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半魔の少女は英雄譚を望まない  作者: 水無月七海
第一章 始まりの出会い
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第24話 約束

 ……夢を見ていた。


 それは、お母さんと一緒に暮らしていた頃の記憶。


 人里離れた森の中に、ひっそりと建つ木造りの家が、私の生まれ育った場所だった。

 お世辞にも大きいとは言えない家は、けれど、私とお母さんが暮らすだけなら、『狭い』と文句を言う程でもなかった。


 大きなベッドが一つ、食事用のテーブルが一つ、椅子が三つ。他にも料理用のかまどがあったし、水を貯める為の桶もあった。食器を置いておく棚があったのも覚えている。

 それらの家具によって、家の床は半分以上が占拠されていた。

 今思えば、もうちょっとだけ広くても良いんじゃないかな……と思うところも確かにある。

 けれど、その頃の私に、『家が狭い』と感じられるくらいに知識があったかは、定かではない。


 私の生活は、森の中だけで──自分と母親の二人だけで、完結していた。

 他者の暮らす家の大きさを知らなければ、自分の暮らす家が『狭い』と感じることはないだろう。

 だからきっと、その時の私は、お母さんと暮らす家が狭いとは思わなかった。


 一緒に暮らしていた記憶があるのはお母さんだけで、そこにお父さんの姿はない。

 でも、お父さんのことが全くない記憶にない、という訳でもない。


 記憶に薄っすらと残っているのは、お父さんが家を出る直前の背中。

 見上げる程に大きい背中……それだけだった。

 それ以外に、私はお父さんの記憶を思い出せない。


 その記憶ゆめの中では、お母さんは泣きそうになるのを堪えながら、お父さんの背中を見送っていた。

 私は何も分かっていない様子で、ぼんやりと、家から出て行く大きな背中を見つめていた。


 それ以降、お母さんは時々、悲しそうな表情をする。

 私はそれが嫌だったのを覚えている。何とかして、お母さんを笑顔にしたいと思った。


 自分に何が出来るかと考えて……魔法に目覚めたのは、その時だ。

 けれど、私が最初に使った魔法は、お母さんを笑顔にすることなど出来なかった。


 何故なら私は魔法で水を出して……家の床を水浸しにしたのだ。

 お母さんは笑顔になるどころか、困った顔をして、私をやんわりと叱った。


「いたずらをしてはダメよ、フィー。」


 慈愛に溢れ、しかし同時に透明感のある、お母さんの声が、私は好きだった。

 お母さんの声が、私を『フィー』と呼んでくれるのが、好きだった。

 でも、たとえ好きな声だとしても、叱られるのは嫌だった。

 それよりも、お母さんを笑顔にさせられずに、困らせてしまった自分が嫌だった。


 私が床に撒き散らした水を、お母さんと一緒に雑巾で拭き取りながら、私は思っていた。

 自分は悪いことをしてしまったんだ……魔法を使うのは、悪いことなんだ……と。

 でも、床を拭き終わった後に、お母さんは言った。


「フィーには魔法の才能があるのね。……でもそれを、誰かを困らせることに使ってはダメよ。悪いことに使ってはダメよ。」


 優しく諭すように、言った。


 私は……「お母さんを困らせるつもりはなかった」と反論しようと思った。

 でも、結果的に困らせてしまったのなら、同じことだ、とも思った。


「……うん。……ごめんなさい……。」


 謝ると、お母さんは私の身体を抱きしめてくれた。

 そして頭を撫でながら、言ってくれた。


