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半魔の少女は英雄譚を望まない  作者: 水無月七海
第一章 始まりの出会い
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第23話 奮戦

「フィリアには、『災厄の魔獣』の位置が分かるのか?」


「……はい、分かります。」


 アレクさんからの質問に、私は大きく頷きを返す。


 それは別に、私が突然『魔獣の位置を把握する能力に目覚めた』……という訳ではない。

 切っ掛けは『雨』だった。


 アレクさんが私に「雨を強めることは出来るか?」と言った時、正直どんな意味があるのかは分からなかった。

 けど、それには何か意味があるんだろうな……と思って、私は空中に展開する《変幻する水》を操作した。

 底に開けた無数の穴……それらの大きさを、ほんの少しだけ大きくすることで、重力に従って落ちる水が貯まる速度──回転率を上げた。

 ちょっと雨の量、多すぎたかな?……なんて思ったりはしたけど、微調整するとかは流石に難しいし、アレクさんから文句は出なかったので、これで良いことにしよう、と決めた。


 そうして降る雨の量が増えたことで、私は初めて違和感を感じることが出来た。


 『雨』は私の魔法──《変幻する水》であり、操作する為に、私の魔力を巡らせている。

 だから、その雨がナニカに当たれば、そこにナニカが在るのが分かる。

 そのナニカは草木だったり、地面だったり、魔獣だったり、私やアレクさんだったりと……個別に判別が付くほど詳細に分かる訳ではない。そんな便利なものではないのだ。

 では私が感じた違和感が何だったのかと言うと……“雨が当たらずに消える箇所がある”という、異様な感覚だった。


 パラパラと少量の雨を降らせている状態の時には、“当たらずに消える箇所”に気が付くこともなかった。

 雨の量が増えたからこそ、“雨が突然消える”という現象に気付けたのだ。


 そしてその異様な現象が起こっているのは、私の近くに一つ。少し離れた所にもう一つ、だった。

 片方はアレクさんの持っている大きな黒い剣。

 剣の、恐らく刀身部分に当たるはずの雨が消失していたのを、自分の目でも確認したので間違いはない。

 もう片方は、木々や草葉の間を縫うように動いていたので、『災厄の魔獣』だというのには、すぐに思い当たった。


 そして、雨量が増えた後に『災厄の魔獣』が攻撃を仕掛けて来た際、起きた『異常』も、私は鮮明に感じ取ることが出来た。

 私はその『異常』を、「別の場所に、直接移動してる」「ワープする、みたいに」と表現した。


 感じていることを上手く言葉に出来ないことが多々あるので、ちゃんと伝わったかは分からないけど……アレクさんは「ああ、なるほど。」と理解を示してくれていた。

 そうだからこそ、先の「『災厄の魔獣』の位置が分かるのか?」というアレクさんからの問いには、迷わず肯定を返せたのだ。


 『災厄の魔獣』の討伐に、私は何の役にも立たない……と思っていたけれど、『災厄の魔獣』の位置を把握出来るのであれば、何か役に立てることがあるかもしれない。

 アレクさんもそう思ってくれたのだろうか、


「それでは、フィリアはこの場で、『災厄の魔獣』の正面を向き続けてくれ。」


 と、私に新しい指示をくれた。


 私は頷いて、その指示通りに動く。

 『災厄の魔獣』は、私達を中心に、ぐるぐると円を描くように回っていた。

 時々近付いたり離れたりしているようだった(……多分これは、木々を避ける為だろう)けど、その距離はおおよそ一定を保っていた。


 なので私も、その場でぐるぐると回る羽目になったのだけど……これ続けてたら、途中で目が回っちゃいそうだなぁ、と思ってしまった。


 しかしそう思った直後、『災厄の魔獣』は動きを止めた。

 私も回転するのを止めて、『災厄の魔獣』が居る場所を向き続けた。


 そこで、ふと、正面に居たはずの『災厄の魔獣』が、背後にワープしたのを感じる。

 慌てて後ろに向き直ると、アレクさんが剣を振って、『災厄の魔獣』を迎撃している姿が目に入った。


──……位置が分かっても、反応速度が追い付かないな、これ……。


 それから『災厄の魔獣』はすぐに目の前から消えた。……と思ったら、次の瞬間には、先程動きを止めた場所にワープして戻って来たので、私は慌ただしくも、身体を反転させる。


「ふむ……?」


 何かを訝しむようなアレクさんの声が聞こえた。


──……どうしたんだろう?


