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第5話 商売見学を終えて

 夕刻前にはラバコスさんの商売は終わり、一旦解散という流れになった。

 その商売の合間に、ラバコスさんとアレクさんは色々な話をしていた。

 私はほとんど聞きに徹しているだけだったけど……商売に関する疑問点とか、別の人間の街や村の話など、興味深く聞き入ることが出来た。


 商売の後片付けが終われば、これから夕食までは自由時間となる。

 ……まぁ商売の見学にしても、「飽きたら宿に戻って頂いて構いませんので。」と言われてはいたし、自由時間の一端ではあったんだけど。

 それはそれとして、宿の部屋に戻った私は、すぐさまベッドに倒れ込んだ。


「……疲れた。」


 今日は朝から昼までかけて、ほとんどを竜車の荷台に座って過ごし、ナアフの村までやって来て昼食を摂った後は商売の見学をして……と、冒険者活動とは種類の違う疲労感を感じていたのだ。

 肉体的な疲れもあるし、一昨日ホーンラビ討伐で山に入った時の筋肉痛も、まだ少し残っている。

 とはいえ、肉体的な疲労よりも精神的な疲労が大きいのかもしれない。

 気心の知れない『人間』と行動を共にするのは、自分で思っていた以上に、疲れるものだったらしい。


──……ラバコスさんも、悪い人間じゃないのは、確かなんだろうけど……。


 ただ、それとこれとは話が別というか……。

 いくら悪い人間じゃなくても、むしろ良い人間だったとしても、私が『半魔』だと知られる訳にはいかない以上、ある程度の距離を置く必要はある訳で。

 ラバコスさんに対する心持ちは、アレクさんに対する心持ちとは、まるで違い過ぎた。


 アレクさんの場合は、気付いたら『半魔』だとバレてしまった後だったし、その後『災厄の魔獣』討伐に際して、一緒に死線を潜り抜けた仲……みたいな、何となく信頼感のようなものも芽生えている。

 けれど、今朝に出会ったばかりで、私が『半魔』ということも知らないラバコスさんに、アレクさんに対するのと同じ気持ちで向かい合うなんてこと、考えるまでもなく無理な話だった。

 アレクさんからは「もう少し話をしてみても良いんじゃないか?」と言われてしまったけど……それは私にとって、中々にハードルが高いのだ。


 そして、そんなことを考えながらベッドの柔らかさに身を委ねていると……疲労のせいだろう、次第に眠気が襲ってきた。


──……このまま、夕食まで寝てても──


 と、考えていたところに……ガチャ、という音がしたので、私は慌てて、突っ伏していたベッドから身を起こす。

 それから急いで音のした方を向けば……部屋の扉からアレクさんが入って来たところだった。


「すまない、驚かせてしまったか。ノックくらいはすべきだったな。」


 私が起き上がる姿を目にしたらしく、アレクさんは後ろ手に扉を閉めた後、頭を掻く仕草をしながら謝罪を口にした。


「……あ、ぅ……い、いえ……。」


 疲れと眠気で、すっかり頭が回ってなかったのだけど……そういえばアレクさんとは同室だった。……普通に失念してた。、

 アレクさんには私の『耳』のことも知られてしまっているので、不都合という訳じゃないけど。山岳都市ルミオラに滞在してた時の安宿は一人部屋だったから、部屋の中はセーフゾーンのような認識になっていて、だから部屋に入った途端に気が抜けてしまったのかもしれない。

 しかしナアフ村の宿屋は、山岳都市ルミオラの安宿と違って、窓の外が薄暗い路地ではなく、明るい広場な訳で……。

 ともすれば、うっかり誰かに『耳』を見られてしまう可能性だってあるのだ。


──……陽が沈んで暗くなるまでは、特に気を付けてなきゃ……。


 と、私は意識を改めるのだった。


「疲れたのなら、寝ていて構わないぞ。」


 アレクさんは、窓を挟んで反対側の壁際にあるベッドに腰を下ろしながら言った。


「……だ、だいじょぶ……です……。」


 突然ドアが開く音が聞こえたことにビックリしたせいで、眠気自体は覚めてしまったのだ。私はアレクさんと向かい合うような体勢でベッドに座り直してから答えた。


 部屋は二人部屋だし、あの安宿の三倍以上の広さはあるので、距離的にはそんなに近い訳じゃないけど……改めて考えると、『誰か』と同じ部屋で寝泊まりするというのは、何だか落ち着かない気分だった。


