第4話 A:ラバコス・レノアール・ノトーリア
ラバコス・レノアール・ノトーリア。その名前に聞き覚えはなかったが、『レノアール商会』というのは、聖王国内ではそこそこ有名な商会だ。
俺が彼の名を初めて耳にしたのは、山岳都市ルミオラを出立する前日……つまり昨日のこととなる。
切っ掛けは『災厄の魔獣』討伐を終えた翌日となる三日前。俺はフィリアが眠っている間に、商業ギルドで“条件に見合う商人”を探して貰うことにしたのだ。
「護衛はこちらで用意するので、三日後にこの街を出立予定の商人がいれば、荷台にでも同乗させて貰いたい。」
商業ギルド受付で出した“条件”がそれで、条件に該当する商人が見付かったという報せ自体は、滞在中の宿として教えておいた安宿の受付に言伝として預けられていた為、二日前の夜に知ったのだが。実際に彼の名を聞いたのは、俺に同行するかを決め兼ねていたフィリアを伴って買い物をした昨日の昼前──商業ギルドに寄った際のことであった。
『レノアール商会』は俺が冒険者だった頃から既に、『交易都市ノトーリア』に拠点を持つ老舗の商会として名を売っていた。
故に、ラバコス・レノアール・ノトーリアという名前を耳にした時には、『レノアール商会』の跡取りなのだろうな……と、察せられたのだ。
レノアール商会には黒い噂なんかも聞いたことがなかったので、ある程度信用の置ける人物なのだろう、という印象は持っていた。
そうして実際に今朝、本人を目の前にしても、悪い人物であるようには思えなかった。
裕福そうな身なりや体型をしているなぁとは思ったが、大商会の跡取りと思えば、特に不自然さが目立つ訳でもない。
フィリアに護衛が務まるのかを心配するといった辺りの慎重さも持ち合わせているようなので、商人として過不足はないのだろうな……と、俺の目には好印象に映った。
性格に関しては、話している内に、『お人好しな性格』という印象を持つようになった。
とは言っても、街道を行く道中では、ラバコスさんは竜車の運転に注力していた為、これといった会話は交わしていない。ラバコスさんとの会話は、走竜を休ませる為の休憩時間に、少し話しをする程度だった。
道中では、代わりに……という訳でもないが、フィリア相手に走竜──アースドラコに関するうん蓄(一部はグランジーからの受け売りである)を披露したり……街道を下って次に辿り着く『農協都市ロアヌ』の話をしたりしながら、暇潰しをすることになった。
護衛役の俺達……というかフィリアが、そんなのんびりとした態度で居ても、ラバコスさんは特に口を挟もうとはしなかった。
そういった温厚さも、俺としては評価に値する部分だ。
商人の中には、『護衛役に無駄口を叩かせない』といった姿勢の者もいるが……そういう商人の大半は『余裕がなく大成しない人物』か、それか『あくどい商売に身を染めている人物』というのが、俺の経験上、多いように感じている。
まぁそれに関しては偏見も多分にあるだろうが、そういう態度を取る商人でなかったのは、お互いとって幸いであったと言える。
さて、そんな風に道中を過ごし、途中で二度の小休止を挟み、半日ほど竜車の荷台に揺られていると……『街道沿いの村ナアフ』へ辿り着いた。
「今日はそちらで一泊します。」
と言ったラバコスさんに従って村に入ることになったが、俺はこの村に立ち寄るのは初めてだった。
何せ、ここから北に半日、馬車や竜車で移動すれば、山岳都市ルミオラに辿り着くという距離なのだ。街道沿いとはいえ、『急ぎで向かう場合には立ち寄る理由がない』という、絶妙な位置に存在する村であった。
それ故に、発展に乏しい村という印象は拭えない。
いざ村の中に入ってみても、その印象は変わらない。
だが、それより何より印象的だったのは、村の入口で警備をしていた兵士や、広場に集まっていた老人達までもが、ラバコスさんの来訪を心から歓迎している様子だったことだ。
その一点を鑑みても、ラバコス・レノアールという人物は、『良き商人』なのだろうと判ずることが出来た。
それから宿で宿泊手続きをして、食堂でラバコスさんオススメ料理──『トメットソースの野菜オムレツ』なる料理を頂くことになり、まぁそれも中々美味かったが、料理の感想については割愛しておくとする。
そして、昼食を終えた午後からは、フィリアの希望により、ラバコスさんの商売を見学することになった。
フィリアは口下手ではあるし、人間に対しての警戒心も手伝ってなのだろうが、自分からはそれ以上、話を進めようとしなかった。
しかしそれでも、ラバコスさんが『良い人間』であると感じて、歩み寄る姿勢を見せた結果なのかもしれない。
俺もラバコスさんがどんな商売をしてるのかは少し興味があったので、フィリアに同意する形でラバコスさんと話し合いを進めて、許可を得るに至った。