 けれど、それを訊こうとするより先に『災厄の魔獣』が活動を再開したので、私はその動きに遅れないように集中することにした。


 そうして、ぐる、ぐる……と、その場で回転を続ける。

 何度か回転していると、ローブに雨が貯まって身体が重いのもあってか、ちょっとフラフラしてしまう。

 足をもつれさせる程ではないにせよ、それも時間の問題かもしれない……。


 それから何周回ったかは数えてなかったので分からないけど、再び『災厄の魔獣』の動きが止まる。

 少しホッとして、私も身体の回転を止めた。


 『災厄の魔獣』は、やはり先程と同様に、別の方角にワープして、ワープした場所から私達に襲い掛かって来た。

 なるべく素早く反応したつもりだったけど、……私の動きは少し間に合っていない。

 もしアレクさんがいなかったら、『災厄の魔獣』がワープした場所に向き直った途端に、殺されていただろう。

 それこそ、昼間に死にかけた時のように、目の前に突然現れたと感じたのと何ら変わりなく、私の命なんて簡単に刈り取られてしまっていたのだろう。


──……これに反応出来るアレクさんって、ホントすごいな……。


 ある意味、『人間』の枠をはみ出しているようにも思えるけど……などと、ちょっと失礼なことを考えつつも、任された仕事自体は疎かにはしていない。

 アレクさんの剣に阻まれて、直後に元いた場所に戻った『災厄の魔獣』に対して、私は慌てて身体の向きを合わせる。


「そういうことか……。」


 という、アレクさんの呟きを耳が拾った。

 どうやら、何かが分かったみたいだ。私にはさっぱりだけど……うん。

 これで何か状況が変わるというなら、願ってもないことだ。


 そんなことを思う私に、アレクさんは続いて新たな指示を出した。


「フィリア。『災厄の魔獣』が動きを止めたら、その場所を見続けてくれ。」


「……はい。」


 もう『災厄の魔獣』がワープした先に向き直らなくて良い……ということらしい。

 理由は分からないけど、その指示を拒む理由もないし、頷いておく。

 『災厄の魔獣』は再びぐるぐる回り始めていたので、頷いたのは私もぐるぐる回りながらのことだ。……ちょっと格好が付かない。


 さて、暫く周りを回っていた『災厄の魔獣』だったけど、やがてその動きを止めた。

 ちょっと目が回ってきた頃合いだったので、身体が倒れそうになったけど、何とかバランスを取って耐える。

 後方に『災厄の魔獣』がワープしたのを感じたけれど……もし「動きを止めた場所を見続けてくれ」と言われてなかったとしても、目が回り始めていて、振り向く余裕はなかっただろう。


 すぐ耳元で甲高い音が鳴って、私はビクッと身体を竦ませた。

 けれど振り向かず、正面を見据え続けた。


 頭の後ろで音がして直後、私の視線の先に『災厄の魔獣』が戻って来る。

 すると、ほぼ同時に、私の横を風が通り抜けた。


 ……いや、それは風などではなかった。

 アレクさんの後ろ姿が、すごい勢いで遠ざかって行くのが見えた。

 その向かう先は私の視線の正面……つまり『災厄の魔獣』の居る位置だった。だけど──


「……アレクさん!!」


 私は努めて大きな声を出す。

 アレクさんが走り着くよりも早く、『災厄の魔獣』が再び私の後方へとワープしたのが分かったから。


 果たして、この雨音の中で、私の声が聞こえたのかは定かではないけれど、アレクさんは即座に身を翻し、私の方へ全力で駆け戻る。


「伏せろ!!」


 今度はアレクさんの方が、走りながら私に向かって叫んだ。

 即座に……とはいかなかったけど、なるたけ早く、しゃがみ込む。頭や背中も出来るだけ屈めた状態にする。

 間一髪、頭のすぐ上で、硬いモノ同士がぶつかる音が響く。

 少しでもタイミングが遅かったら、小さくない傷を負っていたか、最悪死んでいたのだろう。

 そんな想像をしてしまって、身震いした。ただ同時に、死ななかったことに安堵してもいた。


 そうして、顔を上げると──


「……え?」


 眼前に影のように揺らめく獣の輪郭が浮かんだ。


──……何で……!?


 死なずに済んだ……と、そんな余計なことを考えていたせいで、私は『災厄の魔獣』の位置を見失っていた。


──……アレクさん、は……?


 『災厄の魔獣』の、振り落とされようとする黒い爪を目の前にしながら、私はアレクさんの姿を探そうとするけれど……身体がすぐに動いてはくれない。

 気付けば時間が、『あの時』のように、ひどくゆっくりと流れていた。

 冷たい雨が身体を打つ感覚がある。

 そして、私の身体に降りかかった“雨とは違う液体”が、皮膚を流れ落ちる感覚もあった。


──……もしかして……アレクさんが、負傷した?…………いや、それどころか、死んでしまっていたら……?


