第27話 結末と質問
「……それじゃあ、フィリアが気を失ってからの事を、話すとしようか。」
アレクさんは言いながら、ベッドの端にちょこんと座る私と向かい合う形で、立ったまま壁にもたれて腕を組む。
「まぁ……とは言っても、『災厄の魔獣』は無事に討伐し終わった……くらいしか、実は話すことがないかもしれないなぁ。」
と、考え考えアレクさんが続けるのを、私は黙って聞いていた。
「討伐が終わった後、意識を失ったフィリアを、この宿屋まで運んだ……というぐらいかな。」
アレクさんはそんな風に説明したのだけど。
何というか、その……もうちょっと、「こうやって『災厄の魔獣』を倒した~」みたいなことを話してくれるのかと思っていたのに、期待を裏切られた感じがする!
なので、批難の視線を向けてみると、
「……はは、おじさん、あんまり話して聞かせるのは得意じゃないんだよ。」
などと、困ったように苦笑していた。
それなら……と、私の方から質問をする。
「……アレクさん、どうやって……『災厄の魔獣』を倒したん、ですか?」
「剣を投げて……だね。」
「……投げて……ですか?」
「フィリアの使った魔法で、身動きが取れない状態になっていたから。……まぁ難しいことはしていないよ。」
「……『災厄の魔獣』は、ワープしなかったんですか……?」
「あー……おじさんの使ってる剣は、魔力を無効化するから、剣が刺さった状態では魔力を集められなかったんだよ。」
……と、何だか質問攻めみたいになってしまったけど。
でも少しは状況が分かったような気がした。
それにしても……──
──……魔力を無効化する剣、って……。
私にはそれが、恐ろしいモノのように感じた。
しかし、そう言われて、納得してしまってる自分がいる。
『災厄の魔獣』も、アレクさんの持つ黒い大剣も、《変幻する水》で降らせた雨に濡れることも弾くこともせず、ただ消失させていた。
その現象は確かに、「魔力を無効化する」と言って差し支えないだろう……と、納得してしまったのだ。
腑に落ちてしまったからこそ、そんな魔獣や武器が存在していること自体が、恐ろしいと感じる。
魔導士を無力化してしまえる存在から身を守る為には、どうしたら良いのか……そんなの、いくら考えても、答えは出そうもない。
私が暫し言葉を失っていると、アレクさんが「そういえば……──」と声を上げた。
「俺……ああいや、おじさんの方からも、フィリアに幾つか確認しておきたいことがあったんだが、良いかな?」
「……はい。……それは良いんです、けど……。」
アレクさんの問いかけには了承を示して、一旦言葉を区切ってから、ずっと思っていたことを伝える。
「……あ、えと……今更言うのも、おかしいのかも、しれないですけど…………普通の話し方、して欲しいです。」
と、伝えはしたものの、内心ではドキドキしていた。
一緒に『災厄の魔獣』と戦ったんだから、少しくらいは認めてくれても良いんじゃないかな……という期待。
でも、認めてくれてなかったら、断られてしまうのかもしれない……という不安。
アレクさんからすれば、どっちでも変わらないことかもしれない。拘ることでもないかもしれない。
だからこれは、気遣われたり、子供扱いされるのを、いつまでも続けられたくないという、ただの我儘だ。
けれど、そんな意図は全く伝わらなかったようで……。
「ああ……そう、か。……まぁ、そうだな。今更取り繕っても、滑稽だな。はは。」
言いながら、アレクさんは自嘲気味に笑う。
「それじゃあ、これからは普通に話させて貰う……ということで。」
……何だか思ってた反応と随分違ったけど……と、取り敢えず、普通に話してくれるようになったのは、喜ぶべき事だと自分を納得させておこう、うん。
やっぱり取り消そう……などと言われない内に、素早く頷いておくことにした。
「では改めて質問をするが……フィリアは『災厄の魔獣』がワープしたと言っていたが、それが分かったのは何故だ?」
「……えと……あれは……雨で、場所が分かったんです……。」
アレクさんの質問に、詳しく説明しようにも、何て言えば良いのかが分からず、そんな風に答えた。