「はは。商売の見学など、あまり面白いものでもないと思いますが……ええ、分かりました。飽きたら宿に戻って頂いて構いませんので。」
と、最終的にはそんな言葉でラバコスさんからの了承を得て、俺とフィリアは商売を見学した。
商売に関しては、俺達が見学を願い出た事がラバコスさんにとってのプレッシャーになることもなく、商売自体は滞りなく済んだのだろうと思う。
ただ、最初に広場に集まっていた村人達の行列を捌き終わった後で、ラバコスさんが俺達に軽く謝罪を述べたので……まぁ色々と予定外の事態もあったようだ。
「お二方、全くお相手も出来ず申し訳ありませんでした。」
「……い、いえ……。」
「そんな暇もなかっただろうから、気にしないでくれ。」
謝罪するラバコスさんに対し、フィリアと俺は、それぞれ性格に見合った返答を返した。……そもそも、こちらから見学を希望したのだから、別にラバコスさんが俺達に気を遣う必要もなかったのだが。
「はい、ありがとうございます。……商売の方が落ち着きましたので、ご質問などあればお答えしましょう。」
そのように言ってくれたので、俺はフィリアの方を見た。
今回ラバコスさんが行なった商売のやり方について、何か気になったことがあるのだろうフィリアは、少しソワソワしながら、それでも口を開けずにいる様子だった。
単に言葉が出て来ないのか、遠慮しているのか。……なのでまぁ、俺が先に、幾つか気になった点について、質問させて貰うことにした。
質問する内容は凡そ同じだろうし、疑問が残ればフィリアも自分で質問をするだろう、という判断である。
俺は早速、ラバコスさんに質問をする。
「銅貨のやり取りをしてなかったようだが?」
と問えば、
「ええ。村長さんが纏めて支払ってくれる契約をしているのですよ。このナアフ村では、全ての農作物を村長さんが管理して、村人に分配していますので。村長さんが管理する農作物の中から、主に商売に適した野菜や麦での交換を、毎度お願いしているのです。」
にこやかに、こちらの知りたいことを丁寧に説明してくれた。
「なるほど。では、ラバコスさんが受け取っていた紙切れのような物は、欲しい物のリストといったところかな?」
「その通りです。私は一月に一回この村を訪れておりますので、翌月欲しい物を予め聞いておいて、次の来訪時に用意しています。先程受け取っていた紙は、先月の欲しい物リストとして提出されたモノで、その内容と同じ商品をお渡しした訳ですね。」
そのようにして住人の希望を聞くのは、手間であるだろうに。それを苦にしている様子は見受けられない。
確かに売れ残りを出さない方法ではあるが、それ以上の稼ぎは見込めない訳で、商売としては一長一短であろう。
にも関わらず、この商売の仕方を継続しているということは……。
「何か、この村に対して、そこまで熱心に商売する理由があるのかな?」
ある種、核心を突いた問い掛けではあったのだろう。
ラバコスさんはほんの一瞬、目を見開いた後、少し照れくさそうに咳払いをした。
「んんっ。……ええまぁ、レノアール商会の創設者である私のご先祖様が、このナアフ村の出身だった……と、言われておりますね。」
代々の縁というのは、無視は出来ないものだろう。
また、この商売の仕方を考えたのも、その先祖なのかもしれないが……しかし、単純にそれだけではないように思う。
そう思ったのはラバコスさんの態度からなのだが、果たして尋ねて良いものかどうか……。
少しばかり迷っていると、ラバコスさんは照れながらも、観念したように答えた。
「まぁその……私の妻が、この村の出身というのも、あるのですよ。」
「ほぉ。」
嘘を吐く理由はないだろうし、嘘を吐いているようにも見えない。
そして、そういう理由であれば、俺も得心がいった。
「ラバコスさんは、ご結婚されていたのだな。」
「ええ。アレク殿の所と違って、うちの子は、まだまだ小さいですけどね。」
……聞き間違いだろうか、何だかおかしなセリフが聞こえた気がした。それとも、誰かと勘違いしているのか。
「……俺の所と違って、というのは?」
「フィリア殿がアレク殿の娘さん……ではないのですか?」
俺が確認の意味で訊いてみれば、ラバコスさんは不思議そうに聞き返した。
──……なるほど。そういう勘違いをされていたのか……。
これはもしかすると、ラバコスさんだけでなく、村人からも勘違いされた可能性があるかもしれない。
思い返せばグランジーからも「いつの間に子供なんぞ作ったんじゃ?」などと言われた記憶もある。……まぁグランジーの場合は、あまり一般的な反応として参考にならないので、置いておくとしても、だ。
──……確かに見た目の年齢差を考えれば、俺の娘だと思われても無理はない…………のか?
