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半魔の少女は英雄譚を望まない  作者: 水無月七海
第一章 始まりの出会い
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第33話 7級魔獣

 食休みを終えてから、アレクさんの提案に従って普段の狩りでは立ち入らない区域まで足を延ばしてみたけれど……景色なんかは特に代わり映えもせず、突然魔獣が襲ってくるということもなく、少しばかり拍子抜けしてしまった。

 一般的に、魔獣は縄張りを持つものなので、遭遇しない時は遭遇しないし……いざ遭遇した場合には、数匹から数十匹ほどの群れを作っている場合がある。

 数の多い群れに遭遇した場合、基本的には手を出さない。縄張りに侵入して、こちらから攻撃したりしない限りは、魔獣の側も襲って来たりはしないのだから。群れを見かけたら、即座に引き返せば、安全に撤退することが出来る。

 これは人間や魔族などが、街や村や集落を作って暮らすのと同じだと考えれば、何も不自然なことはない。

 自分の住む街が襲われたら、それは必死に抵抗もするし、敵が何もせずに引き返すのであれば、追いかけたりもしない。しかし街を襲われたとあっては、躍起になって討伐隊を派遣する……というように置き換えてみれば、魔獣の行動原理も理解は出来るものだ。


 ただし、ほとんど群れを作らない魔獣というのも存在している。

 ホーンラビのように、種族的な縄張りを持たずに点在し、多くても2~3匹単位でしか行動しない魔獣がいる。

 また、群れから離れて行動するような、変わり者の魔獣もいる。

 なのでそういう数の少ない魔獣を選んで安全に狩ることが、生き残る為に必要なスキルなのである。

 にも関わらず……アレクさんは言った。


「近場に魔獣の群れがいるみたいだな。先ずはそれを倒そうか。」


「…………え、ぅ?」


 振り向きざまに、驚いて変な声が出てしまった……。

 ちなみに隊列としては、昼食前と同じで、私が前を歩いている形になる。そして思わず足が止まってしまったけど、それは当然だ。自ら危険を冒すようなことは、したくないのだ!


 本気で言ってるのかと探るような眼差しを向けると、アレクさんは何でもないことのように返した。


「魔獣を倒し切れなかった時は俺が引き受けるから、何も心配はしなくて良い。」


「……え、……あ、……えと、…………はい……。」


 アレクさんがいるから安心、などとは思えない。けど、アレクさんの実力なら問題なく倒せるからこそ、こんなことを言い出したんだろうな……と思うと、むしろ安全面は保証されていると言える。

 安全面が保証されているなら、反対する理由もなくなってしまう訳で……。

 私は戸惑いながらも、頷くことしか出来なかった。


「それじゃあ行こうか。」


 アレクさんは言いながら、立ち止まっていた私を追い越して、スタスタと歩き始めた。


「……は、はい。」


 私は返事をしてから、小走りにアレクさんを追いかけた。

 しかし、十歩と行かない内にアレクさんが立ち止まったので、私もぶつからないように慌てて足を止めることになった。


「……アレクさん?」


 疑問に思って声を掛けると、アレクさんは立ち止まったまま、軽く頭を掻くような仕草をしながら言った。


「ああいや、手を出さないと言っていたのに、ちょっと前のめりになり過ぎたな、と反省してたんだ。」


 ……そういえば、そんなことも言っていた。

 私の方は気にしないんだけど……というより、


「……魔獣の群れの位置……私には、分かりませんけど……。」


 魔獣の居る場所の近くまでは連れて行ってくれるものだと、思っていたのだけど……違ったのかな……?

 そんなことを思いながら口を開くと、アレクさんは左斜め前方を指差して、


「気配は、向こうの方だ。」


 と言った。


──……これ、楽をしようとしたら、いけないやつだ……!


