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第3話 商売の見学

 食堂での昼食を終えると、私達はその後の行動を話し合うことになった。

 私やアレクさんには、これといった予定はなく、ラバコスさんは昼食後に村の広場で商売をするらしい。


「護衛は道中でのことなので、この村の中では自由行動で構いませんよ。」


 と言われたのだけど、私はラバコスさんの行う商売の見学を希望した。

 そうして、ラバコスさんの仕事を見学する許可を得て、昼食後からも暫く三人で行動を共にする結果に落ち着いた。

 ……まぁ私は最初に見学希望を述べただけで、あとはアレクさんとラバコスさんの二人で話してて、私はほとんど口も挟まず会話を聞いてただけなんだけど。


 私が見学を希望した理由は正直、“何となく”だ。

 何となく、この村で慕われてる様子のラバコスさんは『良い人間』ではあるんだろうな、と思って。

 何となく、どういう風に商売をしてるのか気になって……と、そんな“何となく”だった。


 村の中を見学する……という案も、考えなくはなかったけど。ただ、あんまり動き回って目立つのも嫌だし、かといって宿の部屋でジッとしてるのも退屈だし……。そう思うと、他にやることがないからラバコスさんの仕事見学をする……ということになるのかもしれない。


 私の本音は兎も角、午後からの方針は、商売の見学をする、で決定した。


「先ずは商売の許可を取りに、村長さんの所へ行きます。」


 そんな風にラバコスさんが口に出して説明してくれるのは、私が商人の仕事に興味を持ったと思ったからなのか……もしそうなのだとしたら、ちょっと申し訳ないな、と思う。

 けど、「商人になれない」と言ってしまうと、「何故か」と疑問に思われるだろうし。間違っても『半魔』だから、と正直に答える訳にはいかない。かといって、「興味ない」と言ってしまうのも、ラバコスさんのやる気を削ぐ形になってしまいかねない。

 なので私が大人しく、説明を聞きながらコクコク頷いておく方が、きっとお互いの為なのである。

 それに、商人にはなれないけど……『人間の商人』がどういう考えで商売をしているのかは、知識として知っておきたい気持ちはあるのだ。そういう意味では、全く興味がないという訳でもなかった。


 それから、ラバコスさんが先導する形で、私達三人は食堂から出る。

 すると……何故か広場には、ぽつぽつと人が増え始めているようだった。


 最初──村に到着して広場に入った時には、食堂の建物付近で老齢の人間達が数人、寄り集まっていただけだったというのに。今は人数が増えていて、どちらかと言うと、女性や子供の比率が高くなっている。

 疑問に思っていれば、ラバコスさんが笑いながら声を上げた。


「はは。皆さん、気が早いようで。まだ商売の準備すらしてないんですが、これは急がないといけませんね。」


 どうやら、商売開始に合わせて集まって来た村人達……ということらしい。

 集まっていた村人達の姿に、ラバコスさんが気合を入れ直していると、その中から一人の老人が、私達の方に近付いて来た。


「ラバコスさん、皆待っとるので、準備して貰ってもええかの……?」


 と、何となく見覚えのある気がするお爺さんが、傍までやって来ると、少々申し訳なさそうな表情を作りながら言った。

 対してラバコスさんは丁寧な笑顔で応対する。


「ええ。すぐに準備しますよ。ですがその前に、村長さんに商売の許可を──」


「村長の所にも言ってきたから、心配せんでもええぞ!」


 ラバコスさんが言いかけたところで、お爺さんの方が先回りして言葉を放った。

 そんなお爺さんの言動に面食らった様子もなく、やはりラバコスさんは丁寧に頭を下げて、謝辞を述べていた。


「それはどうも、お手数をお掛けしました。」


「いやいや、なんのなんの!皆楽しみにしてるんじゃからの!」


「ええ。ご期待に沿えるよう、急いで準備します。」


 そんな風に会話を終えて、お爺さんが去っていくと、ラバコスさんは笑顔で私達の方を振り向いた。


「そういうことらしいので……すぐに商売の準備に取り掛かります。」


 言うが早いか、ラバコスさんはそのまま宿の方に歩いて行ったので、私達はその後ろを追いかけることになった。


 ラバコスさんは宿の裏手──屋根があるだけのスペースに停めていた竜車を引っ張り出して、手綱を引いて走竜を誘導しながら広場の中央付近へと向かった。

 竜車が近付くと、村人達は道を開けるように竜車から一定以上の距離を置いて、遠巻きに様子を窺う姿勢のようだった。

 様子を窺うと言っても、決して不穏な感じではなくて、全体的にソワソワしている感じだ。先のお爺さんが言ってた通り「皆楽しみしてる」ということらしい。


──……そういえば、あのお爺さん……村長の所に“も”って、言ってたけど……この集まってる人達にも声を掛けた、っていうことなのかな……?


