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半魔の少女は英雄譚を望まない  作者: 水無月七海
第一章 始まりの出会い
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第35話 A:三日間

 フィリアの冒険者ランクが7級へと昇級した翌朝──早朝と言ってもいい時間に目が覚めてしまった俺は、山岳都市ルミオラに来てからのことを思い返していた。


 元々はグランジーから呼び出されて『災厄の魔獣』討伐に赴いただけだった。

 『災厄の魔獣』の討伐さえ済めば、グランジー以外の者とは関わろうとすらしなかったことだろう。


 しかし何の因果か、俺は『半魔』の少女──フィリアと縁を持つことになってしまった。

 最初に彼女が『災厄の魔獣』のターゲットになっているのに気付いた時には、『見殺しにするつもりはないが、ギリギリのタイミングまで囮として活用しようとしていた』くらいなのだ。

 誰かを囮にするなどという後味の悪いことは、初めからすべきではなかったのだ……と、俺は改めて反省することになった。

 元々ソロで冒険者を続けていた俺には、その辺りの感覚が未だに分かっていなかったのかもしれない。

 ……まぁ冒険者なんかはとっくに引退しているのだから、この反省を次に活かす場面があるかどうかも怪しいのだが……と、そんなことはどうでも良いか。


 俺のフィリアへの印象は最初、『気が弱く、危機感の薄い子供』というものだった。

 少なくとも冒険者に向いてるとは思えなかった。内向的な性格が、そのイメージを後押ししていた要因だろうと思う。


 自分に自信を持てないのは『半魔』である故か。……だがそれは仕方のないことかもしれなかった。

 他人とのコミニュケーションに慣れておらず(……と偉そうに言えるほど、俺も他人と関わってきた訳ではないが)、他人の顔色を窺う少女は、俺の目にはとても弱々しく映っていた。


