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半魔の少女は英雄譚を望まない  作者: 水無月七海
第一章 始まりの出会い
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第28話 感情のやり場

「……アレクさん、何で……そんなに。……私なんかに、親切にしてくれるん、ですか……?」


 『半魔』の私に、『人間』のアレクさんが、親切にしてくれる理由が分からない。

 もしかしたら何か裏があるんじゃないか、利用しようとしてるんじゃないか……と、疑ってしまいそうになる。

 アレクさんが『良い人間』であればある程に、『良い人間』を演じてるだけなのかもしれない……という疑心に囚われてしまう。


「……『半魔』の私に……親切にする理由、なんて……ないんじゃ、ないですか……?」


 一度、思いが口から零れたら、止まらなかった。

 アレクさんの表情を確認する勇気もなく下を向いて、けれど、溢れる不安を止めることも出来なかった。

 そして不安と一緒に、涙も溢れてきて、止まらなくなった。


「……もし『半魔』のこと、気にしないんだとしても……私とアレクさんは、他人じゃないですか。……アレクさんにとって、私は……何ですか?……保護しなきゃいけない対象として、……憐れんでるん、ですか?……それとも──」


「フィリア、落ち着いてくれ。」


 私の言葉をアレクさんが遮った。

 そうしてアレクさんは片膝を付いて、私と目線の高さを合わせた。

 どんな表情をしてるのか確認するのが怖くて、アレクさんの顔がハッキリ視界に入る前に、私は顔を背けてしまう。


「フィリアが不安に思うのも、無理はなかっただろう。俺の配慮が足りなかったんだ。……すまない。」


 そう言って、アレクさんは私にハンカチを差し出す。

 私は恐る恐る、ハンカチを受け取ると、涙を拭かせて貰う。


「出会ったばかりの人間に、無条件で優しくされるのは、フィリアには受け入れ難いことだったかもしれないが……──」


 と、アレクさんは一度言葉を区切って……軽くため息を吐いた後に続けた。


「正直に言おう。俺には今回の件で……君に対する負い目がある。」


 そんなことを告げられて、私は驚きのあまり、思わずアレクさんに顔を向けて、聞き返した。


「……負い目……?」


「ああ、そうだ。」


 アレクさんはハッキリと肯定した。

 そして、『負い目』に関してを、その口で語った。


「昨日の昼頃に、君が『災厄の魔獣』に襲われているところを助けたが……俺が何故あんなにタイミング良く、助けに入れたと思う?」


「…………え?」


 そんなこと、想像すらしていなかった。


「グランジーに呼ばれて、『災厄の魔獣』を討伐する為に、俺はこの街へ来た。朝から山に入って……ああ、『災厄の魔獣』の居場所は知れていたから、俺は山頂へと向かっていた。その途中で、君と、君を付け狙う『災厄の魔獣』の姿を発見した。……発見はしたが、俺は暫く様子を見ていた。君を囮にして、ギリギリまで『災厄の魔獣』を引き付けてから、奴を仕留めるつもりだったんだ。」


 アレクさんは事実だけを語るように、淡々と話し続けた。


「だが、思いの外、奴の動きが素早かったものだから、助けに入ったのもギリギリ間に合うかどうか、というタイミングになってしまった上に、結果として奴を仕留め損なった。」


 私はアレクさんの話を、呆然と聞いていた。


「君を囮に使おうなどと思わず、『災厄の魔獣』を発見した時点でどうにかしていれば、君が無駄に危険な目に遭うこともなかった。……それに、助けたのがギリギリでなければ、君が『半魔』であると俺が気付くこともなかっただろう。……それが俺の、君に対する負い目だ。」


 ……それは確かに、私にとって衝撃的ではあった。

 かといって、真実を聞いた上で、アレクさんに対する怒りが湧いてくるかと問われれば、そんなことはない。


「……そのことを、負い目に感じる必要は、ないです……。」


 口から出た声は、自分でも不思議に思うくらい、落ち着いたものだった。


「……アレクさんが、あの場にいなかったら……私は、……殺されて、ました。」


──……あぁ、そっか……。


 話しながら私は、何で自分がこんなに落ち着いているのかを悟った。


「……アレクさんが、私にとって……『命の恩人』なことには、変わりありません。」


 そう、断言出来る。

 あの場に居てくれなかったら。命を助けて貰うことがなかったら。……私はきっと、アレクさんの知らない所で、『災厄の魔獣』に殺されてた。

 ううん、『災厄の魔獣』じゃなかったとしても、それ以外の魔獣によって、いつかは殺される運命を辿っただろう。

 血を触媒にした魔力の雨が、あれだけ大量の魔獣を引き寄せたのだ。血を触媒にする危険性を理解せず、何の躊躇もなく使っていれば、いずれは対処できない魔獣を引き寄せてしまい、行き着く先は『死』であるに違いなかった。

