第2話 オススメの料理
食堂にて料理を待つ間、アレクさんはラバコスさんと色々話しをしていた。
旅程の話しとかもしてたみたいだけど、私はそれよりも、お腹が鳴りそうになるのを抑える方が大変で、大半は聞き流してしまっていた。
そんな努力の甲斐あってか、テーブルに料理が運ばれて来るまで、お腹が鳴るのを我慢することが出来た。
運ばれて来た料理は、平ぺったい円形の黄色い物体の中に、緑色をした野菜のような物が混ぜ込まれて、一緒に焼かれているらしい料理だった。
黄色い物体の表面は所々、焦げ跡のように茶色くなっているので、きっと焼き料理なのだろう、とは推測が可能だ。
私は似たような料理を見たことなかったので、味の想像も付かないんだけど……ラバコスさんオススメの料理らしいので、先ずは食べてみようと思う。
大皿に乗ったその料理を、ラバコスさんがナイフで八等分に切り分けたので、一切れを取り皿に貰った。
近くで見てみても、正体は何だか分からなかった。……けど、料理の断面を見れば、混ぜ込まれていた緑の物の正体は、豆類であるらしいことが分かった。
また、緑の豆だけでなく、薄切りにされたオーニャンや、五ミリぐらいの厚さに切られたポッタも、黄色い生地に混ぜて焼かれているのが確認出来た。
「さぁ、頂きましょう。」
料理を見て確認していると、ぼんやりと、そんな声が聞こえたので、私もナイフとフォークを手に取って、いざ未知の料理へ挑むことにする。
一口サイズに切り分ける為にナイフを入れてみれば、大した抵抗もなく、スッとナイフが通る。
黄色い生地のような物が柔らかいのもそうだし、オーニャンもポッタも柔らかくなるまで火を通されていることが伝わってきた。
何となくだけど、パンに具材を練り込んで焼くのと同じような料理なのかもしれない、と思った。
それでは早速……と、一口大に切った料理を、フォークで刺して口に運ぶ。
口に入れると先ずは、まろやかなチーズの風味がした。
そしてまだ熱々の生地に、火傷しないように気を付けながら歯を立てれば……大した抵抗もなく、生地もポッタも、ほくほくと口の中で崩れていくし、オーニャンもくたくたで、あまり食感らしい食感は感じられない。
食材の中で唯一、食感を感じさせるのは、見た目から既に存在を主張していた緑の豆だった。
といっても、この豆自体も固くはなく、どちらかと言うと柔らかい。けれど、噛んでもちゃんと口の中に残る感じが、他の具材よりは確かな食感を持っていて、それが丁度良いアクセントになっていた。
味の方はどうかと言えば、塩コショウが効いていて、そこにチーズのまろやかさが上乗せされている。
チーズは生地に練り込まれて焼かれている為か、酸味はほとんど感じられず、その風味によってのみ存在を主張している。
具材を包み込む生地自体にも大した味はないようで、やはり塩コショウの味という印象になってしまう。
緑の豆は、豆特有の自然な甘さを有していたので、食感に加えて味の方でも良いアクセントになっていた。
悪くない味ではある。けど、オススメする程でもないんじゃないかな、っていう気がする。
……何というか、ちょっと物足りない印象を受けたのだ。
いや、確かに野菜自体は美味しい。
ポッタもオーニャンも緑の豆も、きっと鮮度が高いのだろう。
野菜の美味しさを感じられるという意味では、悪くない料理なのだろうな、とは思う。
そういう意味では、ラバコスさんがオススメと言ったのも、不自然ではない……のかな。
──……まぁ単純に、ハードルが上がり過ぎてたのかも……。
オススメと言うくらいだから、『もっと美味しいだろう』と勝手に思っていた。それを裏切られた感じがして、ちょっともやもやするのかもしれない……。
この料理を、アレクさんは、どんな顔で食べてるんだろうな、と……顔を上げてみると。
「……!?」
アレクさん目の前にある、黄色かったはずの料理の表面が、真っ赤に染まっているのが目に入った。
──……血!?…………じゃ、ない……?
