けても、全く怖いとは思わなかった。


──……あ。……だから“偽物”なんだ。


 アレクさんが言ったことが、私には腑に落ちた。

 恐らくアレクさんは初めから、偽物の人の実力を看破していたのだろう。

 だからこそ「偽物だ」と、ハッキリ言い切れたに違いない。


 そのアレクさんはというと、偽物の人に飄々と言葉を返していた。


「聞こえていたのか、それは失敬。耳だけは悪くないようだな。」


 何だか煽ってるようにも聞こえるけど……気のせいかな、うん。

 そんなアレクさんの言葉を受けて偽物さんは、ずんずんと大股でこちらに向かって来ながら、喚き散らすように声を発した。


「ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!俺様はアレックス・ロラ・ローヴァントだ!『魔王殺し』で、『竜殺し』の英雄なんだぞ!!」


 声だけは大きいから、やはりビックリしてしまう。アレクさんの方は、特に何も思っていないみたいだけど。


 そして、喚きながら私達の前に辿り着くと、偽物さんの顔は更に険しくなった。


「今謝るなら、寛大な心で許してやらんでもない!何故なら俺様は元1級冒険者、『最上』のアレックス・ロラ・ローヴァントだからだ!!」


 間近で見た偽物さんは、虚勢を張っているようにしか思えず、どこか滑稽に映る。

 偽物さんは強面のような髭面で、随分と大きい体格もしているのに、何だか小動物が威嚇しているようにも見えてしまった。

 私がそんな風に感じるのだから、アレクさんも多分、同じように感じていたことだろう。


「まぁ……アレックス・ロラも、真似されるのは光栄に思ってるだろうよ。」


 肩を竦めて、そんな軽口を叩くアレクさんだった。……うん、思いっ切り煽ってるようにしか見えない。

 そんなアレクさんの言動は、偽物さんを怒らせるには充分過ぎたらしい。


「だっ、誰が物真似サル野郎だとぉ!?」


 偽物さんは激昂したのだけど……。


「……そこまで言ってないんじゃ……。」


 と、思わず口から零れてしまう。

 不謹慎かもしれないけど……この偽物さん、ちょっと面白い人なんじゃないかな、と思ってしまった。

 しかし、私がそんな呑気な考えに浸ったのは一瞬のことだ。偽物さんが、腰に下げた剣を抜いて、アレクさんの眼前に剣を突き付けたのだから。

 その行動によって、「ひっ……!」と、誰かが息を呑む声が聞こえてきた。


「おいおい。本物だと言い張るつもりなら、こんな場所で剣を抜くなよ。」、


「うるせぇ!散々コケにしやがって!ちょっとくらい痛い目を見せねぇと、気が治まらねぇんだよ!!」


 咎めるように言うアレクさんは、けれど、剣を突き付けられているというのに、全く相手にしていない。……それが更に偽物さんを怒らせてる気がする。


──……アレクさんの言い方って……やっぱり煽ってるよね……。


 ……と思ったのも束の間、私は自分が蚊帳の外になっている事実に気付く。

 食堂内で大きな声を上げたのは私なのだから、本来なら偽物さんに絡まれるのは私のはずだった。

 アレクさんは、私から意識を逸らす為に、わざと偽物さんを煽っていたんじゃないかな……という気がしてきた。


──……私……アレクさんに、守られてばっかりだ……。


 そんな風に消沈している間に、アレクさんは剣を突き付けられた状態のまま、偽物さんと話しを進めていた。


「やると言うなら構わんが、場所を移そうか。その方が、お互い被害は少ないだろう。」


「良いだろう!表へ出やがれぇ!」


 偽物さんは勢いよく言い放つと、肩を怒らせながら、大股で出入口へと歩いて行った。

 直後、私を呼ぶ声がした。


「フィリア。」


 見上げれば、アレクさんは申し訳なさそうに眉を下げていた。


「巻き込んで悪かったな。この場で言うことではなかった。」


「……わ、私も……大きな声、出して……ごめんなさい……。」


 本当なら、アレクさんが絡まれる理由もなかったのだ。


──……私が、思わず声を、上げちゃったから……。


 私には、申し訳ない気持ちで頭を下げることしか出来なかった。


「まぁ、行ってくる。すぐ済むだろうが……フィリアはこの場に残って、村の人が食堂の外に出て行かないように、注意しててくれ。」


 アレクさんはそれだけ言うと、私の傍を離れて、偽物さんを追いかけて外に出て行った。

 私は食堂の扉の前までゆっくり歩き、扉を背にして、その場で待機する。

 食堂内の人達から遠巻きに見られはしたけれど……危険に敢えて近付こうとする人が居なかったのは幸いだ。


 それから五分と経たずに……「すぐ済む」との宣言通りに、アレクさんは食堂へと戻って来るのだった。

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