「魔法は大きな力なの。それを良いことに使う人もいれば、悪いことに使う人もいる。フィーは魔法を、良いことに使うようにしなさい。」


 そんなお母さんの言葉は、この時の私には理解が難しかったけど……魔法を使うの自体が悪い訳ではない、ということだけは分かった。

 私が魔法を使ったこと、それ自体を否定された訳ではない、というのは分かった。


「……フィー、まほう、がんばる……。」


 拙い言葉だったけど、お母さんに、私の言いたいことが伝わってたら良いな、と思った。


 それからは、家事を手伝いながら、空いた時間に、お母さんから魔法を習うようになった。


 お母さんは魔法に関して、色々なことを教えてくれた。

 私が水の魔法を使えるのは、水の加護があるからだ……とか。

 加護のない属性の魔法は、使うことは出来ない……とか。

 そう言われて、本当かどうか、試しに火の魔法を使ってみようとしたことがあったけど、結果はお母さんの言う通りだった。


 他の属性の魔法も試してみた。

 だけど、私には水の魔法以外は使えなさそうだった。

 それをちょっぴり残念に思う気持ちは、あったと思う。

 もっと色々な魔法を使えれば便利なのにな……と、思っていたに違いない。


 そういえば、お母さんの加護属性を訊いてみたことがあった。

 何故か秘密にされて、教えてくれなかった。

 教えてくれなかった意味は、未だに分からない。これから先も、きっと分かる日は来ないのだろう。

 無理にでも聞き出しておけばよかったな……と、今は少しだけ後悔する気持ちがあった。


 そうやってお母さんに色々な知識を教わりながら、実際に魔法を覚えていくのも、楽しかった。

 《水刃》や《水弾》などの、獣や魔獣を狩る為の魔法は、それほどでもなかったけど。

 《洗浄》や《清き水》などは、生活の一部でも役立てられる魔法だったので、使えるようになった時は、楽しいと同時に嬉しかった。


 私に魔法を教えてくれる間は、お母さんが悲しそうな顔をすることがなくて、悲しそうな顔をする回数が日に日に減っていったのも、私が魔法を覚えるのに熱心になった理由かもしれない。

 見えない所では、悲しそうな顔は、していたのかもしれないけど……それでもきっと、悲しそうな顔をする頻度は、減っていたのだろうと思う。……思いたい。


 そんな風に毎日、家事の合間に魔法を教えて貰いながら暮らす時間は、とても穏やかで充実していた。

 いつまでも変わらないと思っていたそんな暮らしに、変化が訪れたのは……私が魔法を覚えて何十日か経った頃。


 ある日……一人の『人間』が、お母さんを訪ねて、森の中へやって来た。

 その『人間』と会話することを、私は禁止された。


「フィー、日が落ちるまで、森で遊んでらっしゃい。」


 お母さんは、大きめの外套を私の頭から被せて、家の外に送り出した。

 外出する時は、私はいつも『耳』を隠さなければいけなかった。

 お母さんにはなくて、私の頭にだけ付いている『耳』……その意味を、この時はまだ、知らなかった。


 私はお母さんに言われた通りに、暫くは一人で森の中を歩き、木の実や果物を採取したり、木の枝を拾ったりして過ごした。

 けど……やっぱり途中で気になって、家へと引き返した。

 お母さんに用事があるという『人間』が何者なのか、どんな用事があるのか、気になってしまったのだ。


 私は家の外から、お母さんと『人間』との会話に聞き耳を立てる。ドアにピタリと『耳』を付けて。

 しかし、大した成果も得られなかった。

 断片的に漏れ聞こえる単語から会話を想像する……なんて発想は出なかったし。何よりも、単語のほとんどは日常的に使う言葉には聞こえなくて、幼い頭で理解するには、難し過ぎる内容だった。


