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第6話 ナアフ村での夕食

 ラバコスさんが夕食の誘いに来た頃には、私の動揺は治まっていた。

 私を怒らせてしまったと思ったアレクさんが謝り倒して、私が「……もう謝らないでいいです。」と許した形だ。

 それから程なくして、ラバコスさんが部屋の扉をノックして声を掛けてきたので……もしかしたら部屋の外まで声が漏れていたのかもしれない。

 ラバコスさんは何も言わなかったけど、誘いに来たタイミングが良すぎたというか……。


 ……まぁでも、タイミングに関しては偶然だったというのもあり得るので、細かいことは気にしないでおこうと思う。……聞かれて困るような会話はしてなかったはずだし。

 ただ、何故だかラバコスさんが私とアレクさんを見る目が、優しげに見えた。……いや、これも確証はないし、正直ただの思い込みのような気もする。


 それは兎も角として……私達三人は昼食時と同様に、道を挟んで隣に建つ食堂へと、再び足を運ぶことになった。


「そういえば、商売を終えた後に、旅の方が一人、村にやって来たそうですよ。」


 と、食堂の扉を潜りながら、ラバコスさんは世間話のような口調で切り出した。


「一人ということは、護衛もいない訳か。それだと、商人ではなさそうだが。」


「ええ。商人ではありませんね。」


 アレクさんとラバコスさんが、そんな会話を交わした後、私達は空いていた店内右奥の四人掛けのテーブル席に着く。

 ちなみに昼食時と同じテーブル席で、席順も同じになった。


 昼食時との違いはと言うと、現在は陽も落ちて夕食時の真っ只中である為か、食堂内は昼食時よりも人の数が多かった。

 とはいえ、テーブル席は三分の一も埋まっていない。

 やはり“村にしては広すぎる食堂”なのだろう、という印象が強くなった。

 そんな風に食堂内を見回していると、ラバコスさんが私に声を掛けた。


「フィリア殿は、この食堂が広過ぎると思われていますか?」


「……え……あ、その…………は、はい。」


 図星を突かれて慌てた挙句、正直に肯定してしまった。

 流石に失礼だっただろうか……と思いながら、ラバコスさんの顔色を窺っていると、ラバコスさんは眉を下げて笑った。


「はは。その通りですので、お気遣いなく。……ええ。今のナアフ村では、食堂も宿も、不釣り合いな大きさになってしまいました。……ただ、十数年前には、この村ももう少しは賑わっていたのですよ。」