 アレクさんは私にとって、正しく死の運命から救ってくれた『命の恩人』だった。そのことに気付いたのだ。


 私がそんな思いを込めて話すのを、驚いたような表情をして聞いていたアレクさんは……私が言葉を言い終わると、その意味を噛みしめるように瞼を閉じて、それから一言、私に向けて言った。


「……ありがとう、フィリア。」


 お礼を言わなきゃいけないのは、私の方だ。

 けど、何だか胸がいっぱいになってしまって、言葉にならなかったので、誤魔化すようにハンカチで目元を拭った。


 不安も、もう湧いて来なかった。

 アレクさんの親切や気遣いが、そういう気持ちから来たものだったんだと分かって、納得が出来たのだろうと思う。


 ……きっと私は、自分の不安を、アレクさんに否定して欲しかっただけなんだ。

 アレクさんが『良い人間』であろうとする理由が分からなくて。私を騙そうとしてるのかもしれない、としか考えられなくて。でもそれが真実だとは思いたくなくて。

 そして、アレクさんの側にも事情があって、だから私に色々気を遣ってくれてたんだ……というのが、心底から納得を与えてくれる答えだったんだ。


──……誰かを信じるのって、こんなに複雑で……難しいことなんだな……。


 『半魔』であるという劣等感が、『人間』や『魔族』と対等な関係を作ることを阻害する。

 親切にされても、利用しようとしてるのか、憐れまれているのか、といった疑念が常に付き纏う。本心からの言葉なのか、と無意識に警戒してしまう。

 そういったことを乗り越えてようやく、私は『他人』をちょっぴりだけ信じられる気がした。


 積極的に『他人』と関わろうとしないのは、そういうのを面倒だと思うから……なのだろう。

 でも関わってしまった以上は、相手のことに無関心でもいられないのだろうな、とも思う。

 それは、ともすれば、非常に面倒くさい性格であるのかもしれない。


──……私はこれからも、積極的に『他人』と関わろうとはしない……のだろうと思う。


 アレクさんとも、ギルドへの報告が終われば、自然と行動を別にするのだ。

 それは、ようやく『他人』の枠から外れた途端の別離であり、名残惜しさを感じるには充分であり……──


 ……と、私が一人、考えに没頭していたところを、アレクさんの声によって現実に引き戻されることになった。


「それじゃあ、その……話を戻すが、『雨を降らせた』以外の事は、グランジーには何も伝えない……で、良いんだな?」


 考えに入り込みすぎて、一瞬何を言われたかと戸惑ったけど……私は頭の中で反芻して、意味を理解してから、慌てて肯定した。


「……は、はい。……それで、お願いします。」


 アレクさんは私に頷きを返してから、ちょっとだけ忌まわしげに呟く。


「グランジーの奴は一度興味を持つと、しつこいからな。それなら最初から何も情報を与えないのが正解かもしれん。」


──……アレクさんって、グランジーさんに対しては、結構アタリがきついように感じるけど…………昔、何かあったのかな……?


 それは兎も角、グランジーさんへの報告には、口裏を合わせるというか、私が余計なことを言わなければ済みそうだった。

 報告の場で、うっかり口を滑らせないように気を付けよう、と私は強く誓った。


 それから……明日の朝、一緒に冒険者ギルドに『災厄の魔獣』討伐の詳細を報告に行くことを決めてから、解散の流れになったのだけど……部屋を出る直前、ふと思い立って振り向き、私はアレクさんに一つのお願いをする。


「……あの……疑ってしまったお詫び……という程、大袈裟でもない、ですけど…………アレクさんに、魔法を、使わせて下さい。」


「うん?お詫びだの何だのは、気にする必要もないが…………魔法?」


 訝しげに問うアレクさんに、私は「……はい。」と肯定を示し、それから魔法の内容を伝える……努力をする。


「……えと……魔法と言っても……あ、危なくは、ないです。……その……汚れたモノを綺麗にする……的な。……そういうやつです。」


 上手く言葉にするのって難しいな……と思いながらも、頑張った。……頑張ったはずなのだ。

 けれどアレクさんの反応は芳しくない。


「あー、う、うん。……そういうのは、間に合ってるよ……。気持ちだけ、貰っておくから……。」


 などと、何だか歯切れが悪いし、すごく遠慮されてしまっている。


──……私が魔力欠乏から目覚めてすぐだから、魔力の心配をしてくれてるの、かな……?


 私はそんな風に思った。


──……でも、自覚はないけど……丸一日寝てたみたいだから、魔力は有り余ってるくらいなんだけど。……うーん、魔導士じゃないアレクさんには、その辺の感覚が分からない……ってこと、なのかな……?


