第32話 アレクさんの提案
ホーンラビの肉(三個目)を食べ終わると、思った通り、お腹がいっぱいになった。
魔獣狩りの合間での食事……と考えると、ちょっとお腹を満たし過ぎてしまった感もある。
なので、食休みを少し多めに取ろうかな……なんてことを画策したりする。
──……でも先ずは、片手鍋と木皿を《洗浄》して、アレクさんに返しておこう。
料理中、予定外に《変幻する水》や《洗浄》を使ったことで、魔力も尽きかけていたので、マジックポーションを飲んでおくことにする。
本当は食事前に飲んでおきたかったけど、食事前には色々あったので、忘れてしまっていたというか。
ただ、ベルトポーチに肉の油を付けるのも嫌なので、油だらけの手は《洗浄》することを忘れない。
ついでに、一言断ってからアレクさんの手も《洗浄》で油を綺麗に落とすと……やっぱり苦笑された。
そうして《洗浄》を終えてから、苦い思いをしてマジックポーションを飲み干して、口直しに水筒の水──今朝起きてから補充した《清き水》である──も飲んでから、残りの《洗浄》を済ませることにした。
「……《洗浄》。」
片手鍋と、肉を載せる為に使った木皿、それに三又の銀のフォーク。それぞれに《洗浄》を使用して、フォークは私のベルトポーチへ、片手鍋と木皿はアレクさんへと返却すれば、一先ずやらなければいけないことは完了だ。
あ、片手鍋を熱するのに使っていた焚火については、途中で燃やす物がなくなったらしく、食事の最中に消えたのを確認している。
とはいえ、何かの拍子に再燃してしまう可能性もあるかもしれないので、雑に《水球》を放り込んで、後始末をしておくことにした。
「それにしても、フィリアは魔法を、かなり便利に使っている気がするな。」
火の始末を終えて私が一息吐いたタイミングで、アレクさんがそんなことを言った。
──……便利に使ってる、って……どういう意味だろう?
……少し考えたけど、よく分からなかったので
「……魔法は、便利なもの、ですよ?」
と、返しておいた。
「ああいや、そうじゃなくて。」
「……?」
何故かアレクさんは笑ったけど、私は訳も分からず首を傾げるばかりだった。
そんな私の様子を見て、アレクさんは私にも分かる言葉で、言い直してくれた。
「俺の中で魔導士は、戦闘以外では無駄に魔法を使わずに、魔力を節約するイメージがあったから。フィリアは魔法を使うことに躊躇がないな、と。」
「……そう、ですか。」
相槌を打ちながら、頭の中でアレクさんの言葉の意味を考えてみる。
──……うーん、パーティーを組んでたりすると……魔力を節約するのが、普通なのかも……。
私はソロなので、全部やらなきゃいけないから、しょうがない部分はあると思う。それでも、『雑事を魔法に頼り過ぎてる』とアレクさんは言いたいのかもしれない。
けれど、私は昔から魔法を日常的に使っていたので、何というか……魔法で出来ることは魔法でやってしまおう、という癖が付いているような気もする。
あるいは、ただの性格なのかもしれない。面倒だから魔法で済ませている面は、それなりにある……と思う。
そうして考え込んでいたので、アレクさんは心配になったのだろうか、
「魔力の残量を把握出来ているなら、別に良いと思うんだけどね……。」
と、フォローするように付け足した。
まぁその……私が魔力を無駄遣いすることに苦言を呈したいアレクさんの気持ちも、分からないではない。
事実、私はアレクさんの目の前で二度、魔力欠乏で倒れている訳で。……魔力を節約しろと言われても、仕方がないのかもしれない。
「……はい。……魔力の残量には、気を付けます……。」
魔法を使わないようにする……などとは言えなかったので、私はそんな感じでお茶を濁すことになった。
そして、今日は絶対に魔力欠乏で意識を失うことがないようにしよう……と、心に決めた。
──……でも『災厄の魔獣』みたいな、イレギュラーな存在と遭遇しない限りは……魔力欠乏になることなんて、早々ないはずだけど。
ソロで頻繁に魔力欠乏になっていたら、すぐに魔獣の餌にされてしまうのだから、魔力量に気を配らないはずがない。ただ、今日はいつもより更に配ろう、と思うばかりだった。
それからは暫し、のんびりと座った状態で、食休みを過ごした。
時間にして二十分くらいだろうか、時々思い出したように周囲に魔獣が居ないか探ったりしつつ……それでも休息を得るには充分な時間だった。
「……そろそろ、討伐を再開します。」
のんびりし過ぎて眠気が襲ってこない内に、という気持ちも込めて……私はアレクさんに告げると、その場から立ち上がって、ローブの土汚れを何度か手で払う。