何とか自分を納得させようと思ったが…………自分を騙すのには正直、無理があった。
フィリアの反応はどうなのか、と……チラと視線を送ってみれば、俯いてしまっていて、表情を窺うことも出来ない。
しかしまぁ、俺が親などと間違われるのも、フィリアにとっては苦痛なのだろう。
フィリアに父親と勘違いされかけたことはあったが、あれは半分寝ぼけていただけだからな。……むしろ、今その時のことを思い出して、羞恥に駆られているのかもしれなかった。
──どちらにせよ、こういった誤解は早めに解いておくに限るしな……。
「フィリアは娘ではないよ。そもそも、フィリアと俺では髪色も違うんだがな……。」
「そ、そうでしたか。それは失礼しました……。仲がよろしいようなので、てっきり……。」
ラバコスさんは少し動揺しているようだったが、最初に説明していなかった俺が悪かったということなのだろう。
だが、今後出会う人全てに「フィリアは娘じゃない」と言って回るのも、何かおかしい気がするので……今は保留としておこう、という結論に至った。……別に考えるのが面倒になった訳ではないぞ。
「いや、気にしないでくれ。」
少々話が脱線してしまったが、その後は気を取り直して、再び商売に関する質問を継続させて貰うことにした。
「それで、質問の続きだが……遠目には見えていたが、具体的にどんな商品を用意したのかは、聞いても問題ないものかな?」
「あ、はい。……そうですね、日用品や、塩・コショウ・砂糖などの調味料、あとは食用油や布製品……といった物が主になります。それと、あまり高価ではない装飾品の類も、プレゼント用として求められることが時々ありますね。」
流石に商売に関する質問には、ラバコスさんは如才なく答えてくれた。……気まずい空気は払拭されたようで何よりである。
そうして、その質問を終えた時、村人らしき女性が、広場へと入って来る姿が見えた。
商売の邪魔になってはいけないので、俺は一旦口を閉じて、ラバコスさんと村人の女性との遣り取りを見守ることにした。
そしてその待ち時間の間に、少し声を潜めて、フィリアに話し掛けておくことにした。
「フィリア。俺から見てラバコスさんは、良い人間だと思うぞ。」
「……はい。」
小さく頷いたフィリアからは、何ら負の感情は感じられなかった。
やはりフィリア自身も、ラバコスさんが『良い人間』だろうとは感じていたのだろう。人柄や行動を観察した上で至った結論、ということかもしれないが。
「もう少し話をしてみても良いんじゃないか?」
「……は、はい。」
中々自分から話し掛けるというのは、難しいのかもしれない。
俺の方も、もう少し気の利いたセリフを言えれば良かったのだろうが……そこで時間切れだった。商品の受け渡しが終わって、村人の女性が元来た道を引き返して行く姿が見えた故だ。
女性を見送ったラバコスさんが、こちらを振り向いたので、フィリアの様子を横目で確認してみるが……やはり自分からラバコスさんに声を掛けるのは、勇気が要る行動なのだろう。
──フィリアはもう少し、自分に自信を持ってくれれば良いんだが。
しかしまぁ、これは単なる俺の願望だ。余計なお節介と思われている可能性もあるのだから、俺の方からは、あまりしつこく言葉を重ねるべきではないのかもしれない。
どちらにせよ、ラバコスさんに聞かれていい話題ではないので、方向修正はすべきだろう……と、話の舵を切る。
「ところでラバコスさん、店は何時頃まで開けている予定だろうか?」
「そうですね……夕方頃でしょうか。その頃までには、まだ商品を受け取りに来ていない方々も、いらしてくれると思います。」
地面に敷かれたシートの上には、あまり多くはないが、商品が残されている。
太陽の高さから察するに、夕刻までには未だ2~3時間はありそうだ。気長に待つということなのだろう。
それから……商売上の質問は大体終えてしまったので、ラバコスさんが今まで行ったことのある街や村の話などを聞きつつ、残りの商品がなくなるのを待つことになった。
その間にもフィリアは、話を振った時以外には口を開くこともなかったが、ラバコスさんの話自体は、興味深そうに聞いていたようだった。
嬉しい誤算としては、ラバコスさんは「夕方頃」と口にしていたが、陽が赤に染まるより前には、残った村人達も商品を受け取りにやって来てくれたようで、そこまでの時間は掛からずに済んだ。
客商売というのは時間を浪費しているように感じてしまうせいで、俺には合わないのだろうな、と強く実感する。……俺は真っ当な商人ではないので、こういった商売はしないのだ。
そして、そんな時間の掛かる商売を、我慢強く続けられる商人というのは、改めて尊敬に値する。……それと同時に、生きる世界が違うのだろう、という感慨も浮かんでくるのであった。




