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半魔の少女は英雄譚を望まない  作者: 水無月七海
第一章 始まりの出会い
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第37話 知らなかった景色

 生活雑貨の販売店の後には、魔導具店にも寄って、しかしそこでも何も買わずに店を後にした。

 魔導具は特にだけど、必ずしも目当ての物が見付かるとは限らない。街から街へ旅を続けてるらしいアレクさんであれば、欲しい物が見付からなくても、他の街で探せば良いということなのだろう。

 販売してる物にも街毎の特色は出るのだろうし、色々な場所に行けるというのは、素直に羨ましい。


──……まぁ、だからといって……それだけで同行を決められる訳じゃ、ないんだけど……。


 魔導具店を出た後で、アレクさんは次の目的地に、意外な場所を指定した。


「これから商業ギルドに行こうと思う。」


 私は少し驚きながらも頷いて、それに従った。

 でも、考えてみれば、驚くようなことでもなかったのかもしれない。探してる商品が見付からなくて、扱ってる店がないかを商業ギルドに確認して貰ったりとか……そういうことが可能なのであれば。


 ……と、文面から分かる通り、私は商業ギルドに関しては、ほとんど何も知らない。

 何となく、こう……ふわっとだけ。商売をする際に登録する場所、的な……そんなイメージだけはある。ただ、それも合ってるのかは、ちょっと自信がない。

 それに、この街の商業ギルドの場所すらも、私は知らなかった。

 なので黙ってアレクさんの後に付いて行った。


 商業ギルドも冒険者ギルドと同じく大通りにあるらしく、商店通りを抜けて大通りへと合流する、いつもの道行きをなぞることになった。

 ただし商業ギルドは、冒険者ギルドを通り過ぎて、更に進んだ先にあるらしかった。

 その道中で目に付いた、露天商が売ってる雑貨やアクセサリーなどを、時々足を止めて見たり。果物や燻製肉は、見るだけでなく購入したりもしつつ。普段とは少し違った感じで、商店通りや大通りを進むことになった。


──……冒険者ギルドより奥にも、そういえば行ったことなかったんだなぁ。


 冒険者ギルドを通り過ぎれば、完全に知らない景色が待っていた。

 とはいえ、邸宅や富裕層向けの店が並んでいるばかりで、私には元々縁のない場所だったんだな、とは思った。

 そんな一見すると華やかな風景を横目に、歩みを進めていくと、間もなく商業ギルドの建物に到着する。


 商業ギルドとは、冒険者ギルドよりも大きな、そして、お金がかかってそうな石造りの建物だった。

 石造りの建物というだけで、この街に於いては異色である。

 その自然と目を引き付ける存在感に、少なからず圧倒されてしまっていた。


 ただ、建物自体は立派だけど、出入りする人間の数は、それほど多くないらしい。

 冒険者ギルドと違って依頼の斡旋などをする訳じゃないのであれば、それも当然なのかもしれない。

 そんな感想を持ちながら、私はアレクさんに後ろに続いて、ちょっと緊張しながら商業ギルドの建物へと足を踏み入れた。


 建物の内部は正面に受付カウンターがある……というのは冒険者ギルドと同じだったけど、受付カウンターの前に椅子が置かれているのが、私としては不思議な感じだった。

 時間帯の問題かもしれないけど、受付に並ぶ列などもなく。今現在は二人の人間が受付前の椅子に座って、何かを話している姿が確認出来るぐらいで。ロビーにもソファーが幾つか置かれていたけど、そこに座る人も数人程度。

 何だか建物の大きさに見合わない人の少なさだな、と思ってしまう。


「フィリアは、座って待っていてくれるか?」


 アレクさんがそう言ったので、私はソファーに座って待つことになり、アレクさんが受付カウンターに向かうのを見送ることになった。


 商業ギルドに来るまでに、それなりの距離を歩いて筋肉痛が辛かったので、私にとっては座って休憩が出来る時間はありがたかった。

 アレクさんにしてみても、私が近くにいない方が、気兼ねなく明日の準備が出来るのだろうとは思う。


 この石の壁に囲まれた商業ギルドは、何だか別世界のようで、特に感慨も湧かなかったけど……こういう場所があることを知れただけでも、良かったと思っておくことにする。


──……場違い感が凄いし、私は今後も商業ギルドに関わることは、ないとは思うけど。


 そんなことを考えたり、辺りを見回してみたりしながら時間を過ごしていると、アレクさんが戻ってくるのが見えた。

 アレクさんの姿を正面から視界に捉えてみれば、場違いに感じた理由が、ハッキリと見て取れた。

 気付いてしまえば当たり前のことである。この場の人間は、私やアレクさんのように冒険者然とした恰好はしていなかったのだ!