 少しの間、聞き耳を立てていたけど、分からないことばかり言うので、早々に飽きてしまった。


 そうして、やっぱり森に引き返そうかな、と思ったタイミングで…………急に家のドアが開いた。

 家の内側には、『人間』が立っていて、私を見下ろしていた。


「盗み聞きとは、お行儀の悪い娘さんですな。」


 何の感慨も抱いていないような、どこか冷めたような瞳と目が合ってしまい、子供心に怖いと思った。


「その子に手を出すことは許しません。」


 『人間』の後方から、お母さんの声が聞こえた。

 普段の優しそうな声ではない。凛々しく、それでいて、少しの怒りを含んだ声だった。


 私はいつもと違う様子のお母さんと、冷たい目をした『人間』との間で、視線を彷徨わせる。


「この娘が死ねば、貴女様の心配事もなくなるのでは?」


 言いながら『人間』は、スゥ、と私の目の前で、腰に下げた細身の剣を抜く。


「やめなさい!」


 悲鳴のようなお母さんの声が聞こえた。

 私は目の前で起こっている事態を、何一つ呑み込めずに、呆然と立ち尽くすばかりだった。


「貴女様の汚点を、私が消して差し上げようと言っているのです。」


「その子を殺せば、私も死にます……!」


 お母さんは家の奥から、私と『人間』の立つ扉の方へと早足に歩いてくる。

 そうして、私の隣にやって来ると、膝を付いて私を抱きしめる。

 その身体は、小刻みに震えていた。


 私は、自分が何か悪いことをしてしまったんだ……と、ここで初めて理解した。

 状況は分からないながらも、自分が家に戻ったせいで、お母さんを悲しませてしまったんだ……と、理解した。


「……まぁ、良いでしょう。後日に、日を改めて参ります。その時までには、どうか……心を定めておいて下さいますよう、お願い致します。」


 『人間』はそう言うと、剣を鞘に戻してから、私とお母さんの横を通り過ぎて、家から離れていった。

 私はお母さんに何て声を掛けたら良いか分からなくて、でも、自分が何か悪いことをしてしまった自覚があったから、お母さんに謝った。


「……ごめんなさい。……おかあさん、ごめんなさい……。」


 お母さんはギュッと私の身体を抱きしめ続けた。


 それ以降、『人間』が再び私達の家を訪ねて来るまでの数日間、ずっとお母さんは暗い顔をしていた。

 私には笑顔を見せてくれたけど、それはどこか弱々しくて……笑顔のはずなのに、悲しい顔のように見えていた。

 その期間は私も、無理に魔法を教わろうとしなかった。けど、魔法を教わってた方が、お母さんの気が紛れてたのかもしれない……と、今なら思う。


 それから何日か経って、再び家にやって来た『人間』は、ぐるぐると巻いた厚手の紙を手に持っていた。

 私はまた、家の外に出されるのかと思っていたのだけど……『人間』にも、お母さんにも、私がその場に立ち会うことを許された。

 お母さんと一緒にいられるなら、私が拒む理由はなかった。

 実際には、これが“最後だから”許して貰えたのだろう。


 そうして私とお母さんの前で、『人間』はぐるぐる巻きの紙を広げてテーブルの上に置くと、装飾の施されたナイフを、お母さんに差し出した。

 お母さんは私を見て、少し躊躇った様子を見せていたけど、やがてそのナイフで自分の指を傷付けて、紙の上に血を一滴垂らした。


 ……それらの行動をちゃんと見ていたにも関わらず、私には何も理解が出来なかった。

 何の意味があって、何故こんなことをするのか……知識がないから、理解のしようがなかった。


 その後すぐに『人間』はテーブルの上から紙を回収し、またぐるぐる巻きの状態に戻すと、それ以上は何かすることもなく、家の外へと出て行った。


 多分だけど、お母さんと『人間』との間では、会話でのやり取りもあったのだろう。

 私の記憶からは、すっぽり抜け落ちてしまっていたけど……聞くことを放棄していたのかもしれないし、聞いても意味が分からなかったのかもしれない。

 あるいは……理解はした上で、記憶に残すのを拒んだというのも、あるのかもしれない。

 何にせよ、私はこの時に、二人がしていたであろう会話を、一切覚えていない。


 それから──『人間』が家の外に出て行ってから、お母さんは突然、私の身体を抱きしめた。


──……そして……これからお母さんは、私に『お別れ』を告げるんだ……。


「ごめんなさい、フィー……。私は行かなければいけない。……フィーの側に居て、一緒に暮らしていくことは、もう出来なくなってしまうの……。」


 お母さんの、悲しげに語られる言葉は、私の感情を大きく揺さぶった。


「……そんなの、やだ。……やだよ。……おかあさんが、いないのは、やだ……。」


 私は泣きながら、お母さんに捨てられたくない一心で、「嫌だ」と何度も口にする。