「……十数年前、ですか……?」


 その頃に、何かあったのだろうか、と思った私は疑問を口にしたけど……ちゃんと考えれば、それは聞くまでもない答えだった。


「聖魔戦争の折には、ここの村人も“徴兵”を免れなかったのです。」


「……あ。」


 聖魔戦争──十年前に人間の『英雄』が魔族の王を倒すことで終結した、聖王国と旧魔王国との戦争だ。

 その戦争は、私から両親を奪った。

 けど、私以外にだって当然、大切な者を奪われた人は大勢いる訳で……。


「あぁいえ、失礼しました。食事前に話す内容ではありませんでしたね。フィリア殿、アレク殿、申し訳ありません。」


「ラバコスさんはフィリアの疑問に答えてくれようとしただけだろう?気にすることはないさ。」


 ラバコスさんは謝っていたし、アレクさんの言う通りなのだろう。それに、これは私がよく考えもせず質問を返したのが、いけなかったんだと思う。

 でも、どうしても、お母さんのことを思い出して、気分が沈んでしまった私は、


「……はい。」


 と、それだけ絞り出して……同時に、食堂内を見回すのを止めて、テーブルの上に視線を固定する。


──……余計なことは考えない。……余計なことは、言わない。


 自分の身の上──戦争で両親を失った、などと言えば、少なくとも同情はしてくれるだろう。

 けど、私はそんな同情を、『人間』に求めてはいけない。


 私のお父さんは『戦争で殺された』と聞いたので、戦争の犠牲者であることには違いない。お母さんにしても、きっと戦争さえなければ、連れて行かれたりしなかった。

 でも私のお父さんは魔族であり……つまり、『人間』と戦って、『人間』に殺されたはずだ。

 多分お父さんも、戦争で人間を殺しただろう。この村から徴兵された人だって、殺しているかもしれない。

 だから私が『人間』に同情を求めるのは、あってはいけないことなのだ。


──……余計なこと考えない……って、思ってたのに……。


 どうしても考えを止められなくなってしまった。


──……私、この場所に居て、いいのかな……。


 『人間の街で暮らせ』と、“あの人”の書置きにあったから従った。

 でも、人間を殺めたはずの魔族の父親を持つ私が、人間の国に居ていいのかな、と……。


──……いっそ、住んでた森に帰った方が──


 そこまで考えた時、誰かに肩を揺すられて、私はハッとした。

 気付けば視界が少しボヤけていて、テーブルには水滴が滴っているのが見えた。


「フィリア。」


 私の名を呼んだのはアレクさんだ。肩を掴んでいるのも、アレクさんの大きな手だった。

 そして、肩を掴んでいない方の手で、アレクさんは私にハンカチを差し出した。

 そんなアレクさんの行動によって、私は自分が“泣いていた”という事実を認識する。


「何か辛いことを思い出させてしまったみたいですね……本当に申し訳ありません、フィリア殿。」


 斜め向かいの席に座るラバコスさんが、私に深く頭を下げて謝罪した。


「……いえ。」


 私はアレクさんのハンカチを受け取って、涙を拭ってから答えた。

 幸いにも、涙はすぐに止まってくれた。


「……もう平気、です。……料理、注文しましょう。」


 美味しい物を食べれば、きっと元気になれる。……だから私は大丈夫だ。

 涙を吸ったハンカチはテーブルの隅に一旦置いておいて……また部屋に戻ってから《洗浄》して返却しよう。


 アレクさんは何となく私の事情を察したのだろう、


「ラバコスさん、昼間とは別の料理で三人分、見繕って貰えるかな?……出来れば、色々な種類が食べられる方が良い。」


 と、ラバコスさんの意識を私から逸らそうとしてくれた。


「は、はい。分かりました。」


 ラバコスさんが了承してメニュー選びを始めると、アレクさんは私の耳元で囁くように「俺でよければ、後で話を聞こう。」と言ってくれた。

 私は『人間』のアレクさんに甘えても良いものかと暫し悩んだけれど……最終的には小さく「……はい。」と答えた。

 後で本当にアレクさんに話しをするかは分からない。でも今は、アレクさんを心配させない為にも、そう答えるしかなかった。


 それから、ラバコスさんが選んで注文した料理を待つ間に、次第に気分は落ち着いていった。

 気分が落ち着くと現金なもので、お腹が減ってくる。


──……食欲が出たのは、良い事だと思っておこう……。


 空腹を堪えながら暫く待っていれば、店員さんが料理を運んできてくれた。


「お待たせしました。お先に、エドゥアの塩茹で、ハッシュポッタです。」


 店員さんはそう告げて、テーブルの上に二種の料理皿と、水の入った小さいボウルを三つ置いた後、一礼して下がっていった。


「……水?」


 飲み水にしては、コップではなくボウルに入っているのが不思議で、私は首を傾げた。