 そんなフィリアの印象が変わったのは、いつからだったか……。

 明確に『この時点』と言える瞬間は、実はなかったのかもしれない。

 思い返してみても、すぐに浮かんでこないのだから、明確な線引きはなかったのだろう。

 冒険者ギルドでグランジーに初めて対面させた時にも、印象は変わっていなかった気がする。


 それはそもそもが、俺がフィリアからの信用を得られていなかった為に、警戒心が溶けていなかったというだけかもしれない。

 自然体のフィリアを目にしたのは、『災厄の魔獣』との再戦時か、あるいは、戦いが終わってフィリアが丸一日寝込んだ後、目を覚ました後で会話した際のことか。


──……いや、最初に感心させられたのは、魔族とのやり取りだったか。


 蜥蜴魔族リザードマンに、自分を心配してくれたことへの感謝を告げたフィリアの姿に、感心させられたことは覚えていた。

 向こうに敵意は感じられなかったとはいえ、冒険者同士であれば、荒事に発展したとしてもおかしくはない態度だったのだ。

 しかしそれに怒るのではなく、怯えるのでもなく、ただ感謝を告げたフィリアの純粋さが、俺の目には眩しく映ったのかもしれない。

 だがまぁ、それによって「悪い人間に騙されたりしないだろうか」という不安も、増したのかもしれなかったが。


──……単純に、押しに弱いのは確かなのだろうな。


 グランジーに押し切られてフィリアを『災厄の魔獣』討伐に同行させることになってしまった俺が言うのも何だが、フィリアも「行きたくない」とは口にしなかった。

 心の中で思っていたとしても、嫌々でも受け入れてしまっていたのだろうと思うと、やはり心配にはなるものだ。

 それが、年齢が二回り程も違う子供であれば、尚更であろう。


 しかしそれでも、彼女は冒険者だった。『庇護すべき子供』ではなかった。

 『半魔』という世間的に忌み嫌われる出自であったからこそなのだろうが、フィリアは身を守る為に力を求め、既に身を守るに足る力を手にしていた。


 『災厄の魔獣』討伐の際にも思ったが、昨日の狩りでは、俺の予想を超える力を見せ付けてくれた。

 といっても、本人にはそんなつもりはなかったのだろうとは分かっている。あくまで俺の主観だ。


 無論、7級魔獣を討伐出来る実力があるのは、疑いもしていなかった。

 だが「群れを倒そうか」と言った時の、フィリアの自信なさそうな様子から、あれ程の魔法が出てくるなど、想像もしていなかった。

 群れの居る場所に向かうまでにも、かなり慎重に進んでいた。……まぁ前衛職ではないので、慎重過ぎて悪い訳でもないか。


 しかし、あれだけの魔法を使えれば、普通は慢心する。もしくは、増長する。それがフィリアにはない。

 どちらかと言えば、あれだけの魔法を使えるのに、『自信を持たな過ぎる』といったところだろうか。


 マッスルベアの群れを倒した一連の魔法の流れが、鮮やかに過ぎて。

 俺は現在のフィリアの実力を大きく見誤っていたのだろう、と思わされる結果になった。


 否、言葉を飾らずに言わせて貰うのであれば……フィリアの魔法の使い方は、大抵の生物を殺せてしまう、えげつない使い方だと思ったのだ。

 最初に逃げ場を奪い、水で囲めば水棲生物以外は呼吸を封じられ、放置するだけでも死に絶える。凍らせてしまえば尚の事、死は早まる。

 実際に五秒に満たない時間で、六体のマッスルベアは討伐された。

 その後のシザースディアも同様だ。もっとも、シザースディアの時は二回目だったので、それ程の衝撃は受けなかったが。

 だが、やはり俺自身も、フィリアの実力を過小評価していたのだろう。……まぁそれに関しては、過大評価して危険な目に遭わせるよりは良いと思っておくことにする。


 そして何ら苦戦することなく7級魔獣の群れを討伐し終えたフィリアだったが、その顔には何の感慨も浮かんではいないように見えた。

 群れを討伐した経験などは、あまりなかったに違いない。もしかすると初めてだったかもしれないのだが。それでも、高揚感のようなものは一切感じられなかった。


 ただ倒す為に魔法を使い、討伐という結果に繋がっただけ……と、そのように思っているのかもしれなかった。

 まぁ心が読める訳ではないので、詳しいところは分からない。


 しかしそれでも分かることはあった。

 フィリアは、“自分の現在の実力に満足してはいない”ということだ。

 ソロで7級魔獣を倒せる実力があれば、それ以上は強さを求めなくても、冒険者として普通に生活することだって出来るのだが……フィリアはそんな場所で満足することはないのだろう。

 もしかすると、魔法に関しての実力ではなく、体力不足を痛感した故なのかもしれなかったが、フィリアは現在の自分に満足していないのだ。

 そして彼女のそんな姿を見たからこそ、俺は思ってしまった。


──フィリアの実力を、出来れば更に伸ばしてやりたい。


 ほとんど衝動的に、そう思ってしまったのだ。

 だから昨日、街に着いて休憩に入るなり、フィリアに声を掛けたのだろう。


「フィリア、少し話しがある。」


 街に入って正門に近い位置に設置されたベンチに、横並びで座りながら、昨日の俺は、そんな風に切り出していた。


「……話し、ですか?」


 少し疲れた様子のフィリアに、こんなことを告げるのも、余計に疲れさせるだけかもしれないと思いもしたが……結局、俺は衝動に任せて、その言葉を放ってしまった。


「俺と一緒に来ないか?」


「……い、……一緒に……ですか?」


 フィリアは少し目を開いて、驚きを露にする。

 否、驚きもあったが、同時に困惑もあったのだろう。

 それに、俺が言葉を省き過ぎていたのもある。

 何を言われたのか分からないといった様子のフィリアの表情が物語っていた。


「ああ。一つの街に定住はせず、街から街へと旅をする、根無し草の生活だがな。」


 流石に説明不足だったかと思い、俺はそんな風に補足を入れた。

 しかし、フィリアが訊きたかったのは、そんなことではなかったらしい。


「……何で、私を……?」


 という疑問が、小さくフィリアの口から漏れた。


 恐らく、フィリアの中では、『半魔』の自分と一緒に居ては迷惑になる……というような意識があったのだろう。……と、今の冷静な頭では、想像することが出来る。

 だが、この時の俺は気遣いなどは忘れて、衝動に任せて自分の思いを告げることしか、しなかった。


「フィリアの才能が、『災厄の魔獣』に届き得るからだ。」


 “あの時”『災厄の魔獣』を閉じ込めた水柱……それを見た時に感じた思いを、気付けばそのまま言葉にしていた。


「…………私、が……?」


 驚きと困惑とが入り混じって、更に肉体的な疲労も重なれば、この場で彼女に答えを求めるのは酷だろう。

 その辺りは、流石に配慮する意識が残っていた。……というより、フィリアの様子を見ると、そうせざるを得なかった。


「答えはこの場で出さなくて良い。出立は明後日の予定だから。それまでに、俺と一緒に来るかどうか、考えておいてくれ。」


 俺はそう言って、この場での話しを打ち切った。

 フィリアはその後の休憩時間を、地面を見ながら俯いて、考え込んでいる様子だった。

 流石に、休憩中に出す話題ではなかったな……と反省したのは、その頃になってからだ。


 幸いにも休憩が終わる前には何かを決めた様子で顔を上げていたし、そのまま冒険者ギルドで7級へと昇級することになったのだから……結果はどうなるか分からないが、悪い影響を与えた訳ではなかったのだろうと思う。