よく見れば、(……食事中なんだから当たり前だけど)どこか怪我をしてる様子はないし、血の臭いもしない。
何かのソース的なモノかもしれない。けど、血をぶちまけたみたいに、料理が赤く染まっているというのは、とても異様な光景だ。
私が困惑しながらアレクさんの手元を見つめていると……。
「ん?」
私の視線に気付いたアレクさんが、こちらを見た。
それから、何かを察したように「……ああ。」と頷いて、私の方に蓋付きの陶器のような器を、机の上を滑らせるように押し出した。
アレクさんの反応はよく分からなかったけど、恐る恐る自分の近くに引き寄せて、蓋を開けると、何やら液体のようなモノが入っている。
銀色の棒状の物が刺さっていたので軽く持ち上げると、それはスプーンだった。
ただし、陶器の中の液体はドロドロしていて、そのスプーンにべったりと『赤』を纏わせていた。
これが、料理を赤く染めていた正体なのだろう。……というのは、よく分かったけど……。
「……あの、これは……?」
『赤い』以外の情報がないので、何も知らないままに、この液体を料理にぶちまける蛮勇は、流石に持ち合わせていなかった。
なので訊いてみれば、答えてくれたのはラバコスさんだった。
「それはトメットを潰して煮込んだソースですよ。」
ラバコスさんの方に視線を遣れば、そちらの料理も既に真っ赤である。
そして、ラバコスさんの答えを聞いて、意識してみれば、器に入った赤くてドロドロしたソースからは、確かにトメットの匂いがしていた。
「自分の好みの量を掛けられるように、後掛けのソースになっているんです。」
と、続けてラバコスさんが教えてくれたので、私は感謝の気持ちを込めて頭を下げてから、その赤いソースを料理に掛けることを決めた。
──……このトメットのソースというのは、多分……この料理には欠かせないんだろうな。
そんな思いを強く持つことになった。
けれど、そこからは少々手間取ることになってしまった。
というのも……ソース自体がドロドロしているせいで、掛ける量の調整が難しいのだ。
私は先ず、ソースを零してしまわないように、左手で陶器の器を持ち上げて、料理を取り分けた取り皿の上空に待機させた。
それから右手のスプーンで容器の中のソースを掬って、黄色い料理に掛けていったのだけど……濃厚なソースなので、大半はスプーンにへばり付いてしまっていて、中々スプーンから落ちて来ない。
思い通りにいかずに、少々焦れったく感じていると、ラバコスさんが再び私に声を掛けてくれた。
「このソース、中々落ちて来ないのが難点なのですよね。それで、そういう時は、スプーンを持った方の手首の辺りを軽く、こう……トントン、と叩くと、落ちてきますよ。」
最後の「トントン」の部分は、言いながら実際に、自らの手を使って実演してくれた。
私は軽く頷いてから、ラバコスさんがやった動作を、見様見真似でやってみることにした。
最初は軽く叩いていたのだけど、中々落ちて来ないから……少し力を入れたら、料理の上にびちゃっとソースが飛び散ってしまい、ちょっと反省する。
その後、何度か試すと力加減にも慣れてきて、適度な量を落とすことが出来るようになって……私の黄色かった料理も、無事に赤く染まることとなった。
──……見た目は、ちょっと……あれだけど……。
血を連想させるドロッとした赤い液体が、料理全体にぶちまけられてるようにしか見えないので、無理もない。……血じゃなくてトメットなのは、分かってるけど。
──……まぁでも、お腹に入れば一緒だよね……!
そう、前向きに考えるべきなのだ、こういうのは!
……という訳で、ソースの入った器をテーブルの上に戻してから、私は再度この料理──見た目は随分変わってしまったけど──と向き合う。
──……トメットのソースを掛けたことで、どんな味になるんだろう?
トメットというのは、甘さもあるけど酸味の方が強い野菜なので、結構な味の変化になるのかもしれない。
ただし、それはあくまでトメットをそのまま食べた時の印象なので、ソースにした場合は、甘みと酸味がどのように変化してるかは、食べてみるまで分からないのだ。
料理を素のままで食べた時の物足りなさが、トメットのソースによって埋められることを期待しつつ……いざ実食である。
私は先程と同じように、ナイフで一口大に切ってから、料理をフォークで口に運ぶ。
口に入れると、素の時はチーズの風味が感じられたのに、今ではトメットの風味一色になってしまっている。
ただ、それは決してマイナス要素ではないことを、先に述べておきたい。
何故なら、酸味というのは、食欲を増進させる。
どういう理屈でそうなるのか……みたいな、そういう難しいことは一切分からないけど。トメットの酸味を口内で感じた途端、お腹が鳴ってしまったのだから……きっとそういうことなのだ!
私は我慢が効かずに、すぐさま口の中の料理を咀嚼する。
濃厚なトメットのソースが、口いっぱいに、濃縮された酸味と旨味を伝えてくる。
──……物足りなくは、ない!