 そもそも水の入ったコップは、料理が来るより前に運ばれているのだから、飲み水とは違うのだろうという事だけは分かるけど。


「はい。これは指を洗う為の水ですよ。」


 ラバコスさんが教えてくれて、実際に指を水に浸して見せた。


「エドゥアもハッシュポッタも、手掴みで食べられる料理ですので。」


 と、続けて、そんな情報も提供してくれた。

 山岳都市ルミオラでは屋台の串焼きばっかり食べていたし、食堂に入ったのはアレクさんと一緒に2~3回だけだったので、私が知らないのも当然だった。


 自分一人だけなら隠れて《洗浄》を使うところだけど……人目もあるので、私もラバコスさんに倣ってボウルの水で指を濡らしてから、料理の皿に向き合うことにする。


「それじゃ、頂こうか。」


 アレクさんも同じように、ボウルの水に指を浸しながら促したことで、食事が始められることになった。


──……さて。


 私にとっては未知の料理だ。味には期待しつつ、先ずは観察することにした。


 改めて二種の料理を見てみると、『エドゥアの塩茹で』というのは、何やら緑色をした小さい瓢箪のような形をした植物類のようだ。

 『ハッシュポッタ』の方は名前の通りポッタから作られているのだろうけど……潰したポッタを直径五センチ程の平べったいサイズに成型して焼かれたもののようで、それが皿に段々状に重ねられている。


──……ハッシュポッタはともかく……エドゥアの塩茹では、そのまま食べるものなのかな……?


 エドゥアを指で摘まんで近くで見てみれば、ぷっくりとした表面には薄らと短い毛のようなものが何本も生えていて……ちょっとそのまま食べるのには抵抗がある。

 そんなことを考えていると、ラバコスさんが少し慌てた口調で話しかけてきた。


「す、すみません、お二方。エドゥアなど他の地域では中々見ないので、食べ方が分かりませんよね……。」


 “食べ方”と言うからには、やっぱりそのまま食べる訳ではないらしい。……そのまま食べようとしなくて良かった。


「俺は昔食べたことがあるから分かるが……フィリアは初めて見たか?」


「……は、はい。」


 どうやらアレクさんはこのエドゥアというモノを知っているらしかったけど、私は知ったか振りなどはせず、素直に頷いておく。


「なるほど。他にも栽培されている地域があるのでしょうかね。……っと、すみません、フィリア殿には、先に食べ方を説明致しましょう。」


 そう言ってラバコスさんは、エドゥアを一つ摘まんで実演しながら説明してくれた。


「このエドゥアには、中に豆が二粒入っております。外側の皮は食べられないこともないのですが、美味しくないので中の豆だけを食べるのが普通ですね。二つの指で摘まんで、こう……押し出すようにすると、豆が飛び出してきますので。皮に口を付けた状態で…………失礼、このように食べることになります。」


 というような説明をしながら、最後はエドゥアに口を付けて、中の豆を実際に押し出して口の中に入れたようだった。


「……や、やってみます。」


 食べ方の流れは分かったので、私も実際に試してみることにした。


 実演の通りにエドゥアの皮部分に口を付けると、ほんのり塩っぽい味がした。その状態で、中の豆を恐る恐る押し出してみる。

 少しの抵抗感があった後、豆はラバコスさんの言った通り、口の中に飛び出してきた。……ちょっとびっくりした。


「最初は食べ難いと思うかもしれませんが、何度かやっていると慣れてきて、これが癖になるんです。」


 私はラバコスさんの説明にコクコクと頷いてから、口の中の豆を噛んで味を確かめる。

 噛むと柔らかな食感で、けれど口の中に残る。

 味の方は、豆の自然な甘さと、薄ら感じられる塩味が、絶妙なバランスだった。

 皮のまま塩茹でしてあるはずなのに、ちゃんと塩味を纏っているのが、不思議な感じだった。

 そして、食べてみれば、この豆の食感や味には、覚えがあった。


──……これ。……お昼に食べた、黄色い料理の中に入ってた、緑の豆……?


 特に食感──口の中に残る感じが、そっくりだった。

 他の具材と合わさった時の存在感も大きかったけれど、こうして単体で食べると、また少し印象が違う。

 味付けなどは本当に塩だけなので、一切飾らない豆本来の美味しさが、しっかりと伝わってくるのだ。


──……でも、うん……やっぱり豆を一個ずつ食べるのは、物足りなさがある。


 味自体に文句はない。けど、口いっぱいに入れて咀嚼したい欲求が、どうしても生まれてしまう。

 ちびちび食べる、というのが、ちょっと性に合わないのかもしれない。


 取り敢えず、皮の中に残ったもう一粒を口の中に放り込んでから……──


──……この残った皮は、どうしよう……?