「本当にごめんなさい……私、親失格ね……フィーの側にいてあげられなくなるなんて……。」


 気付けば、お母さんの方も涙を流していて……私の頭に、ポタリ、と温かい雫が落ちてくる。


「絶対に、フィーのこと、忘れたりしないから。……フィーも、お母さんのこと、ちゃんと覚えていて。」


 お母さんだって、望んで私を置いていく訳ではない。それは分かっていた。

 でも、分かっていたとしても、受け入れられるかどうかは、別の話だ。


 私は……ひたすら泣きじゃくった。

 言葉にならない声が、喉の奥から溢れてきた。

 理不尽だと何度も思った。……それは今でも思っている。

 きっとお母さんも同じ思いだった。私を抱いたまま、お母さんも泣いていたから。


 でもこの時の私は、自分の思いもお母さんの思いも、正しく理解することが出来なかった。


 『泣くのは、痛いから』……痛くなくなれば、泣かなくて済むんじゃないか、と。

 そんな、子供の考えた、どこかおかしな、発想の飛躍。


 泣いている間も私は俯いていたから、お母さんの指から流れた赤い雫が、少しずつ床を染めていることに気付いていた。

 痛いのが消えれば、お母さんは泣き止んで、笑顔になってくれる……と、そんな風に信じた。

 『お母さんの痛みを消してあげたい』という純粋な願いは、私に一つの力を発現させた。


 いつだったか、私が転んでケガをした時に、お母さんがしてくれたように……私の口は、優しい奇跡まほうを唱える。


「……《いやしのきせき》──」


 唱えた瞬間、魔力が抜ける感覚がして、お母さんの身体が、薄く淡い光に包まれた。


「フィー……!?」


 驚いたような声で私の愛称を呼ぶお母さんは、確かに泣き止んでいた。

 けど、それは思っていた結果とは違っていて……とても悲しそうな顔だっだ。


 そして、私を抱きしめるお母さんの腕に、力が籠もった。


「フィー……その魔法は…………。」


 ……これは、『あの時』と一緒だ。水の魔法を使って、家の床を水浸しにした時と、同じ。

 私は『悪い魔法』を使ってしまったんだろうか?……そんな思いが生まれた。


「……ごめん、なさい。……フィー、まほう……つかっちゃ……だめ、だった…………?」


 笑顔になって欲しくて。

 その為だけに使った魔法は、けれど、“また”お母さんを笑顔に出来なかった。


 深い悲しみが私の心を満たしていく。

 こんなことなら魔法なんて、覚えなければ良かった……と。

 でも、そんな悲しみは、お母さんの言葉によって、掻き消される。


「フィー、よく聞いて。」


 お母さんは私を安心させるような口調で話す。


「その魔法はね、とても素晴らしい魔法よ。…………けど、それを軽々しく使ってはいけないの。」


 私を傷付けないように言葉を選びながら、お母さんは話し続けた。


「癒しの魔法を使える人は少ない……だから、フィーが癒し魔法を使えることが知られてしまったら、大勢の人間から注目されてしまうわ。」


 髪を撫でながら、私の気分を落ち着かせるように。あるいは、諭すように。


「人間は、良い人間ばかりではないの。中には悪い人間もいる。……そして、癒しの魔法を使えると知られてしまうと、その悪い人達が、フィーのことを利用しようとするの。」


 私は話を聞きながら、内容を理解しようと努力する。


「だから……ねぇ、フィー、約束して?……人前では絶対に、その魔法……癒しの魔法を、使わないで欲しいの。」


 それはお母さんとの『最後の約束』だったから。

 私は頷こうとして……けど、私の口から出たのは、別の言葉だった。


「……お母さん。……約束、破って……ごめん、なさい……──」


 そして夢は、唐突に終わりを告げた。






 ……けれど、この夢は過去の記憶であり、当然のように続きがある。


 記憶の中の私は、お母さんの言った『約束』の意味を理解しようと懸命に努力して……やがて頷きを返す。

 それから、お母さんと二人、短くない時間を、互いに別れを悲しんだ後、お母さんは家を出て行ってしまうのだ。


 私が家に一人取り残されて、数時間後……『お父さんの友人』を名乗る魔族の人が訪ねてきた。

 お母さんから連絡を貰っていたらしく、私の今後の生活の面倒を見てくれる……ということだった。


 この魔族の人が、私に人間社会での生き方や、常識のようなことも教えてくれたのだ。

 いわゆる、師匠……あるいは、第二の親とも言うべき、大切な人との出会いだった。


 夢から覚めた私には、その大切な魔族の人との出会いを見届けることが叶わなかったけれど……その時の記憶も、いつか夢として見ることがあるのかもしれない。

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