 何となく、アレクさんから、そんな雰囲気を感じ取った私は、楽をすることを早々に諦めた。

 この先もソロで冒険者を続けるなら、甘えた考えではいけない、ということなんだろうな……なんてことを思って、心の中でため息を吐いた。


「……分かりました……。」


 それだけ言うと私はアレクさんの指差した方向へと歩みを進めて行く。

 ちゃんと自分で周囲の警戒もしながら、だ。

 そうして、慎重に歩みを進めながら、十分ちょっと経過した辺りで、私はようやく魔獣の群れを発見するに至った。


──……アレクさんの索敵範囲、広すぎ……。


 ……などと、ちょっとした恐怖を覚えながら、私はギリギリ視認可能な距離から、魔獣の姿を確認してみる。


 群れを作っていた魔獣は、マッスルベアと呼ばれる、腕や足が異様に太い熊の魔獣である。

 そのマッスルベア達が六体、少し開けた場所で各々寛いでいる様子だった。


 魔獣というのは基本的に食事をしない。魔力さえあれば生きられるからである。

 なので積極的に縄張りの外へは出ようとせず、同種の魔獣で一か所に寄り集まっていることが多いのだ。

 そう思えば、先日『災厄の魔獣』を誘き寄せる目的で魔力の雨を降らせた際に、他の魔獣が釣られてやって来たのは、正しく異常事態だったと言える。

 食事はせずとも、近くに魔力がばら撒かれていたら、向かって来るということなのだろう、きっと。


 まぁ……それはそれとして。

 今は結構な距離を保っているので、マッスルベアの群れは私達の存在には未だ気付いていない様子だった。


 私は周囲に他の魔獣の気配がないか注意しながら、少しずつマッスルベアの群れとの距離を詰めていく。

 そうして時間をかけて、魔法の効果範囲まで歩を進めると、そこで足を止めて、近くの大木の陰に身を隠して一息吐く。


 マッスルベアというのは、発達した腕や足を振り回すだけでも、かなりの破壊力を有する魔獣だ。

 魔導士であれば、遠距離から魔法を叩き込んで倒すのが常道である。

 逆に言えば、貧弱な魔導士では、近付かれた時点でかなり危険な状況に陥るのだ。


──……マッスルベアは、昔住んでた森にも居たから、大丈夫……。


 流石に六体同時に倒そうと思ったことなどはないけど……一体ずつであれば、充分に倒せる範囲の魔獣だということを、私は知っている。


──……全然知らない魔獣じゃなくて、良かった……と思うべきなんだろうな……。


 未知の魔獣相手では、どのように対処して良いかが分からない。

 マッスルベアが既知の魔獣であるからこそ、群れを目の前にして、落ち着いていられるのだろう。


 あるいは、『災厄の魔獣』という脅威を“知ってしまったから”なのだろうか。

 マッスルベア程度では、私を脅かすのには足りない、と……そんな風に思ってしまっているのだろうか。


 それが慢心に繋がらないように、私は大きく息を吸って吐いて、気持ちを充分落ち着かせてから、大木の陰から身を乗り出す。

 そして、細心の注意を払いながら、魔法を唱える。


「……退路を断て、広大なる、《水の檻》……。」


 詠唱に魔力を込めて、《水の檻》の効果範囲を拡大する。

 それによって出来上がったのは、水で作られた格子状の壁が、マッスルベア達を取り囲むように、大きく四方に張り巡らされた光景。

 上空から見れば、水によって四角く地面が切り取られているようにも見えるかもしれない。六体のマッスルベアを、閉じ込めるだけの巨大な檻が完成した。


 突然景色が変わったことで、当然マッスルベア達は警戒するような動きを見せた。

 とはいえ、この《水の檻》に攻撃力はない。強度はそれなりではあるけど、強引に突破しようと思えば、不可能という訳でもない。

 しかしこれは、魔獣を倒す為ではなく、“逃がさない為の下準備”だ。

 マッスルベアが強引に突破を図ろうとする前に、私は次の魔法を詠唱する。