感じていることを言葉に変換するのは苦手なので、あんまり難しいことは訊かないで欲しいな、と思う……。
「ああ、やはり雨なのか。」
と、アレクさんは納得したようなので、突っ込んで訊かれなかったことには、少しホッとした。
ただ、安心してばかりもいられなかった。
胸騒ぎというか、予感めいたものがあったから。
あるいは、気付かないフリをしていただけで、必ず“その質問をされる”と、最初から気付いていたから。
だから、「次の質問だが……」と言った後、アレクさんが“その質問”を口にした時、私は取り乱さずにいられたのだろう。
「……最後に使った魔法、あれは何だ?」
それに対する私の答えは、簡潔だ。
「…………言いたくありません。」
一言、拒絶だった。
拒絶を口にしながら、つい先刻夢で見たばかりの記憶──「人前では絶対に、その魔法……癒しの魔法を、使わないで欲しいの。」と言った時の、お母さんの悲しそうな顔が、脳裏を過る。
その『約束』は守れなかったけど……かといって、自ら進んで『約束』を破ろうとした訳ではない。
アレクさんの命を助ける為に、必要だから行なったことなのだ。
既にアレクさんには魔法を見られてしまった……なんてのは関係ない。
問われて癒しの魔法のことを喋ってしまうのでは、自らの意思で『約束』を破るのと同じだ。それでは本当に『約束』を違えることになる。
だから訊かれても、何も答えない。あとは沈黙を以て答えるだけだ……と、強い意志を持つ。
そんな私の意志が伝わったのか、それとも、元から答えを聞けるとは思ってなかったのか、アレクさんは落ち着いた口調で告げる。
「ああ。言いたくないなら、言わなくて良い。」
私の沈黙を認めてくれた上で、続いてアレクさんは、今の質問の意図も語ってくれた。
「まぁ、何でこんな質問をしたかと言うと……実はまだ、ギルドに詳細を報告していないんだ。何が知られて良くて、何が知られてはマズいのか、先に知っておきたいと思って質問したんだが……そのことを予め伝えておくべきだったな。すまない。」
言いながらアレクさんは、少しバツが悪そうに、頭を掻くような仕草をした。
その言葉も気を遣われた結果なのかもしれないけど……何故だろう、以前のように嫌な気持ちになることはなかった。
兎も角、癒しの魔法に関して追及されずに済んで、私は安堵の息を吐く。
それからすぐ、アレクさんは何かを思い出したように手をポンと叩いて言った。
「ああ、そういえば、これも言ってなかったか……。」
意外とアレクさんって忘れっぽいのかな……なんて思っていると、アレクさんは続けて、何でもないことのように、衝撃の事実を口にした。
「実は『災厄の魔獣』を討伐したのも、この宿屋にフィリアを運んだのも、“昨日のこと”なんだ。だからギルドへの報告は早めに──」
……などと言ったのだ。
後半のセリフは全く頭に入って来なかった。
──……え、昨日?……私、丸一日、眠ってた……って、こと……?
アレクさんは冗談を言ってる風ではなかった。
そして自分の状態を意識してみれば、確かにそうなのかもしれない、という実感もあった。
魔力欠乏から短時間で目覚めた時の、視界がグラグラ揺れる感じがしなかった。つまり現在の私は『魔力が足りている』ということだ。
更には、それなりの空腹感もあるようだった。
昨日の夜から丸一日眠ってた、と言うのであれば、私は朝も昼も食べていないことになる。
そんな事実を認識した途端、急速に空腹感が襲ってきて……ぐぅぅ、と大きくお腹が鳴った。
私は恥ずかしさで顔が熱くなって、急いで腹部を押さえた。
「あー……やはり話をする前に、食事にするべきだったかな。……いや、気が利かなくて悪かった。」
お腹の音が聞こえてしまったのだろうけど、そう言われると余計に恥ずかしくなって、私は上目遣いにアレクさんへと批難の視線を浴びせた。
私の反応を見たアレクさんは、「はは……。」と困ったように笑ってから、
「まぁその……気が利かないなりに、用意はしてきたんだよ。」
言いながら、肩にかけている袋を漁って……その中からなんと、見慣れた串焼きを取り出した!
「……それ、は……!」
紛うことなき、“あの屋台の”兎肉とネイギの串焼きだった……!
