第39話 出立の日
あれから──私がアレクさんに付いて街を出ることを決めてから、翌日。
予定通りに本日、山岳都市ルミオラを出立する運びとなった。
けど、実は昨日、あの後は結構慌ただしかったのだ。
私は旅支度なんて全く考えていなかったものだから、雨具やら毛布やら、買いに走らなければいけなかった。
そしてそんな物はベルトポーチに収まるサイズではないので、ついでに大きめのバッグ──空間拡張はされていない普通の物──を購入したり、予備のタオルやハンカチを買い足したり等々。
それもこれも、ギリギリまで『アレクさんに付いて行く』ことを決められなかった自分が悪いので、粛々と受け入れるしかった。
ちなみに、旅支度に必要な物を全部買ったら、『スライムの捕獲』依頼で得た報酬などは、ほとんどそのまま吹っ飛んでしまったので、私の心が悲しみに包まれたのは言うまでもない。
そうして、急いで買い物を終えた後、夕食を摂ることになった(……四日連続で屋台巡りは遠慮したいと言われてしまったので、街の食堂で食事することになった)のだけど……私は夕食の前に、あの屋台で串焼きを購入することにした。
今まで毎日買っていたように、昨日注文したのも、変わらず二本だ。
そして、屋台の店主さんが、串焼きを温めてくれている間に、私は思い切って、店主さんに声をかけた。
「……あの。」
「…………。」
店主さんからは反応がなかった。
声が小さくて聞こえなかったのかな、と思って、私は少し声のボリュームを上げて、もう一度、声をかける。
「……あ、あの……!」
「……聞こえてるよ。」
店主さんは、ぶっきらぼうに、そう答えた。
私は店主さんの反応があったことにホッとしてから、伝えたいことを話し始めた。
「……わ、私……明日、この街を出ます。……だから……明日からは、買いに来ません……。」
「そうか。」
短く、店主さんは、それだけを返した。
若干めげそうになりながらも、私は今までの感謝を伝えようと思った。
「……串焼き、いつも美味しかった、です。……明日から、食べれなくなるの、残念なくらいで……。」
「そうか。」
私は、それ以上、言葉が出て来なかった。
素っ気ない態度ではあっても、ちゃんと話しを聞いてくれてるのが、嬉しくなってしまって。
そして次の言葉を思い付く前に、兎肉とネイギの串焼きが焼き上がってしまう。
「二本で銅貨四枚だ。」
聞き慣れたセリフを発しながら、店主さんは焼きあがったばかりの串焼きを、スライムシートに包んだ。
私は手に握り締めていた銅貨四枚を、店主さんに渡して、代わりに串焼きを受け取る。
このやり取りも、これで最後なんだな……と思うと、ちょっと泣きそうになってしまった。
私は一歩下がってから、深く頭を下げた。
その弾みで、地面にポタリと、何かの雫が落ちた。
「俺は串焼きを売って、嬢ちゃんはそれを買ってただけだ。頭なんぞ下げられる理由はない。……それに、屋台の前でそんなことされるのは、迷惑だ。」
「……は、はい。……ごめんなさい。」
私は慌てて頭を上げて、謝って。それからしょんぼりと踵を返して、立ち去ろうとして……──
「うちの串焼きが気に入ったなら、また買いに来い。」
最後に、そんな言葉をかけられた。
私は反射的に振り向いて、店主さんの顔を見た。
あらぬ方向を向いたままの姿勢で、難しい顔をしたまま。けれど、私の姿をちゃんと視界の端に捉えてくれているようだった。
私は精一杯の気持ちを込めて、
「……はい……!」
と、声を上げることになった。
この時に店主さんが言ってくれた「また買いに来い。」というのを、本当に実現出来るかは分からない。
けれど、その言葉によって、私はこの街を離れることを、前向きに考えられるようになったのかもしれない。
──……また、いつか……。
この街を出ても、またいつか、買いに来ればいい。思い立った時には、この街に戻って来ればいい。
それがもし数年後であったとしても、店主さんから忘れられていたとしても、私にとってこの串焼きが、この街での『思い出の味』ということだけは、いつまでも変わらないのだから。
だから私は“今日”、何の未練もなく、山岳都市ルミオラを旅立つことが出来る。
──……それにしても……串焼きが“未練”って……。
自分のことながら、食い意地が張っているなぁ、と苦笑してしまう。
まぁでも、気持ちに区切りが付いたからこそ、こうして笑い事で済ませられるんだろうな、とは思った。
昨日の出来事に思いを馳せていた私は、そんなところで現実へと戻ってきたのだ。
それから魔法での身支度を終えた私は、部屋の中に忘れ物がないかを今一度確認しようと、部屋の中を眺めた。
ちょっと愛着の湧いていた、この安宿の狭い部屋とも、これでお別れである。
けど、これからの私は、この部屋で暮らし続けるのを良しとしない道を、既に選び終わった後なのだ。
だから離れ難いと感じることも、もうない。
私は灰色のローブを着込み、藍色のリボン付きの黒い帽子を被って、毛布や雨具の入ったバッグを背負ってから、この部屋の扉を開けて、アレクさんの部屋へと向かった。
「おはよう。」
「……おはようございます。」
23番の部屋の扉をノックすれば、待たされることなくアレクさんが顔を出して、互いに挨拶を交わす。
「じゃあ、行こうか。」
「……はい。」
既にアレクさんの方も身支度は終わっていたらしく、そのまま廊下に出て来て、一緒に一階へと下りた。
宿の受付カウンターでルームキーを返却し、部屋番号の25と書かれたプレートも返却する。