 ただまぁ……懸念が何もない訳ではないのだ。


──フィリアが『半魔』というのは、俺にとっては別にどうでもいいのだが…………いや、全く関係ない訳でもないのか。


 それは俺の都合であり……俺が『半魔』をどうでもいいと扱うように、フィリアも“それ”をどうでもいいと言うかもしれない。

 しかし話すにしても、フィリアがせめて俺を信用出来るようになってからでなくては、悪影響を及ぼしかねないとも思うのだ。


 フィリアが『半魔』であることと、俺の傷を治した不思議な魔法のこと。二つも秘密を知ってしまっているのに、俺の側は何も教えないというのはフェアじゃない。

 ただ自分から吹聴したい訳ではないし、やはり折を見て話す以外には、タイミングはないのだろうな……と思うのだ。


──冒険者ギルドで、フィリアが受付に並んでいた時にも、そういえば俺が何者かを訊いてくる奴がいたな。


 と、同じく昨日の内の出来事を思い出した。


 フィリアが受付の列に並んでいた頃だ、奴が俺に声を掛けたのは。


「人間、オ前ガ、災厄ノ魔獣ヲ滅シタノカ?」


 牛頭魔族ミノタウロスが、他に4~5名の魔族を従えて、俺の元へとやって来た。

 出入口付近の壁にもたれかかっていた俺は、他の冒険者の通行の邪魔にならないように、場所を移すことにした。


「聞きたければ答えるが、立ち話もなんだ、茶でも飲みながらにしよう。」


 答えは聞かずに魔族達の横を通り過ぎ、食堂の方へと向かう。

 他の魔族連中もゾロゾロと付いて来るかと思ったが、牛頭魔族ミノタウロスは先日の蜥蜴魔族リザードマンだけを引き連れて、俺の後を追って来たようだった。


 四人掛けの四角いテーブル席が空いていたので、俺はその椅子に座り、向かい側に二人の魔族が座った。

 まぁ「茶でも飲みながら」というのは方便ではあったので、注文はしなくても良かったのだが……牛頭魔族ミノタウロスは律儀にも店員を呼び止め、薬草茶を三つ注文した。

 すぐに薬草茶が運ばれてきて、店員が去ると同時に、牛頭魔族ミノタウロスは改めて口を開いた。


「答エヲ、聞カセロ。」


「ご想像の通りだ。あれは俺が討伐した。」


 俺は肩を竦めながら答えを返した。

 魔族と俺では、『災厄の魔獣』に対する見解は一致している。

 それを知っていたから、俺も気を張ることなく、このような態度で接することが出来たのだ。


「ソウカ……礼ヲ言ウ。」


 牛頭魔族ミノタウロスはうっそりと、頭を少しだけ縦に揺らした。

 魔族が自ら人間に頭を下げるなど珍しいことで、俺は少し面喰らってしまった。

 むしろ予想していたのは、どちらかというと……次に蜥蜴魔族リザードマンが言ったセリフの方だったから、尚更だ。


「チッ……あれは俺達の獲物だったんダ。それヲ、後からしゃしゃり出て来やがっテ。……そんなのハ、獲物ヲ、横取りされタだけダ。」


 しかしまぁ、悪態を吐くくらいなら、かわいいものだ。

 荒事にしないように、牛頭魔族ミノタウロスが連れてくる魔族の数を絞ってくれたのだろうというのも、察することが出来ていた。

 なので、俺も特に言い返さずに、涼しい顔で薬草茶を飲んだ。


「ヤメロ。己ガ手デ、斃ス事ニナド、拘ラヌ。……一ツデモ多ク、災厄ガ滅スレバ、ソレデ良イ。」


 牛頭魔族ミノタウロスがそう言って掣肘したことで、蜥蜴魔族リザードマンは押し黙った。

 そのセリフに、俺は素直に感心した。


「いやぁ、アンタが道理の分かる魔族で良かったよ。」


 薬草茶の入ったコップを片手に、俺は軽く笑いかけるように言った。


「オ前コソ、災厄ヲ、災厄ト識ル者デ、幸イダ。」


 ただでさえ表情の読めない魔族の感情を察することなど俺には出来ないが、その言葉が世辞でないことは分かった。

 であれば、ある意味この魔族とは同志のようなものだ。返礼代わりに俺の方からも一つ情報を告げておくことにした。


「ここのギルドのマスターも、まぁ変人ではあるが、『災厄の魔獣』を倒すという一点についてだけは、俺達と変わらない情熱を持っているだろうよ。」


「ソウカ。……デ、アレバ、コノ地ニ、長居ハ無用ダナ。」


 やはり、この牛頭魔族ミノタウロスも『災厄の魔獣』を倒すことを主眼としているらしい。