「無理はしないようにな。」


 と、優しく言ってくれたアレクさんの方は、特に気にした様子もなさそうで……意識してるのは私だけみたいだ……。


 でもそれが正常な反応なのかもしれない。

 『災厄の魔獣』に襲われた後とか、『災厄の魔獣』討伐で意識を失った後とか、アレクさんに介抱して貰ってた訳だし……。


──……それで今更アレクさんのことを意識するのも、おかしな話なのかもしれない……。


 私は何でもない風を装って、コクリと頷いた……つもりだったのだけど……。


「フィリア……緊張でもしてるのか?」


 アレクさんに言われて、ドキッとしてしまう。


「心配になる気持ちは分かる。……ああいや、分かるつもりだ。……だがまぁ、これから一緒に旅をする訳だから、少しずつでも慣れて欲しい。」


「……は、はい。」


 私が頷けば、アレクさんは真面目な表情のまま続けた。


「俺はフィリアを裏切ったりはしない。……信用してくれ、と言っても難しいのだろうが、覚えておいてくれ。」


 信用は……したい。……でも、心の底から信用するなんてことは、少なくとも今の時点では無理だ。

 私はアレクさんについて、ほとんど何も知らない。

 冒険者時代のことも知らなければ、何で冒険者を辞めたのかすら知らない。『災厄の魔獣』を倒そうとする理由だって知らないのだ。


──……教えてくれれば、信用出来るのかな……。


 ……いや、きっとそうじゃない。

 確かに知りたい気持ちはあるけど……それらを知ったからといって、信用することが出来るかと言われれば、答えは“分からない”。

 むしろ、知らないままの方がいい事だって、あるかもしれない。


 例えばだけど、昔は悪いことをやってた……とか。そういう過去を聞かされたら、信用しようと思っても、出来なくなってしまうかもしれない。

 流石にこれは極端だと思うし、アレクさんに限ってそんなことはないとは思うけど。でも、絶対にないとは言い切れないのだから。

 アレクさんが語らないなら、私からも訊いたりしない方がいいのだろう。

 つまり、過去のことは気にせず(……それでも全く気にしないのは無理だけど)、今のアレクさんの言動だけを見て判断するしかないのだと思う。


 一つ言えることは、アレクさんのことを全く信用出来なかったとしたら、私がアレクさんに同行することはなかった。


「……信用したいとは、思ってます……。」


 だからこれが、私が答えられる精一杯だった。


「ああ……今はそれで良い。」


 アレクさんの方も、何ら文句も言うこともなく、私の言葉を受け入れてくれた。

 それから続けて、一つ提案もしてくれたのだけど……──


「それに、部屋の中なら耳を隠してなくても良いんじゃないか?」


「……窓から見られるかも、しれないので。……寝る時だけにします。」


「そういえば、窓の外は広場になるのか……。確かに、誰か居たら見られる心配もあるかもしれんな。迂闊なことを言ったようで悪かった。」


「……い、いえ。」


 部屋の中でくらい、気にせずに振る舞えば良い……と、そんな風に気遣ってくれたんだろうな、とは分かった。


 アレクさんと出会ってすぐの頃は、気を遣われるのが何となく嫌だと思ってた。でも、今ではもう、嫌だとは思わなくなっている。

 自分の中で具体的にどういう変化が起こったのか、なんてことは分からないけれど……そんな難しいことを考えるまでもなく、素直に自分の感じた気持ちを受け入れれば良いのかもしれない。


「……ありがとうございます。」


 呟くように告げた感謝は、静かな部屋の中では、少しだけ大きく響いた。

 アレクさんをチラと見てみれば、「お礼を言われるようなことじゃないが」とでも言いたげな、少し困ったような顔をしていた。

 その頼りなさげな姿が、ちょっとだけおかしくて、私は悪戯心を発揮してしまう。


「……ところで。」


「ん?」


「……今も何か、私に対して、負い目があるんですか?」


「うん?……あー……。」


 アレクさんの少し困った表情が、もう少しだけ困った表情になった。

 それからアレクさんは、言い訳でもするように、私に言って聞かせた。


「いや、負い目というか何というか。……まぁその、なんだ。色々説明不足だったのもあったし、フィリアが居心地悪く感じていないかは気になっていて、だな……。」


「……説明不足?」


 気になった箇所を繰り返せば、アレクさんは言い難そうにしながらも、ちゃんと説明してくれる。


「まぁ……フィリアはもしかすると、俺と二人だけの旅だと思ってたかもしれないが……商人の荷車に同乗させて貰うというのも、言っていなかった訳だし。」


「……“護衛”っていうのも、聞いてなかったです。」


 私はジトっとした目で、アレクさんを見る。


「ああうん……それについても、申し訳ない。」


 アレクさんは座った姿勢で両膝に手を付いて、深く頭を下げた。


「……それだけ、ですか?」


「い、いや……宿も同室じゃなくて、もう一部屋借りてれば、フィリアだって落ち着けただろう、と……思い直した。同室で構わないと思ったのは、俺がフィリアの秘密を知ってるから、という自分勝手な思い込みだった。……本当に申し訳ない。」


 平身低頭の構えでアレクさんは平に謝った。

 その姿を見ていると……。


「……ふふっ。」


 思わず笑いが零れてしまった。


「……フィリア……?」


 真面目に謝罪していたアレクさんからすれば、いきなり私が笑った理由が分からないらしく、こちらを見て困惑した顔をしていた。

 私は口元を手で隠しながら、笑い声が混ざらないように注意しながら口を開く。


「……怒ってる訳じゃ、ないです。……今度からは出来るだけ、そういうのも……事前に教えておいて欲しい、ですけど。」


「そ、そうか……うん、気を付けるよ。」


 明らかにホッとした様子でアレクさんは息を吐く。


「……ふふふ。」


 おっと、また笑い声が漏れてしまった。


「何だかフィリアは楽しそうだな……。」


 ため息を吐きながらアレクさんは、頭を掻く仕草をした。

 ……ちょっと調子に乗り過ぎたかもしれない。


「……え、あ……あぅ……ごめんなさ──」


 私は慌てて謝罪を口にしようとして……けれど、


「フィリアは、そうやって笑ってる方が可愛いな。」


 アレクさんがそんな風に言ったせいで、最後まで言い切ることが出来なかった。


「……あ、か、かわ……あぅぅ……!」


 『可愛い』だなんて、今まで十四年、生きてきた中で、お母さんにしか言われたことがなかったから。私は思いっ切り動揺してしまったのだ。

 親以外で、それも異性に、そんなことを言われたのは初めてで。頬が熱くなるのを感じて、私はベッドにうずくまることになった。

 自分でも何でこんなに動揺したのか分からない。ベッドのシーツの冷たさを感じていると次第に頬の熱は引いていったけれど……。


「フィリア?……お、怒らせてしまったか?」


「……し、知りません……!」


 見当外れな心配をするアレクさんには、ちょっとイラっとしてしまったかもしれない。


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