 それなら、多少強引にでも、問題なく魔法を使えるところを見せてしまおう、と決めた。

 都合良くベッドの上には、まだ片付けられていない青いシートと木皿が残っていたので、私はそちらにチラと視線を向ける。


「……魔法使うので、……見てて下さい。」


「え、いや、だから──」


 頑なに遠慮の声を上げようとするアレクさんを無視して、私はベッドの方に近付いて、手を翳しながら魔法を唱える。


「……《洗浄》。」


 青いシートと木皿に水の膜が貼ると、2~3秒かけて汚れを落としていく。

 それを見ながらアレクさんは「ん!?」と驚いたような声を上げていた。……あぁ、もしかすると、こういう魔法を見たことがなかったのかもしれない。


 水の膜が消えたのを確認してからシートと木皿を拾い上げて、それらをアレクさんに両手で差し出すと、アレクさんは目を瞬かせながら受け取った。


「……ベッドも、やっておきます。……《洗浄》。」


 続けてベッドシーツの表面を《洗浄》してから、アレクさんに向き直る。

 アレクさんはまだ青いシートと木皿を抱えたまま、片手で目の辺りを覆っていた。


「…………アレクさん?」


 その行動自体がよく分からなかったけど、私が声を掛けると、アレクさんはハッとした様子で顔から手を離し、私の方を見た。それから、


「いや、その…………すまない。」


 と、何故か私に謝ったのだけど……その姿が何となく、気恥ずかしさを堪えているようにも見えた。

 お礼を言うのが恥ずかしくて、そういう言動になった……っていうことなのだろうか?

 でも、これは私の側が、お詫びとしてやってることだから、別にお礼を言われる筋合いでもない気がする。


 ……というか、アレクさんは遠慮してたのに、私が勝手に魔法を使っただけなのだから、尚更お礼を言われる理由はないように思うのだけど……うーん。

 まぁ考えても分からないことは、気にしても仕方ない。

 それに、まだ私の《洗浄》は終わっていないのだ。


「……えと……それで……今、見て貰った魔法を、アレクさんにも使いたいと、思ってるんです。……良いですか?」


 一度は遠慮されてしまっていたので、私はそんな風に問いかけて、了承を得ようと試みる。

 どちらかといえば、アレクさんに《洗浄》をかけることこそが、お詫びの本番なのだ。


「……ああ。どうぞ、好きなようにしてくれ。」


 何だか態度が投げやりにも思えたけど……言質は取ったので、良しとしよう。


「……目と口を閉じて……あ、魔法を使ったら、息も止めて下さい。……三秒くらいで、終わります。」


 そんな注意事項を先に述べてから、私はアレクさんに向かって手を翳す。


「……使います。……《洗浄》。」


 魔力を込めた言葉によって、アレクさんの全身を水の膜が包む。

 アレクさんは水の膜が貼った瞬間、身体をビクッとさせた。


──……あ、水が服の中に入って来るような感覚があるってこと、伝え忘れてた……。


 私はすっかりその感覚にも慣れてしまっていたので、気にしていなかったのだけど……初めてだと確かにビックリするかもしれないなぁ、と少し反省した。

 そんなことを考えてる間に、三秒は経過していたらしく、アレクさんを包んだ水は消えていた。


「ん……終わったのか。」


 アレクさん自身も、水が消えた感覚は分かったのだろう。そんな風に呟いてから、ゆっくり目を開けて、大きく息を吐いた。

 《洗浄》を終えたアレクさんは、多少肌ツヤが良くなったように思うし、その髪色も暗い赤からちょっぴり明るい赤になっているようだった。

 着ている服に至っては、汚れの大部分が洗い流されたことで、もっと分かり易く明るい色へと変化していた。


「いや、驚いたな、これは……。」


 綺麗な色を取り戻した服を見下ろし、手で摘まんで確認したりという動作を交えながら、アレクさんは感心したように呟いた。

 それから、アレクさんは私に向かって、優しく笑い掛けた。


「フィリア。ありがとう。」


「……い、いえ。……その……よ、喜んで貰えたなら、良かった、です。……それ、じゃあ……お休みなさい。……ま、また明日っ……!」


 お詫びのつもりだったのに。

 面と向かって、笑顔でお礼を言われたのが、嬉しくなってしまって。けれど、その感情をどう受け止めて良いのか、分からなくなってしまって。私は俯きながら、逃げるようにアレクさんの部屋を出て、自分の部屋へと駆け込んだ。


「…………はぁ。」


 自分の部屋のベッドに身体を預けた途端に、冷静さが戻ってきて、深いため息が出た。


──……アレクさんと出会ってから、感情が乱されてばっかりだな、私……。


 それが良い事であるとは思えない。でも悪い事であるとも思えなくて。


 私は私の感情を処理し切れなくなって、ベッドに寝転がったまま、何を考えるでもなく、ボーッと天井を見つめた。

 そうしてる内に、次第に瞼が重たくなっていって、そのまま寝入ってしまったのであった。

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