半透明のスライムシートが被っていても、私はそのシルエットを見間違ったりなどしない。
何より、嗅ぎ慣れた香り──焼かれた兎肉とスパイスの香りが漂ってくるのが、あの屋台の兎肉串焼きであることへの一切の疑いを持たせない。
私の視線は、抗いようもなく、好物の串焼きへと釘付けになる。
その串焼きが、私の目の前に、ゆっくりと下りてくる。
串を持ったアレクさんの大きな手が、私に差し出される。
私は串焼きを恭しい手つきで受け取ると、我慢が効かずに、勢いよくスライムシートを引き剥がす。
そして、串の最上段に位置する兎肉を口に含むと、肉を串から一気に引き抜く。
口に入れた瞬間、期待通りの──スパイスの暴力的なまでの味と香りが、私の舌を喜ばせた。
兎肉を噛みしめれば、独特の風味を感じると共に、中から肉汁が溢れ……肉の旨味が刺激的なスパイスと融合を果たすことで、最上の美味しさを舌に直接訴えるのだ。
……そんな長々とした私の感動を一言で伝えるのなら、「美味しい」という表現以外にはあり得ない。
ただでさえ空腹の状態だったのだ。普段よりも、より一層の「美味しい」が口の中に広がり、むしろスパイスによって更なる空腹感を刺激されてしまえば、勢いのままネイギと兎肉を交互に頬張り、気付けば串焼き一本分の肉とネイギは綺麗に胃袋の中に消えていた。
「喜んでくれたようで何よりだ。……ああ、他にも色々買ってきたから、俺も一緒に食べさせて貰うよ。」
私が食べ終わるのを待ってくれていたようで、アレクさんはそう言ってから、屋台で売っている何種類かの料理と、ついでに青いシートと木皿を取り出し、それらをベッドの中央に広げてくれた。
昨日(……私の体感では数時間前だけど)の夕食で食べた料理もあれば、そうじゃない料理もあった。嬉しいことに、兎肉串焼きの『おかわり』もあるようだった。
屋台の料理は手掴みで食べられるモノばかりなので、こうして宿に持ち帰るのには、うってつけなのだ。
ほぼ毎日、屋台の串焼きを持ち帰っていた私が言うのだから間違いない。
……まぁそれはそれとして。
そこからは、アレクさんと一緒に屋台の料理に舌鼓を打って、やがて満腹感を得るに至った。
「……美味しかった。」
満足の息を吐くと、私はベルトポーチから、水筒の容器を取り出して喉を潤す。
食事と同様に、身体が水分も欲していたようで、ただの水(……《清き水》ではあるけど)なのに、美味しいと感じるくらいだった。
「機嫌を直してくれたようで良かったよ。」
私が水を飲む傍ら、アレクさんがそんなことを言っていたけど、実際お腹が膨れれば大抵のことはどうでも良くなるものだと思う。
アレクさんはベッドに敷いていた青いシート上のゴミ(スライムシートとか串とか)を纏めて、燭台の横にある木筒──備え付けのゴミ箱に放り込むと、再び私の座る正面の壁付近に移動してから、真面目な様子で私に語りかけた。
「さて……さっきの話の続きに戻るが。『災厄の魔獣』討伐の際の、フィリアの魔法のこと、どの程度グランジーに報告しても良いものだろうか?」
問われて、私は考える。
血を触媒に魔法を使うのは既に知られてしまっているので、これはもう隠す意味はない。
雨を降らせたのは言っても良いけど……《変幻する水》を使って雨を作り出したというのは……どうなんだろう?
──……黙ってて貰えること、なのかな……?
『半魔』のこともあるし、癒しの魔法のこともある。注目されるのは避けたい、という思いが強い。
血の触媒の時のように、うっかり常識外れなことを言ってしまえば、グランジーさんの興味を引いてしまう気がする。
……そんな風に考えると、自ずと辿り着く答えは一つだけだった。
「……私のことは、『血を触媒にした魔法で雨を降らせた』……こと以外は、何も言わないで、欲しい、です……。」
もしそれを認めてくれるなら……という思いを込めて、口にした。
「どんな魔法を使って……というのも、伏せておきたい、と?」
アレクさんは、咎めるような口調ではなく、私の意思を確認するように問う。
私はそれに大きく頷いて答えた。
「ふむ……。それだと、フィリアが『災厄の魔獣』の位置を把握出来ていた……というのも、言わない方が良さそうか。」
考えるように顎に手をやって、アレクさんは独り言のように漏らした。
なるべく私の希望に沿う形で、この件を取り扱ってくれるみたいだ、というのが分かって、私は大きく安堵の息を吐く。
けれど、気を遣ってくれるのをありがたく思う反面、申し訳ない気持ちにもなる。
「……あの。」
申し訳ない気持ちと、そして、抑えようのない感情が、自然と口を衝いた。
「……アレクさん、何で……そんなに。……私なんかに、親切にしてくれるん、ですか……?」