 そもそもアレクさんみたく武器を背負ってる人間など一人もいない。

 そんな場違い感のある恰好のまま商業ギルドに来て、堂々としていられるアレクさんが、素直にすごいな、と思ってしまった。


「俺の用事は大体これで全部済んだが……そろそろ昼食時だし、どこかで食事にするか。」


 戻ってきたアレクさんは、私にそんな風に言った。

 私がアレクさんに付いて街を出るか否か、決断するまでのタイムリミットも、残り半日を切ってしまったということだ。


 けれど、お昼の食事が終わったら、アレクさんと一緒に行動する理由も、なくなってしまう。

 かといって、食事を先延ばしにしたところで、解決にはならない訳で。

 私はソファから立ち上がり、それからアレクさんを見上げて、了承の返事をする為に口を開き──


「……冒険者ギルドの食堂でも、良いですか?」


 自分の口から出た言葉に、自分でも驚いた。

 アレクさんも私の口から串焼き以外が出てくるとは思っていなかったのか(……そうだとしたら失礼な話だけど!)、意外そうに「冒険者ギルドの食堂?」と疑問符を付けて繰り返した。

 ただ、それからすぐに、


「まぁ俺は構わないが。」


 と続けた。

 何で冒険者ギルドの食堂に行こうと思ったのか、自分でもちょっと分からなかったけど……今更取り消すのも変だし、「……はい。」と頷き返して、商業ギルドを出た。

 そうして大通りを引き返して、暫く歩けば冒険者ギルドへと到着する。


 昼の食事時ではあるけれど、冒険者の多くは朝に依頼を受けて、夕方に戻って来るというサイクルを組んでいるはずなので、ギルド内には大した数の冒険者は残っていなかった。

 今いる冒険者の多くは、半日以内に終わる簡単な依頼か、もしくは日数のかかる中・長期依頼の受注や報告などに来ているものと思われる。

 そんな冒険者達をよそに、私とアレクさんは、ギルドに入ってすぐ左手側の併設食堂へと足を向けた。


 食堂にも、幾つかのパーティーがテーブルを囲んでいる姿があったけど、やはりその数は少なめだ。

 私だって普段この時間は、山の中で食事を摂っている頃だ。

 そう思えば、今日は山岳都市ルミオラで冒険者になってから、初めて冒険者活動をしない日だったのかもしれない。

 ……まぁ二日前に丸一日寝込んでた事実があるので、厳密に言えば、その二日前が初めてではあるんだけど。


 それはそれとして。

 私とアレクさんは食堂で丸テーブルを挟んで座り、向かい合う。

 夕食の時間帯より前だと、日替わりのセットメニュー及びドリンクメニューのみ注文が可能らしいので、その日替わりのセットと水を二つずつ頼むことになった。


「思えば、冒険者を辞めてからは、ギルドの食堂で飯を食う機会はなかったな。」


 注文した料理が届くまでの間に、アレクさんはそんな風に言った。

 その表情は、何だか昔を懐かしんでいるようにも見えた。


──……何でアレクさん、冒険者を辞めたんだろう……?


