表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
半魔の少女は英雄譚を望まない  作者: 水無月七海
第一章 始まりの出会い
4/64

第3話 冒険者ギルド

 『山岳都市ルミオラ』というのが、私が現在暮らしている人間の街の名称だ。

 四方には高い石壁があり、東西北の三方を山に囲まれていて、山々の恵みによって成り立っている都市だ、と説明を受けた。

 山に自生する山菜や果物は勿論のこと、生息する動物や魔獣すらも、人間達の糧になっている。

 魔獣が現れる場所では、冒険者ギルドからの討伐依頼に事欠かないので、冒険者が街に居着き、経済が回るという仕組みらしいけど、私にはよく分からない。


 まぁ何が言いたいかというと、それなりの規模の都市であり、多数の冒険者が滞在している、ということだ。


 安宿から冒険者ギルドに近付くにつれて、周囲の人の数は増え、武器を持つ人間の数も増えていく。

 そして、武器を持つ者には、明らかに人間ではない者も含まれる。

 彼らは『魔族』だ。

 魔族は十年前、人間との戦争に敗北したことで、四種類に分かれたと言われている。


 一つは、人間に労働力として扱われることを受け入れた、奴隷としての魔族。

 一つは、人間への隷属を良しとしないが、表立って反抗する意思を持たない、冒険者としての魔族。

 一つは、人間と関わらずに生きる為に、人間の街から遠く離れた場所へと移住した、逃亡者としての魔族。

 一つは、人間に怒りや憎しみを向け、未だに抗戦を目論んでいるらしい(……と噂されてる)、復讐者としての魔族。


 人間の街である山岳都市ルミオラにも、奴隷の魔族と冒険者の魔族は、少なからず存在している。

 ある種、共存と言えるのかもしれないけど、人間達が魔族を見る時には、未だに異種族に対する差別めいた感情があるのが見て取れる。

 であるからこそ、魔族の冒険者達は、魔族同士で寄り集まって、パーティーを組んでいる。

 冒険者ギルドに向かう道すがら、私の前方にも、4~5人で固まって歩いている魔族が見えていた。


 彼らは魔族であることを恥じていない。

 私みたいに、フードをしっかりと被って魔族的特徴を隠すようなことをしない。

 そんな彼らの潔い姿に、私は強い憧憬を抱かずにはいられない。


 彼らの後ろ姿に視線を向けていると、ふと、最後尾の一人が振り返る。


 全身を蜥蜴の鱗に覆われた、背の高い蜥蜴魔族リザードマンだ。

 その蜥蜴の魔族と目が合ってしまい、私は反射的に足を止めた。


「あン?さっきから、何を見てやがるんだ、ガキ。」


 聞こえてきたのは、まるで恫喝するような低い声だ。


「……ご、ごめんなさいっ……。」


 謝罪を口にしながら、私は慌てて目を逸らす。

 同時に、迂闊な自分を呪った。


 相手も冒険者なのだから、長く視線を向けていれば当然、気付かれてしまう……そんなこと、少しも考えていなかった。


 私は地面に視線を落とし、早く魔族の人達がこの場から立ち去ってくれることを祈った。

 その思いが通じた……という訳ではないだろうけど、


「チッ……今時、魔族が珍しい訳でも、ねえだろう二。」


 舌打ち交じりに一つ悪態を吐かれただけで、魔族達の足音は遠ざかっていった。


 足音が聞こえなくなるまで待ってから、私は大きく息を吐き出した。


──……はぁ……良かった。……でも、今度からは、気を付けなきゃ……。


 『半魔』である私の外見は、そのほとんどが人間と同じだ。

 違うのは、人間にはあり得ない異形の部位を持つ、ということだけ。

 私の場合は、人間ではない証──異形の部位が、頭から生えた獣の耳だ。

 人間からは到底、受け入れられない。

 そして、恐らく、魔族からも同様に。


 中には受け入れてくれる者も、いるかもしれない。

 でも、受け入れられなかった場合を考えれば、自分が『半魔』だと明かすのは、リスクが大き過ぎる。

 だから私は、人間からだけでなく、魔族からも、『半魔』だと悟られないように、外出中は常にローブを着込み、フードを深く下ろしている。


──……さっきの魔族の人達とギルドですれ違わないように、少し時間を空けよう……。


 別にすれ違ったところで、絡まれることもない気はするけど……万が一を考えて、冒険者ギルドへ向かう前に、寄り道をしてから行こう、ということだ。


 しかし残念なことに、既に商店通りは遥か後方だ。