 記憶を思い起こしみると、私達が広場に入った時には食堂近くで寄り集まっていたお爺さん達は、私達が宿で宿泊手続き等をしてる間に、全員いなくなっていたのだ。

 つまり最初に広場に集まっていた老人達が、私達が宿に行ったり食事したりしてる間に、手分けして村中にラバコスさんの来訪を告げて回った……ということになるのかな。……うん、多分そんな気がする。


──……だからさっき、ラバコスさんに声を掛けた時、ちょっと申し訳なさそうにしてたんだ。


 そう考えれば、色々と納得がいった。


 さて、私がそんなことを考えてる間に、ラバコスさんは広場の中央付近で竜車を停めた。

 そうして走竜を荷車から解放したラバコスさんは、


「アレク殿、申し訳ありませんが……。」


 と、走竜の手綱を持ちながら、アレクさんに声を掛けた。

 それだけでアレクさんは察したらしく、「預かろう。」と言って、走竜の手綱を受け取った。


「先程の、宿の裏手で問題ないかな?」


「ええ。お願いします。」


 そんな遣り取りを交わした後、アレクさんは走竜の手綱を引いて、宿の方へと引き返していった。

 走竜をアレクさんに託したラバコスさんの方はというと、荷台の手前の方にあった置いてあった大きめのシートを取り出すと、それを地面に敷いてから、幾つかの木箱をそのシートの上に置いていく。

 荷台に残っている木箱もあるので、予め商品の選別を済ませていたのだと分かる。


 私は何か手伝おうかとも思ったけど……素人が手を出しても邪魔になるだけかもしれないので、邪魔にならなそうな距離から、ラバコスさんの準備を眺めるだけに留めた。


 そうして見ていると、ラバコスさんはシートに置いた木箱を開けて、中の細々とした物々を、一枚の紙を見ながら、シートの上に並べていった。


 商品を並べてる、ということなんだろうけど……装飾品の類もあれば、綺麗に折り畳まれた布や服もあり、革袋のような物や発火石もある。中身が入ってるのかも分からない陶器が何種類かあったり、そうかと思えば紙の束が出て来たり。

 何というか、あまり統一感がないように思う。扱う商品を見ると、雑貨店に近いのかもしれない、と思った。


 また、商品を並べるのも種類毎ではなくて、幾つかの品物を、まるでセット売りでもするかのように纏めていたりする。

 見ていても全く意図が分からないので、やっぱり手伝いを申し出るのは止めておいて正解だったのだろうと思う。


 そんな感じでラバコスさんが準備を進めていると、アレクさんも戻ってきて、私の隣に立ち並ぶ。

 アレクさんも気になったのか、ラバコスさんの作業を、興味深そうに眺めていた。


「これで準備は完了です。」


 と、準備開始から十分ほど経った頃に、ラバコスさんはそう宣言して、手を止めた。

 私からすれば謎の商品配置ではあったけれど、きっと何か意味があるのだろう。

 準備を終えたラバコスさんは、息を吸い込むと、広場に集った村人達に向けて、大きな声で呼び掛けた。


「皆さん、お待たせしましたー!販売を開始しますー!」


 その声を聞いて、遠巻きに見ていた村人達が文字通り群がって来る。

 ただし、村人達は我先にと争うようなことはせず、まるで冒険者ギルドで受付の順番待ちでもするかのように、行儀良く一列に並んでいた。


 確かに広場に集まったのは、買い物が目的の人達なのだろうけど、商品の奪い合いになりそうな気配は微塵もない。

 それとも、村の中での序列があって、その順番に買い物をしなきゃいけない……的なのが決まってるんだろうか。


 そんなことを考えていると、列の最前に並んでいた三十代くらいの女性が、ラバコスさんに何か紙切れのような物を手渡しながら「よろしくお願いします。」と言ったのが聞こえてきた。