「……地より噴け、《間欠泉》……!」


 私の魔力を受けて、《水の檻》で囲われた地面から、水が爆発的に湧き上がる。

 体重の軽い生物であれば、これだけで宙に打ち上げられる威力がある。

 けれど、マッスルベアの体重は重いので、身体が浮き上がる程度で済んでいる。

 これは計算ミスではない。ここまでが、倒す為の下準備なのだ。

 私はすかさず最後の魔法を唱える。


「……《凍結》……!」


 魔力を込めれば、《間欠泉》が時間を止めたかのように、水が瞬時に氷へと変換される。《間欠泉》の内で耐えていた六体のマッスルベアを巻き込んで凍る。

 急いで唱えたせいで、ちょっと範囲指定が雑だったらしく、《水の檻》も大部分が凍ってしまっていた。

 それによって、氷で出来た何かのオブジェにも見える物体が、この場に誕生した。……まぁ、これはどうでもいい情報だ。


「……ふぅ……。」


 やり切った表情で、私は息を吐く。

 《水の檻》と《間欠泉》は効果範囲を広げる為に、《凍結》は凍らせるまでの時間を短くする為に、それぞれ結構な魔力を注いだので、ちょっと魔力を使い過ぎたかもしれない。

 帰り道に《流水の盾》を維持することを考えれば、マジックポーションを飲んでおくべきだろう。


──……苦いから、あんまり飲みたくないけど……。


 私はベルトポーチからマジックポーションを取り出して飲む。

 相変わらずの強烈な苦味に何とか耐えて……更に一分ほど待ってから、私は《凍結》を解除した。

 魔法の解除と同時に氷のオブジェ(仮)が溶けて、ただの水へと戻っていく。

 残ったのは、大きな水溜りに横たわる、六体のマッスルベアだけだった。


 あれだけ大量の水ごと凍らせた訳だし、凍らせた状態で暫く待ったのだから、生きてはいないと思うけど……それでも私は慎重に、倒れたマッスルベアに近付いていく。

 ある程度近付いても、起き上がるどころか、ピクリとも動かない。ちゃんと死んでいることを確認した私は、ホッと胸を撫で下ろす。


 それから討伐証明の部位と魔石を回収する為に、ナイフを取り出そうと思ったのだけど……、


──……そういえば、マッスルベアの討伐証明って、どの部分なんだろう……?


 魔獣には、通常の獣とは異なる部位を持つものと、持たないものがいる。

 ホーンラビには、兎にはない角があるし。ニードルボアは、背中が猪ではあり得ない針山のようになっている。ポイズントードも、部位とは違うけど、蛙にはない特徴的な模様が背中にある。

 そういう分かり易い特徴を持つ魔獣であれば、そういう部分を持って帰れば討伐証明には事足りる。

 しかし、マッスルベアは手足の筋肉が発達しているというだけで、外見的な特徴が大きい訳じゃない。

 一体丸々の状態で持って帰れれば、それは確かにマッスルベアだと分かるのだけど……こんな巨体を運ぶのは無理だ。

 複数人で一体とかならまだしも、一人で六体なんて、絶対に無理だ。……非力な魔導士わたしだと一体でさえ無理なのだ。

 だから討伐証明になるものを……と思ったのだけど、私には、どこが討伐証明になるのかが分かってない。

 特徴の分かり難い魔獣の討伐依頼では、依頼を受ける際に討伐証明部位を教えて貰えるのだけど……これは依頼を受けての狩りではない。

 私はマッスルベアの死骸を前にして、困ってしまった。


 けど、今の私には心強い味方がいる。

 アレクさんなら討伐証明部位くらいは、知っているだろう。

 という訳で、振り返って、声を掛けようとしたのだけど……。


「……アレクさ…………あれ?」


 私の後ろにアレクさんの姿は見当たらず。どこへ行ってしまったんだろう、とキョロキョロ視線を彷徨わせる。


 まぁでも例の『災厄の魔獣』みたくワープして消えたという訳でもなし……アレクさんの姿は、すぐに見付かった。私が隠れていた大木のすぐ傍に立っていたのだ。山の中でも、真っ赤な髪は目立つなぁと思った。

