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半魔の少女は英雄譚を望まない  作者: 水無月七海
第一章 始まりの出会い
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第38話 私の選択

 冒険者ギルドに併設された食堂で昼食を終え、暫し食休みをした後。

 折角ギルドに来たんだから……とのアレクさんからの勧めで、私は簡単な依頼を受けることになってしまった。


 その依頼というのが、『スライムの捕獲』である。

 依頼ボードからその依頼を剥がして、受付嬢の人に持っていくと、意外そうな顔をされた。

 まぁその理由は、分かっているのだけど。


「こちらは8級の依頼になりますが、宜しいですか?」


 と、そういうことだったのだ。

 私は正規の手順ではなく、実力行使で7級に昇格したのだから、敢えて8級の依頼を受ける理由はないと思われているに違いない。

 一つ下のランクの依頼までは受けても構わないルールではあるけど、下位の依頼というのは、次の昇級への規定依頼数には当然含まれないのである。


 ただ、今回『スライムの捕獲』を選んだのは、近場で済むという理由なので、その辺りは別に構わなかった。

 時間も時間なので、あまり遠出する気にもなれない。あと筋肉痛で山歩きは辛い。

 そんな諸々の理由から、受付嬢の人の確認に頷きを返して、私は無事に『スライムの捕獲』依頼を受注することになった。

 それからスライム捕獲用の、口紐が付いた袋を五枚(一袋で一体、合計で五体分)受け取ってから、ギルドを出て、街の外へと向かう。

 ちなみに私が特殊な依頼を選んだからか、あるいは元より付き添う気だったのか、アレクさんは私の依頼に同行してくれた。


 そうしてやって来たのは、街の外に広がる草原地帯だ。

 スライムは山や森でも見かけない訳じゃないけど、主な生息場所は『草原』か『水場』だと言われている。

 なので、草原で探した方が早い。


 スライムは、10級認定の魔獣ではあるのだけど、捕獲となると少し難易度が上がる。

 倒すより生きたまま捕まえる方が難しいのは、大半の生物に共通していると思う。それはスライムであっても変わらない。


 スライムの場合は、動きがゆっくりなので、捕まえるの自体は難しくない。

 けれど、スライムの身に触れるのは、実は結構危険な行為にあたる。

 何故かと言えば、スライムは身の危険を感じると、酸性の液体を全身から吐き出す。

 スライム自身は核さえ潰せば死ぬような脆弱さではあるけど、一撃で核を潰せなければ、武器を溶かされたりするので……冒険者に成り立ての戦士が討伐するには、それなりの金銭的リスクを伴う魔獣なのだ。

 おまけに討伐証明は核なので、核を判別可能な状態で残さなければならない上に、その核自体が魔石と融合しているらしく、倒しても魔石が得られない。

 要するに、狩るにはリスクが伴い、その割にリターンが乏しい魔獣なのである。

 嬉々としてスライム討伐をする者などは、恐らくいないことだろう。


 討伐する者が少ないスライムだけど、じゃあ何の為に捕獲をするんだろう?……と思ってアレクさんに尋ねてみれば、


「スライムシートを作るのに、スライムが死んでから時間が経ってない方が、品質の良いものが作れるそうだ。」


 と、私の疑問を解消してくれた。

 スライムシートがスライムから作られているのは私も知っているけど……あんなにぶよぶよした生物から、薄っぺらいスライムシートが作られるというのは、改めて考えれば不思議なことだなぁ、と思った。