 引き返しても良いけど、開いてるお店があるかどうか、微妙な時間帯なので、無駄足を踏む可能性は否めない。


──……いやでも、時間を潰すのが、一番の目的なんだから……たとえ無駄足になっても、しょうがないと思っておこう。


 思えば、商店通りにどんな店があるのか、じっくり観察したこともなかった気がするし、これは良い機会だと思おう。


 なるべく前向きに考えることで、気持ちを切り替えるよう努める。

 それから私は反転し、今来た道を戻り始めた。






 商店通りには色々な店がある。

 いつもは素通りしてしまっていたけれど、服やアクセサリーを扱うお店、生活雑貨の販売店、武器・防具屋に、魔導具店。飲食店や食事の販売店が多数。ポーションを販売をしているお店は、何度か利用したことがある。

 他にも、看板に何も書かれていない謎のお店が幾つかあったり……と、沢山のお店が存在していた。

 あとは露天に類する屋台なども、もう少ししたら営業を始めるはずだ。私のお気に入りの串焼き屋台も、まだ準備中のようだった。


 そんなこんなで、商店通りを端から端までじっくり見分してみれば、自然と新しい発見もあって、無駄足なんかではなかった、という感慨が湧いてくる。

 次の機会には、買い物を目的として商店通りを回ってみよう、と思ったあたりで、私は冒険者ギルドへと足を向けることにした。


 普段よりも、冒険者ギルドに向かう時間は遅めになってしまった。

 でも誰に咎められる訳でもない。

 時間に縛られず、受けたい時に好きな依頼を受ければ良い、というのが、冒険者の基本だ。

 パーティーを組んでいると、多少は縛られてしまいそうだけど、幸か不幸か、私は誰ともパーティーを組んでいない。……今後もパーティーを組むことなんて、ないだろう。


 正体がバレるリスクを考えれば、無理にパーティーを組むより、一人ソロで居た方が断然気楽だ。

 だから羨ましくなんてない。私は一人でも、やっていける……。


 気分が沈みかけた時、冒険者ギルドの建物が見えてきた。

 私は歩くことだけに集中し、無心で歩を進めた。


 『冒険者ギルド』と書かれた大きな看板の下、開け放たれたドアを潜り、ギルドの中へと踏み込む。

 ……けれど、そこで足が止まる。


──……さっきの魔族の人達、もういない、よね……?


 それなりに時間は空けたつもりだったけど、心配になって、周囲をキョロキョロと見回してしまう。


 冒険者ギルドの内部は、入り口の正面には受付カウンターがあり、右手側の壁に依頼が貼り出されていて、左側は併設された食堂になっている。

 受付には数人が並んでいたけれど、その中に、魔族っぽい外見の人はない。

 依頼を見ている人の中にも、魔族らしき集団はいない。

 食堂も、奥の方のテーブルは分からないけど、ギルドの入口付近から見える範囲内には、魔族はいなさそうだった。


 少なくとも、私の目に映る範囲に、長身の蜥蜴魔族リザードマンはいなかった。

 ホッと胸を撫で下ろす。


 それから、入口付近で立ち止まってしまっていたことを思い出して、慌てて依頼が貼られている右側の壁に向かって早足で歩き出す。


──……今日は、何の依頼を受けようかな。


 壁付近まで辿り着いた後、木のボードに無造作に貼り付けられた依頼を、一つ一つ確認していく。


 私の冒険者ランクは9級。数週間前に冒険者になったばかりだし、未だ下から二番目の等級だ。

 9級で受けられる依頼は少ないけれど、冒険者に成り立ては皆そうなのだから、そこに文句を言っても仕方ない。


 10級から9級に上がるのは、指定の魔獣を何匹か討伐するだけだったので、難しくはなかった。

 しかし9級から8級に上がる為には、依頼を既定数こなした上で、指定の魔獣を討伐する必要がある……らしい。

 依頼は毎日こなしているのだから、近日中には8級に上がれそうな気はしてる。


 それはそれとして。9級向けの討伐依頼が貼ってあったので、私は木のボードから、依頼の書かれた紙をペリッと剥がす。

 この紙を受付に持って行けば、依頼を受注出来るという、簡単な仕組みだ。


 たとえ文字が読めなくても、討伐依頼は魔獣の姿絵と金額が書かれているので、受注するのに不都合はない。

 私は文字は読めるけど、冒険者の中には文字が読めないっぽい人も、それなりにいるみたいだし。依頼内容が分からなければ、近くの職員さんに質問すれば、ちゃんと答えてくれる。その辺りは親切だなぁと思う。