 私は小走りに元来た道を引き返して、アレクさんの近くへと駆け寄る。


「……アレクさん。…………アレクさん?」


 一度呼び掛けても返事がなくて、もう一度呼び掛けたら、今度は反応があった。


「ああ……いや、その……フィリアの魔法が、思っていたより、えげつな…………あ、いや、見事な手際だったから、驚いてしまっただけだよ。」


 アレクさんは何だか言い難そうにしながら、そんな風に言った。

 もしかして……マッスルベア程度の魔獣に対して大掛かりな魔法を使い過ぎて、呆れられてしまったのだろうか。

 でもそれは、六体同時に倒す為に私が出来る最善だったとは思うので、仕方がないことなのだ……。


──……もっと、最小限の魔法で倒すようなのを……想像してたのかな。


 なんて思ったりはするけど、今の私に、そこまで効率の良い倒し方は思い付かなかった。

 凍らせる為の水は《間欠泉》である必要はなかったかもしれないけど、巨大な《水球》を作るよりかは、《間欠泉》を使う方が魔力消費は少なかっただろうし……。

 《水の檻》は余計だったのかな、でもあれで壁を作ってないと、間欠泉で横に吹っ飛ぶ可能性があったから、やっぱり省けなかっただろうな。


 ……と、そんな感じで、頭の中で反省会をしてたけど、アレクさんの呼び掛けで、現実に引き戻されることになった。


「それでフィリア、何か用でもあったのか?」


「……あ、その…………討伐証明、どこなのか、分からなくて……。」


 倒した後の反省会よりは、こっちの方が重要事項である。

 私が答えを返すと、アレクさんは納得顔を見せた。


「ああ。熊系の魔獣は、他に特徴がなければ、手が討伐証明になる。」


「……手、ですか……。」


 覚えておこう、と思って頷いた。

 それからマッスルベアの倒れてる場所に戻って(今回はアレクさんもちゃんと付いて来た)、手を切り取る作業を開始した。

 ただ、ナイフで切断出来るような硬さではなくて、ちょっとどうしようかと悩んだりはしたけど……。


「俺がやろう。」


 と、アレクさんが申し出てくれたので、お言葉に甘えることにした。

 まぁ解体と言っても、手を切り落として魔石を取り出すだけだったけど。


「マッスルベアの毛皮は下級向けの防具にはなるが……肉は美味くないから、解体する甲斐もない。」


 というのがアレクさんの談だった。

 そして六体全部の手と魔石を取り出し終わったところで、ちょっとした問題が発生する。

 そう、私のベルトポーチには、こんなに大きい手は、物理的に入らないのである。

 革袋にでも纏めて入れれば良いかもしれないけど、そんなサイズの革袋だって、ベルトポーチに入るはずもなく、持ってはいないのだ。

 自力で持ち帰る手段がない……というのは、ちょっと考えてもみなかった。……普段狩る魔獣には、討伐証明が大きいのはいなかったし。


──……でも今回のは、討伐依頼を受けての狩りじゃないし。……別に討伐証明に拘る必要は、ないかもしれない。


 討伐証明がなければランクが上がることはないだろうけど、一応魔石だけでも持って帰って売れば、ポーション代で赤字とはならないはずだから。それだけで満足しておくべきかな……。


──……自力で持ち帰る手段がないんじゃ、7級はまだ私には早いということかもしれないし……。


 そんなことを思いながら、


「……討伐証明、持って帰るの、無理そうです。」


 と、言ったのだけど……アレクさんという心強い味方がいたせいで、解決策を提示されてしまったのである。


「ああ……熊の手ぐらいなら、俺の空間バッグに入るから問題ない。街に着いてからでも、革袋に入れ替えれば済むだろう。」


「…………は、はい。」


 解決策を用意されてしまった以上、頷くしかなかった。


──……7級に上がったら、早めに持ち帰る手段を用意しなきゃ……。


 そんなことを考えてる間にアレクさんは熊の手を肩からかけた袋に詰め込んでいって、そして、世間話でもするような気軽さで、こんなことを言い出した。


「では、次の群れを潰しに向かうか。」


「…………は、……えっ?」


 うっかり返事しそうになって、しかし途中で気付いて、疑問を返す。

 けれどアレクさんは、何でもないことのように言う。


「さっきマジックポーションを飲んでただろう?だからフィリアも、元々そのつもりだったと思っていたんだが、違ったか?」


「……それ、帰り道用の魔力です……。」


 事実ではあるけど、私が《流水の盾》を維持するのに魔力を使っているなんて思ってないだろうアレクさんは、それを簡単に笑い飛ばす。

 あるいは冗談を言ってると受け取られたのかもしれなかった。……真実は分からない。


「はは。帰るだけなら、魔獣を避ければ魔力はいらないだろう?」


「…………そ、そうです、ね……。」


 あくまで《流水の盾》は、奇襲を受けた時用の保険で維持してるのだから……否定することは、私には出来なかった。


「では、次は向こうの方向だ。」


 アレクさんは、マッスルベアの縄張りに向かう前と同様に、既に次の群れの気配を感じているのだろう方向を指し示す。

 私は足が重くなるのを感じながら、「……は、はい。」と何とか返事をして、それに従うことになった。


 思ってたよりも、アレクさんの方針は厳しいものだった。

 本人としては厳しいつもりもなかったのだろうけど、私にとっては厳しいもので……。

 7級魔獣を討伐しようと言い出したアレクさんの言葉を受け入れてしまった過去の自分の行動を、早速後悔する羽目になったのだ……。

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