 差し出された紙切れを受け取ったラバコスさんはシートの上から、セット売りのように纏めてあった商品から一セット分を手に取ると、女性に手渡した。


「こちらですね。またお願いします。」


 ラバコスさんがそう言って、女性の方も感謝の言葉を告げると、列から離れていった。

 そんな遣り取りを、商売の邪魔にならないように荷台の辺りから眺めていた私の感想は──


──……何だか、あんまり商売という感じでも、ないような……。


 というものだった。

 何か商売と言うには違和感があったのだけれど……その理由は、隣でアレクさんが小さく呟いたことによって、納得することになった。


「銅貨のやり取りをしていないな。」


──……あ、そっか。……確かにお金を払ってない。


 だから買い物っぽくなかったのか、と私は思った。

 よく見てみれば、次に並んでいた子連れの女性も紙切れを渡しただけで、銅貨を支払ったりはしなかった。

 そしてラバコスさんの方も、それを当然のように受け入れている。


──……最初から、何か取り決めがある商売の仕方……ということなのかな。


 私が知ってる『商売』というのは、『お金を支払う』か『物々交換をする』かの、どちらかしかなかった。

 流石に無償で提供してる訳ではないだろうし、事前か事後で、お金か物での支払いはあるのだろうけど。この場では商品のやり取りをスムーズに行う為なのか、お金を払ったり交渉したりという手間が省かれているように思う。

 それが良いことなのか悪いことか、定かではないけど……少なくとも、村人側には不満はないどころか、誰もが商品を手にして喜んでいるみたいだった。


 それから暫くの間、私はラバコスさんが村人達の列を捌いていく姿を眺めていた。

 しかし受け渡しだけなので、ずっと変化もなく、流れ作業のように順番待ちの列が進んでいたのだけど……変化は一番最後にやってきた。

 列の最後尾に並んでいたのは、珍しく初老の男性(……その人以外は、老人か女性か子供ばかりだった)で、ついでに見覚えのあるお爺さんが連れられていた。


「あぁ、村長さん。ご挨拶が遅れてしまって、申し訳ありません。」


 ラバコスさんはこの男性を「村長さん」と呼んだ。『村長』というのはもっと年齢が高いイメージだったので驚きだ。


「いえいえ、お気になさらず。」


 村長さんの受け答えは無難なものだったけど、このくらいの年齢で村を纏める立場故なのか、答えた後には眉間に皺を寄せて難しい顔をして…………と思った矢先、何だか申し訳なさそうな表情を作る。


「それより、こちらのドグ爺が急かすような真似をして申し訳ない。……ほら、ドグ爺。」


 そう言って村長さんが隣の老人──ドグ爺という名前らしい──を促せば、


「あぁうむ……すまんかったの、ラバコスさん。」


 ドグ爺さんは、ちょっとしょんぼり肩を落としながら謝った。

 それに対してラバコスさんは、軽く笑いながらフォローを入れてみせる。


「はは。何も問題ありませんよ。村長さんの家に許可を取りに行く手間が省けたくらいです。それに今回は、お孫さんへのプレゼントと伺っておりましたし、気が急いてしまう気持ちも分かりますよ、ええ。」


「そう言って貰えると助かります。」


 村長さんはラバコスさんの言葉に安堵の息を吐いて、ドグ爺さんの方も同じくホッとした様子を見せた。

 それからはドグ爺さんと村長さんが順に紙切れを渡して、ラバコスさんが代わりに商品を受け渡すという流れは変わらなかった。


「明日の出立前に、村長さんのお宅に寄らせて頂きますね。」


「お待ちしてます。」


 ラバコスさんと村長さんがそんな会話を最後に交わし、ドグ爺さん共々、広場から去っていけば、もう広場内には私達以外、居なくなってしまった。


──……これで商売は終わり……なのかな?


 疑問に思って見ていると、ラバコスさんが私達の方を振り返って、謝罪を口にした。


「お二方、全くお相手も出来ずに、申し訳ありませんでした。」


「……い、いえ……。」


「そんな暇もなかっただろうから、気にしないでくれ。」


 眉を下げて謝罪するラバコスさんに、私は首を横に振って、アレクさんは軽い口調で、それぞれ言葉を返した。


「はい、ありがとうございます。……商売の方が落ち着きましたので、ご質問などあれば、今からでもお答えしましょう。」


 私達の反応を受けて、ラバコスさんは丁寧に頭を下げてから、そんな風に言ってくれた。……のだけど、質問したいことはあったのに、私は中々言葉が出て来なかった。

 それで“代わりに”という訳でもないんだろうけど……私が感じていた疑問の大半はアレクさんが質問してくれて、私は大人しく拝聴することで、ほとんどの疑問は解消されることになった。

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