 さて、草原地帯には魔導士っぽい装備をした人間が一人居ただけで、それ以外に冒険者の姿はなかった。

 私はその人の邪魔にならないように距離を取りつつ、もう少しだけ街から離れた場所で、スライムを探すことにした。


 それから程なくして、草の陰にスライムの姿を発見するに至る。


「フィリアはどうやってスライムを捕まえる気だ?」


 スライムを発見した直後、興味深げな声が、私の背後から聞こえた。

 私は後ろに視線を向けることなく、簡潔に答える。


「……凍らせます。」


 言うが早いか、私は発見したスライムに掌を向けて、魔法を唱える。


「……《凍結》。」


 本来《凍結》は、対象が水に濡れていなければ効果を発揮しない。

 しかしスライムに限っては、例外なのである。


 スライムの全身は半透明であり、その体内はほとんどが水で構成されている。だからそのままの状態で《凍結》が効く。

 ただし完全に氷漬けにしてしまうと、核を割ってしまうかもしれない。捕獲なのだから、氷が溶けたらスライムが復活するように、気を付けないといけないのだ。

 なので私はスライムの表面に近い部分だけ《凍結》したと判断するや否や、魔力を注ぐのを中断する。


 早くしないと凍った部分が元に戻ってしまうかもしれないので、私は急いでスライムに駆け寄って、捕獲用袋の口を開けて、表面が凍ったスライムを両手で持ち上げて、サッと袋の中に入れる。

 そうして《凍結》を解除すれば、無事に一体目の捕獲が完了した。


「それは……大丈夫なのか?」


 袋の口を縛ったタイミングで、アレクさんから疑問の声が上がった。


「……凍らせたのは、表面だけなので。……多分。」


 私もスライムの捕獲なんて初めてやるので、自信なさげに答えるしかなかった。

 けど、依頼が貼り出されてるのを見て、こんなやり方を思い付いてしまったからには、試してみたくなってしまったのだ。

 まぁ取り敢えず、合計で五体分のスライムを捕獲しないといけないので、次のスライムを探しつつ、袋に入れたスライムがちゃんと生きてるかどうかを、都度確認していくしかない。


 という訳で、私は次のスライムを求めて、草原地帯を再び探索することにした。






 スライム捕獲に挑戦してから約三時間後。

 冒険者ギルドに戻った私は、無事にスライムの入った袋を五つ、受付に提出することになった。


「スライム五体分の捕獲ですね。それでは確認させて貰います。」


 受付嬢の人はそう言うと、袋を一つずつ開けては閉めてを繰り返し、中のスライムが死んでないかを順番に確認していった。


 最終的に、スライムの表面を《凍結》させる方法は、殺すことなく安全に捕獲が可能である、という結論に達した。

 捕獲の合間に、袋の中のスライムが死んでないかを、こまめに確認しながらだったので、結構時間は掛かってしまったけど。

 それでも平穏無事に依頼を終わらせられて、何よりだった。


 順に五体のスライムの生存確認が終われば、受付嬢の人は依頼達成報酬の銅貨を用意してくれた。


「こちらが今回の報酬です。」


 受付台の上に置かれた銅貨五枚と赤銅貨一枚、それから冒険者証を回収すると、私は受付の前から離れた。

 ギルドの出入口付近に向かいながら、ベルトポーチから財布代わりの小袋を取り出して、手の中の銅貨をその小袋の中に入れてから、冒険者証と一緒にベルトポーチに戻しておいた。