一方、アレクさんは立ち上がろうとせず、こちらに視線を向けて言った。
「まだ討伐を続けるなら、提案があるんだが。」
アレクさんが座って私が立っているせいで、私がアレクさんを見下ろしながら話すという中々レアな(?)状態になっていたけれど。
……まぁそれはどうでもいいとして。
私は、何を言われるのだろう、と疑問に思いつつ、聞き返すことになった。
「……提案、ですか?」
するとアレクさんは、「ああ。」と一つ頷いてから、その『提案』の内容を私に告げた。
「食事前に、フィリアが魔獣を狩る様子を見ていて思ったんだが、この辺りの狩場は、フィリアの実力に見合っていない。もう少し上位の魔獣でも問題なく狩れるだろう。だから、倒す魔獣のランクを少し上げてみてはどうだろう?」
アレクさんはそう言ったけど……私はその提案を、受け入れて良いものかどうか悩んだ。
……というのも、冒険者にランクが設定されているのと同様、魔獣にも認定ランクというものが存在する。
冒険者ランクが9級であれば、9級認定の魔獣が自分の実力で倒せる目安、ということになる。
そもそも、適正ランクより上の魔獣に、ちょっかいを出してはいけない……みたいな説明を、冒険者になる際に冒険者ギルドで受けているのだ。
果たしてそれを無視しても良いものかどうか……。
「……私、9級ですよ……?」
もしかしたら、アレクさんが私の冒険者ランクを覚えていないだけかもしれない、と思って、一応そう言ってはみたけれど……。
「なに、本来の実力に見合う魔獣を倒すというだけの話だ。フィリアが9級というのは、俺の目から見て、認定ランクが低すぎる。」
そう言うアレクさんは何だか、少し悪い顔をしているような……気のせいだろうか?
「……は、はあ……。」
私は曖昧に頷きを返す。
けれど……アレクさんの言ってることも、実はちょっと分かる気がする。
自分の実力で問題なく倒せる魔獣を、『自分のランクより上位の魔獣だから』と無視するのが、少しおかしいような気もしていたのだ。
冒険者ギルドには冒険者ギルドが決めたランクの計り方というのが、確かにあるのだろうとは思う。
適正ランクの依頼を何度かこなさないと、上のランクには上がれない……というのが、正にそれだろうし。
冒険者の安全面を考慮すれば、『自分の実力以上の相手には挑まない』を徹底する必要は勿論ある。
でなければ、無謀な戦いを挑んで命を落とす冒険者が後を絶たない……と、それ自体は納得がいく。
自分の実力を過信する者が多いからこそ、冒険者ギルドは「自分の冒険者ランクより上位の魔獣に手を出してはいけない」と言うのだ。
では、自分の実力を把握している冒険者にとって、それは必要な措置なのだろうか……いや、自分の実力を『正確に』把握している者などは、極少数なのだろう。私自身も「把握している」などとは言えない。
とはいえ、思ってはいたのだ。流石に9級はちょっと低いかな……と。
だからこそ、念を押すように言うアレクさんの言葉に、耳を傾けてしまったのだろう。
「フィリアはもう少しランクを上げた方が良い。実力は俺が保証する。」
アレクさんは元冒険者だし、高ランクの冒険者だったことにも疑いはない。私の実力を過大評価はしないと思う。
もし他の人から同じセリフを言われたのだとしたら、恐らく受け入れることなど考えもしなかった、のだけど……。
──……アレクさんが言うなら……大丈夫なのかな?
アレクさんが私の実力を「保証する」と言ってくれたせいか、私の心は傾き始めてしまっていた。
人は、自分の都合の良いように考えてしまう生き物なのかもしれない。それは魔族であっても『半魔』であっても、きっと同様なのだろう。
私は後に起きる事態など深く考えずに、アレクさんの言に従っちゃおうかな、という気になり始めていた。
故に自分から質問してしまう。
「……あの……具体的には、どのくらい……ですか?」
「7級までは問題ない範囲だろう。その辺りのランクまではソロで上げる冒険者も珍しくはない。」
この『7級』という数字も、絶妙なラインであったのかもしれない。
もっと上のランクを言われたら、たとえ保証されても、流石に躊躇しただろうから。
──……元々、8級に上がる直前だった訳だし。……もう1つ上のランクくらいなら…………。
充分に手が届く範囲だ、と思ってしまった。
「……じゃ、じゃあ……行ってみることに、します……!」
私が気合を入れてそう言うと、アレクさんは大きな頷きで応えてくれた。
そうして私は7級の魔獣を討伐しに行くことを決めたのだけど……しかし、この時の決断を後悔するのは、そう遠くない未来なのである……。