やはりこれは、トメットのソースを掛けることで完成する料理だったのだ。
トメットの酸味が加われば、全く味気ないなどとは思わない。
チーズもトメットと相性が良いのだろう、口の中で味がぶつかることはなく、むしろトメットの酸味を緩和する手助けをしているのかもしれなかった。
そうして最初の一口分は、あまり味わうことも出来ずに、胃の中に消えてしまった。
私はナイフを動かして、今度は気持ち大きめな一口分を作り、それをフォークに刺して口に運ぶ。
再び濃厚なトメットの味が感じられ、今度こそ味わって食べよう、と気合を入れる。
噛むと、先程感じたように、チーズがトメットの持つ酸味を和らげてくれている気がする。
でも今回は、“それだけではない”ということに気付く。
確かにチーズによる恩恵も、あるのだけど……それ以上に酸味を受け止めているのは、恐らく黄色い生地の方だ。
素の状態で食べた時には、『生地自体には大した味はないようだ』と感じていたはずなのに……今では全く違った印象を受ける。
どういう理屈かは分からないけど、具材を包む黄色い生地が、ほんのり甘いと感じるのだ。
素のまま──塩コショウだけの味付けの時には、味がぼんやりしていたせいで、あまり感じ取れなかったのだろう。
トメットの酸味で味が引き締まったからこそ、生地の甘みが感じられたのだと思う。
そんな感想を持ちながら、三口目に取り掛かる。
食べれば、どんどん食が進んでいく。
ほんのり甘い黄色い生地も、トロッとしたチーズも、ほくほくのポッタも、くたくたのオーニャンも、口の中に残る緑の豆も、どれもトメットとは相性が良い食材なのだろう。
そして、それら全てを支えているのは、言うまでもなく、塩コショウの味付けだ。
きっと塩コショウをせずに作ったら、トメットの酸味に負けてしまう。良い感じの均衡が保たれているのは、間違いなく塩コショウによる恩恵だ。
続いて四口目、五口目と食べて……目の前の、取り皿の上にあった一切れ分は、すっかり胃袋に消えた。
そうして私がテーブル中央の大皿から、もう一切れを取ろうと思ったタイミングで、新しい料理が運ばれてきた。
「おお、来ましたね!」
ラバコスさんが歓喜の声を上げた。……のだけど、新しい料理は、ごく普通のソーセージにしか見えない。
表面が焼かれただけのソーセージが数本、皿に乗っていただけで、何の変哲もなさそうだ。
ソーセージは、山岳都市ルミオラの冒険者ギルド併設食堂でも出て来たのだから、この辺りに流通してない、ということもないだろうし……と、首を傾げていると、
「この料理には、ソーセージがよく合うんです!」
と、ラバコスさんが力強く言い切った。
それを聞けば、私も納得する。……と同時に、少し驚いてしまう。
──……そっか。……“この料理”を更に……美味し……く……?
もっと美味しくなるんだ……と。
そう言われてしまっては、試さない訳にはいかないじゃないか……と。
私は全く違う心持ちで、ソーセージを見つめることになった。
「本当はソーセージも一緒に混ぜて焼いて欲しいのですけどね。しかしそうすると値段が高くなりすぎるということで、泣く泣く断念したのです。」
ラバコスさんがそんな風に言ったせいで、私は大いに期待を掻き立てられてしまった。
二切れ目の黄色い料理を取り皿に取ってから、運ばれて来たばかりのソーセージも、一本を取り皿に貰う。
トメットのソースも忘れずに、「トントン」してソースを掛けて、準備を終える。
──……先ずは、ソーセージの味を……。
フォークで軽く刺して、一本ままのソーセージの先端を齧れば、パリッとした小気味良い音と共に肉汁が溢れ出てくる。
……その熱々の肉汁で口内を火傷しそうになったのが、ちょっとした誤算だった。
まぁそれは兎も角として……ソーセージ自体は、塩と香辛料が多すぎない、良くも悪くも普通の味だ。
けどその普通が、ちゃんと美味しい。
多くのハーブや香辛料が使われたソーセージも確かに美味しいけど、どうしても味が強くなるので、それだとパンが欲しくなる。
普通のソーセージは味が濃すぎないから、単品でも美味しく食べられるのが良い。
それに、何と言っても“肉”である。
適切な味付けがされた肉が、美味しくない訳がない。
──……これなら、いくらでも食べられそう…………って、そうじゃなかった……!
思わずソーセージの味を堪能して、二口目にいこうとしてしまったけど……慌てて自分自身に『待った』をかける。
そう、このソーセージは、黄色い料理を美味しくする為のモノなのだ。味見は大事だけど、このまま食べ進めてはいけない。
私は表面が赤く染まった黄色い料理を切り分けてから、ソーセージを一口分だけ噛み千切って、直後に料理の方を口に押し込む。
そうして二つを同時に味わえば……なるほど、ラバコスさんの言ったことが理解出来た。
──……文句なしに美味しい。
ソーセージと一緒に食べても違和感がないどころか、確かに味が向上しているように感じた。
トメットのソースの酸味とも相性が良いし、何より、緑の豆以外にも、しっかりとした食感のある具材が増えたことで、食べ応えが増している。
言ってしまえば、今までのそれは“野菜料理”だ。さっぱりしている分、食べ易くはあったけど。しかし今、ソーセージが加わったことで、肉を食べている充足感すらも、同時に得られるようになった。
流石に“肉料理”とまでは言えない。けれど、『サラダと一緒に肉を食べている』ぐらいの感覚にはなっていた。
上手くは言えないけど……この感覚の違いは結構大きいように思う。
ソーセージを齧って、料理を口に入れる……それを何度か繰り返していれば、数分後には、取り皿の上の料理とソーセージが、綺麗に皿の上から消失していた。
「……美味しかった。」
思わず呟いてしまうくらい、満足感があったし、お腹も満ちていた。
「うん。美味かったよ。」
と、私の呟きを拾ったらしく、隣に座るアレクさんも、満足げに言った。
「ははは。お二人共、良い食べっぷりでしたね。満足して貰えたようで何よりです。」
ラバコスさんも弾んだ声を出していた。
料理をオススメした身としては、料理の味に落胆されずに安心したのかもしれないけど、嬉しさの方が勝っているようだ。
……そうして、街道沿いの村ナアフに於ける昼食は、大きな満足感と共に終了することとなった。