 ちなみに9級向けの依頼は『★★☆☆☆☆☆☆☆☆』と表記されていて、『星二つ』とも呼ばれる。

 10級向けでは『★☆☆☆☆☆☆☆☆☆』で『星一つ』。

 8級向けは『★★★☆☆☆☆☆☆☆』で『星三つ』……のように、見た目に分かり易い配慮も成されている。

 冒険者の最高到達ランク──1級の依頼では、全ての星が黒くなっていて、『上限』や『天井』など、人によって呼び方が変わったりするらしい。ちょっと不思議。

 ……まぁ、このギルドで1級の依頼が貼られているところは、見たことがないんだけど。


 さて、受付カウンターの列に並んで順番を待っていると、私の番は五分程でやってきた。

 朝は依頼を受注する冒険者ばかりなので、比較的スムーズに列が進むのだ。


「次の方、どうぞ。」


 数週間で見慣れた、受付カウンターの向こう側に立つ女性が、最前列になった私に声を掛けた。

 一歩分、前に出てから、私は依頼の紙と冒険者証を差し出す。


「……この依頼を受けます。」


 受付嬢とも呼ばれる人間の女性は、私がカウンターの上に置いた依頼の内容を確認してから、


「はい。問題ありません。」


 と、受注を承認してくれた。


 私はペコリと一礼すると、冒険者証を掴んで、列から離れようとする。しかし……、


「あ、フィリアさん。ちょっと待って下さい。」


 いつもは引き止められないのに、何故か今日は、声が掛かった。


「……な、何でしょう、か……?」


 もしかしたら、魔族のパーティーの人達から、苦情が入ったのかな……などと、戦々恐々としていたのだけど……。

 続いて受付嬢の人から出た言葉は、完全に想像の外だった。


「フィリアさんは今回受けて頂いた依頼を完了すれば、8級に上がる為の規定の依頼数をこなしたことになりますので、それをお伝えしておこうと思いまして。」


 事務的に淡々と告げられた言葉は、ちょっと何を言われてるのか理解出来ず、数秒固まってしまった。


「…………あの、フィリアさん?」


 名前を呼ばれて、ハッと我に返る。


「……え、えと……その……ごめ、ごめんなさい……、もう一回……お願いし、ます……。」


 何か大事なことを言ってたような気はしたので、申し訳なく思いながらも、もう一度言って貰えないかと、声を絞り出した。


「はい。」


 と、一つ頷いてから、受付嬢の人は、嫌そうな顔をすることもなく、先程の言葉を繰り返してくれた。


「今回受けて頂いた依頼を完了すれば、8級に上がる為の規定の依頼数をこなしたことになります。……と、お伝えしました。」


 今度は落ち着いて聞いたので、ちゃんと理解出来た。

 毎日依頼をこなした甲斐あって、どうやら8級に上がれる条件を達成した……いや、今受けた依頼が終わったら達成する、ということだ。……うん、そのまま繰り返しただけだ、これ。

 兎も角、内容を理解することは出来たので、私は早く次の冒険者に順番を譲るべく、


「……は、はい。分かりました。……ごめんなさい、……ありがとうございます。」


 ペコペコと頭を下げながらお礼を言って、受付を離れて、そのまま冒険者ギルドを後にした。


 そうしてギルドを離れてから、ようやく達成感が込み上げてくる。

 ……達成感と言うのとは、ちょっと違うかな?

 8級に上がれるのは今日の依頼を達成してからの話だし、その後に、ギルドが指定する討伐対象の魔獣を倒して、初めて昇級が可能となる。

 だから、まだ達成した訳ではないんだけど……でも確実に、何らかの感情は生まれていた。

 見えなかったゴールが、やっと見えた……と、そんな高揚感なのかもしれない。


 あるいは、毎日頑張って依頼を受けていた成果を、認めて貰えたような気がして、嬉しかっただけかもしれない。

 難しいことは分からないけど、私は何だか温かい気持ちで、足取り軽く街の外へ向かうことが出来た。


 ……この時の私は、油断していた。

 冒険者とは、常に死と隣り合わせなのだから、不測の事態を想定し、気を引き締めないといけなかったんだ。

 依頼の最中に死にかけるだなんて、微塵も疑うことなく。鼻歌でも歌い出しそうな能天気な顔で、私は少しずつ少しずつ、死地へと近付いていた……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