 年齢的に引退せざるを得なかった、というなら分かるし、冒険者が合わなかった、というならそれも分かるけど。

 アレクさんは、せいぜい三十代半ばぐらいの年齢にしか見えないので、少なくとも前者ではないのだろう。

 『災厄の魔獣』を討伐出来る実力があるのだから、実力不足での引退は考えられない。

 かといって、後者と考えるのも、何だかしっくり来ない。

 今のアレクさんは冒険者のような雰囲気を持ったままなので、辞めた現在でも冒険者と変わらないような生活に身を置いているのだろうから。

 つまり何か理由があって、冒険者を辞めたのだろうことは、想像に難くない。

 けれど、私が軽々しく訊いていい内容でもないのだろう。


 そんなことを考えた末、私はアレクさんに何と言って返したら良いか分からなくなってしまった。

 ただ、アレクさんの方も、思わず独り言が口から漏れただけなのかもしれない。私が沈黙を保ったままでも、アレクさんが続けて何か言うこともなかった。


 それから程なくして、日替わりのセットが運ばれてくる。

 トレイの上に載せられた状態で、そのまま私とアレクさんの前へと提供された。


「本日のセットは、兎肉のシチューとソーセージです。」


 と、配膳が終わると食堂スタッフの人が、メニューの内容を告げて、一礼してから立ち去った。


 説明にあった通り、トレイの中央には深めの平皿にシチューが注がれていた。

 その周囲には、確かにソーセージの載った皿も付いていたけど、その他にもサラダと黒パンの置かれた皿も存在した。

 サラダとパンは説明はなかったので、セットに付いて来るのがデフォルトということだろう。

 あとは注文しておいた水の入ったコップも、トレイの隅っこに載せられていた。


 ただ、何というか…………全体的にボリュームが多い。

 シチューは一応零れない程度に加減されてるけど、それでもなみなみと注がれていたし。

 ソーセージは太いのが二本ある。サラダはそれこそ山盛りといった風だし。黒パンも一個だけど大きさはそれなりだ。


──……食べ切れるかな、これ……。


 ちょっと不安になってしまう程の量だった。


「ああ、フィリアは知らなかったのか。冒険者向けの食堂だから、量が多めなんだ。」


 それは先に言って欲しかった……と思いはするけれど、どちらにせよ日替わりセット以外は頼めなかったので、選択肢はなかったのだった、と思い直す。

 私は何とか頑張って食べ切ろうと決意した。

 ……と、そんな風に気合を入れていたからか、アレクさんが苦笑気味に続けた。


「食べ切れなかったら俺が貰うから、気にせず食べると良い。」


 その言葉で、少し気が楽になった。


「それじゃあ、冷めない内に頂こう。」


 それには即、頷きを返して、私は日替わりセットへと立ち向かうことになった。


 先ずは、メインのシチューから。

 トレイの端に置かれていたカトラリーからスプーンを手に取って、シチューを掬う。

 まだ湯気を立てていて熱そうだったので、ふーふー、と何度か息を吹きかけて冷ましてから、シチューを口に運んだ。


「……ん。」


 確かにシチューだ。バターで炒めた兎肉と野菜を、小麦粉を塗して更に炒めてから、羊のミルクで煮込んだものに相違ない。

 ただ、少しだけ粉っぽいのが残ってる気がするのと、塩コショウの味がちょっと強めかも、という気がする。

 私の好みから少し外れているというだけで、決して不味くはない。……自分で作った方が美味しいシチューが作れるかな、なんて思ったりはするけど。


 その後、続けて何口か食べてみた。

 野菜はオーソドックスに、オーニャン、カロト、ポッタを使ってるようで、それらの野菜達は良い具合の柔らかさまで煮込まれていたので、力を入れて噛むまでもなく口の中で溶けていく。

 対する兎肉は、ゴロゴロとした大きさで食べ応えがあって、満足感を得られる仕上がりとなっていた。

 とすると、やっぱり若干残る粉っぽさと、味付けの強さという二点が、少しの不満要素なのだろうと思われた。

 けど先も言ったように、不味い訳ではないし、どちらかと言うと、美味しく食べられる味だ。

 しかし、冒険者向けの食堂なので、基本的に『質より量』という傾向が強いのかもしれないな、と思った。


 さて、お次はソーセージだ。

 スプーンはシチューの皿に置き去りにして、トレイの端に残っていたカトラリーのフォークを手に取り……表面に焼き色の付いた太いソーセージをフォークで刺して、そのまま口元へと運ぶ。

 一口では到底食べられないサイズなので、私は1~2センチ程を齧り取ることにした。


 パリッと小気味良い音と共に、ソーセージが口の中に突入してくる。

 何種類かのスパイスやハーブが混ぜ込まれた、味の強いソーセージだ。

 噛めば肉汁が溢れ出して、塩とスパイスの味付けが、ハーブによる清涼感と共に、口の中を蹂躙していく。


──……これは文句なし。……美味しいやつ。


 ただ、やっぱり味は強めなので、ソーセージが口の中に残っている間に、黒パンを少し千切ってから口の中に放り込むと、丁度良い塩梅に落ち着いた。


 口の中のパンとソーセージを咀嚼してよく味わってから、私は一旦水を飲んで口の中をリセットする。

 そうしてから、黒パンを少し手で千切って口に入れる。


 黒パン単体の味を確かめようと思ったのだけど……これは、しなくても良かったかもしれない。

 黒麦粉で作られた黒パンは、多少の酸味があるぐらいのもので、水分も少なめなのかパサパサしている。単体で食べることを想定していない味なのだろう、というのがすぐに分かった。

 なのでシチューを掬って、口内で黒パンと合わせてみる。

 すると、シチューの味が断然、美味しくなった。


──……そっか。……これなら確かに、美味しい……。


 多少の粉っぽさは変わらないはずだけど、それよりも黒パンのパサパサした感じが強くて、シチューの粉っぽさなど気にならなくなった。

 こうして組み合わせることで更なる美味しさを発見出来るというのは、パンに切れ目を入れて具材を挟んだサンドイッチに通じるものなのかもしれない。


 『単品で完成された味』というのは勿論大事なのだけど、『組み合わせる前提で味を作る』のは、そう悪いことではないのだろう。

 それは私にとって、新たな発見でもあった。……いや、今まで無意識的にやっていたことを意識した、と言う方が正しいのかな。

 そんな意識の変化によって、その後は純粋に、この食事を楽しむことが出来た。


 サラダは酸味のあるドレッシングが掛けられていて、ソーセージと一緒に食べるか、あるいは箸休めに丁度良かった。

 シチューは黒パンと一緒に食べるのが、やはりベストであるようだった。

 最初に「私の好みから少し外れている」と評したシチューの味付けは、ソーセージの強烈な味に負けないようにした結果なのかもしれない。

 そんな風に組み合わせによる妙を探りながら食事することで、初めにシチューを食べた時の不満などは、どこかへ吹っ飛んでいた。


 ただ、楽しく美味しく食事は出来ても、量だけは何ともならないもので……。

 私は全体の三分のニほどを食べ終わった時点で、ほとんど満腹になってしまって、残りはアレクさんにお願いすることになった。

 アレクさんは一人分を既に食べ切っていたというのに、私の残した分まで食べ終わっても、まだ少し胃袋に余裕がありそうだったのが印象的だった。

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