 牛頭魔族ミノタウロスも俺も、短い会話の内にお互い納得したが、この場に居座るもう一人の魔族は、そうではないらしかった。


「おい人間、てめえは一体、何なんダ。……災厄の魔獣ヲ、何で人間ガ、知っテやがル?」


「知ってる人間は別に俺だけではないが。」


 薬草茶をテーブルに置いてから、俺が苦笑気味に言うと、


「誤魔化すンじゃねエ。」


 と、蜥蜴魔族リザードマンは、声を荒げたりはしなかったものの、かなり機嫌が悪そうに言い放った。

 先日も答え難い質問をされて、半ば無視した形になってしまったし、ここは答える方が誠実か、と思って俺は正直に答えることにした。


「そんなつもりはないんだがな。まぁ……魔族に教えて貰ったんだよ。」


「てめエ、嘘を吐くンじゃ──」


「ソコマデニ、シテオケ。」


 立ち上がろうとした蜥蜴魔族リザードマンの肩を牛頭魔族ミノタウロスが押さえ込み、椅子に座り直させた。


「イ、痛てて、は、離してくレ……!」


 物理的に押さえ込んだらしく、蜥蜴魔族リザードマンが抗議の声を上げると、牛頭魔族ミノタウロスはすぐに手を離した。

 それで俺も、浮かせかけていた腰を、一旦椅子の上へと下ろすことになった。


「嘘ではないが、詳細は言えない。というか、俺も連れがいるんでな、あまり長くは話してられないんだ。」


 そろそろ切り上げたいという意思を示せば、魔族側からも否やはなかった。

 まぁ言いたいこと自体はあるのだろうが、呑み込んだということだろう。

 蜥蜴魔族リザードマンの方も、「あのガキ、カ……。」と呟いただけで、それ以上は何を言うでもなかった。


「では、解散で良いか?」


 薬草茶の代金をテーブルの上に置いて立ち去ろうとすると、そこで口を開いたのは、牛頭魔族ミノタウロスだった。


「……オ前ノヨウナ、強キ人間ヲ、他ニ知ラナイ。」


「ん、ああ……そりゃどうも。」


 最後に何を言うつもりなのか、と少し警戒気味に応じれば、続いて牛頭魔族ミノタウロスは俺に問う。


「人間、名ハ、何ト言ウ?」


 ……俺は少々、答えに窮することになった。

 しかし、考えるまでもなく、答える名は決まっていた。


「アレクだ。」


 そう、今の俺は、ただのアレクなのだ。

 それ以上でも、それ以下でもない。


「……“アレク”、カ……覚エテオコウ。」


 俺は挨拶代わりに右手を軽く上げてから、ギルドの入口付近へと戻っていった。

 この時は、少しだけ感傷に浸っていたかもしれない。


 それからフィリアと合流して、冒険者証の更新を待ってから、夕食を摂る為にギルドを出た。

 フィリアは例の屋台の串焼きを所望し、俺も承諾した。

 実際あの串焼きは中々美味いし、フィリアがあの串焼きを好きらしいのは分かるが……三日も連続では少々飽きがきそうなものだと思ってしまったが、口には出さなかった。


 他の屋台も幾つか巡って、食事を終えて宿に帰り、フィリアの魔法で革袋──マッスルベアの手とシザースディアの角を入れていた──を綺麗にして貰って、ついでとばかりに俺自身も綺麗にされて、昨日はそれでフィリアと別れた。

 その間にも、「一緒に来ないか?」と誘った件については、互いに触れることはしなかった。


──まぁそれは、今日の内に答えを出してくれればいい。


 俺が出来るのは、フィリアの答えを待つことだけだ。

 あるいは『答えがないのが答え』ということも、あるかもしれないが、それならそれでいい。


 フィリアに関して俺が知っていることは少ないし、フィリアからも、俺のことは何も知らないに等しい。

 出会って三日……いや、丸一日寝込んでいたことを思えば二日か。その程度の短い付き合いで、旅に誘うというのが、そもそも無理な相談かもしれない。


 果たして、フィリアは俺に同行するだろうか。それとも、このまま顔を合わさずに、街を出て行くことになるだろうか。

 そんなことを考えていると、どうやら陽は昇り始めているようだった。


──……っと、これでは普段の起床より遅いくらいだな。早めに身支度を整えてしまおう。


 それから俺が身支度を終えるのと、部屋のドアがノックされるのは、ほとんど同時であった。

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