昨夜、宿に帰った際に、「宿泊の延長はしない」と伝え済みなので、今日それを問われることもなかった。
同じようにアレクさんもルームキーと23番のプレートを返して、私達は宿を出て行く。
それから薄暗い路地を歩いて、商店通りの端から、正門を目指して歩く。
街を出る為に通り道を歩いていても、もう昨日のような感慨は湧いてこない。
足取り軽く、ただただ街の外を目指した。
街の外へ出る際には、門衛の人に冒険者証を見せる必要もなく素通り出来るので、アレクさんと横並びで街の外へと出る。
外には、朝方だというのに、街へ入る為の検問に並ぶ人の姿が、疎らに見えた。
それとは別に、街の壁の付近に荷車を止めている商人っぽい人もいたけど、あれは何をしてるんだろう?……などと思っていると、アレクさんがその荷車の方へ近付いて行ったので、私は慌てて後を追いかけることになった。
その荷車の辺りに立っていた、恰幅が良く商人っぽい恰好をした人間は、アレクさんが近付くと、姿勢を正して声をかけた。
「アレク様でしょうか?」
知り合い……という訳でもなさそうだけど、名前を知っているということは、無関係でもないのだろう。
そんなことを思いながら、私はアレクさんの陰に隠れるようにして、二人の会話を聞いた。
「そうだが……“様”は、やめてくれ。」
「では、アレク殿と。」
「ああ。……ええと、そちらさんは、レノアール商会のラバコスさん、だったかな?」
「ええ。」
そのラバコスさんという、体型がちょっぴりふくよかな商人の人は、笑顔で頷いてから、丁寧に言葉を続けた。
「それでは契約内容を改めて確認させて頂きますが……アレク殿が『護衛を用意する』という条件で、荷車に同乗を希望していると伺っております。それで間違いはありませんか?」
「ああ。その内容で間違いはないよ。」
なるほど、そういうことだったんだなぁ……と、私が納得して聞いていると、
「その護衛というのが、そちらの方……で、合っていますか?」
と、ラバコスさんの視線が、いきなり私の方に向いたことで、身体がビクッと反応してしまった。
……いや、でも……話の流れから、そうなるのかも、と少しは思ってたんだけど……。
けど、どっちにしても、突然振られるとは思っていなくて……どう答えて良いものかと、身を固くしてしまったのだ。
「そういう認識で構わないよ。」
などとアレクさんが勝手に話を進めるものだから、余計に混乱してしまった。そんな話、聞いてない!……と。
けれど、ラバコスさんの方も聞いてないのは同じだったのだろうから……少しだけ不安そうな目で、こちらを見ていた。
ただ、いきなり護衛とか言われても、勝手も何も分からないし……内心は私の方が、不安が大きかったはずだ。……いや、比べることではないのは分かってるけど……。
「……失礼なことを訊くようですが、実力は確かな方なのですか?」
ラバコスさんにとっては、それこそ護衛の実力というのは死活問題なので、口に出さずにはいられなかったらしい。
私がもっと堂々としていれば、ここまで不安にさせることもなかったのかもしれないけど……。
──……うん。……アレクさんから何も聞いてなかったんだから、しょうがない……。
そんなアレクさんは、私に代わって、ラバコスさんを安心させるように告げた。
「この子の冒険者ランクは7級なので、街道を行くだけなら問題はないよ。」
それから、アレクさんは私に向かって、「冒険者証を見せてあげてくれ。」と言った。
確かにその方が早いのか……と、今更ながらに理解した私は、すぐにベルトポーチから冒険者証を取り出して、ラバコスさんという商人の人の方からも確認が出来るように、腕を伸ばした。
「……確かに7級ですね。疑うようなことを言ってしまって、すみませんでした。」
私の冒険者証を確認した後、ラバコスさんは謝罪の言葉を述べたので、私も頷きを返してから、冒険者証をベルトポーチに戻した。
……ちなみにだけど、一昨日7級に上がったばっかりという事実は、冒険者証を見てもどこにも書かれていないのである。
「いや、構わない。それに、この子だけで手が足りなければ、俺も護衛役を務めるので、ラバコスさんは何の心配をする必要もない、快適な旅になることは保証するよ。」
そんなアレクさんのセリフを聞けば、私は肩の荷が下りるのを感じた。
確かにいきなり護衛役を振られて焦ったりもしたけど、有事の際にはアレクさんが何とかしてくれると思えば、私の方も気楽なものだった。
単純に信用を得る為に、私の『7級冒険者』という肩書きを使っただけで、“本当の意味で護衛をするのはアレクさん”ということになるのだろう。それなら安心だ。
「ええ。分かりました。それでは改めて名乗らせて頂きます。ラバコス・レノアール・ノトーリアと申します。今回の旅の護衛の方、よろしくお願いします。」
ラバコスさんは礼儀正しく私達に名を名乗り、最後に礼をしたので、私もそれに倣って頭を下げておいた。
それからアレクさんの方から私の名前を紹介してくれて……私達はこのラバコスさんという商人の人と行動を共にすることになった。
そんな感じで、予想外の事態はありつつも、私は山岳都市ルミオラから出立し、次なる人間の街へと向かうことになったのである。
荷台の後ろに座って、遠ざかっていく山岳都市ルミオラの高い壁、そしてそれを取り囲む山々を、穏やかな気持ちで見送りながら……。
私が『望みを叶える為の物語』は、始まったばかりだ。
第一章『始まりの出会い』 完