 それから、待機ていたアレクさんと合流して冒険者ギルドの外に出ると、もうすっかり夕暮れ時だ。


──……もう、あんまり時間もないんだな……。


 『スライムの捕獲』依頼をこなしてた時は、この街を離れるかどうかなんて、考える暇もなかった。……というより、考えないようにしてた。

 如何にスライムとはいえ相手は魔獣なのだから。魔獣を目の前にして余計な事を考えていれば、何か致命的な失敗を犯してしまうかもしれないリスクが生じる。

 それに、スライムを捕獲するのがちょっとだけ楽しくなってしまって、それに集中していたというのも、少なからずあるのかもしれない。


 けど、そんな先延ばしも、そろそろ限界なのだと思った。今の時間からは、ちゃんと考えて答えを出さなければいけないのだと思った。

 大通りを歩きながら、私は改めて自分の気持ちと向き合うことにした。


──……自分の気持ち、か……。


 ……私は山岳都市ルミオラに特別な思い入れがある訳ではない。

 この街で冒険者を始めたのも、“人間の街だから”というだけで、それ以外の理由はない。

 そもそも、住んでいた森を飛び出して、最初に辿り着いた街が、この山岳都市ルミオラだった、というだけなのだ。


 森を離れたのは、“あの人”がいなくなったから。

 短い書置きだけを残して、私の前から姿を消してしまったから。


 『人間の街で暮らせ』


 それ以外は何も書かれていない。どこに行ったのかも分からない。

 もしかしたら愛想を尽かされたのかもしれない。

 けど、これが“あの人”の最後の願いなのだとしたら、無視することも出来なくて……。

 私は結局、自分では決められないまま、ただ流されるまま、人間の街へとやって来た。


 それから人間の街で暮らしたのは、たった数週間。

 日々の生活費を稼ぐ為、冒険者になって……安宿の一室を借りて、人間達の目を気にしながら、なるべく目立たないように過ごした。

 冒険者になったのだって、冒険者になるしか、生きる術が分からなかったから……。


──……こんなのは、私の望んだ生活じゃ、なかった……。


 私が本当に望んでいたのは『……………………』だから。


──……あぁ……だったら、もう……いいのかもしれない。


 『人間の街で暮らせ』というのろいに、縛られる必要は、もうないのかもしれない。


──……私は私の考えで、好きなように生きてしまっても……良いのかな……?


 その問いに答えてくれる人はいない。

 その問いの答えは、他人任せにしちゃいけない。


 だから私は……──


「……アレクさん。」


「うん。」


 声をかけて、立ち止まった。

 いつの間にか大通りを抜けていて、商店通りとの境目まで来ていた。


 私は今、どんな表情をしてるのだろうか。

 笑っているのか、泣いているのか。

 感情がぐちゃぐちゃで、自分を客観視することも出来ない。


 そんな状態なのに。……いや、そんな状態“だから”、私は自分自身の望みを、口に出来たのかもしれない。


「……私を…………連れていって、くれますか……?」


 俯きながらそう言った私の前に膝を付いて、アレクさんは私と目を合わせると、微笑んだ。


「ああ、勿論だ。……これからよろしく、フィリア。」


 色々な感情が込み上げてきて、声にならず、でも、何度も頷きを返した。


 きっと最初から、アレクさんに付いて街を出る方に、気持ちが傾いていたんだ。

 度々感傷的な気分になったのは、今日がこの街で過ごす最後なのだと、それが自分の望みなのだと、心の奥底でちゃんと分かっていたから。自分の気持ちに区切りを付けたかったんだ。


 街には知らない景色があった。私が知らないだけで、まだまだいっぱい知らない景色があるはずだ。

 けど、それらの景色の先に、私が本心から望む生活があるとは思えなかった。

 この街での暮らしで、望む未来を思い描くことなどは、一度たりともなかった。この街で今の生活を続ける限り、私の望みは絶対に叶わないのだと、気付かされた。


 安定した生活を取ってもいいし、自分の望む未来を掴み取る為に足掻いてみてもいい……そんな自分自身への問いかけに私は今、自分の意志で後者を選んだ。


 アレクさんと行けば、退屈する暇もない、本当の意味での『冒険』が待ち構えているのかもしれない。

 あの『災厄の魔獣』よりも、もっと恐ろしい魔獣と出遭うことだって、あるのかもしれない。

 もしそうなのだとしても、私の望みを叶えようと思えば、尻込みなどしてはいられない。


 安定した生活の中に私の望みがないのであれば……。

 私の望む『大切な人との生活』を得る為には、一歩と言わず、何歩でも踏み出す覚悟が必要だった。


 そして、もしも望みが叶った暁には、今度こそ『大切な人との生活』を守り通せるように。

 魔獣に限らず、『人間』からも『魔族』からも、二度と『大切な人』を奪わせないようにする為に……私は『災厄の魔獣』すら倒せるだけの力を欲した。


 アレクさんと一緒に街を出ることが、私の望みを叶えらる最後のチャンスなのだと、誰かに言われているような……そんな錯覚すら覚えた。

 それは正しく、天啓だったのだろうと、後になってみて思う。


 私が私の望みを掴み取る為の物語は、この『アレク』という名の、『良い人間』との出会いから、始まったのだから。

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