 悪い想像なんて、したくない……。

 昼間と同じように、助けに入って来てくれるはずだ。……そうであって欲しい。


 けど私には、それを信じられる根拠もなくて……。

 何より、身体を濡らす“生温かい液体”の感触が、悪い想像ばかりを掻き立ててしまって……。


──……死にたく、ない。


 死にたくない。


──……アレクさんの、嘘つき……守ってくれるって、言ったのに……。


 ……私はギュッと目を閉じる。


──……諦めちゃ、ダメだ……諦めたら、待っているのは、逃れようのない“死”だ……。


 ……でも私一人じゃ、どうにもならない。……私一人じゃ、『災厄の魔獣』に勝てる訳ない。


──……アレクさんを、信じなきゃ……。


 ……死んでるかもしれない人を、信じる意味なんてない。


──……私が時間を稼げれば、何とかなるかもしれない……。


 ……私なんかじゃ、『災厄の魔獣』相手に、どうやっても時間なんて稼げやしない。


──……それでも何か出来ることが、あるかもしれない……。


 ……何かって、何だろう?


──……私に出来るのは……──


 一秒に満たない時間の中で、私は葛藤し、そして答えを出す。


──……私は魔導士だ。……私に出来るのは、魔法を使うことだけだ。


 瞬間、閉じていた目を開く。

 『災厄の魔獣』の爪が、数十センチの距離まで迫っていた。


──……魔法は、三文字を言うくらいなら、間に合うかな……?


 考えてる時間が勿体ない。

 私は魔力を練りながら口を動かし、声を発する。


 一つ文字を紡ぐ度に、爪は徐々に眼前に迫り来る。


 あれだけ煩かった雨の音さえ、もう聞こえない。

 魔力を練る事、そして、文字を発声する事、それだけに集中した。


 そうして三度文字を唱え終わると、練り上げた魔力を解放する。


 紡がれた魔法は──


「──《   》。」


 瞬間、巨大な水柱が出現し、『災厄の魔獣』を呑み込んだ。


 間欠泉のように湧き出た水柱に呑み込まれた『災厄の魔獣』は、地面から数十センチばかり浮き上がりながらも、その水の支配から逃れようと藻掻く。

 これで倒せるなんて思っていないけど、少しは時間稼ぎが出来るだろう。

 そう思った私は、しゃがんだ姿勢から急いで身を起こすと、後ろを振り返ってアレクさんの姿を探す。


「……っ!」


 アレクさんの姿は探すまでもなく視界に映った。

 地面に左膝を付き、黒い大剣を右手で逆手に構え、こちらに投擲しようとする姿勢のまま、目を見開いていた。


 『災厄の魔獣』の爪が私に届く前に、剣を投げるつもりだったのだろう……なんてことを、考えていられる余裕もなかった。


 アレクさんの身体は、致命傷に思える大きな傷を負っていた。

 爪によって裂かれたであろう胸部、そして、口の端からも、ボタボタと血を流していた。


 私は弾かれたようにアレクさんの方に向かって走る。


──……アレクさんが、死んじゃう……!


 アレクさんが死んだら、自分も殺されてしまう……などという打算からの感情ではない。

 純粋に、アレクさんが死んでしまうのが嫌だった。


 誰かが自分の目の前で死ぬのは嫌だ……そんな根源的な気持ちが、私に一つの奇跡まほうを使わせた。

 アレクさんの元へと駆けながら、私はそれを詠唱する。


「……彼の者の、傷を……癒せ──」


 一秒でも早く……そんな思いがあったから、私は駆ける勢いのまま、まるで体当たりするようにアレクさんの胸元に飛び込んで、その身体を抱擁する。


「──《癒しの奇跡》……!」


 互いの身体が触れると同時、自分の内に残っている魔力全部を注ぎ込む。


 全ての魔力を放出するということは、魔力欠乏になることを意味する。

 けれど、それで構わなかったし、この時は、後の事など何も考えられなかった。

 『アレクさんを救いたい』という願い、ただそれだけに突き動かされていた。


 だから朦朧とする意識の中でも、後悔はしなかった。

 ただ、意識を失う寸前……脳裏に浮かんだ母の悲しそうな顔に向かって、謝罪をするだけだった。


──……お母さん。……約束、破って……ごめん、なさ──


 そうして私は、本日二回目の魔力欠乏によって、意識を手放すことになった。

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