 と思っていたら、いつの間にか皿がもう一枚増えていて、中身が無くなった皮だけのエドゥアが置かれていたので、私も指で摘まんでいたエドゥアの皮を、その皿に入れておくことにした。

 そうして一個分のエドゥアを食べ終われば、お次は『ハッシュポッタ』に手を伸ばす。


 ハッシュポッタは厚さ一センチ、直径五センチ程の平たい円形で、指で摘まむと外側の表面がカリカリに焼かれているのが触った感じから伝わってきた。

 指で摘まめる程度には冷めているけれど、まだ熱を失ってはいないみたいだった。


 早速口に運んで一口齧れば、期待を裏切らないカリッとした食感が心地良い。それに──


──……これ、舌触りが楽しい。


 煮潰したポッタだけでは、この感触は得られない。潰した物と刻んだ物、両方を混ぜ合わせる工夫によって、ポッタの新しい魅力が引き出されているようだった。

 味付けは塩コショウだけみたいだけど……揚げ焼きにされたカリカリの表面と、中身の面白い食感が、むしろシンプルな味を際立たせているように感じた。

 残りのハッシュポッタも口の中に放り込んで咀嚼すれば、物を食べている満足感も、ちゃんと得られるのだ。


──……これは好きなやつ!


 ……まぁ指が油でべとべとになってしまうのが、難点だとは思うけど。

 でも、こうやって手を油で汚しながら食べるのも、今まで経験したことがなくて、ちょっと楽しいかもしれない。


 それに、初めての経験とはエドゥアにも言えることだった。皮に口を付けて押し出して食べるなんて、他の野菜等では、中々見ない珍しい食べ方だと思う。

 ラバコスさんが「癖になる」と言ったのも、そういう部分なのかもしれない。


 そして、エドゥアに関しては新しい発見もあった。

 ふと見ると、ラバコスさんがエドゥア豆を、ひょいひょいと連続で二つ口に放り込んでから咀嚼していたのだ。


──……なるほど、そういう食べ方もあるんだ。


 ……と思って真似してみれば、一個ずつ食べた時よりも口の中に満足感が広がった。


 そうしてエドゥア豆の味を堪能していると、食堂のスタッフさんによって、次の料理が運ばれてきた。


「お待たせしました。蒸し鳥のサラダ、ブルスケッタです。」


 千切ったサニレとスライスされたオーニャンの中央に、ワイン蒸しされた鳥肉が綺麗に並んだ『蒸し鳥のサラダ』。

 三センチぐらいの厚みに切られたバゲットの断面に、角切りのトメットとチーズが乗せられた『ブルスケッタ』。


 運ばれてきたそれらの料理に手を伸ばそうとした時……食堂の中が、何だか少し騒がしくなっているのに気付いた。

 不審に思って食堂内を見回してみると、旅装に身を包んだ人間に、周囲の注目が集まっているらしかった。

 その人間の髪は赤く、これ見よがしに腰に剣をぶらさげている。


「あの方が、村にやって来た旅の方です。」


 ラバコスさんの声が聞こえて、一度そちらを向けば、ラバコスさんは何故だか、憧れるような眼差しを、その人間に向けているのが見て取れた。


「……?」


 有名な人なんだろうか……と思って、アレクさんを見ながら首を傾げてみたけど。アレクさんの方もよく分かってないらしく、料理を口に含みながら困ったように肩を竦めていた。

 そんな私達の反応を横目に、ラバコスさんは“その名”を告げたのだ。


「宿の受付で聞いたのですが……あの旅の方は、“アレックス・ロラ・ローヴァント”と名乗ったそうです。」

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